1




 そして平素の日々が戻ってきた。
 主要メンバーは王宮に戻った。

 鴉羽卿が置いていってくれたデータから敵集団の洗い出しが始まり海の内部や山脈内部の捜索が始まったら、大量に出始めた。

 だがまだまだ残っているし、敵もこれまでには使用してこなかったさらなる兵器を使ってくる。

 けれど避難システム等が万全に構築されているので、以前より少し心に余裕を持って対処出来てはいるのだが、どう考えても鴉羽卿をここに呼びたい。

 それがほぼ全員一致の思いだった。

 なので敵対策会議と並行して、最近、『いかにして緑羽万象院当代を呼び出すか』という話し合いが行われるようになっている。

 これは会議というよりも、その合間の休憩中の雑談に近く、任意参加である。
 ただ、この日は比較的真面目にその話がなされることになった。

 まずいつもは、いれば良いのになぁと呟いて休憩時間は宰相業務に行く英刻院閣下がテーブルに残っていた。

 同じようにそう呟くがいつも参加せずいなくなるレクス伯爵と高砂が残っていたのは、兵器について話し合っていたからで、橘はいかにして呼び出すかまでいつも話していていつも残っているが、今回はそれのために残っていた。

 さらにラクス猊下も休憩時間は宗教院への指示に行くのだが、この日は英刻院閣下に呼び止められたので残っていた。他のメンバーはいつもいる。

「ラクス猊下」
「はい?」

 このように英刻院閣下がラクス猊下を呼び止めたことから、本格的な緑羽当代呼び出し会議へと発展したのである。

「なんでも俺の調査によると、緑羽万象院若御院は、ゼスト家の親族だとのことなんだが、何か知らないか? 本格的に鴉羽卿を呼び出したいんだが、俺は個人的に緑羽当代を知らないんだ」
「ああ――ゼスペリア十九世猊下のご親族であるようなので、僕もそれに関しては以前から聞きたかったんですが、そういうわけなので、レクス伯爵のほうがお詳しいのでは?」
「ゼスペリア十九世猊下の? そうなのか?」

 レクス伯爵がゼスペリア十九世猊下の親戚だという話はみんな知っていた。ラクス猊下の言葉に、英刻院閣下が腕を組んだ。周囲の視線も大部分がレクス伯爵へと集まった。

「――当代緑羽万象院は、俺の兄だ」

 無表情で、いささか不機嫌そうにレクス伯爵が口にした。
 周囲は小さく息を飲んだ。
 今までそんな話題は一言も聞いたことがなかった。

「そうは言っても数年に一度程度しか顔を合わせることはないし、俺も詳しくは知らない」
「レクス伯爵から呼び出すこと、あるいはハーヴェスト侯爵から呼び出してもらうことは不可能か?」
「英刻院閣下。父上と先代緑羽万象院は反対だそうで、本人が来るというのであれば止めないそうだが、自分達から王宮への招致を促すことはないと俺に言っていた。そして俺は鴉羽卿は、詳しくは存じないがあの場において非常に有能な方なのだとは思ったが、鴉羽卿を呼び出すために兄に連絡しようという気が起きるほど、兄と親しいわけではなく、どちらかといえばあまり良好ではない。俺は兄の連絡先すら知らない。俺は兄に興味がないから受け取った連絡先を昔捨てた」
「「「「「「……」」」」」」
「よって万象院本尊本院へと連絡することになるが、先代緑羽が反対であるから取り次いでもらえないと考えられる。そのため、俺より連絡により適切な人間がこの場に他にいる以上、その者に依頼すべきだろう」
「より適切な者? 誰だそれは?」
「英刻院閣下。話によると緑羽万象院当代である兄上は、万象院列院総代の高砂中宮家当主と生まれた時から許嫁だそうだ」
「「「「「「え」」」」」」
「――悪いけど、俺は嫌だよ」

 高砂がボソリと言った。普段のほんわかした様子も消え去っているし、まるで敵集団に対峙している時のような冷ややかな瞳をしていた。

 そしてあきらかにどう考えても、これは許嫁を心配しているから等ではなく、連絡をするのが嫌だという顔だった。

「結婚する気もなければ、話すのも嫌だし話す気にもならない。顔も見たくない。俺だって鴉羽卿とロステクの話はしたいけど、悪いけど緑羽様に連絡して、かつあの顔が終始王宮にあるんなら、俺が王宮を出て行くレベルで嫌だ」
「何がそんなに嫌なんだ?」
「英刻院閣下。貴方もそうだろうけど、俺も頭の悪い人間が嫌いなんだ」

 高砂が珍しくきっぱりと「嫌いだ」と口にした。
 これはよほどのことである。
 レクス伯爵を見れば、こちらも冷めた目をしていた。

「使えるところが欠片もない箱色の馬鹿と思っておけば兄上に対しての正確なイメージとなるだろう。俺も話していると頭の悪さにイライラするから高砂先生の気分がよくわかる。緑羽万象院史上初のESP記憶貯蔵庫を使えない無能力者として評判でもある。経文をギリギリ暗記できる程度の頭の出来具合だ」

 その言葉に英刻院閣下が腕を組んだ。

「……――口うるさく出しゃばるタイプの馬鹿か?」
「唯一の救いはそれがないことだろう。兄上は、そういった部分はメルディ猊下とは違う。逆に大人しく、必要最低限のことしかしない」
「だったら、その辺の椅子に座らせておけば問題ないだろう。視界に入るのも嫌ならばお前らの周囲にもそちら周囲にも囲いでもつければ良い」
「俺はそれでも良いが、連絡先は知らん」
「高砂、お前は連絡先を知っているのか?」
「……まぁ一応」
「お前が連絡を取りたくないほど、珍しく大嫌いな馬鹿だというのはわかったが、逆に向こうはお前の連絡に出るのか? 出ないのか? あちら側は?」
「……さぁ。出るんじゃないかな」
「それで、鴉羽卿を連れて来いと言ったら来そうか?」
「……」
「列院総代のお前のほうが、本尊本院総代の緑羽当代の下だというのは分かるが」

 英刻院閣下のその声に、非常に不愉快そうな顔のまま、高砂が溜息をついた。
 そしておもむろにESP遠距離電話を出現させた。
 その行動に全員が驚いて見守った。

 コール音は三回程度で、四回目半分ほどで応答があった。

『――もしもし?』
「鴉羽卿を連れて大至急王宮に来て、しばらく滞在して。じゃあね」
『っ』

 ぶつりと高砂が通話を切った。一同はその様子に唖然とした。
 これにはレクス伯爵ですら少し眉をしかめた。
 本格的に高砂も大嫌いなのだと全員が理解した。

 この高砂が嫌いというのだからよほどだ。

 だがそれ以上に――別に人に対して低姿勢ということはないが、このように命令口調でわがままというか俺様というかそういう態度をした高砂を、皆は初めて見たのだ。相手が出てくれるか等問題ではなく、これは高砂が優位ということだ。

「そのうち来るだろうけど、俺は会う気はないし、英刻院閣下が対応して椅子に座らせて俺の視界に入らないようにしてくださいね」

 壮絶に冷淡な顔でそう口にし、高砂が席を立った。
 まぁとりあえず来てくれるのだから良いと思っているのか英刻院閣下は頷き、琉依洲達を見た。

「では、来たらお前らで対応してもらうから、適当に接待用の椅子でも用意しておいてくれ。ハーヴェスト侯爵やアルト猊下のような指揮は期待できない様子だから、通常の貴族や華族をもてなす形で良い。大人しい馬鹿だというから、座らせて菓子でもあたえ、立ち上がりそうになったら雑談を吹っかけて阻止しろ」

 そう指示して英刻院閣下がいなくなる頃には、レクスも気を取り直すようにどこかへ行っていたし、ラクス猊下も宗教院の方へと向かっていた。

 緑羽当代は来るかもしれないということで桃雪は真朱へと報告に行く。
 橘宮も同伴だ。
 残された榎波と時東、橘、榛名達三名が顔を見合わせた。

 青殿下達は打ち合わせに入っている。

「しかし、高砂のあの電話には私も驚いたが、そんなに緑羽様というのは嫌な人物なのか?」
「許嫁が来るとか嫌ということじゃないのか? 高砂、そういうの嫌いそうじゃん」
「橘の見解が正しいかもな。高砂、あれで顔はマシだし、面食いだからな。頭というより顔の出来具合が高砂の許容範囲を著しく下回っているのかもしれない」

 時東の言葉に一同は吹き出した。良いところが一切ない婚約者像がみんなの頭に広がる。
 それは見守っていた周囲の闇猫や黒色、黒咲、猟犬、ガチ勢の見解も同じだった。

 というか高砂の婚約者だ。
 絶対に顔も中身も最悪だろう。

 さらには高砂がここまでいうのだから頭も悪く、おそらく性格も悪い。
 レクス情報を足して考えると、ぶっさいくで嫌味なお貴族様が出来上がる。
 ある意味見てみたい。周囲はそう思ったのだった。

 さて――一ヶ月以内に来れば良いと思っていた周囲の予想を裏切り、なんとその日のうちに万象院側から王宮に連絡があり、手配等すべてを含めて、三日後には緑羽当代がやってくることになった。

 これにはみんなが唖然とした。
 高砂、すごい!

 そう思って「愛されてるな」とからかった橘は睨まれて心停止しそうになったので、それを見て以来、周囲は高砂にこの件を一切振らなかった。