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「笑い事じゃないだろう、橘! なんで王宮がこんなに病気と犯罪者だらけなんだ!? おかしいだろうが!? 危険だろうが!」
「け、けどさぁ、やっぱりほら、取り調べと逮捕のプロのゼスペリアのヤブがいないと、ぶは! あ、後、ヤブが、匂宮関係者に『義務教育を覚えておらず、匂宮の素性を探るような不審者を見つけたら、危険だから早急に100番するように軍法院から教育しなければならない』っていう判断だから、覚えてください」
「「「「ぶは」」」」
「まったくもってその通りだ。処刑しないのは優しさではない。100番通報して、義務教育からやり直しさせるのが優しさだ!」
「「「「「ぶは」」」」」
「ええ、でさぁ、時東のゼスペリアの医者としての見解は?」
「うん、まぁ、組織のガンを排除する名医だとよく理解した。ぶはっ、医療法でも軍法院法でも、あんまり詳しくないが義務教育や医師法でもあってる通報義務だし、うん、鑑定だな。それぞれ一年半くらい隔離鑑定だろう……ぶはっ。徘徊老人は、榎波だな」
「任せてくれ。今後の生活指針を作成していく」
「橘、ほら! ゼスペリアの医師はさすが名医だけあって、非常に正しい判断だ! 榎波男爵も素晴らしい経営者だ」
「「「「ぶは」」」」
こうして、人々を爆笑の渦に巻き込みながら、迷惑な連中を一括処理したゼクスに対して、一同の見る目が少し変わった。本人はいたって真剣な顔をしているのがまた何とも言えない。クライスが吹き出しながら英刻院閣下を見た。
「な? 俺の息子とは思えない常識人だろ?」
「ぶはっ、あ、ああ……ぶは」
「時東よ、ゼクスは正しくロードクロサイトの血を引く医師なのだが、超展開診断をするゼスペリアのやぶ! 何故お前と同じ知識と能力があるのに、このような診断結果になるのかは謎であるが、頑張っているので応援してくれ」
「ぶはっ、ザフィス、う、うん。すげぇ、こいつ。俺が想像していた方向と逆だったけど、大天才だわ。名医だよ」
「それと行動が迅速だから、令状とか全部揃えて拘置所に送ってから軍法院で俺の所に届くのね。後さ、法律方面も医学の超診断と同じで、超展開判断だから、気付くと万象院の救済寺院戸籍のあのぶっ飛んだ理論を構築して、完璧に整備してたんだよ」
橘大公爵の言葉に、緑羽と鴉羽が顔を見合わせた。
「あれ、緑羽の父上と英刻院閣下が通したんじゃないのか?」
「いいや、わしはてっきり鴉羽と英刻院閣下だとばかり」
「俺じゃない。俺はてっきり、緑羽の御院かラフ牧師が各所に手を回したんだと、ぶは」
こうして三人がゲラゲラ笑いだした。
それから緑羽の御院が、ゼクスを見た。
「万象院列院僧侶の服装はどうなのだ?」
「最低限の万象院列院としての緑の念珠をつけていますが、32名しか武装僧侶として認めることはできません。かつそれもちょっとマシかな程度! そして本題ですが、高砂は、今日はきちんと橘院様の葬儀用意の袈裟を着用している点が評価できますが、それ以外はまるでアウト! 今日、全員がきちんとした列院僧侶の武装冠位保持者の格好をしなければ、全員剥奪です。緑羽の御院、良いですか? 犬や猫を拾うのと、孤児を育成するのは違うのです。さらに猫を拾ったら首輪くらいつけてあげるでしょう? 例えばゼスペリア教会ですら十字架をつけているのに、それすらない! 俺、本日全員に着せて帰りますからね! けど、五歳の頃から見た目がダメだ見た目がダメだと何度も言っているのに高砂はきちんとした格好をしない! 今日高砂が俺の言う通りの服装をしなかったら、列院総代を罷免します!」
「――32名はマシなものがおるのか?」
「ええ! きちんと俺が、列院の倉庫に用意した袈裟を着用しています。最低限それを着用しなければなりません。本尊本院の僧侶の皆様も勿論当然直して頂きます。もう緑羽の御院には任せておけません。敷地内に不審者がいたというのそれにすら気づかないほどの服装への無頓着! 僧侶服と僧侶風服の見分けもつかない!」
「ぶはっ、ふむ。では、ゼクスが言う通りの格好をすれば認めるのだな?」
「ええ、勿論です」
「それは、万象院の僧侶として必要なことなのだな?」
「当然です。それを行えない等という御仏の教えを理解していない人間は、僧籍を剥奪しなければなりません!」
「しかしゼクスよ、僧侶とは見た目ではない」
「それが分かっていてなぜきちんとした服を着ないのですか!? 皆、見た目ばかり! 特に緑羽の御院なんて見た目しか気にしていない! ラフ牧師以下! 貴方がそのような格好だから皆が、外見が僧侶風であれば良い等と間違って覚えているのです!」
「だがわしとゼクスの本日の衣装のどこに違いがあるというのだ?」
「見た目以外全部違います。ただまぁ緑羽の御院は先代で引退しているので、まぁ良いでしょう。俺、一回も緑羽が緑羽万象院の格好をしている所を見ていません」
「……では、金朱匂宮元総取りは?」
「無論、一度も見たことがありません。だから高砂には俺が教えなければと思うのに、高砂は一回も着ないんです! 今日、絶対に着せて帰ります。着ないというなら剥奪です!」
「ふむ。ならばわしを納得させよ。高砂もである。ゼクスの渡した服を見て納得できなきれば、わしこそゼクスの若御院継承を反対する。法的に!」
「良いでしょう! むしろ俺だってきちんとした格好の人が一人もいない万象院など継ぎたくありません!」
ゼスペリア猊下時や、家にいる時とは違う頑固な剣幕のゼクスの姿が、優しいゼクスしか知らない人々には意外だったが、それ以前に先程の超展開逮捕劇があったので、見守る気持ちしか起きなかった。
「それと朱のお祖父様から、復古配下家が挨拶ができないと聞いている。高砂も今回見た限りあいさつができていなかった。そもそもこの場で挨拶が出来たのは、榎波男爵と美晴宮朝仁様と朱の曽祖父様のみ。他を俺は今後華族とは看做さないし、匂宮に挨拶ができない人間がいるなど論外。そもそも万象院の僧侶服の下にも配下家のものは匂宮の服を着るのに誰も着ていない。配色しかあっていない。桃雪様にも何度も言っているのに。さらにレクスも含めて万象院の教えを学んでいないと聞いた。お前ら二人にも、きちんとした服装を本日からしてもらわなければならないと俺は決意した。それと英刻院閣下。貴族籍とはいえ、華族籍では刻洲中宮家という匂宮配下家であるのに、伴侶補の琉衣洲様もまた華族由来の院系譜僧侶が来たというのに、その挨拶ができなかった。挨拶を教えないと俺は恥ずかしいからちょっとこっちに呼んで一緒に覚えさせなければなりません」
「あ、ああ……琉衣洲、ちょっと試しに、行ってみてくれ、ぶは」
「わかりました」
「さらに匂宮、朱の曽祖父様がちょっとマシなだけで、他の華族を名乗るのに挨拶ができない連中と同じレベルの服装だから、俺が本日みんなに教えていくから今後はきちんとしてください。特に真朱様、銀朱総取り、日向中納言。とっても恥ずかしい。さらに鴉羽卿、貴族として生きるというから見逃してきましたが、じっくり見て覚えてくださいね!」
「う、うん……わ、わかった」
「では、まず俺の正面に、復古家の榛名・若狭・政宗家のご当主、並んでください。その一歩前の左右に琉衣洲様、その正面にレクス、そして桃雪様。高砂はとりあえず俺の横で、服とは何かから覚えてもらう」
「……わかったよ」
「それと朱の曽祖父から当主教育依頼、これもついでにやっていく。ただ、それ以前の問題だ。お前らは義務教育ができていない不審者を見つけたら100番通報しなければならない。これが匂宮に心構えだ。葬儀用袈裟をつけていた高砂以外、誰一人できていなかった」
「……これ、葬儀用の袈裟、別に橘院様のためじゃないんだけど」
「はぁ? じゃあ法事か?」
「まぁいいや。続けて」
「うん。次だ。まず匂宮の基本的な心構え。『匂宮の高貴な血を守る』これがまず、誰一人として出来ていない。それでは、馬鹿にされてしまうだろう!」
「ゼクス、この三人は救済慈善孤児だから」
「はぁ? 高砂、お前は本当に教育する気が無いようだな。いいか? 『血を守る』というのは、『完全PSY学術』を身につけるという意味だ」
「「「「え!?」」」」
その解釈に、高砂を含めて声を上げた。後ろに居た匂宮関係者も頭にハテナを浮かべた。
「英刻院と高砂は生まれつき一部使えるが、他三名はそれがないのならば、学ばなければならない。さらに英刻院と高砂も、これまでの当主が血統にちょこっと残した完全PSY政治術と完全PSY戦闘術の一部しか覚えていない。これは非常に恥ずかしい。お前らには血を守るという概念が欠落している。無論レクス、真紅匂宮として、桃雪様にも桃雪匂宮として、分家の人間がおさておくべき完全PSY学術がゼロだ。由々しき自体だ」
高貴な血を守るが、完全PSY学術……?
まさにこう、寺院戸籍のような超解釈ではあるが、まぁ言っている事は間違ってはいないかもしれない。だが、遺伝以外で受け継げるのか、全員が混乱した。さらに琉衣洲にはそれが入っているという知識も無かった。というか、当主教育のイメージすら、なんか違った。心構えの解釈もなんか違った。
「まず榛名。貴方は政治に興味があるそうだな?」
「え、あ、はい」
「ならばこの扇、完全PSY政治経済法律執務術を入れておいた。琉衣洲様も英刻院ならば、きちんとこの扇を用いて、血統遺伝に頼らず完璧に習得しなければならないだろう。さらに琉衣洲様の方には、完全PSY人員管理術として上司としての最低限の心構えも入っている」
こうして、琉衣洲は黄色に金粉がまぶされ、金色の蝶々が舞っている豪奢な扇、榛名は青から緑に変化する、本日榛名家当主の服として渡されたものに似た扇を受け取った。こちらは銀粉と金粉が煌めいていて、白い満月と桜の枝が描かれている。
「開けば頭に入るし使い方もわかる。開いておけ。そして続いて若狭。なんでも情報戦が得意と聞いた。なのだから完全PSY情報戦術を学ぶのが当然の義務。さらに政宗は、医師に興味があるというのだから、最低限橘宮様と同じ、完全PSY血統医術のスサノオを収めておくべきだろうが! 受け取って即座に開くように!」
「「はい!」」
こうして若狭と政宗も昨日当主の服として受け取ったものによく似た扇を受け取った。若狭は、上部が青、真ん中が橙色、下が白の夕暮れのような扇で、星のような銀箔が煌めいていて、松の枝が伸びている。政宗は上部が緑、下が白で、金粉が舞い散り、左下にピンク色の椿が咲いている。
「「「「!?」」」」
「どうだ? 配下家当主心構えも全部入れておいたからな!」
「え、え!? なんか俺、完全PSY血統医術らしきものが使える……」
「俺もこれ、何これ、信じられない情報網が展開したし、全員の家族構成とかが瞬時に頭に入ってくる……うわぁ」
「え、え、え、ESP高速演算最高速化の上に並列処理が五つ、それを左右二つで使えるように……」
「こ、これ、こんな……華族ってすごいんだな……」
「これが最低限の当主の守る『匂宮の血』だ。以後も興味がある分野をどんどん習得していくように」
「「「「はい!」」」」
「高砂、お前はきちんと配下家の人間なのに、彼ら以下だ。その高貴な血を守るなんて意味がわからないとかいう、頭がおかしい持論を捨てて、お前も最低限の高砂家当主の完全PSY学術をそろそろ学ぶべきだ。お前、俺より歳上なんだぞ!? 恥ずかしくないのか!?」
「……――ごめん、高貴な血の意味を誤解してた。俺が悪かったから、俺にも扇を頂戴」
「うん。念のためお前にも投手心構えも入れておいた。そしてまずお前は完全PSY血統戦術を完璧にし、若狭と同じく完全PSY情報戦術を身に付け、そこに完全PSY兵法術が必要だ。さらに、お前自分で『完全PSY血統医術が使えたらなぁ』って言っていたんだから、やる気はあるんだろうから、政宗と同じ完全PSY医術、これを収めろ。全てこの扇に入れておいた」
ゼクスは大きく頷くと、黄緑色から橙色に変化する、金粉が散り、高砂松が描かれ、淡い橙色の海が見える扇を高砂へと渡した。高砂は即座にバサリとそれを開き、圧倒的な知識が頭の中に入ってきたのを理解した。扇を開いたり、ひらひらふったり、閉じたりすると好きな技能が使えるのも理解した。それを見ていた時東が声を上げた。
「なぁ、ゼクス様よ。それ、誰でも習得可能なのか? 完全PSY血統医術!」
「匂宮関係当主ならば、習得可能だ。匂宮の高貴な血を受け継ぐんだからな。例えば時東先生は、古来、月讀の直属の分家の黒曜宮家であったし、今も華族籍を復古すれば、匂宮本家分家となるから、そうすれば可能だ」
「俺、たった今から復古するから、俺にもくれ」
「良いだろう。では、次に分家に配布する。まず、真紅匂宮として、レクス。お前は単体攻撃PKを極めなければならない。そこで完全PSY戦術真紅匂宮奥義を覚えてもらう。次に桃雪匂宮様といえば範囲! なのであるから、完全PSY戦術桃雪匂宮奥義の習得は当然。さらに! 二名は、逆にほかが弱いのだから、真紅匂宮は本来完全PSY戦術絨毯の雪、桃雪匂宮は完全PSY戦術桜一本を習得し、苦手分野も克服しなければならない。そこに完全PSY朱匂宮分家心構えを入れたこの扇をまずそれぞれ開くように」
「ああ」
「わかりました!」
レクスには、真紅一色で、白い桜が舞い散る扇が渡された。金粉と銀粉、さらに黒いアゲハ蝶が描かれている。桃雪には、白い扇に桜が舞い散り、一本斜めに大きく咲いていて、金粉だ。そして普通の金色のアゲハ蝶が飛んでいた。