翌朝――俺たちは、あてがわれた部屋と同じ階にあるシュガール(偽名)家の水上レストランに朝食の招待を受けていたので向かった。

 待ち合わせは午前八時。

 現在この場には、うとうとしている三葉くん、あくびを噛み殺した西園寺――両者ともに珍しい姿だな……もちろん存沼と俺、それからシェフとなにごとか異国語(不明)で話をしているレイズ先生(俺の英語の家庭教師の先生であり西園寺の一番上の兄である)、その横で時計を睨んでいる楓さんがいる。

 初めて会った頃は、高校生だった楓さんも、今では二十代後半だ。さらに色っぽくなったなと俺は思う。男相手の評価としては微妙かもしれないが、ほかにいい方が見つからないのだ。そんな楓さんが、あと五分で八時になるといった時、声を上げた。

「和泉は?」

 あれ、ほんとうだ。このメンバーの中ならば、楓さんはわからないけれど、少なくとも俺たちの中では誰よりも時間厳守の和泉がいない。楓さんの視線は三葉くんに向いている。三葉くんはといえば、西園寺に顎を持ち上げられていた。なにをしているんだ……。

 キスされそうになっていた三葉くんは、小首をかしげてから楓さんを見た。

「朝は部屋にいなかったよ」
「な」
「だから僕はわからないし、起こせなかった。それに和泉が僕より遅く起きるなんてめったにないし」

 ふたりがそんなやり取りをしたとき、ちょうど八時になった。
 ほぼ同時に、扉が開け放たれた。

 激しい音に視線を向けると、肩でぜぇはぁ息をした和泉が真っ赤な顔でたっていた。乱れているネクタイを抑えながら、時計を険しい顔で一瞥したのが分かる。カツカツと音がして、そのあとから堂々とエドさん――エド先生が入ってきた。現在彼は俺たちの臨時の先生なのだ。

「ま、間に合った……」

 和泉が座り込みそうな勢いでつぶやいた。それにエドさんが喉で笑っている。
 何事だろうかと思っていると、ボソリと西園寺が言った。

「朝から激しい奴らだな。首筋のキスマークをどうにかしろ、見たくもない」
「!」

 反射的に和泉が手を当てる。

「冗談だ」
「!!」

 失笑した西園寺の前で、和泉が顔を歪めた。西園寺は意地が悪いが、なるほど、なにかあったんだろうなと俺は悟った。悟っている場合ではなかった。楓さんの放つ雹がその場を席巻したからである。冷たい氷が天井から降ってくる錯覚に襲われた。和泉の顔色がどんどん真っ青になっていく。

「和泉……どういうことだ?」
「違、こ、これは、だから」
「まぁまぁ朝食にしましょう」

 その時レイズ先生が手を打った。楓さんが険しい顔ながらも視線を逸らす。その場はなんとかそれで収まった。大丈夫なんだろうか和泉……。というか、俺は未だに和泉から直接はなんの報告もうけていない。どうなっているんだろう、エド先生と。気にならないといえば嘘である。

 その後皆で、昼食や今後の観光、当然開催されるパーティについての概要などを聞いた。本日は、ティタイムにもう一度集まることになり、ほかは自由に散策することになった。もちろん夜は一つ目のパーティがある。


 ――端正な顔のそのアジア人とぶつかったのは、その帰り道のことである。