3
その後、タバコを2本すってから、やっとゼクスは歩き始めた。
シスター達が花に水をあげている。
彼女達も皆、ガチ勢あがりだ。
挨拶をしてハーヴェストクロウ教会孤児院へと向かうと、政宗と榛名がタバコを吸いながら庭掃除をしていた。
「あれ? ゼクスどうしたんだ?」
政宗の言葉に、ゼクスは曖昧に笑った。
「ちょっとラフ牧師に用があって。いるか?」
「ああ、礼拝堂にいる」
榛名の声にお礼を言って、十字架を胸元できってからゼクスは中へと入り、礼拝堂へと向かった。
そこではラフ牧師が、聖書を眺めていた。
薄暗く、ステンドグラスで本日は紫色の印象だ。
ミナス・アメジストと呼ばれる、聖なるOther色相が漂っているらしい。
「おう、ゼクス。久しぶりだな。もうちょっとは顔を出せ」
「あ、ああ。そうだな」
「まぁ、休んでいけ。それとも何か用か? 別に用がなくても来ていいんだぞ?」
「――ちょっと用事がある。所でその聖書だな……黙示録、載ってるか?」
「――黙示録?」
「うん……あと、ちょっと懺悔室で、告解というか……なんていうか、ちょっとその事とか、後、なんだかおかしな夢をみて……よくわからないけど、鴉に似た黒き黒翼の賢者とやら……黒が二回もついてるからやっぱり頭の悪い俺の夢なんだろうけど、その話をその牧師にしないとならないと……後で話すけど……自分をゼストだと自称するどう見ても、なんというか、俺がいうんだ……偽ゼスペリアに気をつけろとか、使徒を探せとか。俺、頭がおかしいと思うんだけどな、その話だ」
ゼクスが困惑しつつ、俯きがちに言うと、ラフ牧師が息を飲んだ。
こめかみを汗が伝っていく。
彼は動揺を胸中で押し殺していた。
そして黙示録のページを開いた。
表紙にはきちんと、ヴェスゼストの福音付録、使徒ゼストの黙示とある。
しかし、めくり、険しい顔で凝視した。そこに広がっているのは、ただの白紙だ。
めくってもめくっても白紙なのだ。
嫌な汗とゾクリとした悪寒が這い上がってくる。
「ゼクス、懺悔室へ」
「あ、ああ。黙示録、あるよな?」
「――それもあちらで話そう」
ラフ牧師は、安心させるように微笑した。
そして、懺悔室へと向かった。
逆の入口から入り、ゼクスは十字を切って、椅子に座る。
ゼクス側からはラフ牧師は見えないが、あちら側からは見える。
「ゼクス=ゼスペリアの告解を許可する――ということで、楽に話せ。まずは、その夢について」
「ん、ああ……あのさ、夕方のお祈りを読むと、夕暮れの中の廃墟が見えるだろう?」
そんなものは普通見えない。しかしラフ牧師は押し黙った。
「続けて」
「うん。それのな、青空バージョンの中に、どう見てもゼスペリア教会が建っていて、それでな、自称使徒ゼストを名乗るけど、どこからどう見ても、牧師服も同じの俺がたって、笑ってるところから始まる。小さい頃は、俺だとは思わなかったけど、今じゃそっくりだからわかる」
「――具体的には、いつから見るんだ?」
「さぁ……気づいたら、だからこう、物心ついたら、ということなのかな……それで決まって言うんだ。偽ゼスペリアの脅威が迫っているから、使徒を探せって。それで最近は、大至急探せって言うんだ。近所にいるからって」
「それから?」
「だから気になって、黙示録を見てみたんだ、最近。そうしたら白紙だったから、昨日夢でそれを言ってみたら、偽ゼスペリアか、その伝播で感染した人物のPSY-Otherだって言うんだ。それで俺は、お前は俺の無意識だと言ったら、必要な時にサイコメモリックとかいうので出るようにしていたとかいうんだ。それでゼスペリアっていうのは、青と赤と緑とIQと各種技能が全部あるということで、器というのは、その才能を持ってる天才だっていうから、だったらそれはゼスペリア十九世猊下だって言ったんだ。そうしたら、でも自分は俺にそっくりだし、間違いなく俺が使徒ゼストの写し身だという。そんなことはありえないから、これは俺の無意識の願望だと思う。しかもその自称ゼストは、偽ゼスペリアはゼスペリア十九世猊下かもという。俺は無意識でそんな事を思っているとしたら嫌だからやめろと言ったら、だったら尚更告解に行ってこの夢の話と黙示録が消えてることを話せと言うんだ。絶対に約束しろって。そうじゃないと……偽ゼスペリアに強姦されて子供産ませられるというんだ。頭がおかしい」
「――最後に黙示録を読んだのは?」
「いつから白紙なのかはわからないけど、小さい頃、ラフ牧師に、ゼスペリア教会で読んでもらったはずだ。五歳とか六歳とか。なんだか使徒が出てきて、偽ゼスペリアが世界を滅亡させるから、使徒ゼストの写し身がそれを阻止するようにするんだろう? そういう内容だったような気がする」
「――黒き黒翼の賢者も、偽ゼスペリアが本物を悪魔で怪我して絶望の神を孕ませる描写もある」
「えっ……いや、けど……俺は、そういう天才ではないし、ゼスペリアなんて宿ってない。一つ不思議なのは、この夢を見た時に具合が悪かったり怪我をしていると、自称使徒ゼストが治してくれるんだ。だから信じろっていう。俺は無意識にPSY-Otherが発動してるんだと思うけど、意識的にはそれはできないんだ……後、ゼスペリア教会をゼルリア大神殿だというんだ。そんな名前じゃないのに。地下三階っていうんだ」
「――旧世界において、ゼスペリア教の聖地は、ゼルリアだった。ゼルリア大神殿は、滅亡の時に、使徒ゼストと十二使徒、紫色の使徒などがいた場所で、それは――正しくゼスペリア教会だ」
「……俺のことからかってるのか? ただの夢だ。そういうことじゃなく、俺は告解を……」
「ゼクス、落ち着いて、冷静に聴いてくれ。そして、誰も恨まないと、誓ってくれ」
「う、うん? ああ」
「各自懺悔は後でする。私もだ。だから、今は事実として、静かに聴いてくれ」
「……? わかった」
「お前は、現在お前がゼスペリア十九世猊下だと思っている人物のクローンではない」
「――は?」
「実の双子であり、そしてお前が長男だ」
「……え? けど、色相とか、色々……」
「学歴も天才認定も、つまりIQも各種技能も、なにより単色のゼスペリアの青も、全てのお前のデータなんだ。病気もまたお前のデータだ。つまり、夢の中で使徒ゼストが言ったゼスペリア、それをお前は持っている。よって、確かに器だ」
「……」
「ランバルト機密という文章があった。ランバルトとゼスト・ゼスペリアの血縁で、双子が生まれ、黙示録が引き起こされると。よって代々、次男を殺してきたそうだ。だが今回――私達は、どうしても二人の一方を殺すことはできなかった。そして万象院の教えに、終末の世を双子の片方が救うと書かれていた。そして、それがどちらであるか、長男か次男かという記載は無かった。だから、偽ゼスペリアとならない聖職者になるよう、偽ゼスペリアとなる可能性が高い次男を長子とし、本来の長子であるお前が使徒ゼストの写し身であった時、撃退できるように、あちらには武力を仕込まず、お前には仕込んだ」
「そしてあちらが、偽ゼスペリアだった。お前が、使徒ゼストの写し身だったんだ」
「――待ってくれ、そんなはずが……」
「私達は、ずっとお前達の兆候を見守ってきた。そして私もまた、お前が、お前こそが使徒ゼストの写し身だと確信している」
「そんな馬鹿なことが……それに、仮にそうだとして……双子のどちらかとは書かれていなかったんだろう? ならば、俺をそう勝手に思い込ませて、俺に本物を害させようとしているのかもしれない」
「偽ゼスペリアならば、そのような思考にはならない」
「――なら、ゼスペリア十九世猊下を偽ゼスペリアにしなければいいし、俺も黙っているから、それならきっと……」
「こちらの教会の黙示録もまた消えていた。これは、使徒を探すことへの妨害だ。ゼクス、すぐにゼスペリア教会の地下四階へ行き、そこにある金色の指輪を右手の人差し指・薬指・小指にはめろ。そして中指には、白金色で緑の宝石がはまっている、蛇のような指輪をはめるんだ。それから右の手首に、そこにある翡翠の数珠を五つはめろ――それから、最下層の長老の赤と緑の元へ行くんだ」
「え、けどそれは……つけてはダメだと……いつか、持ち主が現れるんだろう?」
「今現れたというか、お前だとわかった。それらは、万象院や匂宮に伝わっていた救世主の証だ」
「そんなの俺が持てるわけがないだろう! ゼスペリア十九世猊下にお渡ししなければならない」
「絶対に渡してはならない。偽ゼスペリアは、それを奪いに来る。だから身につけたら、そばにある黒い手袋をはめ、絶対に見せるな。そして牧師服だけではなく、その上に、常に闇猫と黒色のローブ、口布をみにつけ、決してゼスペリア十九世には顔を見せず、何よりも近づいてはならない」
「……でも、俺、護衛を……」
「今後一切してはならない」
「……」
「ゼクス、告解は終わりだ。礼拝堂に周り、ついてこい」
「……あ、ああ……ありがとうございました」
言われた通りにゼクスが外へ出ると、真剣な顔で、ラフ牧師が頷き、歩き始めた。
そして一角の壁に触れると、すっと扉が消えて、階段が現れた。
驚きながらも、降りていくラフ牧師についていく。
すると勝手に背後の扉が閉まり、周囲のロウソクが点った。
その後一番下まで降りると、一つの柩があった。
ラフ牧師がそれを開ける。
中には、白い布と黒い布、そしてそれぞれの上に、紫色の宝石がついた指輪と、銀色の指輪があった。中央には黒い宝石がついた十字架がある。古びた聖書も一冊入っていた。
「ゼクス、布二つと、それぞれ全てに触ってみろ」
「あ、ああ……」
触ってみる。ただのボロい布だ。
「気分は?」
「なんか日干しとかした方がいいかもな」
するとラフ牧師が小さく吹き出した。
「――まぁ、我慢しろ。白い布を右手首に巻いて、数珠はその上につけるように。そして黒い布は左手に巻くんだ。そして紫色の指輪を中指に。銀の指輪は左の人差し指と中指、小指だ。そして――十字架を下げろ」
「……これでいいのか?」
「ああ、それでいい――いいや、十字架は服の下に。決して誰にも見せてはならない。見せるべき時は自ずとわかる。また、緑と赤の長老、そして――法王猊下にはお見せしても良い。ほかは、決してダメだ。持っていることも伝えるな」
ラフ牧師はそう言うと、今度は棚に歩み寄り、白い手袋を差し出した。
「この左の手袋もまた、決して外してはならない。それとこの時計を手に取り、黒い布の上からはめて、紫色の指輪の金の鎖を、左の人差し指の鎖に絡めてから、ぶら下がっているものと2本、時計に繋げ」
「――これでいいか?」
「いいだろう。それと、この聖書と、柩の中の聖書を絶対に手放さず、黙示録は、それぞれのものを読み、今後一切ほかの聖書を信用してはならない。朝夕の祈りもそちらを見るように。牧師服のポケットに入れておけ」
「ボロいから読めるかな……」
「大丈夫だ」
「――けどこれ、右手にこれからはめる大切なやつと見た目似てないか? 左のこれも大切なんじゃ?」
「銀の指輪は、ランバルトの青と呼ばれる。金の指輪に匂宮金環だ。左右の中指はメルクリウスの三重環の緑と紫。時計は円環時計。数珠は万象院秘技翠珠という。左右の布は、使徒ゼストの聖遺物であり、左は黒咲、右は闇猫のものとして伝わってきたものだ」
「なんでゼストの遺物が黒咲に? それ、華族だろ? ゼスペリア教は貴族だろう?」
「根幹は同種だ。時代が違うだけだ。そして――十字架は、使徒ゼストの十字架。最も貴重な聖遺物だ」
「そんなの俺は持てない! 宗教院に寄贈しないと!」
「――それが不可能だから長らく、ゼストが亡くなったここにあった」
「え?」
「基本的に、触ることすら、私にさえできない。聖書二冊も、それ以外も。万象院と法王猊下ならば、見ることはできるだろう。既にそれを手に出来るだけで、お前が使徒ゼストの写し身という証拠なんだ。偽ゼスペリアはそれを奪おうとするが、持つことができないとされる。よって――持つことができる本物の使徒ゼストの体を狙うんだ」
「……」
「それから、これを」
ラフ牧師はそういうと、首から黒い羽型のボタン型カフスをはずし、ゼクスの首につけた。ダイヤがそれぞれに光っている。
「こ、これ、ハーヴェストクロウ教会の筆頭牧師の証なんじゃ?」
「違う。それは使徒ゼストの聖刻印や猟犬の首輪、使徒ゼストの黒翼と言われる聖遺物の一つだ。万が一、お前が偽ゼスペリアだった際に備えて、法王猊下よりお借りしていて、お前が写し身だった場合は渡すと誓っていた。ここにある全てがそうだ」
「……」
「すぐに闇猫の正装と黒色のローブを。そして、この手紙を、緑と赤に。また、私に何かあった場合、これをザフィス神父、これをハーヴェスト侯爵、これをアルト猊下、これを法王猊下にお渡ししろ。そしてできれば、英刻院藍洲閣下にはこれを。あと、余裕があったら、こっちは時東と高砂と橘に回し読み、こっちは若狭と榛名と政宗に回し読み。余裕がなければ赤と緑に渡しておけ。いいや――それがいいだろう」
「ま、待ってくれ、何かって……」
「――黙示録によると、偽ゼスペリアが迫る時、使徒ゼストの写し身を守りし黒き黒翼の賢者は、偽ゼスペリアの手により困難な状況になる。場合により、天に召されるだろう――私が、本当に賢者とは限らないが、この黒翼を授かった頃から、そしてまぁ私の名前から考える事があった。あのな、万象院と匂宮の血を引く者を鴉羽と呼ぶ。ハーヴェストクロウのハーヴェストは、ゼルリアが青き光という意味であった頃、羽という意味だった。クロウは今でも鴉だからな。そして私は――ゼクス、お前の本当のおじいちゃんなんだ。ずっと言いたかった」
「っ」
「お前には辛い思いばかりをさせたと思っている。本当に申し訳ないことをしたと思っている。それでもお前が可愛かった。誰よりも。愛していた」
「ラフ牧師……俺は辛くなんかないし、ラフ牧師に育ててもらって幸せだ」
「ゼクス」
ラフ牧師は苦笑するように笑うと、ゼクスの頭をぽんとなでた。
それからゼクスのフードを被せた。
「このまま、道をまっすぐ行くと、四階に出る。そこで身につけたら、五階に降りて、そこから通じる道を進むと、緑と赤がいる場所にたどり着く。おそらくハーヴェスト侯爵か法王猊下に直ぐに会うように言われるだろう」
「――ラフ牧師、危ないなら、それなら、俺と一緒に来てくれ。俺、絶対に守るから」
「……ありがとうな。本当に優しい子だ。だが、なぁ。私はお前の師匠だぞ。孫だからこそ厳しく育てたんだ。が、だからといって、お前に守られるほど耄碌してなどいない」
「う、うん。じゃあ、絶対に無事でいると約束してくれ」
「それはできない。お前が世界を救ったら、きっと無事だろうとは思う。聖書にはそう書いてあった」
「本当だな?」
「後で読んでみろ。それと、夢について、なるべくメモをしておけ、これからは。そして危機が迫っていると思ったら、逃げるんだ。とにかく逃げるんだ」
「わかった」
「よし! じゃあすぐにいけ! 頑張るんだぞ!」
「ああ!」
気合を入れるように笑ったラフ牧師に大きく頷き、ゼクスもまた笑った。
こういうゼクスの顔は珍しい。
そのままゼクスを見送り、ラフ牧師は、内側から扉を閉めて、柩の蓋を閉じた。
上に――嫌な悪しき気配がする。押し殺した殺気を感じる。
前々から、柩の在り処を探していた連中だ。ここが見つかるのも時間の問題だ。
ラフ牧師は、鴉羽の正装である和服に姿を変えて、念珠を首から下げた。
先端には十字架がついている。
昔は万象院のこの品が不思議だったが、今ならば、これは根本が同一だということだとわかる。
――せめて、ゼクスが無事に逃げるまでの時間を稼がなければならない。
が、このままでは、ゼクスが姿を消した以上、ゼクスに疑いがかかるだろう。ESPで通信をする事は非常に危険だ。
しかし――孫に疑いがかかるなど、ラフ牧師は耐えられなかった。
ゼクスの性格的に、糾弾されても沈黙する。
だからラフ牧師は、愛弟子三人にESPを送信した。
『礼拝堂に決して近寄らず、逃げろ。ゼクスを狙った闇の者が来た。こちらは大丈夫だ。時東のところに行き、ザフィス神父を呼ぶようにいえ。高砂にも声をかけ、決して診療所から出てはならない。そして――ゼクスあるいは私を信じてくれるのであれば、事態がひと段落したあと、ゼクスを守ってくれ。とにかくまずは逃げろ』
その送信に、三名がハッとした気配がした。
同時に礼拝堂の集団が発信源を特定したようだった。
『とにかくいけ。質問は後だ。そして、礼拝堂に戻ってはならない。行け!』
三人が移動する気配がした。
孤児達は、本日は皆外出している。
近所の王立学府の義務教育課程に進学を許された孤児ばかりだからだ。
――扉が蹴破られた音がした。
階段を音もなく、複数の者達が降りてくる。
ラフ牧師は、手に、長い十字架を構えた。闇猫の武器だ。
もう一方の手では数珠を持つ。
「散れ」
そう言って、一撃目を放つと、多くが倒れた。
しかし、残った集団が襲ってくる。
「使徒ゼストの十字架はどこだ?」
「どこか告げても貴様らには触れることすらできない」
「――手にしている者はどこにいる?」
「目の前にいるだろう」
「渡せ」
こうしてしばしの乱闘の末、ラフ牧師は殲滅した。
だが――胸に長々と、ラフ牧師が持っていたものと同じ十字架が突き刺さっていた。
吐血し、膝をつく。
そして生き延びてくれと願いながら目を伏せた。
階段を降りてくる誰かの足音を耳にしたような気がしたが、そのまま意識は闇に飲まれた。