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 夜になった。古代に作られたという生体兵器の討伐。それが最近の任務だ。これは、ESPが無いと、見えない。だから一般の人々は襲われて死んでしまう。

 これの討伐は――一応平和を守るということなのだろうか。
 闇夜、月の下でそのような事を考えていた時、政宗と副が苦戦していて、食べられそうになった。

 咄嗟に二人を突き飛ばし、ゼクスは左腕を噛まれた。
 血がダラダラと流れていくのが分かる。
 二人がハッとしたのが分かった。

「下がっていろ」

 そう告げて、自分のPSY-Otherの青部分の治癒能力で直しながら、PSYロステク兵器の右手にはめた闇猫専用の鉤爪でなぎ払う。

 それから復活した左手にPKを集めて発動し、脳裏でもESP網を構築して、そこにPKを流して外部発動し、正面の敵をすべて殲滅した。

「よし、これで終わりだ。帰ろう」

 ゼクスがフードを外してそういうと、政宗と副が複雑そうに笑った。二人は、いつも厳しい事を言うのに、なんだかんだでこうして補佐して庇ってくれるゼクスの優しさが大好きで――そして力不足の自分が不甲斐ない。

 ゼクスのPSY値が自分達より低い等とはとても信じられなかった。
 別方面で戦っていた榛名が合流する。

「ゼクス、怪我は?」
「ん? 平気だ。治った」
「……相変わらずすごい治癒能力だ。まさに、神の御業というか……」
「まぁちょっとはあるんだろう」
「ちょっとというか――けどこのB3sudeは、PSY-Otherでも唾液で腕が傷つくはずだ」
「平気だ。それより俺はあんまり頭が良くないからそういう難しい言葉で言わないでくれ。こんなの名前はクラゲでいいだろ。よし、行くぞ。心配してくれてありがとう」

 ゼクスはそう言って微笑した。
 別に嫌味を言ったわけではなく冗談だと分かる。
 榛名はこんなゼクスの素直な優しさが好きだった。

 ただ、本当に理解していないのかは疑問だと、常々思っている。
 なぜならば――あんなに大量にいた生体兵器の中から、腕に唾液を浴びたのは大量にいた中から、きちんと外見的特徴を名称から挙げているのだ。

 本当に頭が悪かったら覚えられる事柄ではない。
 だからゼクスのIQ数値が常々疑問でもある。

 とりあえずゼクスが歩き出したので、三人も一緒に帰宅した。

 そして帰宅したゼクスは、腕を押さえて、玄関に座り込んだ。榛名が言った通りで、ローブをめくると、噛み傷のみが癒えずに残っていた。

 出血している。
 その上、点滴は明後日の予定なのだが、体が冷えているのが自分でもわかる。
 さすがにこれは、出血のせいではなく、病気の症状だ。

 ――怪我をしたり、病気の症状が現れたらすぐに来いと、診療所の時東大先生は言っていたが、もう深夜の三時だ。きっと寝ている。

 起こすのも悪いし、酷ければ朝になってから行けばいい。
 その翌日には、点滴もあるし、治らなければその時に見てもらってもいい。
 フラフラと立ち上がり、ゼクスは支給されている鎮痛剤を注射した。

 そして包帯を巻いたがまだ痛い上、病気の症状で全身まで痛み出したので、痛覚遮断コントロールというPSY-Otherの技法で、痛みを強制的に感じないようにした。

 本当はシャワーを浴びたかったが、傷があるので、PSY-Otherで浄化して、そのまま眠りについた。

 疲れきっていたため、直ぐに眠りについた。

 そして――昔からよく見る夢を見た。


 そこは真っ青な青空の下で、瓦礫のような廃墟が広がっている場所だ。

 もしもこれが夕暮れの夕焼けの中だったら、午後のお祈りを読んでいると度々浮かんでくるイメージに似ているだろう。

 あれは、ヴェスゼストの福音の第五章で、旧世界の終末の記録とそこから主であるゼスペリアを宿した使徒ゼストによる救いの記憶であるらしい。

 ならばこの青空は、救われた後なのだろうかとゼクスは考える事がある。

 そしてそこには、ゼクスにそっくりの人物が立っている。
 背後には、ゼスペリア教会によく似た建物があるのだ。
 その上、自分と同じ牧師服。

 これがきちんとしたゼスペリア猊下の黒い法王猊下着であり大聖堂などが背景ならば、ゼスペリア十九世猊下か、それこそ使徒ゼストの夢ではないかと考えるのだが、どこからどう見ても自分だ。

 けれどその表情は優しげで、仏頂面であまり笑顔がない無表情が多く厳しい性格だと言われる自分とは全く違って見えるから、やはり十九世猊下なのだろうかと考える事もある。

 なお、この夢の中の人物は、決まって似たようなことを話しかけてくるのである。

「使徒は見つかった?」
「……黙示録なんて起きないし、使徒を見つけるのは本当のゼスペリアの器だ。俺じゃない。俺はただのクローンだって言ってるだろ?」
「俺はそうは思わないな。ゼクスが俺の視た、俺の再来だと思う」
「その自称ゼストをやめろ。本物に失礼だろ」

 そう、この人物は、いつも自分を使徒ゼストだというのだ。

「だって顔がそっくりだし」
「似ていない。似ていたとしても、それは本物のゼスペリア十九世猊下に似ているということだ」
「だけど君は契約の子と同じようにゼルリアの神殿に住んでいるし、俺と同じで牧師だ」
「あそこはゼスペリア教会で、そんな名前じゃないし、牧師は最下層の特別職だ」
「昔はそういう名前だったんだ。ゼスペリア教会の地下三階くらい。それに当時は、全員、牧師と言ったんだ」
「――あれは、確かに旧世界の遺跡を整理して作った部屋だとは思うけどな……そんな事を知っているんだから、お前はただの俺の無意識だ」
「相変わらず信じてくれないか。まぁそれはそれで良いけど、とにかく黙示録が迫ってる。だから、使徒を集めて。すぐそばにいるから――ゼクスなら、みんなにきちんと、ゼクスが本物だと理解してもらえるとは思うけど……偽ゼスペリアは危険なんだ。きっと君を害するし、酷いことをするよ」
「例えば?」
「偽ゼスペリアは使徒をも騙す場合があるし、既にその兆候だってある。それにね――君を悪魔で汚そうとする。きっと使徒が守ってくれるとは思うけど……そうなれば、より黙示録に近づく。場合によっては、君は破滅を導く絶望の髪を孕む」
「悪魔なんていないし、汚すってなんだ?」
「――だからさ、率直に言って接触テレパスSEXによる快楽が悪魔なの。汚すっていうのは貞操。つまり強姦されて妊娠させられるんだ」
「あのな、俺のようにガタイが良い――……とは確かに言えないだろうが、なんというか男っぽい男はどちらかというと産ませる側だろ?」
「何度も言っているように、偽ゼスペリアは、君にそっくりなんだから、別に正しい見解だ。相違してない」
「――そんなのゼスペリア十九世猊下だけだ。顔、ならな。とすると、俺こそが偽ゼスペリアだろう? 俺、無意識では、猊下が嫌いなのか?」
「無意識じゃなく、時が来た時に再生されるサイコメモリックを深層意識のPSY層に残していたんだよ」
「……俺は頭が悪いから難しい事はわからない」
「頭が良いと自覚するとまずいだけだ。本当は気づいている」
「もういい加減にしてくれ。自分がゼスペリア十九世猊下にそんな事を思っていると思うと、自己嫌悪が激しくなる」
「そんな必要はない。正しい事は認め、真実も認める。それでいいんだ。それが、ゼスペリアの器であるという事なんだから」
「そもそもゼスペリアなんているのか? いたとして、俺には宿ってない」
「青と赤と緑とIQとPSY値と各種技能の集合、それがゼスペリアでいい。理解としては。君は全部持っている。原初文明の月信仰の頃から、神の器が持つこの能力を。神の器というのは要するにこの力をすべて持った天才という事だから」
「だとしたら全部俺にはないし、全部お持ちなのはゼスペリア十九世猊下だ。あっちの夢に出て来い」
「――場合によってはそうなる。偽ゼスペリアになってはならないと、直接言ってくる」
「その時は、くれぐれもその格好で行かず、場所も変えてくれ。まるで俺がESPで暗示をかけようとしているみたいに見えるだろう」
「そう考えるならば、それは俺の声を疑うということだから、その人物は俺の写し身じゃないということになる」
「ああ言えばこういうんだからな」
「ゼクスも一緒だ」
「これじゃあ寝た気がしない」
「――癒してあげるよ。具合も悪いみたいだし、怪我もしているから、それも。使徒ゼストが俺だと信じて、ちゃんと使徒を探すように」
「……」
「返事。明日にでも、黙示録を読むように」
「……――あのな」
「ん?」
「一回……その、読んでみようかと思って、見てみたんだ」
「進歩したね!」
「……けどな、信じるか?」
「聞いてみないとわからない」
「載ってないんだ」
「え?」
「小さい頃は、見た覚えがある。それに、表紙とかはある。けど、教会の祭壇の聖書から、消えてるんだ。白紙になってる」
「っ」
「破られてるとかじゃなくて、文字が無いんだ。幻覚かな?」
「――偽ゼスペリアが迫ってる。おそらくね。無意識かもしれないし、その上で誰かにその無意識が伝播して感染して、その者が消去したのかもしれない。それはOtherの力だ。近くに、信用できる教会があるはずだ。そこに、鴉のような黒翼の賢者がいる。その牧師に、この夢のこと、そして――必ず聖書の黙示録が消えている事を話すんだ。そして見せてもらうんだ、そこにある聖書を」
「鴉のような翼? 近くにはハーヴェストクロウ教会孤児院しかないし、牧師は四人もいる。賢者……ラフ牧師かな? けど、頭がおかしいと思われるだろ……」
「思われないし――そうだな、君がこれを無意識でゼスペリア十九世という人物を嫌っているからだと思うなら、告解として話せばいい」
「そんなことできない。俺はその人を守るためにいるんだ」
「だったら尚更、これが無意識ならば、そんなことを考えていたら、守るべき時に守れないだろう? とにかく、絶対に。明日、朝一番で行くように。約束だ、ゼクス。そうでなければ、そちらの夢に俺が渡る。君のふりをして、苦しんでいますという風にして、さもESPを飛ばしている感じに!」
「っ、卑怯だ。わかった、わかったから、そういう事をするな!」
「絶対に約束だからね」
「……」
「ゼクス、約束」
「……ああ、わかった」

 ゼクスが頷くと、自称使徒ゼストが苦笑した。

 それから彼が瞬きをした瞬間――ゼクスは目を覚ました。

 もう朝になっていた。
 気分が爽快で、めまいなどもなく、体の痛みもない。

 包帯を取ってみると、噛み傷ごと消えていた。
 こういう事は――昔からある。

 無意識が治癒を活性化しているのだろうとは思うが、それならば何故、意識的にできないのかは疑問である。

 その後ゼクスは顔を洗い、シャワーをあびて、朝のお祈りをした。
 ヴェスゼストの福音の第二章だ。
 そしてパンとチーズで、簡単な朝食をとった。

 そうして外へと出ると、本日も快晴だった。
 タバコを銜えて、煙を吐く。

 ――約束、してしまった。

 ゼクスは、約束を破るのが苦手だ。
 なぜなのか、昔から嫌なのだ。
 だからできない約束はなるべくしないようにしている。

 そして、ラフ牧師のところへ行くのは、困難なことではないのだ。
 ただちょっと、自分の頭がおかしいと思われるのが嫌なだけだ。

 だが――やはり朝確認した時も、黙示録には何も書いていなかった。

 とすると、聖書の不具合の報告は必要だろう。
 そう考えて、それに……確かに、告解もしたほうがいいだろうと思った。