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その一週間後、史上最速で、この全集団が集まることとなった。
いつもならば三ヶ月近く調整がいるし、そうしても欠席者がいるのだが、今回はぴったり全員が集まり黙示録なんかよりも完璧に揃った。全員というのは特にメイン武力となるような腕前や頭脳を持つか、頭脳及び情報収集や指揮系統、知識などを有する人々で、その他は各地の場所でモニターで聞く形である
。闇猫・黒色・黒咲・ガチ勢(院系譜)・猟犬が介している圧巻の光景である。また、花王院陛下、伴侶補代行の美晴宮静仁、宰相代行の英刻院藍洲、さらに青殿下とそちらの伴侶補である朝仁と琉衣洲、その政治補佐も兼ねているわけだが、実行部隊である榛名・政宗・副、および最高学府と天才機関ジーニアスと医療院なども協力するらしく、黙示録(風出来事)対応時と同様に、高砂・橘大公爵・時東もいる。長老の緑と赤、ラフ牧師とザフィス神父もいる。
この四名はなんでいるのかゼクスはいつも悩むが、たぶん院系譜と匂宮と宗教院やギルドの重鎮なのだろうと判断しているが、詳細は聞いたことがなかった。あまり興味もなかった。さて今回、ゼクスはハーヴェスト侯爵ことレクス伯爵の父であり、自分もまた『父上』と呼ぶように言われているギルドの総長や、ゼスペリア十八世猊下であるアルトバイル猊下、『アルト猊下』と読んで欲しいと言われている、そのゼスペリア猊下の直近の前代であり現在はゼスペリア十九世猊下はいるらしいがあまりお姿が見えないため、みんなにゼスペリア猊下だと認識されているその人が来ることまで理解していた。
というかもう別の部屋にいるのだ。レクス伯爵もいるし、そこにはラクス猊下と法王猊下、その伴侶の英刻院舞洲猊下までいるという。どころか桃雪匂宮と銀朱匂宮総取り、だけでなく金朱前総取りおよび、橘宮まできているというのだから、凄まじい。
かつてないラフ牧師の驚きっぷりと、さらには始めてのザフィス神父の動揺っぷりから、このメンバーがこうして即座に揃うこと自体は特に不思議ではなかったが、ゼクスはなんともいえないしらっとした気分だった。
ロイヤル勢がこれから入ってくるので、その前に、総指揮として今回も最終確認のために前に立った。隣にはここのところ副総指揮で固定している榎波がいる。大体はそこにさらに英刻院閣下あたりがいれば完全に臨戦態勢なのだが、今回は英刻院藍洲はロイヤル勢と一緒にいる。
「――よし、全員そろったな。それでは、計画の最終確認をする。今回俺達が共同で行う任務は、『使徒ゼストの写し身と考えられるゼスペリア十九世を、公的に即位させ、ヴェスゼストへの赦祝を読ませる事、ゼスペリア十九世が当人であると本人に認識させること、ならびに、即位に際して婚約発表をするため、婚約させること』となる。これが第一任務だそうだ。次が、『ゼスペリア十九世の結婚相手をランバルト大公爵とする事』で、『結婚相手は誰でも良い。ゼスペリア十九世猊下と結婚したものをランバルト大公爵とする』そうではあるが、『ゼスペリア十九世猊下は見た目からはそうは見えないが、どうやらこちらの榎波男爵を好きらしいから、なるべく榎波との婚約を正式な書類を持ってして成立させること』とのお達しで、さらに『法王猊下と銀朱匂宮総取りが祖父の見解として、この機を逃すと榎波は結婚しなさそうだから、仮にゼスペリア十九世とうまくいかなかったとしても、絶対に誰かと婚約させるように。ゼスペリア十九世が望ましいが、この際相手は誰でも良い』とのことだった。つまり『ゼスペリア十九世と榎波を婚約させ、榎波をランバルト大公爵にして、ゼスペリア十九世猊下も即位させる』というのが望ましいのだと考えられる。よって『つまり今回の任務は榎波が結婚すれば丸く収まると考えられる』――以上だ」
ゼクスがごくいつも通りにいうと、横で榎波が首を傾げた。
「そうは言うが、私はそのゼスペリア十九世猊下とやらにお会いしたこともないし恋に落ちた覚えも皆無だ。遊び歩くのをやめて結婚して落ち着けという意図で、誰かと結婚しろと言われているのならば納得できるし、ランバルト大公爵位は欲しい。私も高位貴族になって豪遊して自堕落な暮らしをしたい。だが、ランバルト大公爵となると朝夕のお祈りがセットだ。無神論者の私は、豪遊とひきかえでも、祝詞を覚えるなんていう面倒なことが可能か不安だからな、しかもそんな使徒ゼストの写し身と呼ばれるような清廉潔白そうな人間は聞いた限り趣味の範囲の中にない。よってもうちょっとマシそうで祝詞が読めそうな闇猫か黒色との偽装結婚を考えている。ここ数日、いつからゼスペリア十九世猊下と恋人なのかと聞かれるが、私にそんな記憶はない。ゼロだ。会ったことも無い。はっきりと言っておく。さらにその他に恋人もいない。あと、ゼクス、こちらには『ゼクス=ゼスペリア牧師の婚姻誓約を誰でもいいから成立させろ。これはゼスペリア十九世猊下即位よりも非常に重要な急務だ』と通達されているが? つまり私が思うに『とりあえずゼクスを誰かと婚約させておけば一応、任務は成功したということにして良いし、各地の文句は封鎖される』ということだ」
榎波の声に、ゼクスが面倒くさそうな顔になった。
「それさ、誰かが俺をいじめてると思うんだ。途中で混ぜ込んだんだろ」
「私のこともそうだろうが。婚姻騒動で多くの人びとが集まるだろうから適度に選べという話だろう?」
「じゃあもう俺の話は無しでいいだろ」
「私だって無しでいいだろう」
「榎波が心当たりゼロだというならそれでいいだろうが、俺の方には、ゼスペリア猊下と榎波は相思相愛の従兄弟同士で、ひそやかに愛を育んできただとか、榎波は確実にゼスペリア猊下を愛しているけれど見た目からはわからないだとか、既に婚約指輪も結婚指輪も渡しているだとか、だから安心して頑張れとか声援らしきものが届く」
「断言してゼロだ。それらの指輪など購入した経験すらないし、過去のいずれの恋人にもペアリングなんかやったことはない。見た目からはわからないどころか、わかるわけがないだろう。かつ、ゼスペリア猊下もまた見た目からはわからないが私に熱愛中なのだと、絶対好きだと私側に届いているが、会ったことがないのをとりおくとしても、お互い見た目で判別できないのならば、お互いにそういう感情がないのだと判断すべきだろう」
「それもそうかもな。じゃあ俺達は、ゼスペリア猊下を即位させて、認めさせろというのだからきっと嫌がっているのだろうから全力で補佐するし大丈夫だと説明し、そしてこの辺にいる誰かの中で結婚しても良いというやつがいたら、見合いさせまくれば良いわけだな。最悪の場合、くじ引きで見合いさせよう。そいつがランバルト大公爵だ」
「そういうことだな」
ほぼ全ての人間が、ゼクスと榎波の婚約だと理解していたが、二人が理解していないのもよくわかった。さらに照れ隠しなどではなく、ここ数日の改めての観察の通り、やはり恋人関係にはなさそうだとも気づいた。
だが――ゼクスの左手の薬指には、指輪が二つ輝いている。この指輪は、生涯よりそう愛する相手同士以外の場合所持できないらしい。つまり気づいていなくとも、指輪的に二人は相思相愛であるのだ! その時、ノックの音がした。
「よし、いらっしゃったようだ。全員、それぞれの敬礼」
扉へ歩み寄り、ゼクスと榎波も礼をした。
入ってきたのは、ラクス猊下、レクス伯爵、アルト猊下とハーヴェスト侯爵、法王猊下と舞洲猊下、英刻院藍洲閣下、王族の皆様(先にいた橘以外)、で、藍洲と王族やら伴侶補やらは一礼すると高砂達がいる方向へと先に歩いて行った。舞洲猊下もそちらへ行った。続いて入ってきた長老の赤と緑はガチ勢の前にたち、ラフ牧師とザフィス神父はその場に残って扉を閉めた。これで全員だ。
部屋には瞬間的に王都大聖堂のごとき神聖な気配が満ちた。全員がそれが訪れたリュクス猊下のものだとわかった。他の聖職者関連メンバーはむやみに力を発揮する性格ではなく、かつ発揮されたとしてもここにいる人間はゼクスの壮絶な気配に親しんでいたので、なんとも思わない。しかし全員に自分を認めさせる気できているリュクス猊下は、自分の神聖な気配に気づいて全員が敬礼して膝をついて待っていたのだろうと判断した。宗教院以外のその辺の教会に立ち寄るとこうなるからだ。
無論ゼクスの指示でこうなっていたなどとは誰も知らない。そしてリュクスは視線で、ここにいるはずの兄を探したが、到着した自分達以外は、榎波が違う他は、全員がいずれかの暗部メンバーで顔が見えないから不思議だった。
「二人共久しいな――立ってくれ。それとフードと口布を外してくれ。皆の者も姿勢を楽に。私が許可するというよりも、集まってくれた礼を言う」
法王猊下がそういったので、ゼクスと榎波は立ち上がった。そしてゼクスは言われた通りにした。この時、不思議なことが二つあった。なぜ、ラフ牧師の元同僚の闇猫でアルト猊下をお守りしているという話のローランド神父が仕切ったのか、集まってくれた礼まで言ったのがひとつ不思議だった。さらに予定者の法王猊下の姿が見えない上に、法王猊下の服装らしきものをローランド神父が着ているのだ。頭がハテナとなった。
そしてもう一つ、初めて会うのだが、ゼスペリア十九世として即位すべくここに呼んでいる――そもそもどうしてこのメンバーで説得するのかが謎であったリュクス猊下、どこかで見たことのなる顔をしているのだ。すごくよく見たことがある。だが、どこの誰だかわからない。一方のリュクスは、ゼクスの顔を見て兄だと確信して小さく息を飲んだが、神聖さがゼロ(ゼクスは徹底的に抑えて自己管理しているのだが、そうは取らず)であることに勝利を確信しつつあった。
だから余裕もあって、満面の笑みを浮かべた。非常に全量で慈悲深いような笑顔。ゼクスはこういう――偽善的な笑顔を浮かべないので、周囲は不可思議な気分になった。なんだかこう偽者が立っている気分だ。
「ゼクス猊下ですね、お初にお目にかかります。体調がご快癒なさったとの報告を聞いて、僕は嬉しくてなりませんでした。リュクスと申します」
微苦笑するような優しい瞳(に見えるように本人が努力しているが、鈍いゼクスにはそんなことを勘ぐる知恵はない)を向けられて、ゼクスは困った。名前を呼ばれたのだから相手は自分を知っている上、しかもなんだか体調不良を疑われていたらしい。が、猊下とはどういうことだろうか?
「ゼクス、こちらはリュクス猊下だ。これまでゼスペリア十九世のすべき業務の一部を代行してくれていたお前の弟だ。私の五人の孫の内の上から三番目となる。一番上は柊、同じ年の二番目であり直系がゼクス、お前であり、ランバルトの直系もまたお前だ、そしてさらに同じ年の三番目がこのリュクス猊下。四番目がラクス猊下、五番目がレクス伯爵となる――分かるな?」
「……ローランド神父はラフ牧師の同僚の闇猫でアルト猊下の配下ではなく、法王猊下なのですか?」
ゼクスの言葉に、周囲は内心で「えええええええええええええええええええ!?」と思った。まさかそこから知らないとは思わなかったのだ。これには、リュクス猊下もまたゼクスが自分の存在を知らないようであること以上に驚かされた。
「そうだ。私はお前の祖父で、アルト猊下の父だ。あちらの舞洲猊下の夫が私なので、昔ゼクスが浮気をしてはいけないと言ったが、私が舞洲猊下と仲良くしても浮気ではないのだ」
聞いていた舞洲猊下が吹いた。
「そうだったのか……それで俺とリュクス猊下が顔が似ているから、みんなたまに間違えて俺をゼスペリア猊下と呼んだのか」
「間違いではない。お前は、ゼスペリア十九世猊下なのだ」
「けどゼスペリア猊下は、ハーヴェストクロウ大公爵が秘匿し直接お育てになっていて、ロードクロサイト卿という大昔の皇帝陛下の末裔の当主のお孫さんでもあり、朱匂宮様と緑羽万象院様という方の血もひくんだろう?」
「――その通りだが、誰に聞いたんだね?」
「ハーヴェストクロウ大公爵閣下による秘匿は、ゼスト家配下の闇猫に周知されていて、ロードクロサイト卿のこともその関連で今は宗教院の枢機卿議会議長付きに戻っておられる前任の副隊長に俺は聞いた。朱匂宮様と緑羽万象院様の件は、配下家出身で前万象院列院総代だとおっしゃっていた、あちらの金朱匂宮前総取り様が、俺と桃雪匂宮……様に教えてくれた」
「してその『先代』となる朱匂宮様と緑羽万象院様というのが、ガチ勢と呼ばれているそうだが、救済寺院戸籍により花王院戸籍もヴェスゼウス姓も持たないが一般的な戸籍を複数所持する列院僧侶の中で暮らしている長老二人だ。緑が僧籍の管理もしている緑羽万象院、赤が朱匂宮、この両名の一人息子であり俗に鴉羽卿と呼ばれているのがこちらのラフ牧師ことラファエル=ゼスペリアを名乗っている、ハーヴェストクロウ大公爵その人である。その配偶者でありハーヴェスト侯爵の父であり、時東医師の大叔父でもあるロードクロサイト卿ことザフィス神父がそこにいるが、つまり彼らと私達夫妻は、ゼクスの両方の祖父母であり、鴉羽卿の側の曽祖父二名は万象院と朱匂宮、ロードクロサイト卿の曽祖父は前国王末弟であり、この二名の子息はハーヴェスト侯爵、その配偶者がアルト猊下、アルト猊下の両親が私と舞洲というわけだ。ラクス猊下と榎波の片方の父がアルト猊下の弟二名である」
「……」
「よってゼクスの本名は、鴉羽ゼクス卿恩緑羽万象院朱匂宮真奈リオ・ハーヴェストクロウ=ロードクロサイト=ゼスト・ゼスペリア=ランバルトである。つまり、生まれながらに『ゼスペリア十九世』であり『緑羽万象院本尊守護総代』であり『朱匂宮真若宮』であり『王家の守刀のハーヴェストクロウ大公爵』であり『王家の分家のロードクロサイト家』の当主なのである。英刻院琉衣洲伴侶補殿下はまたいとこ、花王院紫陛下は玄人従兄弟であり、橘大公爵もそうなる。時東先生はロードクロサイト側のまた従兄弟で、高砂先生は朱匂宮の玄人従兄弟、桃雪様は匂宮側のいとこだ。即ち両親はアルト猊下とハーヴェスト侯爵であり、レクス伯爵は実弟。これにより、宗教院では公的にはしていないが、イリスの血統の筆頭最新もまたゼクスである」
「……? アルト猊下が俺を生んだというのは冗談ではなく、ハーヴェスト侯爵が俺の父だというのも冗談ではなく、レクスが俺を兄上と呼ぶのも本当だったからなのか? けどラフ牧師が鴉羽卿? それなら昔、黙示録っぽい出来事を止めたのは鴉羽卿なのか? け、けどだな、ザフィス神父と結婚していて、しかもどちらかが生んだのか? 信じられない」
「「……」」
「まぁザフィス神父と時東が孫とかそういう関係だとは俺も思っていた。手法がそっくりだから。けど俺も、むしろ、俺? さらに、ラフ牧師の両親が、長老の二人? あの二人が結婚していて子供がいるとか、ラフ牧師とザフィス神父と同じくらいの衝撃だ」
「「「「……」」」」
「それなんかこう何かの間違いじゃないのか? どれ一つとっても俺には信じられる要素がない。けど、本当だったら嬉しいな。俺には血縁者がいたのか。それは良かった。鑑定して事実だとわかったら親孝行とかをしようと思う」
「ゼクスは優しい子だな。隠していた私達を責めないのか?」
「優しくないし子という年齢じゃないが、もし全部真実だったらロイヤルVIPすぎて普通、完全に防衛しながらひっそりと育てるだろうし、全員の出自が事実なら、長老二名とラフ牧師が常駐していて、ザフィス神父が来て、さらに時々ローランド神父……法王猊下や、その御夫妻、アルト猊下、ハーヴェスト侯爵、別途レクス伯爵が来ていたあの土地以上に安全な環境は存在しないだろう。責めるも何も感謝するしかない。さらに狙い撃ちされてきただろうリュクス猊下こそが優しくお強いお方だろう。俺なら多分、それが全部事実だったら大至急宗教院から逃亡して我関せずで守りに入る――もしやOtherを制御できていないのは、制御方法を教えず、ここにいますよと敵に知らせる囮のお役目もしておられたのか? すぐに気づかれて首を切断されかねないから、気配の抑え方を教えるべきだ」
「っ」
「――いいや、普段は完璧なのだが、不思議なことに今は何故か出ているな。きっと兄に会うということで緊張していたのだろう。それとリュクス猊下は、アルト猊下の第二子でゼクスの弟だが、ハーヴェスト側および鴉羽卿達から向こうとも血縁関係がない。詳細は機密なので探らないように。ただしアルト猊下は不貞を働いた事はない。この件はリュクス猊下もしらない法王機密なので、他言無用。つまりレクス伯爵とリュクス猊下にも血縁関係は存在しない」
「そうか。ならばちょっとは狙う人びとは減るだろう。リュクス猊下は、そういうことなら宗教院がなによりも安全だ。今後もそこにいるべきだ。なにより治ってきたとはいうが、壮絶に重い、アルト猊下を三十倍にしたような特異型Other過剰症なんだろう? そうじゃなかったら寝たきりで点滴三昧はありえないし、その上で十九世代行をしていたとは……そりゃあ説得も必要なレベルで即位拒否なさるだろうな。だが、大丈夫だ。あまり無理がない範囲で、リュクス猊下は活動なされば良い。ここにいる全てのメンバーでお支え売するから、安心して榎波と結婚すれば全て丸く収まるだろう」
「――待つのだゼクス。こちらは別段、生まれつきちょっと病弱な以外は至って健康。あまり健康でないのはゼクスでありレクスである。しかしレクスは本人さえ気づかないレベルの処置がしてあるし、ゼクスは今は安定している」
「レクスはそうだろうし、俺も確かに持病はあるが、噂のようなゼスペリアの医師がつきっきりとかないぞ」
「――兄上、俺は病気なのか?」
「ん? まぁ後でハーヴェスト侯爵に聞くといい。今はもう平気だ。桃雪の別バージョンでアルト猊下の先天性みたいな形で、Otherにロックがかかっている。お前のOtherは本当はゼスペリアの青なんだ」
「……そうか。あと、つきっきりというか、診療所にずーっといる時東がゼスペリアの医師だ。色々な意味で。黙示録的にも腕的にも機密に出てくるロードクロサイトの末裔にも該当する。そして、ゼスペリア十九世になるように説得しなければならない相手はリュクス猊下なのだろうか?」
「――? けどレクス、指令として今回俺達は、ゼスペリア十九世に本人がゼスペリア十九世だと納得させて説得して即位させるんだぞ? 使徒ゼストの写し身のような人物に。優しそうだしきっとリュクス猊下だ。兄つまり俺がいるから普通は長男が相続するのと、危険だとかご病気があるから即位に迷っておられるのではないのか? それに説得対象は榎波を好きだというけど、俺、別に榎波とそういう関係じゃないぞ?」
「……――榎波よ、私はお前の意見も聞きたいが、どうだ?」
「私には、ゼクスと結婚したらランバルト大公爵位をくれてやるから、さっさと落ち着けと言われているように聞こえたぞ、法王猊下。そして、ゼクスを説得して十九世にしろということか? 率直言いうが、爵位だけをくれ。聞く前からそういう事だろうとは思っていたが、実際にそうである上、十九世役をしている弟と、鴉羽卿側の膨大なロイヤルVIPさには唖然としたが。だが急になぜそんな話になったんだ? それもある日突然。ロードクロサイト卿と鴉羽卿なのだと判明したザフィス神父とラフ牧師が、これまでで一番ひどい黙示録的な事態に直面したよりも動揺を見せたのが開始らしいが」
「――榎波がゼクスに渡した指輪、紫が、『使徒ランバルトのエンジェリック・ラヴァーズ・ローズ』という聖遺物で、『使徒という出自関係なく愛する相手に渡す指輪』であり、もう一つの緑は、黒咲の内部総指揮者が『黒咲としてではなく個人的に愛して守りたい相手に贈る指輪』なのだ」
「とすると使徒ランバルトの愛とは、あれは広範囲の監視システムで位置を把握するシステムなのだからストーカーと同じであり、黒咲内部の代表者の愛とは、有事の際に直接連絡する代物ということか。黒咲の方がまだ愛を感じるが、私の意図は完全に位置把握と連絡の用途だ。他の指が全部埋まっていて左のそこしか空いていなかっただけで一切の恋愛的な意味合いはない」
「それで榎波が婚約指輪とか結婚指輪を渡したというデマが流れているのか? 俺もそう聞いて、同じ理由で、この指にはめただけだから、法王猊下達の勘違いだぞ」
「――ランバルトの当主の継承伝承によると、運命の相手の指にはめた場合、外れないそうだ。そして類似の伝承が黒咲にもあると黒咲の一部が知っていた」
「「……」」
「榎波は生まれつき、渡す側として保持していたし、今もその意図の通りだとすれば指でなくても身につけているはずだ」
「ああ、それは、まぁそうだな」
「ゼクスは外れないそうだが」
「……再挑戦する」
手袋をはずし、ゼクスが指輪を引っ張り始めた。気合を入れて外しに掛かり、さらにはロステクナイフで切断しようとまで始めたが、見た目に反して指輪はすごいらしく外れない。逆に榎波も首から下げていた指輪ホルダーからその二つを取り出そうとするがとれない。
指にはめてみるとそこには移動するが、あきらかにそこか首以外には動きそうにない。迂闊に首に繋がる鎖を外すとあきらかに指から取れなくなりそうだと気づいた。さらにゼクスは気づいた。
「待ってくれ、ほかも全部取れないんだけど!」
「それはそうであろう。全て所有者から離れない。リュクス猊下、左がランバルトの青、他に使徒ゼストの十字架に至ってはこれまでの歴代のゼスペリア猊下ですら触れられる人間が稀にいる程度で、私とアルト猊下がかろうじて一秒くらい触れていられるだけだが、ゼクスはこのように首から下げている。よってゼクスはその他のありとあらゆる聖遺物や、類似の華族神話、院系譜関連の品を持っているというか亜空間収納は可能だが取れないので歩く聖遺物などと呼ばれている。さらに朱匂宮本家の黒咲冠位保持者にしか許されない刺繍入りの、ギルド認定の最強の黒色にのみ許されるローブを来ていて、口布もギルドの最高の冠位を示している。こちらはハーヴェスト直系の証明でもある。腕には万象院本家の冠位保持者にしか許されない特別な袈裟、内部の牧師服は、闇猫の聖書の黒い騎士団装束よりもさらに最高の実力を示す旧世界ゆかりの牧師服だ。牧師は本来最下層の特別に許された職ではなく、最下層の聖職者にしか許されない、枢機卿より上の聖職者地位でもあるが、彼らは同時にゼスト家直轄闇猫部隊として特別枢機卿でもある。このように聖遺物以外も全てが完璧に後継者であり、それぞれの武力も完璧だ。そして首の中央の使徒ゼストの黒翼から右側には、最高学府・天才機関・医療院それぞれの最優秀認定カフス、猟犬のロイヤル・クラウンがあり、左には、英刻院・花王院・美晴宮の非常時相互守護契約カフス、列院総代および列院僧侶全ての奉る本尊印がついている。これらは気づくと勝手に集まったそうだ」
「最高学府と天才機関と医療院と猟犬は全部、高砂と橘と時東もどれか三個は持ってるし、時東は四個全部ある。左側は、俺が琉衣洲の師匠をしたりだとか、最近よく一緒にいたから、護衛してくれるガチ勢みんなに殿下達がくださったもので、榎波だっていっぱい持ってる人はいる! その他はただのゼスペリア教会の筆頭牧師のアイテムだって行っていただろう? なんだよ歩く聖遺物って」
「あの場所は、当代ゼスペリア猊下の所有物だ。よってお前のアイテムであっている。さらに言うと旧世界から存在している旧約聖書の実物と、使徒ゼストが直筆および収集した新約聖書の実物をポケットに入れて平気で歩いていられるのは、ゼクスが史上初だ――これを使徒ゼストの写し身と言わなくて、何を使徒ゼストの写し身といえば良い?」
「使徒ゼストの写し身ってアイテムホルダーのことなのか!? 俺はこうもっと優しさとかだと思うぞ? リュクス猊下、とても優しそうなお方だ。この人がきっと使徒ゼストの写し身であり、ゼスペリアが宿っていると俺は思う」
「では皆に聞いてみよう。ゼクスが優しくてまさにゼスペリアが宿っているようであり神聖さがある、どう考えても使徒ゼストの写し身で、率先して黙示録の対処をしていると思うものは全員手を挙げよ」
これにはなんと榎波まで手を挙げた。あげなかったのは、リュクス猊下とゼクスのみだ。リュクス付きの闇猫や、ラクス猊下もまた挙げた。それにはリュクス猊下も呆気にとられた。法王猊下や名指しされた家族、アルト猊下まで普通に挙手したのだ。
「こ、これ――みんな俺に気を遣ってるだろう……」
「そうなのか? ならば、そういう者は手を下ろすが良い。ESP網を展開する」
しかし誰の手も降りず、ESP網も虚偽判定をしない。
ゼクスは困った。冷や汗をかいた。
「解除する。もう手を下ろして良い。さて、わかったかね、ゼクス」
「……」
「指輪も外れぬし、ゼスペリア十九世としておとなしく即位し、榎波と婚約というか結婚して、早く私にひ孫の顔を見せるように」
「……――ん? いや、それは、ちょっと待ってくれ。黙示録的な事件に対処している部分が使徒ゼストの写し身っぽいとして、それがゼスペリア十九世をやらなければならないなんて黙示録には書いてないだろうから、別に今まで通りそこはリュクス猊下にお願いしたらいいし、榎波を結婚させたいなら、そこ二人で結婚させれば良いだろ? 結果的に法王猊下はひ孫を見られる。そして榎波はランバルト大公爵の爵位ももらえるし、お祈りはリュクス猊下に読んでおいてもらえば良い。完璧だ。俺が思うに、指輪に限らず遺物すべてが外れないのは、単純にPSY反応の問題で、血縁関係にある中あるいは顔見知りの範囲にある中で、もっとも一致率が高い人間に吸着するPSY波が出ているんだ。つまりこういうのが身につけられるからといって、使徒ゼストの写し身だとかゼスペリアが宿っているとか、運命の相手ということはないはずだ。だって、俺の中にまずゼスペリアとかいないしな。うん。いない!」
「ならばゼクスにはお見合いをしてもらわなければならないな」
「え!?」
「順番に言って、一番上の榎波と三番目のリュクス猊下にそれぞれ婚姻の話がいくのに一人だけ行かないわけがないだろう。無論、兄弟ではない榎波とゼクス、榎波とリュクスは問題ないが。さて、とすると、見合いの釣り合いを考えるならば、ロードクロサイト血統の直系である時東先生、匂宮配下家兼万象院列院総代の高砂先生、他に院系譜および王家からは再婚となるがよければということで橘大公爵の名前があがっているが、榎波を含めて誰が良い?」
「それは、他全部空いてないんだから、消去法で榎波しかいないだろう……」
「空いていない? 他に恋人がいるということかね?」
「っ、あ、その……」
「嘘の付けぬ性格だな。なるほど、そうなると、榎波ということで良いのか?」
「……」
「榎波は?」
「私にはどんな候補がいるんだ?」
「ゼクスを希望するが、他にお前が良いと思う相手がいるのであれば誰でも良い。ゼクスはこちらから勧めなければ結婚を考えないだろうが、お前は面倒で回避しているだけだからな、お前ならば自分で選ぶことが十分に可能だと祖父として考えている。孫の中でこの方面が唯一私に似たのはお前だ。まるで若い頃の自分を見ているようで、榎波を見ていると……頭痛が……しかしだな、私も舞洲猊下と出会い落ち着いた。よって榎波もそろそろ落ち着かなければならないだろう。話によるとなにやら最近大人しいそうだが、誰かいるのかね?」
「……」
「そうなのか、榎波! だったらすぐにその人物を連れてこい! そうすればとりあえず法王猊下が納得して大人しくなる。他はその後説得する! 急げ! なんなら俺が今すぐ呼びに行ってくる!」
「……いや、不要だ。必要があればそれに該当しそうな人間は自分で差し出そう。ならば事態の収拾策として、私とゼクスが偽装結婚し、私は望み通りランバルト大公爵位をもらって、祝詞はゼクスが読み、かつゼスペリア十九世にもゼクスが即位し、祝詞を読むのと黙示録対応はゼクスがやり、これまで通り民衆の前でゼスペリア十九世っぽく立っている役目をリュクス猊下が続行すれば良い。ヴェスゼストへの赦祝をゼクスが読めば、指輪は既にはまっているんだから終了だ。みんな忙しいし、それで解散で良いだろう。結婚届を誰かが持ってきて、結婚式は重病――頭の中が成長しない病を理由に延期。永久延期だ。これでどうだ? 全員が黙るだろう。みんな忙しいはずなのに、暇だから集まったのだろうが、きっと周囲が困っているだろう」
「な、なるほど。よし、偽装結婚して全部それで行こう。リュクス猊下も巻き込まれて可哀想だけどよろしくお願いします。後、猊下もうるさく結婚結婚と言われるだろうから、それは継続してみんなで探すことにする。誰か好きな相手が居るならば、言ってくれ」
「……え、ええと……別に、公の場の代行は構いませんけど……その……」
一番やりたいのは、その部分であり、周囲に絶賛されて生きていきたいだけかつ、生活の保証が欲しかっただけであるリュクス猊下は少しほっとしつつもであるが……なんともいえない気分になった。
本物のゼスペリア十九世にはてっきり出て行けと言われるか何かを考えていたのでだまくらかす方向で考えていたのだが、今のところ一度も疑われていないどころか、リュクスが言うまでもなく本人にはやる気が見えず、さらには周囲にもそれがわかっているから、説得しろなどという事態になっているとすぐにわかった。そしてリュクス猊下の本心から、自分の次は、本物の子供で決定だったのだ。
「……代行をやる場合、ゼクス猊下の直系長子がランバルトおよびなによりゼスト家の後続の当主、ゼスペリア二十世となるという誓約書を書いていただけますか? 今すぐこの場で」
その言葉には、周囲は少し驚いた。リュクス猊下がそういう行動に出ると思っていたものは少なく、法王猊下ですら驚いたし、ラクス猊下とレクス伯爵は驚愕レベルだった。本心を聞いていたアルト猊下のみ納得したような顔をしているが、結果的に都合が良いので黙っていた。
「そうしたら俺は子供を作らなければならないし、いつか誰かと結婚してできることはあるかもしれないが、今後ずっと急かされることになるだろう。嫌だ」
「では、ゼクス猊下が全てのご聖務を?」
「っ、わかった、誓約書を書きます」
ゼクスが折れた。して、いつから用意していたのか、真面目に準備済みだったリュクス猊下、その場に書類一式、あとはゼクスのサインのみだったものを取り出して、これには全員を驚かせた。ゼクスはリュクス猊下の内面など知らないので、普通にサインをした。
「よしこれであとは偽装結婚のみだ」
「――偽装結婚というか、ゼクス猊下は、榎波猊下が生理的に無理で肉体関係を持つのが無理だということですか?」
「え?」
「だから、ヤるのが無理ってことですか?」
「っ、あ」
「ヤってみて、ど下手くそだったとか?」
「な、いや、違っ、そ、そうじゃな――」
ゼクスの中で超聖人風、いいやこれに限ってはほぼ全ての人びとがこんなことを言いそうな人物だとリュクス猊下に対して思っていなかったし、ゼクスと榎波の両方を目の前に直接そういった事を質問できる猛者もこれまでいなかったので、全員の視線が集中した。結果、完全に動揺し、手からペンを取り落とし、目を丸くし、そのうち赤面した、こちらこそ本当に聖人なのか純粋培養されたお子様であるゼクスが――表情で肉体関係を公言したも同然だった。慌てたように唇を震わせているゼクスに、榎波がフードを被せたが既に遅い。
「私の名誉のために言うが、顔はゼクスと同じような作りだが、そちらの方面で玄人そうなリュクス猊下のお相手をさせていただいても満足させて差し上げる自信がある」
「――騎士というのは純朴で清廉潔白なイメージだったからど下手くそなのかと……失礼しました。そうなんですか、とすると、法王猊下も昔はそういう形だったと……僕は見る目が変わってしまいました……ではゼクス猊下は逆に榎波猊下が性的に奔放すぎて、使徒ゼストの写し身と言われるほどなのですから嫌悪しているということですか?」
「リュクス猊下、お前それ、素で言ってるだろう、おい! ゼクスよりマシだがおかしな方向で正直者すぎるだろうが! というより、なぜ私とゼクスがそういう関係だと?」
「そういう噂がたって周囲のほぼ全てが公認状態なのに、なぜそうだと思わないのか逆に聞いても? 僕は初対面なのでそこがちょっと」
「……」
「そしてゼクス猊下の動揺っぷりを見て確信しましたけど……周囲がここは未婚の性交渉に形だけでも嘆くべきところ、感涙している者までいるのですから、よほど写し身は清廉潔白だったのでしょうね。肉体関係にある相手と、偽装といいつつ結婚するのですから、嫌いでもないでしょうし、榎波猊下はそのままで良いのでは?」
言われてみると、遊んでポイ捨てする榎波が偽装とはいえ結婚しても良いというのは異例だ。さらに肉体関係があったとするならば、現在進行形の可能性が高く、つまりゼクスと致し始めてピタリと遊びが止まっているのだ。なんということだ。周囲、リュクス猊下の評価を高めた。
「僕的に、好きとか愛とかよりも結婚に際して重要なのはヤれるかヤれないかであり、ゼクス猊下の場合、ゼクス猊下をどうにかする腕前と武力、力量、知識を備えていて言いくるめる能力が加わっていれば、それでOKだと思います」
「ゼクスの弟とはとても思えなく頭がいいな、リュクス猊下は。それはその通りだろうと私も思うが、残念ながら子孫を残す予定は今のところないので、私の孫もゼクスの孫も偽装結婚した時点で法王猊下は期待できなくなるが、良いのか?」
「無論自然妊娠が望ましいでしょうが、ゼクス猊下も榎波猊下もランバルト当主孫である二代目かつ、ゼクス猊下はそれぞれの血統最新なのでその分の人工授精に必要なものが全て保存済みであるはずですし、榎波猊下の場合もロイヤル護衛隊にもその義務があったはずなので、そちらのレクス伯爵やゼスペリアの医師、そうでなくとも宗教院に依頼されれば王室の提供で医療院が協力していつでも人工授精、最悪代理母も可能でしょう。また、僕の想像以上に使徒ゼストの写し身は聖人のようなので、結婚とは子供を産むものだと説得すれば、きっと産むでしょう。さらに、周囲は榎波猊下の積極性に期待しているようですが、僕が思うにゼクス猊下がその気になりあなたに子供が欲しいと頼んだら、あなたの側には別に痛みもないでしょうから、応じる様な気がします。よってここにいる全員があなたたちの説得に集まっている上にゼクス猊下が純真な方なのでしたら、今週中にでもゼクス猊下の方の説得が終わり、丸く収まると思います」
「――少し直接ゼクスと話して今後について検討してくる。二人で」
榎波は作り笑いでそういい、ゼクスの頭を叩いて歩き出した。ゼクス、無言でついていく。周囲は敵だと思っていたリュクス猊下がまさかの一番心強い味方となっている現実に感動した。そうしながら、ESP網で二人の姿を追う。二人は近くの小会議室に入り鍵を閉めたが、直後には全員に見えるモニターが展開された。リュクス猊下は周囲の本気に微妙な気持ちになった。