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 昨日、枢機卿議会の正式な開催があった。
 その際、王都特別枢機卿であるレクス伯爵はこちらへ来ていた。

 そして兄――と名乗る、皆に『本物の』ゼクス猊下と呼ばれているが、家族には『リュクス猊下』と呼ばれている兄と会った。

 歴代のゼスペリア猊下は、枢機卿議会に出席してきたはずだが、今までレクスが知る限り、それは一度もない。

 体調が悪いからだと聞いてはいるが――レクスは、常々それが疑問だった。

 父であるアルト猊下の場合、めまいや貧血、場合により低体温、悪化すれば体の痛みが出る。

 そして、生体データ上、このリュクス猊下は、より重症であるはずが、一度もそういう姿を見たことはないのだ。

 二週に一度点滴をしていて、月に一度は自主的保管手続きとしての血液や混雑型PSY地核球を保存しているはずが――それすらも不定期だ。データとそぐわない。

 そして……もう一人の『兄』の顔がよぎる。
 小さい頃は、本物の兄上だと信じてきた相手。

 実はリュクス猊下のクローンであるとリュクス猊下の口から知らされて――騙されたと思った。

 だから時々怒ったりしたのだろうかとか、幼かった頃は思ったし、散々クローンだのなんだのと言って、馬鹿にしてきた。

 だが、それでもついつい『兄上』と口にしてしまう相手。

 ゼクス兄上だけが、やはりこう、兄であるという気がするのは、宗教院という遠方に本物が住んでいるからなのだろうか?

 苦笑しながらクローンだと頷いて、それ以後、呼び捨てではなくレクス伯爵と呼ばれている。

 それでも自分が顔を出した時、少しだけ和らぐあの表情。仏頂面でとっつきにくそうだが、話してみると暖かい。優しい。

 博愛の権化のようなリュクス猊下の方が、それは客観的に言えば優しいのだろうが、どうしてもレクスは、ゼクス兄上の優しさの方が好きで、クローンだと頭で理解しても、どこかで信じられない。

 逆ということはないのかと、常々思っている。

 それで常々両方の父や法王猊下、ゼクス本人にも探りを入れるのだが――生体データを見ても、そうではないという結果が出るし、家族は濁すばかりだ。

 だが、濁すのだ。
 クローンだとは言わない。

 その上――データ上は、健康で献血のみで良いはずのゼクス兄上は、隠れて確認した限り、特異型PSY-Other過剰症の治療を受けている。

 ならば、データが逆なのではないのか?

 だが、本人にそれとなく聞いても『そんなはずがないだろう。ゼスペリア十九世猊下は俺なんかとはレベルが違って重症だと聞いている。頭の出来は俺が悪いんだから、そこも逆だとよかったのにな』などと言う始末だ。

 が――リュクス猊下は、といえば。『正直クローンなんて怖いんだ。まるで偽ゼスペリアみたいで』と時に怯えた顔をする。

 同じ顔なのに儚いこちらの兄を見ていると、それはそうかもしれないとは思うのだが――果たしてそうなのだろうか? レクスの知るゼクスは、人を疑ったりしない。だが、リュクス猊下は疑う。

 その部分、さらに弱さを見せて守ってもらおうとする部分。
 そこがひっかかるのだ。
 無論、武力の差異はあるだろう。

 だが――身を呈して傷つきながら、ゼクスは周囲を守り、大丈夫だと言っていつも笑う。
 全く大丈夫そうではなくてもだ。
 ああいう強さこそが、ある種の脆さであるような気もする。

 だがだからといって、今更対応をどう変えて良いのかもわからないし、どちらも兄であることには変わりがないのだろう。片方がクローンだとしても。

 神聖な気配に、一気に飲み込まれたのはその時だった。

 凍りついたように動きなくなったが、不快感はない。
 息ができないようなのに、そこにあるのは清涼な空気だった。
 目を見開き、息を呑む。自然と冷や汗が流れた。

 レクスは――これを知っていた。ゼクス兄上が、祝詞を朝夕に読む時と同じ感覚、その、大変強力なものである。

 ゼクス兄上が、確実にここにいる。周囲を見れば、護衛の闇猫達も硬直している。
 現在は、普通の聖職者の姿をしているが、金のカフスをつけている砂嵐だ。
 そんな中、動きを止めた一同を、リュクス猊下が振り返った。

「どうかしたの?」
「どうかって……何か感じないか?」
「何か?」

 リュクス猊下が首を傾げた。
 ――良く捉えるならば、リュクス猊下にとっては取るに足らない気配だということだ。
 悪く、というか、客観的に考えるならば、感じる力も無いということだ。
 闇猫二名が顔を見合わせ、小さく頷いている。この反応は、なんだ?

「――聖遺物のような気配だ。ついにリュクス猊下に使徒ゼストの十字架類をお渡しになる準備でもしているのかもな。臨時の枢機卿議会の招集もかかっているし」
「ほ、本当!? すごく嬉しい。これまでは体を気遣っていただいてお渡し頂けなかったから。僕はもう大丈夫なのになぁ。じゃあ、早く法王猊下にご挨拶に行こう! 帰りの挨拶だったけど、そういうことなら、延期しないと!」

 満面の笑みで、歩き出すリュクス猊下。
 レクスは、目を細め、腕を組みながら後ろを歩く。

 そして、自分の背後にいた、自分付きの闇猫と、逆側にいた闇猫に扮している黒色をそばによせ、二人に直接ESP送信した。

 ――ゼクス兄上がいらっしゃっていると思う。万が一に備えてお守りしろ。宗教院は危険だ。

 この二名は、レクスの見解に同意しているから、即座に頷いた。
 こうして法王猊下の居室へとたどり着き、ノックをして入室した。

「お祖父様! 聖遺物の気配がしましたが、くださるのですね!?」

 嬉しそうにリュクス猊下が言った。
 気配をただ一人だけ、感じなかったにも関わらずだ。