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気づくと俺の視界は黒かった。黒光りしていた。少し考えて、黒い革製の何かで目隠しされているのだと気がついた。そして手でそれをとろうとして、後ろ手に手錠をはめられていることがわかった。それはわかったのだが、分かればいいというものではなかった。
ズキズキと鈍く痛む頭を必死で回転させる。
そうだ俺は、布から何か変なものを吸って気絶してしまったのだ。それでここは……こんな不穏なものが俺の体にはまっているのだから、試作品室に違いない。だけど、なんで?
俺は黄さんとあれまで普通に話をしていただけだぞ?
首をひねろうとした時、そこにも輪がはまっていることに気がつき、鎖が揺れる音を聞いた。同時に、俺は自分が下半身裸で、なにかの上に跨っていることを悟った。ひんやりとした感触がする。そしてそれはゆっくりと揺れていた。その度に陰茎に柔らかな刺激が来る。しごき上げられる感覚に非常に近かった。きっとこれ、西園寺と三葉くんが作った木馬だ。もう少し動きを早くされたら、俺は出してしまうと思う。自覚した途端、体の奥から熱がこみ上げてきた。
「目が覚めたか?」
「なんでこんな……」
「初めて見た時から犯しがいがありそうな顔だとは思っていたんだ」
「な」
「まぁ安心しろ。今のお前はまだ、大切な交渉材料だからな」
乱暴に扉が開いたのは、その時のことだった。
「誉!! っ」
目隠しのせいで見えなかったけれど、その声に、存沼が来てくれたのだとすぐにわかった。
全身の力が安堵で抜け始める。
しかしその時ぎしりと音がして、木馬の足部に黄さんが足を付いた気配がした。
そして俺の首筋には、すごく熱い何かが垂らされた。
「っ、あ」
なんだこれは。え? も、もしかしてろうそくか? ベタベタと生暖かいものが皮膚の上で固まっていく。
「誉を離せ」
「安心しろ。お前を待っていたからまだ手出しはしていない」
いや十分出してるから! 俺は失笑している黄さんを、目隠し越しに睨みつけた。なぜ俺がこんな目に遭わなければならないというのだ。存沼に用ならば、直接話せばいいのにな!
「誰だお前は」
「すぐにわかる」
「華僑の人間だとは聞いた」
「まぁそうだな。中でも――俺はタチが悪い方の人間だ。これで紹介は十分か? それよりもお前にちょっとしたお願いがあってな」
「存沼は脅しには屈しない」
「脅しじゃないさ。正当な取引としようじゃないか」
「取引だと?」
「お前の持株会社の一つを俺のフロント企業にしてくれるというなら俺は帰る」
その言葉に、存沼が息を飲んだ。
「それは……」
「見込み違いか。てっきり会社よりも大切な友人だと思っていたんだけどな」
黄さんはそういって吐き捨てるように笑うと、また俺の首に蝋燭を垂らしてきた。
じわりとした熱に泣きそうになってしまう。
その上、木馬を強く蹴り上げられた。
「ああっ、あ」
油断していたせいで思いっきり声を上げてしまった。そのうえこの玩具、さすがあのふたりが作っただけはあって、今度は激しく擦り上げられる感覚に、そんな場合ではないのに俺は達したくなって、気づくと腰を振っていた。我ながら情けない。こんなのは嫌だ。
存沼の声が響いてきたのは、それからすぐのことだった。
「……誉を離せ」
「交渉は成立だな」
そういうと、僕の目隠しを外しながら、片手で黄さんが机の上に燭台を置いた。
コトンとしたその音を呆然としたまま聞いていると、手錠を外してから、悠々と黄さんは外へと出て行った。
入れ替わるように、俺に存沼が走り寄ってきた。
そして首輪も外してくれて、木馬からも下ろしてくれた。それからぎゅっと抱きしめてくれた。その瞬間俺の涙腺は崩壊した。俺は叱咤した。俺の涙腺よ、耐えろ! しかしそれは無駄な気合だった。しかも、しかもだ。俺のせいで存沼は……何かを約束させられてしまった。うかつな俺が悪かったのに。俺のこと等庇うことはなかったのに。だけど存沼が助けてくれて嬉しい自分もいて、そんな狭間で吐き気がしてきた。だけどどう考えたって、俺よりも、存沼にとって大切なのは、存沼財閥だと思うのだ。だから聞かずにはいられなかった。
「なんで僕を助けたの?」
「お前より大切なものなんて存在しないからな」
存沼のその言葉に息苦しくなって、やっぱり俺はもう涙腺との激闘に負けた。声を押し殺して泣いていると、存沼が俺を抱き上げて、隣の寝室へと連れて行ってくれた。
それからしばらくの間、俺の髪を優しく撫でていてくれた。
そして、時計が八時を指した頃、微苦笑するような顔をした。
「誉、また守ってやれなくてごめんな」
「違うよ、マキくんがいつも助けてくれたんだ」
「いいや――もっとそばにいてやりたいのに、本当にごめんな」
そう言って僕の額に額を押し付けてから、存沼は立ち上がった。
「実家に連絡を取ってくる。俺が任されることになる会社の揉め事だが、一応な」
立ち上がった存沼の表情はとても大人っぽく、俺の知らない顔をしていた。
今、俺にできることはなんだろうかと考えて、必死に考えて、俺は微笑を浮かべた。
「本当にごめんね。応援してる」
「ありがとう」
こうして存沼は部屋から出ていった。残された俺は、ベッドの上で座り直し、体育座りをして膝に頭を押し付けた。こんなことになるのならば、来なければ良かった。無性に日本が恋しかった。元気かな、みんな。家族とか。そんなことを思い、俺はふと国際電話を視界に捉えた。俺も、電話をしてみようかと、決意した。気分転換したかったというのと、実に情けないことに、誰かに弱音を吐きたかったということが理由である。ともかく俺は、受話器を手にとった。