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 好きとか愛とか言うが、正直過去の恋人に対しても別にそこまで運命の相手だとか思った記憶はない。そして現在は仕事なのだからゼクスはOKするだろう。そうなってしまえば、あとはどうとでもなる。周囲も応援しているのだから大歓迎するだろう。さらに周囲は公認でヤることを推奨してくれるし、ゼクスはモテないと思っているようだが寄ってくる大勢も勝手にいなくなる。

 思えば榎波はゼクスが告白されている場面だとかゼクスが好きだという相手を見たとき、イラっとした記憶があった。これは、ええと、好敵手的存在がモテているのがカンに触っていたと思ったのだが、本当にそうなのだろうか――……? その上本日、セフレだとか好きではないとか確認し、地味に胸がざわついてはいないか? かつ、顔が同じリュクス猊下には別段ときめかず、ゼクスに言われるとクるものがある。

 正直、なんか、きつい。そもそもゼクスとヤれるヤれないなしにして、ゼクスの隣に誰か立っているってどうなのだろうか? 非常にぶち殺したいほどムカつくような気がしてくる。しかもそいつが結婚してゼクスを独占? 冗談ではない。現在ゼクスを独占している人間として思うに、他の誰かに譲りたくない。

 ――渡さない。

「ゼクス。お前、仕事が好きか?」
「ん? ああ、まぁ好きだな」
「世間の人々はデートが好きだ」
「ん? うん?」
「そしてお前は仕事とデートの区別がつかずどちらも好きであり、つまりお前が自覚なかっただけで、仕事がきっとデートと同じだったんだ」
「は?」
「要するにお前は私のことが好きであり、デートしているつもりだったが、頭の中で仕事であると言い訳していたんだ。だから、指輪がはずれない。つまりお前は私が好きなんだ」
「えっ、俺は榎波が好きなのか!? た、確かに指輪ははずれないけどだな……仕事は仕事だぞ……?」
「楽しいとか思ったことはないのか?」
「仕事は大体楽しい」
「私なんか面倒くさくていやいやで、終了後に体力回復しないとダメだった」
「あ、ああ……とすると、俺は……? 榎波よりは嫌じゃなかったし疲れなかったんだから……ええと? どういうことになるんだ?」
「私が好きだということだ」
「榎波、お前頭でも打ったのか? なんかさっきまでとは言っていることが変わった」
「指輪の謎を探究することにしただけだ」
「ああ、そうか。と、なると、俺はお前が好きだけど自覚がないから、指輪は外れないけど俺の意識にも無いということか。じゃあお前は俺のことが好きじゃないから、お前が持ってるのは取れるんだろう? それを別の人にはめれば、俺のも外れるはずだ。やってみよう」
「これは両親の形見だから私にはそんなことはできないが、お前がどうしてもと言うならば……」

 榎波が少し悲しそうな声で言った。聞いていた人々は、お前がそんなたまなわけねぇだろとつっこみかけたが、ゼクスは信じて動揺した声を上げた。

「あ、いや、いい! 俺の方が外れないのが悪いんだから、つまり俺がお前を嫌いになればいいだけだ! 好きがどこかわからないから、どこをどうすれば嫌いになるかちょっとわからないから、少し待ってもらうことにはなるだろうが……いつか、必ず外す!」
「気にするな。それにしても……無意識に運命の相手だと確信するほど私のことをゼクスが愛していたとは……」
「いや、それは何かの間違いじゃ……?」
「きっとこういう話は口にするだけで照れてしまうから、自分で自分が恥ずかしくてゼクスは無意識下に抑圧しているんだ」
「……そ、そうなのか? う、うん?」
「きっと私は当人だから気付かなかっただけで、これほどの人数が集まっていて賛同しているのだから、全員にはバレバレのレベルで私のことが好きで、顔にも行動にも出ていたのだろうな……」
「えっ」
「そこまで私のことが好きだったとは……」

 榎波がため息をついた。ゼクスが怪訝そうな顔で首をかしげている。
 見ていた周囲も首を傾げた。ポツリとレクスが言う。

「――榎波男爵は、なにやら思いついて、方向転換したな。兄上を騙しにかかっている。二人の婚姻は良いだろうが、場合により、兄上が不幸になりそうなら榎波男爵をどうにかしないとまずいだろう、これは。兄上は信じるぞ、おそらく大体」

 皆、同じような気持ちだった。使徒ゼストを、それこそ偽ゼスペリアに差し出した気分になってきた。

「考えてみれば、いくらお前が優しいとはいっても、キスして疲労回復してくれるのは私にだけであり、ホイホイ周囲にキスして回っているわけではない。つまり私が好きだからキスしていたんだ」
「えっ、けど、榎波がいつも勝手に自分でキスするだろ。俺からしたこと無いだろ」
「だが私がキスするのがどういう時かわかるのに回避したこともないだろう?」
「……! そ、そうか、深く考えたことは一度もなかったけど、考えたことがないのだから、回避してないな」
「そうだ。さらにお堅いお前が何度も体を許し、かつ徹底的に回避教育をされているだろうOtherの供与を恐怖を覚えずに行っている時点で、愛の深さに気が付くべきだった。そうゼクス、お前は私を愛している」
「!」
「だから私とヤるわけだ」
「お、俺……榎波を好きだったのか。それも愛していたのか。そしてそれはヤりたいということだったのか……衝撃的だ……そうだったのか……これがいわゆるコペルニクス的転回というやつなのか。なんだか、うん、今なら自分が使徒ゼストの写し身だと言われていることのほうが現実味を感じる。榎波、俺、こんなことは言いたくないけど、それはどこかできっと間違っていると思うんだ。俺、別に榎波が好きじゃない。嫌いでもないけど」
「いいや、お前は私が好きだ。その指輪が何よりもの証拠だ」
「け、けどさっきまで、これは違うとお前も言っていた」
「両親について思い出したんだが、確かにそれは愛し合っていると外れない。そしてそれはヤりたいということではない。一緒にいたい、そばにいたい、寄り添いたいということである。よって、例えばランバルトの方ならば、いつも一緒にいられるように位置を知りたいし、エメラルドならば、そばにいられない時も一緒にいるかのように話したいということなんだ。これはお前の場合、仕事と思い込んでいたデートの時、本当は常にヤりたかったが、私が疲れていそうな時はヤらなかった部分に該当するのだろう」
「……? い、いや、榎波のご両親のことはわからないし否定する気もないが、俺達がヤらないのはお前が俺にキスしなければヤることは一回もないんだから、俺の配慮とか、ありえないだろ?」
「照れなくて良い」
「えっ」

 榎波に断言されて、ゼクスが困った顔になった。
 聞いている周囲は、それは榎波側の場合じゃないのかと吹き出しそうになった。
 榎波こそが配慮していたと理解したのだ。なるほど。

「そこまでお前が私を好きだったとは……」
「榎波……――あ!」

 その時ゼクスが目を見開いた。

「なんか黙示録に偽ゼスペリアは本物の代わりに民衆の前にたとうとするとか、使徒を誘惑する可能性とか書いてあった! きっと、それは俺なんだ! よってお前は誘惑された使徒で、本物はリュクス猊下で、みんなそれがわかっていて、これも黙示録のひとつの展開だから、だからこんなに大勢集まっているんだ!」
「……ほう」
「だからきっと俺がマインドクラック的なにかを今発していて、榎波はそんな勘違いをしたんだ! だから急に言ってることが変わったんだ! 安心しろ! 俺は偽ゼスペリアなのかもしれないが、別にお前を誘惑したくないし、ゼスペリア十九世とか死んでもやりたくない部類だ! きっと教育の賜物だ。俺が偽ゼスペリアにならないように人々は育ててくれたんだろう!」

 それは一部あたっていた。本当は、リュクス猊下が偽ゼスペリアにならないように教育されてきたのだ。

「――まずひとつ、この件と関係ないしに、お前は死んでもやりたくなくても生まれた時から既にゼスペリア十九世猊下だから、それは決まりだ。育ててくれた人々は良い人々だと私も思うが、そこは間違えるな。お前はゼスペリア十九世。これは間違いない。そして私は、マインドクラック防止装置および解除装置を常に作動させているから、これにひっかからないのは存在しないと言える」
「……」
「どうして私が好きではないと断言できるんだ?」
「だ、だって……好きって、キュンとかするんだろ? 可愛いとか守りたいとか思うんだろ? そしてヤりたいんだろ? 俺お前に対して可愛くてキュンとするみたいな子猫みたいなイメージになったことないし、お前を押し倒してぶち込みたいとか思ったこと一回もないし、守るというかむしろお前なら信用できるから俺の手が届かない範囲を守りに入って欲しい感じだから、守るイメージもないぞ? 該当しない!」
「まずヤられる側でも良いわけで、それは別にいいんだろう?」
「いいわけじゃない! お前がヤるから、そうなったら俺はヤられるしかないだろうが!」
「嫌なのか?」
「へ?」
「嫌なら当然誰かに相談して私を捕まえてもらっていたと思うが?」
「っ、え!? え!? け、けど……」
「嫌じゃなかったということだ」
「……」
「さらに守るは守られるでもよく、行為の最中は無力になるので守られる状態だがそれもOKだった。お前は私に守られるのがOKなんだ」
「!?」
「また、愛とは子猫への親愛とは異なり、必ずしもキュンではない。ドキドキとかだ」
「ドキドキ……」
「心当たりは?」
「うっ……ま、まぁ……お前が襲いかかってきて殺し合いになる場合の内、それが不意打ちだと多少はドキドキする」
「まさにそれだ。あのザフィス神父とラフ牧師、長老の赤と緑は常にそういう状態だが夫婦だ。つまり、それが愛だ」


「「「「ぶは」」」」

 聞いていた側で名指しされた人々が吹いた。
 法王猊下やハーヴェスト侯爵達の夫妻は爆笑した。
 これは、あたっているような感じがした。間違ってはいるのだが。

「な、なるほど! それだと、あの人々が夫婦だというのにとても納得がいく」
「だろう? つまりゼクスは私を愛していたんだ」
「そうだったのか……」

 ゼクスが目を瞠り、呆然とした。指輪と榎波を交互に見る。

「じゃあこの指輪は俺のせいで外れないのか。俺はどうしたら良い?」
「私もそこまで思われて悪い気はしない。別にそのままで良い」
「榎波は良いやつだな……」
「それに先程も言ったがお前が望むのなら子供を作っても良いと思っているわけだから、そうだな、状況を考えてもゼクスがそこまで私を愛しているというのならば、結婚しても良いと思う」
「は? え、けど、いや、それは……」
「私のことをそんなに思ってくれているのはきっとゼクスだけだ。他にも数多くいるだろうが、指輪がハマっているレベルはゼクスだけだ」
「……」
「全員安心して喜び会さんもするだろうし、結婚しよう」
「……いや榎波、それはダメだろ」
「なぜだ?」
「まず俺は俺が榎波を好きだとまだ思えないが、それは無意識で抑圧しているとして、そもそも榎波は俺を好きではない。今はそれで良いかもしれないが、俺が榎波を好きだとすると、俺は好きな人間に好きでない相手との結婚状態を敷いていると理解できるし、いつか意識的にお前が好きだと思ったら、お前が可哀想すぎて耐えられない。お前は俺が好きになるというのだから、とても良い人であると保証するし、そういう人間は俺に付き合って自分を犠牲に結婚しておいたりしてはならないだろう。きちんと好きな相手を探して幸せな結婚をした方が良い! 榎波は幸せにならないとダメだ!」
「――お前は偽装結婚できるのにか?」
「別に俺は大丈夫だ。誰とでも結婚できるだろう。仕事ならな」
「へぇ」
「けど榎波は好きな人と幸せな結婚をしなければならない。俺は全力でそのために頑張る。約束する。どんな相手とでも結婚させてやる!」
「なるほど、それもそうだな」
「だろ――……!?」

 榎波が歩み寄り、ゼクスの顎を持ち上げた。ゼクスが目を見開く。
 ためらうことすらなく、そのまま榎波はゼクスの唇を奪った。
 そして接触テレパスSEXでこれまで使用したことのない感情直接送信をした。

「っ」

 息切れする暇すらなく、頭が真っ白になり、ゼクスが崩れ落ちた。
 全身に快楽の他、いつもと異なり、おかしな感覚が満ちた。
 これは――愛だ。深い愛情だ。大好きだと流れてきたのだ。
 抱きとめられた状態で、唖然として榎波を見上げる。何度か瞬きをした。

「……榎波、あの……」
「別にOtherはさしてとっていないというか、普通に手でも触った時に自然吸収される程度だ。どうしたんだ? 力が抜けているようだが」
「……え、あの、あのだな、本気で……っ」

 再び榎波が口を塞いだ。角度を変えたキスだ。
 こういう快楽のみに直結しないESPが大量の、本来のコミュニケーション目的の形態による接触テレパスなど初めてだったが、ゼクスはそれよりも、流れてくる榎波の気持ちに動揺しすぎて全部絡め取られる感じになり、大混乱していた。なお、見ている別室の全員もポカンとしていた。一部、こうなったか、と、思っていた人々もいた。

「っ、ま、待ってくれ……ぁ……っ」

 ゼクスが何か言いかけたが榎波は許さない。そして次第に、ゼクスが瞳を潤ませて、榎波の服をつかみ始めた。

「答えは?」
「……」
「顔を見れば分かるけどな」
「っ、あのな、榎波、どうしよう、俺はどうすればいい? 俺は自分が榎波を好きだと今理解させられたことにも、したことにも、死ぬほど驚いてる。確かにきっとそうなんだろう。だって、どう考えてもそうだ。だけどその全部よりお前が俺を好きだというのが衝撃的だというか、こればかりは、俺が使徒ゼストの写し身どころかガチでゼスペリアが宿っていると言われたり、現在進行形で黙示録を阻止している救世主とか言われるのよりも、頭おかしく信じられないことに思える。お前が俺を好きには到底見えないし、これまでそんなの一要素も見られなかった」
「だが接触テレパスのESPで嘘をつくのは不可能であり、そしてそれと同種の感情を持っているわけで、お前より私の方が強いんだから、いやぁ気付かなかったが私の方がゼクスを好きな量が多く、そしてゼクスはやはり私を好きだったんだ。指輪はこれを察知したんだ。なぜならば指輪の周波数と一致する」
「け、けど、友情とか護衛対象とか殺意とかと間違っていることはないのか?」
「なぜ殺意が入ったのかわからないが、それらとは違うのはESPの情報でわかるはずだ。結局のところ仕事や恋人やらなんと名前を付けようが、愛としようが性欲と位置づけようが、やろうと思えば接触テレパスで全部わかるわけだ。肉体関係込みでもそうでなくても浮気に不倫、そうでなくとも好きでなくなった場合も、嫉妬も何もかも全部わかる。逆に、全部わかるけど相手を信用しているから万が一の時以外、感情記憶伝達メインのESP接触は不要だというのが、恋人や結婚における指輪の交換などによる宣言とも言える。つまりあれらは愛の形ではなく信頼の証ということだ」
「……榎波は博識だ……」
「さて幸せになるべきである私の結婚をどうやってでも叶えてくれるそうだが、ゼクス猊下はどうするんだ? それが『どうすればいいか』という答えと同じだろうな」
「……俺は榎波と結婚しようと思います」
「それで良い。正解だ」
「う、うん、え、けど、一体いつから……信じられない……俺のこともだけど、お前がまず信じられない……あれ、偽装とか本当に無理なのか?」
「少なくとも私は無理だと聞いているけど、何が不思議だったんだ?」
「だってお前あれ、俺に一目惚れだろうが」
「――ん?」
「十七歳でゼスペリア教会で祝詞読んでる俺を見て、鐘鳴ってる所が最古で、それは俺の記憶にすらない初対面時らしいぞ……もうなんていうかこれは運命だ的な感じで、鳴り響くハーヴェストクロウ協奏曲だ……しかも以後全部俺の恋愛兆候壊滅して潰しながら自分は将来に備えて経験を積むってなんだこの思考……俺の恋愛がなかったのお前のせいかよ……しかも将来に備えてっておい……」
「それは、本当に?」
「へ? やっぱり偽装なのか?」
「そうじゃない。私にはそこまで深い歴史や記録、無意識までは自覚も無理だし記憶もない。へぇ……そうだったのか」
「え」
「じゃあ私は十年間も恋人にならずに過ごし、かつお前は確保しながら腕を磨いてきて、最終的に手に入れたのだから勝者だな」
「……」
「しかも私は出会いからしてもう色々と純愛だが、ゼクス、お前はこれはどうなんだ。お前が私に愛を感じるのは、料理を食べた時。二番目はヤった時。おい、完全に本能だ。餌付けと快楽落ちか。それはそれで良いけどな。ああ、まぁ、料理が一番で何よりだ」
「……」

 ゼクスが両手で顔を覆ってしまった。