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呼び鈴がなったのは、昼食に行く準備をしていたときのことだった。
入ってきたのは西園寺だった。
「誉、お前、アブルジール首長国の第二王子殿下と面識があったのか?」
開口一番、珍しく焦るように西園寺が言った。無論俺にはさっぱりそんな心当たりはない。
首をひねっていると、俺の隣に存沼が立った。
「金髪の王子様か? アラブ方面の」
「ああ、そうだ」
「昨日ぶつかっていたな」
存沼が嘆息しながら俺へと振り返った。瞬時にその時のことを思い出した俺は、本当に王子様だったのかと唖然とするしかない。
「俺の家を通して、正式に誉への昼食の招待があった。無下には断れない」
「そ、そうなんだ……」
「行け」
西園寺が険しい顔で腕を組んだ。存沼を一瞥すると、険しい顔をしていた。
しかし俺としてはぶつかってしまった負い目もあるし、すごく感じが良さそうな人だったから、もう一度くらい話をしてみたいと正直思っていた。
「僕、行ってくるよ」
もちろん緊張しないといえばうそだ。けれどあちらは日本語を分かるし。多分断れば西園寺の側に角が立つと思う。そんなことを考えていると、背後から存沼に抱きしめられた。
「食べたらすぐに帰って来い」
「もちろんだよ」
だいたいそれ以外の用事もないだろう。せいぜい昨日あるいは生まれていた蟠りを解消するくらいだと思うのだ。
ティタイムに集合だというのを改めて確認してから、俺は身支度を整えて、西園寺に案内されて、昼食の場へと向かうことにした。……他国の王族との食事。緊張しないといえば嘘になる。だが通された部屋は、俺でもマナーがわかるフレンチ様式で、心底安堵した。
西園寺とは扉の前で別れた。
中に入るとすぐに、やはり昨日会ったアラブの王子様に、俺は……抱きつかれた。
「会いたかったんです。来てくれてありがとう!」
「いえ……こちらこそお招きいただきありがとうございます」
「よろしければ気兼ねなく話してください。私もよければ、もっと砕けた言葉を使いたい」
「嬉しいです――嬉しいよ」
それにしてもちょっと目を引く綺麗な殿下は、俺から体を離すと、今度はぎゅっと俺の両手を握った。それから席に促され、俺はフレンチを堪能した。
そして国の話を聞いた。
殿下は、カダールと名乗った。
「誉と呼んでも構わない?」
「ええ」
「私のことは、カダールと」
必死え菩薩を召喚しながら、ナイフとフォークを握った俺。
その前で、カダールは、母国アブルジール首長国の話をいろいろ聞かせてくれた。なんでもイスラム圏の合間にある小国らしく、メイン宗教は仏教なのだという。緩衝地帯らしい。イスラム教国であれば、同性愛は懲罰対象だが、そういうこともなく、アルコールの持ち込みも自由なのだとか。十七人の兄弟が居るそうで、彼の祖母は日本人だったのだという。年齢は僕よりも二つ上。もうすぐ成人式だそうだ。そんな話をしながら、俺は美味しい料理を堪能した。カダールは柔和な表情と、好奇心たっぷりの輝く眼差しを交互に浮かべながら、ひとしきり自国のことを語ったあと、日本の事を聞いてきた。ありがとう教養の家庭教師の先生。俺は感謝しながら日本文化について語った。
そんなこんなで昼食時の一時間はすぐに過ぎ去っていった。
カダールが不意に俺を改めてみたのは、デザートが運ばれてきたときのことだった。
「そうだ。私の国では、オイルマッサージが盛んなんだ」
「オイルマッサージ?」
「よかったら、誉にも私の国の文化を体験して欲しいんだけれど」
「ありがとう」
すっかり打ち解けた俺たち。無下に断るのも悪いなと思っていると、カダールが視線で壁際に待機していた黒服の人々を見た。
「奥の部屋に用意を」
「用意?」
俺が首をひねると、カダールが微笑した。
「これでも私はオイルマッサージが得意なんだ」
へぇと思って僕は聞きながらデザートを切り分けた。
時計を一瞥すると、まだティタイムまでには時間があった。
そして――俺は、カダールの、王子自らのオイルマッサージを受けることになったのである。オイルマッサージなど人生で初めての体験だった。
「では、脱いで」
「え?」
「マッサージは服を脱いでするんだ」
「……」
そ、そういうものなのか。俺はおずおずと服に手をかけた。そして下着姿になると、呆れたようにカダールにため息を疲れた。
「下着も全て下ろして、そこの寝台に横になって」
「え」
「男同士だし、何も恥ずかしいことはないよね?」
確かにそれはそうである。そう、そうなのだ。俺は最近存沼のせいで、妙に気にしてしまっているが、俺たちは男同士なのだ。何も問題はない。邪なことを考えた自分を呪った。
俺は服をすべて取り去り、指し示された寝台の上に、仰向けに横たわった。
それからたらたらとオイルを垂らされて、肩から始まり腰に至るまで、丹念にマッサージしてもらった。正直疲れが溶け出していくようなきもちさに襲われ、うっとりしてしまった。次第に眠気がこみ上げてくる。それだけカダールの指先は気持ちが良かった。
「次は仰向けになって」
「うん」
この頃には、俺の体はカダールの指先の虜で、素直に従ってしまった。
思えばそれが間違いだったのだろう。
皮膚に再びたらたらとオイルを垂らされる。それにまみれたカダールの指先が、俺の乳首を弾いたのは直後のことだった。
「っ」
俺は突然のことに必死で嬌声を飲み込んだ。
ジンと生まれた快楽が、体の奥に息づき始める。流石にこれは、と思って、俺は上半身を起こした。するとカダールが俺の背後に回り、寝台に登って後ろから抱きしめてき。
「もっと、気持ちのいいことをしない?」
「え? ……ッ」
その瞬間、ヌメる両手で乳首を掴まれた。瞬時に俺の背がしなった。あ、という嬌声を飲み込んだ時、濡れた片手で陰茎を掴まれた。そのままこすられるたびにぬちゃぬちゃと音がした。自然と陰茎が反応を始める。
「や、やめ」
「誉、君は本当に綺麗だ」
「な」
「私だけのものにしたい」
そういったカダールは、直後強く俺の首筋に吸い付いた。
「や、やめ」
ゾクゾクと快楽が体を這い上がる。散々存沼に開発されているからだが、抗う術を俺に与えない。そしてその時、固くなっているカダールの陰茎が、俺の背中に当たった。その事実に俺はようやく察した。これは、このままでは――犯される。
「うああっ」
しかし俺の快楽をさらに煽るように、カダールが動かす手は止まらない。俺の陰茎はそそり立ち、今にも放ってしまいそうな快楽に襲われる。存沼意外にこんなふうに触られるのは初めてだった。そしてそれが嫌だった。気づけば俺は泣きながら叫んでいた。
「助け、助けて、マキ君!!」
扉が乱暴に開いたのはその時のことだった。
「誉!!」
入ってきたのは存沼だった。存沼はカダールの腕から無理やり俺を奪うと、険しい顔でカダールを睨めつけた。
「誉になにをしているんだ」
その言葉は絶対零度の冷ややかさだった。俺はといえば、ぐったりと存沼の力強い胸に体をあずけて静かに泣くことしかできなかった。
「邪魔をしないでもらえるかな」
「ふざけるな。誉は返してもらう」
そのまま俺は、存沼に姫だきされて、その部屋を後にしたのだった。最後までにこやかに笑っていたカダールは、余裕に手さえふっていたのが印象的だった。
それから俺は朦朧とした意識のまま、存沼に部屋まで連れ帰ってもらったのだけをおぼろげに覚えている。
「誉、何をされた?」
「触られて、それで」
ああ、上手く答えられない。息苦しかった。まだ体が熱い。
「消毒しないとな」
「え、ひぁ」
俺を寝台に座らせた存沼が、不意に俺の陰茎を口に含んだ。それだけで俺の中にくすぶっていた熱が、陰茎に直結した。
「あああっ」
俺は一度唇を上下されただけではなっていた。
すると存沼が顔を上げた。俺はその顔を見ていたら、涙がこみ上げてきた。
「……嫌だった」
「誉?」
「マキくん以外に触られるなんて嫌だ」
俺はそう言って、存沼に無意識にすがりつき、ただ泣いた。
すると背中に腕が回り、しっかりと抱きしめられた。
無言しばしの間抱き合う。
存沼の心臓の音を聞いているうちに、俺は次第に理性を取り戻していった。存沼のぬくもりがすぐそばにあったからだ。
「誉」
「……」
「俺はな、何があってもお前のことを愛してる。だから泣くな」
そんな優しい言葉を言うのは卑怯だ。
僕はさらに存沼の腕の中で号泣してしまったのだった。もうそれは、子供のように。
ああ、ああ、なんでこんなに辛いんだろう。
もちろん存沼じゃない誰かに触られた現実が辛い。だけど、それよりも、優しく慰めてくれる存沼の存在の優しさに、俺は泣かずにはいられなかったのだった。