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 滞在場所はハーヴェスト侯爵家ではなく、王宮内の迎賓館の一室だという。
 これはレクス伯爵への対応も込みなのだろう。

 こうしてレクス伯爵はいつもにもまして無表情、高砂は完全に無表情かつ不機嫌そうな顔でその日がきた。

 一同はわくわくしていた。
 どんな人物なのだろうか。
 花王院陛下や朝仁まで見に来ている。

 挨拶する英刻院閣下は当然いる。
 そしてそれとなく来訪時間にった頃になぜなのか王宮のこの一室に仕事を見つけだしたロイヤルキーパー多数の状態で、緑羽万象院当代は本院僧侶二名を伴い訪れた。

 うわっ……と、見た瞬間、大勢が目を瞠った。

 釘付けになる。

 長いまつげ、白磁の肌、艷やかな黒髪、そしてなにより大きな瞳――ゼスペリアの青だった。完全な色彩でアルト猊下以上かもしれない。

 作り物じみているほどあんまりにも美しくて、思わず榛名達三名と橘は呆けた。
 榎波と時東二名、面食いであるこの二名は完全に値踏みに入った顔つきだ。
 それは花王院陛下と静仁も同じである。

 ほぼその場の全員が見惚れた。
 入ってきた緑羽当代は、あんまりにも美しかったのだ。

 忘れていた、美形産地のハーヴェスト、その中でも美しいレクスの兄なのだ。
 かつゼスト。
 ゼスト家もまた顔面だけは整っていると言われているし、ゼスペリアの青はその血だ。

 さらにやや細身だが均整の取れた体つき、手足が長い、これは万象院のスタイルの良さそのままである。

 だが、和装……!
 それがまたなんともたまらない。

 鎖骨が色っぽい白い着物の上に、万象院の緑羽が身に付ける鮮やかな緑の着物を着ていて、金の縁どりに緑と錦の模様の袈裟、両手中指には金色の指輪があり、そこから白い手をおおう布が着物の下へと伸びていて、手首には翡翠の数珠が見える。

 静かに歩くその姿や気配までが一種の美術品のようだった。
 手も綺麗で指も長い。

 えっ、これの何が不満なの?

 と、一同は思わず高砂を見たが相変わらず不機嫌そうな様子で目を合わせる気配もない。
 真朱匂宮指示で迎えろと言われたため嫌そうにそこにいるだけだ。

 最初に挨拶することになったのはこちらの出迎え代表の英刻院閣下である。

「ようこそお越しくださいました、緑羽万象院若御院様」
「――急な訪問をご容赦いただき感謝致します英刻院閣下……鴉羽よりこちらの手紙をお渡しするようにと。既に何らかの手配に出ているそうで、後ほど直接英刻院閣下の元へご挨拶に伺わせていただくとのことです」

 呼び出したのは、それも高砂が命令口調でどきっぱりと呼び出したのは、こちら側だというのに少し申し訳なさそうに緑羽万象院が頭を下げた。

 腰が低い。
 押しに弱そうである。
 恐縮している。

 英刻院閣下は瞬時に値踏みし、他のアルト猊下だのよりよほど扱いやすそうだと判断し、英刻院名物超高貴な貴族風接待笑顔を浮かべて微笑した。完璧な美である。

 久しぶりにそれを目撃した一同はそれにも惚れ惚れした。

 すると頭を下げていたところから顔を上げた緑羽万象院もまた、少し安堵した様子で微笑した。

 や、やばい。皆、凍りつきそうになった。

 儚げなその様子は、完全に英刻院閣下と並んでひけをとらない。
 しかもあちらは作っていない。
 完全に天然に見える。

 が、高砂があれだけ嫌いなのだからまだわからないと思いつつ人々は見守っていた。
 それから英刻院閣下が、花王院陛下と静仁を見た。

 この二名、既に完全なるロイヤル力あふれる笑顔および超雅な華族風接待笑顔を最初から放っていた。

 こちらはこちらであまりにも煌めいていて圧倒的な迫力があり、誰もが息を飲む。
 そちらを見ると、恐縮したように、これまた腰が低く、緑羽万象院が低く頭を下げて挨拶した。

 普通に敬ってくれるこの緑羽の態度が、花王院陛下と静仁の気分を完全に良くさせた。

 恐縮している緑羽に花王院陛下がロイヤルな優しさ対応をすると再びほっとした様子で緑羽が微笑した。それが一同の胸をキュンと掴んだ。

 なるほど確かに箱入りの御子息だ。両家の御子息だ。そうとしか見えない。
 しかしそれは良い意味だったのだ。
 他の人々と違い、普通に良い家の方だという印象なのだ。

 その挨拶終了後、英刻院閣下がレクスと高砂を見た。
 家族と許嫁兼列院総代であるから続く挨拶は二人のはずだ。
 しかしどちらも視線を合わせようとしない。

 英刻院閣下がちらりと今度は緑羽を一瞥すると、まず兄は弟を懐かしそうに見て、そして視線が合わないのに気付いた様子で苦笑し、続いて高砂を見たあと、あきらかに微笑んだのだが……そ、そう、微笑んだのだ、どう考えても色恋っぽい眼差しで微笑んだのだ、みんなはそれに呆気にとられた、逆ならわかる、高砂がこの麗しい優しげな人物に惚れるならわかるのだが、どう見ても緑羽側が少し照れるように高砂を優しい目で見て、それから今度は小さく俯き悲しそうに笑ったのである。

 一同、ちょっと可哀想になり、胸が痛くなった。
 高砂からは冷ややかな大嫌いオーラが出ているのみである。

 それらは一分にも満たない間の出来事であり、緑羽はそれから英刻院閣下を見て、今度は気を取り直したというか、若干作り笑いであるのが分かる表情で言った。

「急な来訪でしたのにお集まりいただき本当に感謝致します。ご多忙だと存じますので、ご挨拶はこれにて。本当にありがとうございました」

 そう言って再度頭を下げた緑羽。
 なんと、空気も万全に読める……!
 英刻院閣下は超スペシャルな笑みを崩さず、頷き、解散を命じた。

 そして逆にレクスと高砂がダメであり、扱いやすく貴族および華族としていうならば緑羽はオールオッケーであるという評価を下した。

 さらに世話係が必要だろうと考えていたのに、連れてきている僧侶二名が英刻院閣下に、お手数をかけないようにこちらで身の回りの世話等すべて出来るため、皆様通常通りお仕事をという配慮までついていて、青殿下達まで自由に動けることが決定。

 英刻院閣下は、緑羽を内心で賞賛した。

 さらに緑羽の顔が良い上、態度も良いので、花王院陛下と静仁が非常に珍しいことに自分達側から誰の指示もなく接待というか根掘り葉掘り話しかけ、元々誘導する予定だったソファに促し、初日には最低限いるだろう対応を勝手に代行しているから何の問題もなくなった。

 またその場で手紙を開けて、鴉羽卿が既にこの三日の間に動き始めていることおよび、緊急連絡を緑羽から内密ではあるができることを伝えていて、有事の場合は、緑羽経由あるいは直接英刻院閣下にESPにて送信連絡するし、そちら側からの指示は緑羽に皮膚接触ESPあるいは紙で渡せと書いてあったので、こちらも万端。

 英刻院閣下は非常に満足した。

 それから三日間。あきて花王院陛下と朝仁は帰っていった。
 まぁ、それも分かる。
 中身が、本当にごく普通の良家の御子息であるわけで、別段面白みはないのだ。

 普通そういうのを期待するのは間違いなのだが、二人が飽きるには十分すぎるだろう。
 それでも二人は最後まで笑顔で帰っていった。

 見ている人々も、この頃には緑羽が普通に良い人であり、どちらかといえば気弱で優しい性格のようだと判断していた。

 また、時折レクスを見ては完全に家族の顔、兄の瞳で慈しむ顔をし、そして高砂を見てはなんだか照れるような頬を僅かに赤らめるような大好きだというのが伝わっている顔をするのだが、この二名が緑羽を見ることはないので、すぐに緑羽も俯き小さく吐息しては表情を戻して視線を向けなくなる。

 かといって頻繁に見るわけでもない。

 相手が気づかなそうな時やほぼ無意識なのだろう時に目で追いかけるだけで、邪魔になると判断しているのか意識的には緑羽側も見ないように心がけているようだった。

 なんともいじましい。

 さらに、周囲の心配などただの杞憂であり、本当に邪魔にならないように気を配っておとなしく座っているか、部屋に行くといって退席するし、世話は全部連れてきた二名がしているし本人も自分でもやっている。

 邪魔になることなどなく、経文の暗記しかできないとレクスは言っていたが、座ってひとりで経文を眺めているのは逆に万象院本尊の僧侶として当然であり、その瞳は優雅である。

 馬鹿だというが、それはレクスや高砂のように高IQではないかもしれないが、一般国民は大部分、それが普通だし、万象院初のESPが全然ダメだというが、一般人は普通PSYを使えないのだから、彼らの基準、ハードルが高すぎるのだ。

 第一、普通はこれで良いのだ。自ら守られるはずの集団に入り指揮している方が変であり、緑羽に悪い部分など全然ないではないか。

 あんまりにも可哀想になり、一応義務的ではあったが何度か話したり顔を見れば朝の挨拶程度はするレクスはともかく、高砂を非難の目でついつい周囲は見てしまった。

 どう考えても緑羽は高砂に恋心を抱いている。

 だが鴉羽卿の置いていった装置でひたすら周波数を特定している高砂は限界まで働いていて肉体的疲労もあってイライラ、緑羽が嫌いらしくイライラ、さらに周囲の視線でよりイライラしている。

 とはいえ、さすがに緑羽が可哀想。

 そう思っている周囲の中で、切り出したのは、別段高砂の冷気など慣れているし怖くもなんともない榎波だった。

「おい高砂」
「何?」
「少しくらい緑羽様とやらと話してきたらどうだ?」
「どうして?」
「どうしても何もお前は列院総代なのだから、本尊本院総代が来たら挨拶するのは当然の義務だろうが。逆にその当然の義務をどうしてしないんだ? それがおかしい」
「……」

 それは全くその通りなので高砂が口ごもった。
 周囲がそうだそうだというように大きく頷いた。
 すると高砂が不愉快ここに極まるという顔でため息をついた。

「――じゃあ二・三時間くらい外すよ」
「ああ。行ってこい」

 あ、思ったよりも長時間だ、と、周囲は思った。