5
さて、そちらでは完全に素に戻り、目を細めて苛立ち半分面倒くささ半分といった顔になった榎波がタバコをくわえた。フードと口布を外してこちらもタバコを銜えたゼクスなど、若干涙目だ。
「なんでバレたんだろう……指輪はともかく、それ以外でバレる要素がないだろ……俺もう恥ずかしくて外を歩けない。帰ったら二度とゼスペリア教会から出ない。黙示録が来ればいい。世界が滅びればいい」
真っ赤な顔で涙目のゼクス、いつもはかっこいいのだが、とても可愛かった。
「お前が露骨に顔にさえ出さなければ良かったものの。そうであれば誰ひとり聞いてこなかっただろうが――思わぬ伏兵だったな」
「あんなに優しそうで聖職者中の聖職者みたいな笑顔をする人があんなことをいきなり言うとは思わなかった……同じ顔なのに、やっぱり神聖な人は表情が違うな」
「まぁ確かに法王猊下とアルト猊下とラクス猊下の、花王院陛下でいうところのロイヤル力を抽出して合成したような、ザ・宗教院みたいな笑顔ではあったが、私は好かん。その四名の特にその系統の顔は見ていると、本当に救済する気があるんなら個人財産全て最下層と下層に寄付しろと思う」
「え、え……? 榎波は変わっているな……そうか? お金では人は救えないと思うが……まぁ生活費はあった方がいいとは俺も思う」
「しかしながらリュクス猊下は正しいことを二つだけ口にした。まず一つ。お前は説得というか、大多数に言われたら常識と照らし合わせて結婚したら子供を作ったほうが良い気分になるだろう。常時であるならば一生ゼスペリア教会へ引きこもる協力を惜しまないが、今はいつまたなにやらさも黙示録っぽい出来事が起きるかわからんロステク兵器が狂いまくっている事態が発生しているから、そういうわけにもいかないだろう。お前に引きこもられて仕事をサボられると、お前の中にゼスペリアがいるとは思わないが、物理的に文明が終了する可能性はある。が、そうなるとお前は大多数に言いくるめられそうになるから、その打開策として偽装でも結婚は無しだ。早急にできれば片方のみ別の誰かと婚約して自体を収集するしかない。そしてお前の場合は、そちらとの子作りを促されてまた唆されるだろうから、私しかないだろうな」
「な、なるほど……けど別に俺、そんなに頭悪くないぞ?」
「いいやお前は馬鹿だ。お前が写し身ならば、使徒ゼストもまた相当馬鹿だったのだろうと私は確信している。馬鹿となんとかは紙一重というのは事実から来ていたのだろうな。そしてこの場合、お前は先程提示された三名以外との見合い話を持ってこられる可能性が高いうえ、お前は断るのが苦手なので、『他に好きな人がいる!』とでも言って押し通せ」
「けど俺好きな人いないし……嘘つくとバレるんだ、なんでか知らないけど……」
「顔に出るからだ。それを言う場合、フードをかぶれ。また今後、嘘をつく場合もフードをかぶれ」
「そ、そうだったのか! そうする! ちなみにもう一つの正しいことは何だったんだ?」
「ん? ああ、いや、お前が私に子供を欲しいと言ったら、作る可能性がゼロではないが、私が提案してお前が承諾する可能性はゼロだなと思ってな」
「? 両方ゼロじゃないのか? 俺も言うつもりはないけど」
「これは私は別に愛がなくても子供は作れるという価値観があり、お前にはそれが無いとわかっているからだ。とすると、よっぽど使徒ゼストの写し身は私を愛しているのだろうと思い、だったら料理以外全てお前はできるから子供を代償に生涯ハウスキーパーをやらせるのに丁度いいから悪くないだろうと判断してOKする場合もある。なによりリュクス猊下が言うとおり、私には別になんの痛みも被害もない」
「なるほどな。俺はそう言う不純なのは嫌だ。うん。確かにそれもまた偽装結婚状態になければ、俺が考えることもないだろう。そうなると、榎波の婚約相手の決定と、俺の見合い回避のためにもうちょっとましな策を練るのと、ええとリュクス猊下のお相手か」
「リュクス猊下は別にいらないだろ」
「そうか? だって同じ年だし、あの人もきっと言われるし、あの人は俺の代わりに仕事をして下さるとても良い人なんだぞ。可哀想だ」
「私にはやりたそうに見えたが、まあ後で一度本人にも聞いてみよう。それとお前の策……よし、こうしよう、私に失恋した設定にすればいい、きっと誰も何も言わないだろう」
「わかった。けどそれはどうすればいいんだ?」
「榎波に振られたけどまだ好きだとか繰り返して場合によって泣いておけ」
「嘘泣きなんかしたことがないし、涙、出るかな? それ、悲しそうな顔とかするのか? 俺、悲しい顔って苦手なんだよな……なんかこう罪悪感が……嘘つくこと自体もそうだけど、それはまぁ……よし、フードをかぶればいいんだな!」
「――私の婚約者は橘大公爵で推す。やつならば子供がいるだけでなく、私を押し倒すこともないだろうし私がやつを押し倒すこともなく、さらにお互い好き放題他所で遊ぶことも可能だ。ばっちりだ」
「え、けど、あいつ恋人いるんじゃ?」
「前にセフレのひとりといた時にお前に遭遇したという話を聞いた。常に三十名は特定の相手が居る日替わりの人間で私のレベルではない計画的な人物であり、その相手も事情がこれかつ婚約相手が私ならば何も言わずに関係を続行するだろう。そのうちの五割くらいは私も知っている」
「!!!!!! えっ、橘ってそうなのか!?!?!?!?」
「私が性的に奔放だったらやつなど性欲そのものだ。お前がゼスペリアそのものとかいうよりは信憑性があるだろうな」
「ぶは――ど、どうしよう、俺、絶対次に橘見たら笑う。どうしよう、笑う」
「フードをかぶっておけ」
「う、うん」
なんだか思ったよりも二人きりの時、仲が良さそうだと思いつつ、みんな生暖かい瞳を橘大公爵へと向けた。すると余裕の微笑を浮かべていた。
「俺のことをなんといってもいいけど、あれでこられたとしてこちらの対策は?」
「僕があなたに一目惚れしたことにし、橘大公爵様もまたそこそこ乗り気ということに」
リュクス猊下、即座に完璧な対応策を出した。周囲は賞賛の瞳を送った。
「けどな、こんな話を持ってこられたということは、俺も榎波もそういう年なんだろ? だったら高砂と時東を急がせないと。やつら、俺よりダメだと思う」
「あの二人がダメであることには同意だが、お前よりはましで、きちんと恋人がいる点を評価しよう。そして恋人側の努力でやつらはどうにでもなる」
その言葉に高砂と時東へ視線が集中し、ザフィス神父と金朱匂宮総取りが特に険しい顔をしてじっと見たから、二人は無言を貫きながらも嫌な汗をかいていた。
「俺、そんなにダメか? 何がダメなんだ?」
「その年まで恋人ゼロ」
「……」
「私なんて何人これまでにいたと思っているんだ」
「た、確かに俺はモテないけど、別に多ければ良いわけでもないだろう? 結局、きちんとずっと付き合える相手に出会えていない時点で、俺とお前は同じだ。愛じゃない」
「――私はセフレも大量に経験があるとはいえ、恋人ともヤったことがあるが、セフレの私としか経験のない危うく高齢童貞まっしぐらだったゼクス猊下という不純の塊に愛をとやかく言われたくない」
「っ」
「別にお前はもてなくはないだろう。告白されているのをたまに見るが、いつもなんだか非常に申し訳なさそうに苦労しながら断っている姿を見ると面白くて爆笑しかける」
「……」
「ああいう顔をされたら、頼むから付き合えとは言えないだろうな、誰も。顔面で虫除け効果があるとは素晴らしい。しかしそれをとっぱらって、お前も適度に遊んでおけば、誰も心配しなかっただろうになぁ……お前が今回の騒動の全部の原因だ」
「なんだそれは。原因はお前のこの発信機と通信機だろうが!」
「外れないというトラップと周囲がそれが何か知っていたというのが想定外だった。というかそれを渡せば愛の証明になるんなら、好きな相手ができたら無理矢理はめてPKで外れないようにして説得すればいいだけだろうが。お前が相手だと私のPKでは無理だが、他の相手なら大体誰にでも可能だと思う」
「これどうにかならないのかな……」
「ならんだろうな。使徒ランバルトにストーカーされた配偶者が不憫なのか、ストーカーというより位置を把握しないとならなかったランバルトが大変だったのかは知らないが。エメラルドの方も直接通信の意味による。安全地帯に潜入させておき、いざという時盾になれと指示するとか、殲滅しろと指示するとか、逃げろだの遺言を託すだのより効果的な手法が腐るほどある。愛の証とか言っておけば誰も不審に思わんだろうからな」
「なるほどなぁ。恋愛って大変なんだな。まるで闇猫と黒咲の訓練とは、恋愛訓練のようだ。殺伐としているんだな。イメージとは違った。黒色の、愛する相手の遺伝子情報はとりあえず残しておこうという発想もそれだな、きっと。こう考えるとガチ勢と寺、猟犬はちょっとマシなんだろうか」
「ガチ勢と院系譜は、『すべての魂があるものを等しく愛する。性的な意味で』って形でゼスペリア教よりひどいだろ」
「ぶは。意味、そうじゃないだろ!」
聞いていた人々が吹き出した。それを理由に、ゼスペリア教でカバーできない部分への支援をしている、というのだが、言われてみればそうとも取れる。
「そしてこの全部の集合体である猟犬は一番の末期的組織だ。考えても見ろ、あのお前と同じで恋愛ダメ組の高砂と時東すら、ロイヤル力あふれる王宮への勤務開始後に恋人ができて、どう考えてもダメだろう英刻院閣下なぞ琉衣洲様を設け、生まれた時からその空気に触れていた橘大公爵も花王院陛下も子持ち。思うにあそこで育った青殿下と、ほぼ一緒に育った朝仁様が温厚などとはありえん。いつデキ婚相手を連れてきても全く驚かん」
「えっ、そうかな? た、確かに、う、うん、高砂とか時東は分かるけど……英刻院閣下はおモテになるし、他二名もそうで、青殿下と朝仁様はお優しい方だと思うけどな……」
名前が挙がった人々や知る人々は、全員小さく首をひねっていた。
言われてみると、それは正しいような気もしたのだ。
「けど、それなら、俺も王宮で働けば、恋人ができるのか?」
「かもな。欲しいのか?」
「わからん。恋人ってそもそも何をするんだ?」
「恋人になると口約束をして、互いに好きだと確認し、ヤる」
「……うん? けどそれ、好きだとか恋人になるとか言わなければセフレと同じだ」
「その通りだ。これの書類をかわして子供を作るバージョンが結婚だ。場合により式をする。こちらの場合は、公的に相手の浮気を禁止する。子供の血統保証および独占欲が強い人間は公的に相手を捕縛可能な処置だな」
「そうなのか? 愛はどの部分で必要なんだ? 独占欲なんて全員があるわけでもないだろうし、それは愛ってことではないよな? 子供を慈しむとか、この人の子供なら欲しいとか、そういうことか?」
「そう換言してもいいだろうが、より優秀な遺伝子、金地位名誉、なんでも良いだろう。とりあえずヤりたい。および中出ししたい。同性ならばプラスして共鳴してヤりたい。ま、こういうことだ」
「……俺、今まで幸せそうな親子とか夫婦を見ると温かい気持ちになっていたけど、なんか間違っていたんだろうか……そうなのか……」
「愛など幻想だ。ゼスペリアがPSYであるように、愛とはただの、性的本能・欲求を、都合が悪いから言い換えているに過ぎない」
「じゃあ、好きだという告白や、好きだとお互いにあって恋人になるというのは、お前とヤりたいとか、お互いにヤりたいという確認なのか?」
「その通りだ。さらにそうだとお互いに悟られると都合が悪いので、デートなどと称して外出し、相手を思いやってる感や共通の思い出を量産して誤魔化すんだ」
「知らなかった。知らなくても良かったかもな、永遠に。いいや、知っていて良かったかな。そうか、そうだったのか。確かに俺にはそんなことはできない。だからこれまでも、そしてこれからも恋人はいないんだな。ちょっと寂しいかと思っていたけど、そのハードルの高さを考えると、いなくていいや。デートとかしてみたかったけど、具体的内容も、秘められたそういう意味も知らなかったから、今聴いてやらなくて良いとわかってほっとした。ちなみに、具体的内容も聞いては見たい」
「そうだな、待ち合わせて手でも繋いで買い物でもして飯でも食ってあるいは映画でも観るか美術館でも行くかなにかとにかくひとつくらい印象に残りそうなことをしつつぶらぶらし、キスし、その後どこかでヤる。これだけだ」
「目的が最後なら別に行かなくてもいいだろう、それ」
「ああ、そういう形になるので結婚後は外出しない夫婦が多いんだ。もう、思いやってる感が不要で公的にヤれると決まっているからだ」
「そうだったのか。納得した」
「これが現実だ。他の誰かがお前に何か、愛の良さを説いたら、それは結婚させるためのデマだ。絶対に信じず、私に真実か確認しろ」
「了解した!」
ゼクスが榎波を頼りがいがあると確信したような輝く瞳で頷いている。
――完全に言いくるめられている。
榎波が先手を打ったのだ。
「お前らあれにはどう対応するんだ?」
ボソッと英刻院藍洲閣下がそう言うと、全員が少し黙った。
自然とリュクス猊下に視線が集まる。無意識に皆頼りにし始めていた。だが、リュクス猊下が困惑した顔をした。
「――? 榎波猊下の言葉は正しいですよね?」
えっ、となった。そ、そうなのか!?
アルト猊下がこめかみを指で押さえている。法王猊下もため息をついた。
「それは榎波護衛隊長とリュクス猊下が真実の愛を知らないからだと俺は断言する。ハーヴェストの名にかけて! よってゼクスには、別の任務として『榎波に真実の愛が何かを教えて結婚について考えさせる』という指示を出せ。それは『ゼクスにしかできない仕事だから責任をもて』とも付け加えるといいだろう」
本気なのかどうなのか、ハーヴェスト侯爵、楽しそうにどきっぱり。
とりあえず、それでいく形になった。
「それとな、英刻院の舞洲猊下、藍洲閣下、琉衣洲伴侶補殿下はお人好しの馬鹿だから多分お前に協力的だろう。きっと恋愛だとは自由意思だと思っていそうな、彼らほど恋愛脳で純粋なボケどもは存在しないから、この三名は比較的安心だ」
名指しされた英刻院三名咳き込んだ。
「次に、マシだが積極的妨害しないだけで、役に立たないのが時東、たまに事態を悪化させるのは橘、この二人以下で、向こうの手先が高砂だと認識し、時東以外にはもう気を許してはダメだし、時東も本人に害がないだけで、敵だと忘れるな」
「え……う、うん……けどあいつら、そうかな……? いい奴らだぞ?」
「いい奴らだからこそ、胡散臭い者共に騙されるんだ」
「……」
「レクス伯爵も高砂とほぼ同じ」
「……」
「そしてそれ以外は、関係者もその他のメンバーも全て等しく同じくらいの敵であると忘れるな。いいか? 気を抜けば負けるのはこちらだ。黙示録より最悪の事態が勃発していると忘れるな」
「わ、わかった!」
「よし、それで良い。とにかくいいな? 恋人など幻想だ」
「ああ」
榎波が満足そうに頷くと、ゼクスも自信たっぷりの様子で頷いた。
「それは特に良く理解した。だって、仕事で待ち合わせて、喫茶店でコーヒー飲んで、その後、映画とか見て時間を潰し、仕事をし、さらに昼食を食べながら打ち合わせをして、必要な品物を買い揃えて、勤務終了後お前が疲れたからって言って俺にキスしてOtherぶんどって、そのまんまヤる流れが、要するに好きというか仕事が理由かの違いだけでデートの内容で恋人なんだから、それは恋人が幻想で正しい。だって俺と榎波は恋人ではない! すごくよく分かった。みんなは間違えているんだな」
「っ」
笑顔で自信を持って一人納得したように言ったゼクスを見て、思わず榎波は息を飲んだ。気づくと冷や汗をかいていた。
聞いていた人々は、困惑したり頭にハテナを浮かべたり、どんな仕事なのかというか仕事の直前に集合すればいいだろうだとか、Otherを借りるとしてキス形態である必要性だとか、色々瞬時に考え、なおかつそれならばゼクスとヤれただろうと判断もした。
最初、榎波は組んでいた腕の片方をあげて、顎に手を添え、その肘を持った。そしてじっとゼクスを見た。――見ていた人々とほぼ同じ事を考えていた。当初は、それを理由に朝からサボっていたわけだが、考えてみると別に不要事項が多い。かつ、かなり頻繁にそういうことはあるし、考えてみると自分達でなくて良い、どうでも良い仕事も多い。
「まぁ俺達は仕事だから、ヤらない日もあるけどな」
逆である。榎波からすると、これが一番おかしい。どうでもいい仕事にサボリに行って、この肝心な部分をやらなかったのがおかしい。セフレとはそれをやる存在だ。さらに過去の恋人で、同僚であった相手であっても、こういう展開で、『今日は向こうも疲れているだろう』などと考えて手を出さなかったことはないのだ。
SEX時には、手加減せずにいるのはゼクスのみ史上初といえるが、逆にそういう気遣いをした相手もゼクスが初かもしれなかった。というかこれで行くと、その辺の人物と婚約・結婚しても手加減して事に及ぶ生活が再開するし、場合によっては浮気も制限されるだろう。ならびにゼクスもどこかの誰かと結婚するとなれば、ゼクスは性格的に二度とその相手以外とは事に及ばないだろう。とすると、もう手加減せずにヤれることはなくなる。
「榎波?」
「ちょっと黙っていてくれ、なにか思いつきそうだ」
ゼクスは頷いた。榎波が良いアイディアを思いつく時のように目を伏せて、右手の人差し指を眉間に当てたからだ。相変わらずその腕を左手で持っている。その前で榎波は考えた。とすると――ゼクスと結婚し、ゼクスを永久にセフレとしておくのは良い。先程も行ったが、料理以外の家事の全てができて、料理は榎波の趣味だ。さらに外見等は好みなのだ。問題は向こうの同意だけだ。