【序-下】鴉羽卿




 そして鴉羽卿がまず、英刻院閣下へと歩み寄り、PSY-Otherの青を前回にして特化治癒をかけた。

 内蔵が修復されていくようであり、それをしばしみてから、英刻院閣下の首から不思議な虹色に輝く丸い石がついた銀のネックレスをその人物がかけた。

 見ていたものは、それがPSY融合医療装置だとわかったものがいた。

 それからさらに橙色を帯びて金粉がまぶされた不思議な錦の扇を取り出したその人物が、バサリとそれを開くのを意図道は見ていた。周囲にはPSY色相が広がり、バシンとその人物がそれを閉じた瞬間、全てが英刻院閣下の中へと入り、一度咳き込んでから英刻院閣下が目を開けたので、周囲はハッとした。

 橘宮と同一の完全PSY血統医療だった。

「――各集団をまとめて対策指揮と治療をする指示を出し、敵集団の実働部隊および大規模兵器を破壊しておいた状態だ。以後、全指揮権限を英刻院閣下にお返します。が、ご回復までの間、人員管理は俺が継続するので指揮のみを。今、琉依洲殿下が総指揮者でそれぞれの集団からのリーダーがおりますので、そちらへ指示を出してください」
「っ……感謝する、鴉羽卿」
「真朱匂宮様の治療に行ってまいりますので、ご入り用の際は誰かを遣いに」
「承知した」

 英刻院閣下が頷いてから咳き込んだ。しかしもう血は溢れてこない。
 皆は、英刻院閣下の復帰だけでも全身から安堵で力が抜けるようだった。
 さらに鴉羽卿は、真朱匂宮へと歩み寄った。

「お久しぶりで、鴉羽卿」
「ご無沙汰いたしておりました」

 そう言いながら、こちらには最初にPSY融合医療の首飾りをかけ、そして扇を開いてバシンとふった。

 すると、やぶれていたらしき腹部等全てが塞がったらしかった。
 それからPSY-Otherの青による集中的な治癒が始まり、あからさまに真朱匂宮の瞳がほっとしたように和らいだ。

「てっきりホスピスにいて、安楽死待ちだと思ってたけど、思ったより元気そうな鬼畜だね鴉羽卿」

 その言葉に周囲が息を飲んだ。

「安楽死の処置待ちで今は、ホスピスではなく万象院本尊から来たところだ」
「えっ、本気でそんなに悪いの?」
「ああ。そうでなければ最初からきている」
「やっぱりご老体なの?」
「さぁな。それより真朱様。次から黒咲は全てもっと厳しく頭を破裂させたほうが良い」
「だいぶそうしてきたんだけど、回復する橘宮がほかの治療に忙しくなってきたのと、こちらもいちいち破裂させているような暇がなくなってさぁ」
「では範囲一括で心臓を全て抑えておいたほうが良いだろうな。そしてギリギリと潰れぬ程度に逆らうと心臓が痛くなるようコントロールしておくと良い」
「そんな範囲は、僕には使えない」
「桃雪匂宮様にやってもらえば良い」
「あの子は少し優しすぎてダメだ」

 超恐ろしい会話をする匂宮本家直系の二名に周囲はなにも言えない感じとなった。

 ただその人物は、これまでこの真朱匂宮すら良い顔をしなかったガチ勢および配下復古家とされた三名を一番尊重しているのである。ガチ勢も三名もなんだか勝手に心強くなった。

 その治療が終わった頃、PSY-Otherの青フィールドの治癒効果によってクライス・ハーヴェストと銀朱匂宮、桃雪匂宮も目を覚まし、他の怪我人は全て歩ける状態まで回復した。周囲が歓喜している。

 それらを一瞥してから、鴉羽卿は橘大公爵の元へと歩み寄った。
 隣には高砂がいる。
 兵器を管理、操作している二人の隣に、鴉羽卿は巨大な箱を出現させた。

 そしてふたを開ける。中には二人でさえも見たことがないような、完全ロステク兵器やPSY融合兵器、完全PSY兵器が入っていた。

 全て完全に修理や管理がなされていたらしく、PK浮遊で鴉羽卿がそれを設置して起動した。

 すると先程までとは桁違いの防壁が王都側と正面、さらにその場の周囲に展開され、同時に鴉羽卿が自分自身で行っていたカロリー補給やPSY補給が装置により行われるようになった。

 これは――おそらく復古や発掘ではなく、自主開発だ。
 二人は唖然とした。
 さらに前方には各歴史階層の兵器を自動で壊す電波が流れ始めた。

 それを確認してから、鴉羽卿が二人の前にロステクモニターとキーボード、横に触れると説明が出るウィンドウを表示させた。

「こちらのウィンドウでマニュアル等を必要があれば参照しつつ、兵器類の維持管理をお願いします。今回の対処後は全て持ち帰り保存管理もお願いします。万象院等への返却の必要はないので、今後は高砂家にて管理を」

 呆然と頷きながら、二人はPSYの大規模使用から見ても、この開発兵器を見ても、どう考えても非常に高IQなのだろうと鴉羽卿に対して思った。

 さらにあまりにも兵器が素晴らしすぎて、二人は少し興奮してしまった。
 それからその人物は、医療指示を行っている時東へと歩み寄った。

 無視して指示を飛ばしていた時東は、一段落つくまで黙ってそこで待っていた鴉羽卿を少し気に入り、視線を向けた。

「なにか?」

 すると鴉羽卿がその場に巨大な箱を出現させた。

「中に、アルト猊下、クライス・ハーヴェスト侯爵、桃雪匂宮様への必要点滴が入っています。また、鎮痛剤各種と内蔵修復治癒等のPSY復古医療指定点滴類、その他、代表希血を含む生体輸血パック等が、全て医療院の既製品から万象院にて有事に備えての保存物として所持していたものとして入っているので、この場を有事の場であると捉えて提供しますので、必要でしたらご使用ください。また背後に、必要に備えてPSY医療器具を設置したので、必要があれば。この首飾りですべて起動します」
「っ」

 時東は受け取りつつ、箱の中身を見て目を瞠った。あれば良いのにと思っていた品も、既に切れていて補給できなかった品も、それ以外のアルト猊下達用の必要なのになくなっていた点滴もすべて入っていて完全に完璧な、時東が日常的に使用しているものと同じだったのだ。

 しかも黙って立っていると思っていたらそうではなく、振り返れば背後にこちらも完璧な状態で設備が配置されていた。

 さらにその内容は医療院の集中治療室に常備されているものと、検査用の品と同じものであり、非常に高価かつ貴重で本来、このように簡単に持ってこられるものでもなければ、一医師に、いくら優秀であろうとも権限を渡せるようなものではないのだ。

 この全てを揃えた万象院にまず時東は感動したが、続いて自分にそれを渡した上、自分も同一品が前線にあるべきだと常々口にしていたのだが、それらの内容をはるかに超えて完璧なものを用意していた鴉羽卿を評価した。

「使わせてもらう」
「いえ。今後その首飾りで装置類は収納も可能なので全て時東先生が管理を。薬類は万象院の亜空間倉庫と通じているので自動補給されるので、基本的に供給が途切れることはあまりないと思いますが、途切れた場合は当代万象院本尊本院の緑羽万象院にご連絡を」
「わかった。とても助かった」

 こうして何もかもがいっきに完璧になった。
 そこへユクス猊下が歩み寄った。

「ロードクロサイト議長、英刻院閣下がお呼びです。対策テーブルの方へ」
「わかった。だが、ユクス猊下、議長はお前だ」
「――それはそうですが」
「レクス・ハーヴェストとクライス・ハーヴェストは以後、黙らせる感覚で行け」
「くっ」

 ユクス猊下がこの状態が始まって初めて笑みを浮かべた。
 それに黒色達は安堵でいっぱいになった。
 二人が席へとつく。鴉羽卿は英刻院閣下の隣に座った。

「鴉羽卿、ご来訪、改めて感謝する。生きておられて何よりだ。体調は?」
「最悪だ。わかっているなら、もう呼びだなさないでください」
「悪いがしばらくいてもらう。鴉羽卿というか、お前の不在でこちらの寿命が本日になりかけているからな。それで、当然王都内部の災害対策は出来ているのだろうな?」
「無論です。先代緑羽万象院および朱匂宮、ハーヴェストクロウ大公爵により防衛攻撃面と兵器管理もしてありますし、医療に関してはロードクロサイト卿が全てを取り仕切り、万象院および法王猊下采配による宗教院による衣食住手配ならびに、配偶者猊下の英刻院舞洲猊下に宰相代行を依頼、王宮において花王院青第一王子殿下ならびに美晴宮朝仁伴侶補殿下により、ロイヤル機能と政府首脳部機能の維持を図りつつ、旧宮殿に安全処置として花王院紫国王陛下とそちらの伴侶補殿下でもある美晴宮静仁様、ゼスト血統保持者としてエルト猊下、同時に宗教院維持管理としてリクス猊下、またハーヴェスト=ロードクロサイトとしては、ロードクロサイト卿もそちらで王都内ギルドメンバー管理および医療指揮をしつつ退避しています。王都内黒咲、万象院とその他院系譜は全て先代緑羽と朱匂宮が抑えていて、猟犬と闇猫の代表管理はエルト猊下にお願いしてあります。光熱水も含めて最下層は万象院寺院戸籍と救済処置がありますので王都内全てにおける防衛ならびに万が一の場合の提供が全て可能。現在この場に展開しているカロリー補給水分補給さらに衛生状態保持装置により入浴等も不要、感染症可能性もほぼゼロ、怪我をしても治癒フィールド、その装置の大規模なものを発動させる準備も全て。さらに避難場所として特別三機関の最高学府・天才機関・医療院の敷地を確保し、既に医師の配置や避難度に応じての敷地使用法、ならびに国内で最も安全な最下層の地下にある廃棄都市遺跡への誘導、さらに華族敷地内匂宮所有地のうちの闇の月宮敷地にて、右大臣・左大臣以下三名、五名の橘宮配下家への政府機能転換手続きも住んでいて、有事には首脳部はそちらに転移の状態で全ての機能維持も完璧で、三ヶ所への避難誘導要因としてその他の猟犬や黒咲が王都内にて待機済み、ガチ勢四籍以下とされる列院僧侶にも避難係として待機しじ済み、闇猫と黒色は医療院の臨時医師として、そうでないものは全て最寄りの教会あるいは孤児院、医薬院に待機し、そちらでの、この前段階の衣食住供給と医療提供の準備を整えていて、最悪の場合は三箇所いずれかにそこにいるものを連れての避難をし、さらに全ての王立学府にも猟犬を派遣して避難体制が整っており、民間企業は黒色を通して、ギルド内の富裕層や職業人組合のものに避難指示時に指揮を執るよう伝達済みです。こちらも簡易避難時は全店舗飲食店は無料で食料提供を。光熱水およびそれらの食事代などはハーヴェストクロウ大公爵家の私費から既に支払い済みなので、それが使用されるので経費元国心配ないです。なのでこちらが全滅しても王都は防壁が作動中の時間内に避難もすべて完了しますのでご安心を」

 ロステクウィンドウを展開し、全てを説明した鴉羽卿を見て一同はポカンとした。
 そこまで手がまわらなかったことが全てしてあった。

「さすがだな。そこまでやってきてくれるとは……そいつらを動かし、全組織を動かし、特別三機関の協力を取り付けられる上、ギルド関係とはいえ民間企業まで抑えてあるのか……さらに政府機能と金まで。本当に感謝する、鴉羽卿」
「それが猟犬顧問の仕事ですので、感謝は不要だ英刻院閣下」
「他の顧問が誰ひとり役に立たないのはどうすれば良いんだ? それはそうと、徒歩の兵士集団の大部分を瞬間停止させてぶち倒して、さらにその後の飛んできた集団をフードのみにしたと聞いたがどういうことか説明を。どこから人員を補給しているのか倒しても倒しても扇のメンバーは減らんし増え続けている。今は敵襲がないが、鴉羽卿が来るまでは三時間に一度はあちらは増員していた。こちらの動きに警戒しているのか?」
「念のため確認するが、あれらが人間だとここにいる人々は認識していたということか?」
「そうだ。ということは違うのか?」
「ああ。俺は違うと思う。こちらの動きに警戒しているわけでもない――少なくとも歩兵は警戒などしない」
「量と規模と増援的には人間ではない可能性を何度も考えたが、それではPSYをどのようにやつらは保持して動いているんだ?」
「あれらは完全ロステク時代に用いられた平和的戦争という行為時の人口作成した人形あるいは生体クローンに、ロードクロサイト文明時に開発されたPSY融合兵器を搭載し、人工的な擬似PSY受容体を持つものが大規模だと俺は考えている。ロードクロサイト文明中に何度か同一と思しき敵集団が存在して戦争が起きた記録があるため、おそらくその残りを発掘復古したか、同等手法で作成したのだと考えられる。最初に俺が停止機能不動とした大部分のあそこに転がっているものはすべて、その擬似PSY受容体が発していた同一特定周波数を感知してクラックして倒した。破壊済みなのであれらの再起動はない。その部分を壊さなければ再起動等も可能であるし、兵器のようなものなのでいくらでも増量作成が可能だったため補給し続けたんだろうな。そして海以外のまず山脈中央の平野には全て現在も入った段階でその部分が破壊されるクラック装置をかけてあるので、敵集団が入り込むことはない」
「どうやって同一周波数を感知した?」
「見ればわかる」
「鴉羽卿はそうだろうが、今後こちらでどうすれば良いかという話だ」
「クラック装置ならびに周波数感知システムをあちらの橘大公爵達のところに置いてきた」
「そんなものがあったのか?」
「倒しつつ作った」
「さすがだ。他の連中で生き残って直後にローブになったというのは?」
「あれらはESP実体と呼ばれる、これもロードクロサイト文明時の戦争やクーデターに記録されている代物だと俺は判断した。これらはフード内部の擬似PSY受容体類似物に、遠隔から自分のESPを流し、自分の体を擬似生成して、本体を無傷で戦える代物だ。なのでこちらもPSY受容体部分を破壊すればESP実体が消滅する。こちらは知覚情報だけでなく実体であるから、フード等を着せておくことが可能で、これは一般的なものだからフードのみ残って落下した。ロードクロサイト文明の開発技術だと文献で読んだ」
「そちらの周波数も解読したのか?」
「ああ。ただこれは、今回は五十二体を三名が実体として操っていたので周波数は三つ特定しただけであり、さらに他の兵士全てを共同で操っていた二名の周波数もこちらで特定しただけだから、敵の数だけESP実体の周波数は変更可能だ。そのそれぞれの特定は装置により、人体が完全に同じPSYを所有することはないのですべて特定可能だが都度都度の特定及び、クラック周波数の変更が必要となる。そのマニュアルごとあちら二名に渡してきた。既にESP伝達と亜空間移送で同一器具を旧宮殿と王宮と各避難所に作成して移送してあり、黒色か黒咲の一名の知識がありそうなものにマニュアルを読ませてある。そちらのクラック装置の簡易版で二種類の擬似PSY受容体が必ず発していた二つの音域PSY波紋は特定したのでそれを放っている敵用のクラック装置は既にあちらでも起動済みで、それはこちらの前方にも広がっている。ただしこれはESP攪乱しかできないので、敵集団の動きが鈍化する程度の効果しか期待できず、クラックできるわけではない」
「とりあえずの措置としては十分だ。ESP実体はフード類をどこかで作っているとして、生体のクローンか人形は?」
「クローンか人形かは、後ほど大地に落ちているものを見聞すればわかるだろうが、見た限りクローンだと俺は思う。そしてここにいるものに関しては、おそらくだが、あの奥の海。あの海中で生産されていた。皆もの下全てに、そこに転がっているクローンと同等成長度の人体を確認していて、さらに下の複数のロステク装置により、様々な成長段階の人間型生物らしき生体電気を感知している。そこへ現在、擬似PSY受容体の先程話した鈍化音波および俺が海全体からそれをESP-Otherで洗い出して一体ずつにPK-Otherにより擬似PSY受容体部分を俺のPSYで破壊してすべて壊したので、前方から敵がこないのだろうと考えている。あの海底だけで成人生体が三万体弱確認できた。そして王都周囲のほかの海は、西に一つ、東に二つ、その他の湖が四つ、これらが非常に怪しいので内部調査をすべきだと考えられる。一応、河川も含めて全ての水面に鈍化音域を先程から流していて、それと同時に、接触すると生体組織にPKが走って神経機能を麻痺させる砂嵐を流しているが、足止めにしかならない可能性も高い。各所でそれぞれ調査および存在した場合は破壊しなければならないし、無論これが杞憂であることを祈る。ただ、一番大規模なのは、この全面の海だから、他には一万体以下、多くても六千体前後しか存在しないだろう」
「三万体を自力でぶち壊したのか……恐れ入る。で、フードの方は?」
「あの青い修道服、あれは華族の儀式用の着物と同一で、完全にPSY融合繊維だ。完全に統制された研究室でなければ、生産可能な環境は決まっていて少数だ。数的に研究室のような場所ではなく、自然に作成可能な環境に同一物生成装置のある工場のようなものがある可能性が高く、華族匂宮で把握している地図としてはこちらの四つの山脈地下、万象院が把握している場所としては七箇所、宗教院関連の土地で二箇所、ギルド伝承で五箇所、猟犬所有地一箇所、その他で今俺が王都内サーチで三箇所見つけたのがこれ、王都近郊で見つけたのが五箇所、さらに全部に該当する条件を満たしている場所としては十七箇所の山脈地下がある」
「この地図類のモニターをすべてほしい」
「猟犬の首輪から経由してこのテーブルにいる全員に既にデータを送ってあるので、触れればここまでの全情報も今後の全情報も全ていつでも好きな時に確認できる。兵器二名と時東医師、匂宮配下家にも全名に同様の送信をしてある。またアルト猊下等の点滴方法等も一緒に送信してある」
「完璧だ。感謝する鴉羽卿」

 確かに完璧すぎて誰もなにも言葉が見つからなかった。
 高い学識、そして即座に装置まで生み出せる高IQ、他にどう考えても高PSYであり、各種措置も完璧、防衛面も攻撃面も敵特定対応能力も情報収集も、各種指揮も全て完璧だ。

「鴉羽卿、敵集団のその他全ての殲滅および他兵器被害が落ち着くまで、こちらに残ってもらえないか?」
「それは不可能だ」
「――真朱匂宮様による黒咲とクライス・ハーヴェスト侯爵によるギルド、ゼスペリア十八世であるアルト猊下による宗教院闇猫の協力を猟犬は受けているが、万象院の協力がこれまでになかったことには不満がある。万象院が協力してくれていれば、こうなる前に今と同じことをすべてできていたわけだ」
「英刻院閣下、万象院は列院僧侶ならびに列院総代である高砂中宮家当主の稼働を許可し、さらに院系譜武装僧侶の管理は万象院ではなく橘院本尊が現在行っているため、既に院系譜としての協力も万象院単独としても完璧になされている」
「お前に協力しろと言っている」
「だから無理だと言っているだろう。俺は本尊守護本院直轄だ。緑羽万象院当代が王宮にいない限り、つまり匂宮の真朱様や、アルト猊下、ハーヴェスト侯爵のように存在しない限り、俺がこちらへ来ることは不可能だ。そして万象院は緑羽当代の派遣を許可しない」
「許可を取り付けろ」
「無理だ」
「なぜだ?」
「……――ちょっとな」
「――鴉羽卿自身の体調は?」
「最悪だと最初に話したとおりだ。真朱様にも言ったが、ホスピスから脱走してきたに等しいんだ、今回は。英刻院閣下が、ESP直送で俺に直接依頼してきたから今、そうなっている。悪いのがわかっているんだから二度とやめてくれ」
「つまり俺が思ったよりも元気だということだな。俺は、俺が死んだ場合の国内対応と余裕があればこちらの撤退指揮を依頼しただけだが、やって欲しいことを、俺がこうして一定の指揮を取れるほど体調が回復して情報を受け取るまでの間にすべてやっておいてくれたんだからな」
「出来る範囲のことはやっておいたし、英刻院閣下が復帰した以上、俺はもうすべて終えたし、そろそろ帰る」
「緑羽当代を説得して王宮に呼び出せば、鴉羽卿が来るという認識で良いんだな?」
「良いわけがないだろう。病人にムチを打たないでくれ」
「ならば悪化して医療院に入院し、いつでも俺の相談に乗ってくれる状態になれ」
「ふざけるな。絶対に嫌だ」
「長らく万象院本尊にいるらしいが、見かけたという話を全く聞かない。本当にいるのか? いるとして、そんなに居心地が良いのか?」
「……まぁ居心地は普通だろう。では、健闘を祈る。また機会があれば」
「ああ、助かった。ご来訪に再度感謝する、鴉羽卿。またな」

 英刻院閣下がそういった時、立ち上がった鴉羽卿が頷いた。

 そしてそのまま姿を消した。瞬間テレポートで帰ったのだろうが、即ちそれ自体が超遠距離であり、信じられないほどの遠方だ。

 全員、今回、ご老体にムチを打って来てくれたのだろうと考えながら、鴉羽卿を尊敬しつつ見送った。

 英刻院閣下と同世代あるいは法王猊下と同世代なのかもしれないと人々は思う。
 圧倒的な見識があるように思えたのだ。
 確かにあの人物が加わってくれたならば、心強いこと極まりない。

 英刻院閣下の言うとおりだ。
 誰しもがそう思いつつ、こうして今回の騒動がひとまず終幕した。