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「何の話だね?」
「えっ、だって、僕に下さるから、臨時の枢機卿議会を……」
この勘違い癖、頭の悪さ。これで高IQというようにも思えない。
そうでないはずのゼクス兄上は、レクスが小さい頃なんでも教えてくれたが、同様の質問すら、リュクス猊下には理解できない様子なのだ。
「それは別件だ。それで、聖遺物とは?」
「ランバルトの青でしょう!? ランバルト家に代々伝わるっていう!」
「誰がそう言ったんだね?」
「みんなが言っていました。Otherを強くするから、今の健康だと身につけられないって! けど僕もう大丈夫です。僕は、ゼスペリア十九世ですから! それに、隣のお部屋だって――」
「今、この部屋の周囲に、聖遺物があるとして、いくつあると思う?」
「え? ランバルトの青以外にも?」
「ランバルトの青はどのような気配だった?」
「え、ええと……青いような」
「――紫ではなくて?」
「む、紫でした! そうでした! ラクス猊下の瞳のような!」
「――レクスはどう思った?」
「――使徒ゼストの銀箔だと思う。そして、ゼスペリアの青のようなサファイア、後、黒曜石とダイヤか? 並んでいた。それと、もっと薄い青……アイスブルーで……ただ、トパーズに思えた。ランバルトの要素は……? さぁ、その薄い青か? しいていうなら。それと、銀の鎖が二本見えるんだが、なんだか金の鎖も絡まっていた。だが、あれはランバルトの青ではないような気がした。もっとこう――ハーヴェストに近い気配だ。ほかに、紫色の薔薇のようなイメージがあったから、紫色とも言えるのか? だが、それはランバルトの青なのか? それと、おそらくそれと金の鎖は、時計かなにかに繋がっていると感じた。あれは、俺には血脈を示す一連のなにかに思えたが、遺物かどうかは不明だ。それと何より異常だったのは、こちらは銀箔というより――まるで銀そのもので出来ているかのような……銀色の十字架で……真っ黒な黒曜石のような煌きが、ただしあれは、俺にはおそらく、こうしてESP知覚イメージで思い出すだけで息が凍るから、目視も厳しいかもしれない。あれは継承できるような代物とは思えない」
「ぼ、僕も詳細に言うならばレクスと同じように思ったんです。ただ上手く言葉にできなくて、頭に浮かんだことを。法王猊下にならば、あれで伝わるかなって」
「――そうか。して二人共、それが用件か?」
「えっと……僕は帰りの挨拶のつもりだったんですが、ちょっと延期しようかなって」
「いいや、体調の問題もある。祖父として心配でならない。すぐにリュクスは帰るように」
「け、けど、ランバルトの青を……」
「あれは私が持ち主を決定できるものではなく、さらに欲しいと願ったものが手に出来る類のものでもない。それに病は無関係だ。なぜ遺物を欲する?」
「だって、僕はお祖父様の孫だから、だから、僕だって少しは……」
「元気でいてくれるだけで、祖父としては嬉しいんだ。またな、リュクス――お送りしろ」
「――法王猊下、俺は少しお話があります」
「そうか。ではレクスは残れ」
こうしてレクス伯爵と、二名の付き人が残った。
出て行く時、リュクス猊下が非常に暗く冷たい瞳をしていたことを、レクスは見逃さなかった。
「この者達は俺と同じ見解なので、この場に同席させて、再度、何度もこれまでに繰り返してきたことですが、お聞きしたいことがひとつ。新しい事柄がみっつあります」
「――言ってみよ」
「本当に、リュクス猊下が本物で間違いないのですか?」
「……」
「何度も言いますが、俺にはゼクス兄上がそうだとしか思えない。確かにリュクス猊下もまた兄だと理性的に理解してはいますが、俺にとっての兄上は、やはりゼクス兄上だけです――そして、どう考慮しても、二人の生体データが入れ替わっているとしか思えない」
「……」
「断言して頂けないならば、勝手ですが以後、俺が保護させて頂きます。闇猫をしているような体調だとも思えない。クローンだろうがなんだろうが、ゼクス兄上はゼクス兄上であり、俺にとって兄だ。だからもう一度、確認を正確にしてください」
「……」
「そして三つのうちの一つ目、まず、先程の神聖な気配、あれは、ゼクス兄上がゼスペリア教会孤児院で、祝詞を読んでいる時の気配に非常に近い。今、いらしているのでは?」
「っ」
「そうなのですね? 俺には宗教院は信用できない。これまでゼクス兄上を放っておき、あまつさえ聖遺物のごときあの気配に微塵も気付かなかったリュクス猊下を持ち上げ称えるような連中など。そんな場所にはとてもおいておけませんし、だとするなら、こちらで護衛を付けさせてもらいたい」
「……」
「二つ目、あれは、あの気配は、ランバルトの青のほかに、ハーヴェストのギルドに伝わっていて、現在所在が不明だとされていた、メルクリウスの三重環のアメジストのイメージと、円環時計のイメージだった。あれらは、ハーヴェスト侯爵長子、つまり、俺の一番上の兄であるから、父が託しておいたと俺は思う。それは使徒イリスの血脈を継ぐ者の証であり、ゼスト・ゼスペリア猊下とまた同じだとギルドは解釈している。契約の子の可能性がある者のみが所有する時計だ」
「……」
「父上もロードクロサイトの祖父も、決してそれ以外に渡す事はありえにありえない。ゼクス兄上は少なくとも彼らにとって長子であるし、俺にとってもやはり兄だ。仮に二番目だろうが」
「……」
「最後だ。俺は、あの十字架が使徒ゼストの十字架だろうと判断している。あれは、本来触れることすらできない。それを持つことが仮にできているのだとすれば――それは、使徒ゼストの写し身だ。リュクス猊下は常々、ゼクス兄上が偽ゼスペリアのようで怖いなどというが――逆ではないのか? ランバルトは、双子の一方を殺害すると聞いている。あの二名、本当は、双子なんじゃないのか?」
「……レクス、結論から言う」
法王猊下は指を組み、机の上に載せた。
「全て、レクスの言うとおりだ」
「ならば――」
「臨時の議会で、生体データを含めて公表する――死産だと思われていて所在不明だった長子が生存していて、この何者かの犯行により、生体データが逆に送信記憶され、学府や天才機関の数値も全て、逆に記載されていたと。そして本物は、クローンだと考えられて生きてきたと……無論これは、わかりやすく理解させるための偽りだ。本当は、各種の事情で、こうなった。レクスにはそれを後ほど話すと約束する。そして――ゼクスは、ゼクス猊下こそが、ゼスペリア十九世であるとして公表し、リュクス猊下は次男として再認定する。その際、ゼクスにはヴェスゼストの赦祝を読ませる。これは、正式なるゼスペリア猊下の仕事だ――私も、この日を待っていた」
「……」
「そして、レクスの言うとおり、ゼクスは使徒ゼストの写し身だと私も考えている。その上――黙示録の予兆がある。並びに、既にゼクスの元へは、偽ゼスペリアの手が迫っている」
「っ」
「今回、それらから保護をするため、そして真の使徒ゼストの写し身であること、ゼスペリア十九世であること、それらを公表する。今後、宗教院は、全力でゼクスを保護する。だがレクスの言うとおりだ。私も宗教院の全てを信用できるとは考えていない。よって、レクスが本当にゼクスを兄上だと思い、これまでも、そしてこれからも、守ってくれるのであれば――レクス、お前は黙示録に記載されている、第四使徒だ。お前が兄だと思うもの、それが、本物の使徒ゼストの写し身だと私は考えている」
「……」
「ゼクスは、使徒ゼストの夢を見たと言っていた。本人は自分の無意識が見せた不敬な夢で自称だというが、私はそうは思わない。身近にいる使徒を早急に探せと言われたそうだ」
「……」
「お前は記述に合致する。覚えているか?」
「――ええ。偽ゼスペリア、あるいは世界を救えないだろう場合の使徒ゼストを殺す。欠番の第四使徒と同じだ。ならば、ゼクス兄上のそばにいるべきではない。俺は、兄上を手にかけることなど決してできない」
「いいや、必ず、ゼクスは世界を救うだろう」
「――だが俺は、リュクス猊下を手にかけることもできないだろう」
「それで良い。リュクスが偽ゼスペリアかどうかもまだわからない。そして、そうならないように、あえて宗教院で育ててきたのだ」
「っ」
「代わりに、そうだった場合に備えて、ゼクスには、あらゆる知識と武力を叩き込んである。対抗しうる力をだ。だが、腕が立つことと、強いことは違う。守るというのは武力があれば良いというものではない。レクス、ゼクスを助けてやってくれ」
「俺が使徒であるとか、二人を手にかけるなどはともかく、それは必ず――ただ」
「ん?」
「ゼクス兄上本人にはこんな事が言えないんだ。だから、信用されるからどうか。というか信用されるとは思うんだ。あの人は、人を疑うということを知らない。頭はいいんだろうが、その点は、まだリュクス猊下の方が利口だ。小賢しいとも言うんだろうが」
「大丈夫。ゼクスはきっとお前を信用するだろう。心から、な。それにゼクスと同じように、リュクスもそうではあるが、お前にもまた、使徒ランバルト、使徒ゼスト、使徒ルシフェリア、一応正式ではないが紫色の使徒イリスがついている。信じればいい。必ず、黙示録は阻止できる」
「――そうだな。俺の兄上なんだから、大丈夫だろう。では、午後にまた。それで、どこにいるんだ? この二名をおいていきたい」
「こちらで預かり、必ず届ける。それとも会うかね?」
「いや、いい。法王猊下を信頼する。同様の信頼を兄上から頂けるように願をかけて」
「そうか。では、また議会で」
こうしてレクスのみ退出した。
それから法王猊下は立ち上がり、隣室の扉を開けた。
二人はその事実に少しだけ息を呑んだ。
そこはゼスペリア猊下の正式な部屋だ。
「ゼクス、聞こえていたか?」
「……ええ」
「どう思う?」
「昔から――その、ゼスペリア猊下の代わりに、ハーヴェスト侯爵家にお邪魔していた頃から、最近ゼスペリア教会に顔を見せてくれる時もずっと、なんというか、素直じゃなくて。でも顔に全部出るんだ。なのに、言えないなんて……言わなくてもわかるのになぁって……思いました」
微苦笑したゼクスが、本当に嬉しそうに見えて、法王猊下もレクスが連れてきた二人も心が満ちた気がした。
不思議な感覚だった。
レクスとリュクスが並んでいてもこういう感覚にはならないのだ。
最初からいた闇猫達は、なんだか涙ぐんでさえいるようだった。
「すごく幸せで――だからなのか、一生分の幸運を使い果たしたみたいで、怖いです。なんで、なんでしょうね。こんな風に恵まれている事を感じる度に、失うのが怖いんです」
「――これまでも恵まれていたかね?」
「はい。みんな優しく……時に厳しいのも優しさとして、なんというか大切にしてくれたと思います。血縁者だからではなくて、孤児院で育ったみんながそうでした」
「そうか。ならば大丈夫だ。その気持ちを忘れず、失うことのないように、守っていこうと願えばいい。時にそれが叶わなくても、意思を決して忘れてはならない」
そういって法王猊下は出て行った。ゼクスは頷いてそれを見送った。
続いて、法王猊下の居室に入ってきたのはラクス猊下だった。
「法王猊下、臨時議会の招集が整い、午後一時からとなりました」
「そうか、ありがとう」
「――少し良いですか? ゼクス……本物のゼスペリア十九世猊下は隣室にいらっしゃるようですが、別段聞こえても問題のない話です」
「なんだね?」
「否定なされないということは、やはりそうなのですか」
「ラクスにならば見ればすぐにわかったことだろう?」
「ええ――今までも、勿論。ただし秘匿されているのだろうと。なぜこの度明らかに?」
「偽ゼスペリアの脅威が迫っている」
「――その偽ゼスペリアの候補が、黙示録を愛読していて、使徒候補を探していることもまたご存知ですか?」
「なんだと?」
「手に入れておきました」
「――さすがだな」
ラクス猊下から受け取ったリストを、法王猊下が一瞥した。
「ならびに、これはそれに倣って、僕が勝手に、ゼクス猊下の使徒候補を挙げてみたものですが――身近にこんなに該当者がいるというのは奇妙でもあります」
「なんだって?」
「立場的に僕自身とレクス伯爵は重複してほかに該当者がいないので入れてありますが、七名が最下層の孤児院街――ハーヴェストクロウ大公爵の身近な者です。これが三名、近いものが二名、よく顔を出すのが二名。この時点で七名。ならびに、使徒の血統解析をした場合の残り三名、使徒の末裔ともゼクス猊下は顔見知りであり、僕達を入れて、完全に十二名です。これほど身近に揃いますか?」
「――ゼクスは身近にいる使徒を早急にさがせと、夢の中で使徒ゼストに言われたそうだ」
「っ」
「無論、精査はする。だが、助かった。それとな、これはレクスにも聞いたのだが――リュクスにも聞いたが、その神聖な気配、どう感じた?」
「――あれは、存在そのものが聖遺物や大聖堂に等しい気配でした。さらに複数の聖遺物の気配がしました」
「具体的には?」
「ひとつはランバルトの青と総称されますが、三つの銀の指輪からなる鎖付きの、それぞれが聖遺物である代物だろうと思っています。ESP記録装置で見た際の記憶と同じで、ランバルトブルーとハーヴェストクロウの協奏曲が聞こえました」
「……」
「また、これが一番曖昧でしたが、紫の蛇のような金の指輪。あれは悪魔の象徴あるいはそれを昇華するものでもあり、とすると使徒イリスの聖遺物であると思います。少なくともそこから銀のチェーンに絡んで伸びる金の鎖がつながる時計はギルドが管理する円環時計でしょうね。ルシフェリアの血統のような気配がしました」
「……」
「この時計の下の黒い布地。これは――月と桜が見えて、華族ゆかりの品にも思えますが、気配は完全にゼストの聖骸布でした。右腕の白い布は完全にそうでしょうね。他所にも残存しているとは――しかも身につけているなんて。よく平気ですね。そしてその上の数珠は、おそらくですが院系譜――とすると万象院ゆかりの品だ。また、右手にはランバルトの青によく似た、金色のやはり三つの指輪がありますが、こちらは小指側にそって赤くなります。この条件で考えると匂宮金環でしょうね。匂宮の祖先は月讀であり、月讀は青照大御神――すなわち、ゼスペリアを宿した、ユエル・ロードクロサイト=ハーヴェストクロウであったと考えられています。よって聖遺物と同一視して良いと思います。またこちらの中指には、緑色の薔薇が。左手の品と花の色が違うのはわかりますが、こちらはよくは見えません。ただ色相から考えて、左手は使徒ゼストをはじめとしたOther関係、右手はPKとESPにゆかりがある――そして、残り二つ、非常に重要な品があります。一つは使徒ゼストの十字架。これを下げていられる時点で、人であることを疑うレベルのPSY能力の保持が明らかです。これをゼスペリアの器といわず、他の何が器になれるのか不明です。さらに、首には使徒ゼストの黒翼がある。ただ記憶上これはハーヴェストクロウ大公爵に貸出していた品では?」
「私よりもよく見えている。さすがだ。完璧だろう。あと二つ何かあるとしたら、なにか当ててくれ。そして貸していたが、ゼクスがゼスペリア十九世だとわかったら譲渡するように伝えていた」
「使い方もですか?」
「いいや」
「――そうですか。あと二つ――気配としては、旧世界の関連品と、その直後の品でしょう? ただ、非常に古い上……ハーヴェストクロウロンドとレクイエムが鳴り響いていて、滅亡をそのまま伝えるような印象で、怖くて探ることができません。非常に神聖ではありますが――神聖すぎる。使徒ゼストの――いいや、器にゼスペリアが宿った時に触れるか記した何かのような気もします」
「おおかた正解だ」
「どこにあったのですか? そこは、使徒ゼストの墓地では?」
「――ゼスペリア猊下継承者へのみ伝えられる機密だ。して、な。ラクスはゼクスが使徒ゼストの写し身だと思うか?」
「僕は輪廻転生には懐疑的です」
「ゼクスは夢の中で、高いPSY値や赤と青と緑の色相、IQ、各種技能のこと自体がゼスペリアであり、それを持つものが器であるのだと言われたそうだ。そして自分にはそれがないのでリュクスが本物だと伝えたそうだ」
「――それならば僕は納得できますし、その使徒ゼストはPSY層へのサイコメモリックの可能性が高く同能力を保持する人物が生まれた際に、自動発現するようになっていたのでしょう」
「PSY層とゼクスも言っていた。メジャーな言葉なのかね?」
「――いいえ。これは……先月僕が復古したPSY医療の石版からの言語であり、現在使用できる者は、僕と関連研究者のみです。年代は、使徒ゼストの頃でした。そうですか」
「今後、ゼクスを偽ゼスペリアだと疑う者が出てきたとき、どうする?」
「それが的を射ているのであれば検討しますが、陥れようとしているのであれば、PSY能力、特にOtherの比較検証をします。少なくとも先方は僕以上のOtherを持っていなければ懸賞必要性すらないですが。ただし、ゼクス猊下のOther過剰症状が悪化している場合は、ここまでの記録を精査します」
「ゼクス側に立つということでいいのかね?」
「というより、本音として、以前からお伝えしているように、僕は法王猊下として暮らしたいわけであり、黙示録が来るのであれば、第二使徒が次の法王となるのですから、それを考慮すれば、僕は仮に違ったとしても第二使徒を名乗ります。よってゼクス猊下は僕にとってのゼスペリアとなります」
「個人的にあまり好きではないので、場合により葬り、ゼクス猊下を器とします――本当は僕とレクス伯爵は逆の役が向いているでしょうね」
「さて、どうだろうか。では、そろそろ準備をせねばな。ゼクスには、まずは衝立の後ろで読ませる。その用意も頼む」
「承知致しました」
こうしてラクス猊下は退出した。
今度は、法王猊下はゼクスの元へは顔を出さなかった。
聞いていたゼクスは、ラクス猊下が自分の持ち物をほぼ全部当てたことに驚いていた。
これでは隠していてもあまり意味がないような気がした。