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 そこには、緑羽の御院とあまり変わらない姿の若御院――こと、ゼクス=ゼスペリア十九世猊下が立っていた。表情は、ちょっと不機嫌そうだ。ゼスペリア教会の聖職者服しか見たことが無かった人々は、これはこれで似合うなと思ったし、まずなにより顔面とスタイルが素晴らしいから、確かに見た目に気を遣いそうだと思った。さりげないアクセサリー等も美しい。そこへ最初に橘が歩み寄った。

「いやぁ休日まで仕事が入るだなんて大変だったな」
「ああ。全く、困ってしまった。橘がいてくれたのが救いだ」
「うん。それとさゼクス、先に紹介させてくれ――時東、ちょっと」
「ん?」

 いきなり呼ばれて、ゼクスの顔面は好みだが、なんか馬鹿そうと思っていた時東が歩み寄った。

「こちら、本日は緑羽万象院当代として来てるけど、ゼクス=ゼスペリアとして軍法院で俺の同僚っていうのはさっき話した通りの天才で、お前と同じ医師資格を全部持ってる」
「ああ」

 その言葉に、時東がかた目を細めて、若干相手の力量を知りたいと思った時だった。
 国内で同じ学歴は一名だけだからだ。しかし活動している話を聞かないのだ。

「で、時東にわかりやすく、医療院での通り名を言うと、『ゼスペリアのヤブ』だ」
「ぶは」

 その衝撃の真実に時東が吹いた。驚愕して医療院関係者である政宗等は目を見開いた。時東が『ゼスペリアの医師』と呼ばれるレベルで、医療院で名前が通っている人物、それが、『ゼスペリアのヤブ』だ。超謎診断をし、次から次へと医療院に患者を送り込んできて、医療院が再検査しまくっているヤブ医者だ。時東、爆笑が止まらない。

「ゼクス、こちらが高名な『ゼスペリアの医師』こと、時東だ」
「よろしくお願いします、時東先生」
「よ、よろし、よろしく……ぶは! あれ? え? バシバシと法務院の捜査令状と軍法院による捜査と宗教院の許可とかをとりつけてとりあえず亜空間拘置所とかにブチ込む担当係で、冤罪かどうかを橘が、時々俺に医者としての見解を聞きながら釈放する係りの、あの、ゼスペリアのヤブ!?」
「ええ、時東先生のお力をお借りしているとか。だけど、まるで俺がヤブ医者みたいに言うのをやめてください。橘、それ、お前が広めてるのか? ふざけてるのか?」
「いやいや、ゼクス。通り名だって。お前は名医だ。人体というか組織のガンを除去するのが上手いから、とにかく今後もバンバンお前が逮捕し、俺が捜査し、場合によって釈放していこう。で、最新の案件、せっかくだから時東も交えて確認しよう」
「それは良い考えだ。俺も時東先生の手腕を見てみたかった」
「ぶは」

 時東が大爆笑している。続いて榎波も大爆笑を始めた。直後、緑羽の御院まで吹き出した。ザフィス神父はお腹をかかえて笑っているし、クライスも涙組むほど笑っている。そんな中、英刻院閣下は、迎えに出た貴族連中が戻ってこないことをなんとなく不審に思いつつも、その場を見守っていた。

「ええとだな、時東。まず、ゼスペリアのヤブによると、今月三人目の『ゼスペリアの器』を名乗る統合失調症疑惑が非常に濃厚なメルディ猊下を医療院の精神科に軍法院規定の精神疾患疑いにより通報したそうだ」
「「「「「ぶは」」」」」

 メルディ猊下に困っていた人々、全員吹き出した。

「さらに、そんなご病気のメルディ猊下を信じていたか利用していたとして、迎えに出た枢機卿議会メンバーは医療拘置所に全員、今いて、尋問中。終わり次第精神鑑定。かつ彼らを選挙管理委員会として確認していた前法王ラファエリア猊下も今、医療院派遣医師と軍法院派遣技官による調査を受けている。結果がどちらにしろ、そんな人物は枢機卿議会メンバーにふさわしくないから全員解雇だそうだ」
「「「「ぶは」」」」

 枢機卿議会メンバーに頭を悩ませていたが、ラファエリア猊下の庇護を受けているから、これまで無能で口うるさい連中だが我慢していたメンバー全員が吹き出しつつグッジョブと思った。

「さらに、統合失調症には家族教育が重要だから、医療院でゼスト家関係者へ統合失調症の説明をすべきなんだって。内容としては、『自分は使徒ゼストの写し身です』『自分は青き弥勒の再来です』『自分は青照大御神の化身です』というキーワードが出てきたら通報。さらにラクス猊下を含めて、近隣にいた闇猫は全員医師免許必須のはずなんだからわからなかったとしたらダメだから、精神科のみ、再履修しなければならないそうだ」
「「「「「ぶは」」」」」

 これには一同、泣くほど吹き出した。た、確かに、客観的に考えれば、言っていることは正しい……!

「ええと、次な。榎波も聞いてくれ」
「ん? ああ」
「なんでもゼスペリアのヤブが言うには、王宮に不法侵入して徘徊していた独居老人を六名保護したんだって、っ、ぶは。で、老人ホームと元老院を間違っていて、なんか、な、なんか、王宮内に、元老院という名の老人ホームを作り、若年層貴族を勝手にヘルパーとして雇用していたけど、きちんとした老人ホームに連れていかないんだから、ヘルパーではなく、彼らも若年性認知症か、ヘルパー志望だろうという事で、全員、榎波の家が経営しているニコニコ介護老人ホームに移送して、そこで医療院が今認知症検査をしてるんだって。ゼスペリアのやぶによると、玄関からこの中央の政務室まで円を描くように、は、徘徊……してたんだって! あと、こいつ元老院議員だから、元老院が王宮に行けなんていう命令をしていないのも確認して、念のため指示したのを忘れていないか、英刻院礼洲猊下にも今、に、認知症検査を……ぶは」
「「「「「ぶは!」」」」

 この発言に、その場にいたほぼ全員が大爆笑した。ゼクス本人だけが不機嫌そうだ。

「橘! 笑い事じゃないだろうが! 徘徊老人は保護するのが当然だろうが!」
「そ、そりゃそうだけどさ……ぶは」
「榎波男爵、貴族院に登録している独居老人の家を全部捜索して、今後、元老院と老人ホームを勘違いしている人々を沢山送るので、よろしくお願いします」
「あ、ああ……ぶは」
「ええと、それで、本題。これは、英刻院閣下とラフ牧師と高砂、ちょっと来て。で、クライス侯爵とザフィス神父と金朱様、手伝ってください。緑羽の御院もこちらに。御院の後ろに匂宮関係者も全員集まってください」

 呼ばれたメンバーは爆笑しながら前へと出た。
 ゼクスは真剣な顔で大きく頷いている。
 そして橘が、口元をピクピク笑いをこらえるようにしながら言った。

「えー、ゼスペリアのヤブによると、本日朝十時三十二分、橘院の叔父様から『王宮に偽装戸籍を取得している暗殺者が大量にいて僧侶を名乗っている』という通報があったそうだ。それで、軍法院で働いていたゼクスは、その場から王宮をサーチし、遠隔で、『橘院列院武装僧侶』という偽名を名乗り、勝手に戸籍を作成――つまり偽装戸籍を作った人物152名が、ズラッと王宮にいて、全員が銃刀法違反を犯していて、王宮を占拠していると確認し、大至急やってきたそうだ」
「「「「「ぶは」」」」
「念のため、橘院本尊本院を確認したらそこにも同じような人々がいたから、それを含めて全員、合計231名を亜空間拘置所へと移送したそうで、現在医療鑑定と尋問をしているんだって。まず、万象院規定の僧侶服を誰も身につけていない、それどころか院系譜指定の僧侶服を誰も身につけていない、僧侶風の服装の不審者で――っ、ゼスペリアの医師の参考になるようわかりやすく言うなら、医者じゃないのに白衣を着た人物が大量に、手術室や外科関係でもないのにメスをポケットからチラチラ見せていた感じなんだって」
「「「「ぶは」」」」
「さらに、橘院には僧侶を任命する権限も無いし、誰ひとり万象院を含めて僧籍を取得していないから、勝手に恩橘の羽という武装冠位を名乗っていて、これは僧侶以外は取得できないから、つまり、医者で言うなら闇医者なんだって、ぶは。しかも医師免許が無い医師でも医療技術があるならまだしも、家庭科で針と糸の持ち方を習ったから人の腹を縫えますレベルの武力技術があるようにしか見えないのに、橘院様にプロの暗殺者と言っていたんだって。きっと妄想しているんだというゼスペリアのヤブの診断により医療拘置所」
「「「「ぶは」」」」
「しかも橘院の叔父様の話によると、英刻院閣下とラフ牧師と高砂列院総代は、その銃刀法違反の犯罪者達に脅迫されていたからきっと彼らは庇ったのだろうから、何故庇ったのか聞かないとダメなんだって」
「「「ぶは」」」
「いやぁ英刻院が脅迫されていただなんて、ぶは」
「鴉羽よ、次脅迫されたらわしに相談せよ」
「前列院総代として、高砂が次に脅迫されたら相談に乗ります、ぶは」
「さらに院系譜敷地の筆頭は緑羽の御院だから、何故不審者の対応をしなかったのか、僧侶風の服装の不審者が参拝客から違法に御札販売等を行い『報酬』というのを受け取っていたのか、事情聴取を軍法院として行う必要があるそうだ。これは本尊本院僧侶全員」
「「「「「ぶはっ」」」」
「さらにロイヤル護衛体も王宮の警備強化をし、独居老人の徘徊や銃刀法違反者の摘発に力を入れないとならないそうだ、ぶは」
「ぶはっ、わ、わかった。隊長として全力で心がける……っ……ぶは」
「さらに、これ最後。橘院様は、華族法238条の『匂宮関係者の出自を探ったら処刑』という義務教育一年生の華族について1ページ目の二行目に書いてある6歳の子供も知っている情報を忘れてしまっているため、今、軍法院の取調室で、ゼスペリアのヤブが作成した義務教育確認テストを受けておられる」
「「「「ぶは」」」」
「しかも本人が、軍法院の橘元帥こと俺の親父で叔父様の兄の命令だと言い張っているが、軍法院はそんな指示をしていないから、親父も尋問を受けてる」
「「「「ぶは」」」」
「これ全部、本人が軍法院・法務院・元老院のメンバーだから合法的に令状あるから、医療院は鑑定依頼を、行ってもらう感じ、ぶは。無論、ラファエリア猊下と礼洲猊下と親父のも……あの三名、もうゼスペリアのヤブにこういうことされまくってるから爆笑対応してるから、そこは平気。で、英刻院閣下とラフ牧師と法王猊下に三人共、大変だったなと……ぶは、伝えてくれと」
「「「ぶは」」」
「で、さっき言った義務教育確認テストとして、『小学校一年生の問題です』『正解は全部左です』っていうマルバツテスト、これ、橘院様の話だと『繰り返し素性の知れないものを匂宮配下家になど』と言っていたというのに、誰も100番通報してないから、みんな検査必要があるんだって。最初に二分でまず、文字が読めるかを検査するんだって。で、問題は、『1+1=1である』『お店で買い物をしたらお金をはらふ』『犯罪者がいたら100番する』『匂宮関係者の素性を探ったら処刑』なんだって……そのくらい当然の義務教育レベルなんだって……ぶは! さらに、医師免許保持者のみ、医師である確認として、『ちょっと難しいです』という注意書きの後『宗教妄想患者は医療院に通報します』『徘徊する老人には認知症の疑いがあります』『プロの暗殺者といった妄想をしている銃刀法違反者は通報します』っていうテストを行わなければならないらしい……ぶは」
「「「「ぶは」」」」
「さらに、もし脅迫されていないとしたら、処刑準備として、葬儀用の袈裟をつけていた高砂以外には、きちんと犯罪者は100番すると軍法院から教えることになるから『お買い物の練習』として、お店できちんとお金を払って食べ物を買ってくる訓練をすべきらしい。あ、高砂は、ちゃんと葬儀用の列院総代の袈裟で、義務教育を覚えていたからやらなくて良いって」
「「「「「ぶは」」」」

 みんな爆笑していると、ゼクスが険しい顔をした。