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そしてむかう高砂に気づかれぬようになんとなく各自、王宮各所のロステクESPシステムを脳裏に取得し、二人の光景を拾い始めた。
不機嫌そうな顔のまま無表情の高砂が行くと、緑羽が驚いたような顔をした。
それから非常に嬉しそうな泣きそうでさえある笑顔を浮かべた。
本日は、レクスは不在である。
「久しぶりだねゼクス」
「ひ、久しぶり」
ゼクスという名前なのかと、一同は始めて知った。
どこか緊張したような、完全に照れてあがっているような、そんな感じで緑羽が高砂を見ている。
お茶を出すように周囲に頼んだ。
それが届くと高砂が言った。
「少し二人で話すので席を外してください」
すると僧侶二名は会釈して下がった。
表情は最悪に冷たいが、高砂にもっと頑張れと周囲は念を送った。
緑羽は去っていく二名を眺めている。
それから高砂に視線を戻して微笑した。
本物の笑顔だ。
見ている方の胸が掴まれる。
「元気だったか?」
「そう見えるの?」
「っ、あ……いや、その……」
頑張って話しかけた様子の緑羽に冷たく高砂が言った結果、必死で笑顔こそ浮かべているものの、困ったような悲しそうな瞳で緑羽が視線を下げた。
「つ、疲れてるみたいだ。大丈夫か?」
「最悪に疲れてる」
「……きちんと寝てるか?」
「全然」
「少し休んだ方が良い……眠ってきたらどうだ?」
「ゼクスに挨拶する時間は作れるそうだけど、俺の睡眠時間は作れないようだ。この王宮は」
「っ、あ、その、俺には気を遣わなくて良いので、じゃ、じゃあこの時間を使って眠ってくれ……」
「そのつもりだよ」
「そうか……――ええと、俺のお借りしている客室がここだ」
そう言って緑羽が案内や室番が書かれた紙を取り出した時、高砂が立ち上がった。
そして緑羽のすぐそばに立ち、紙を受け取り、一瞥してから返した。
受け取ろうと手を伸ばした緑羽の手首をそのまま高砂がとる。
驚いたように緑羽が目を見開く。
見ていた周囲も驚いた。
いい感じなのだろうか?
――な、なんとそのまま、強引に高砂が緑羽の唇を奪った。
これには周囲も驚愕した。
一瞬硬直した緑羽が、慌てたように高砂の胸を押し返している。
その内、照れるように頬を赤くして瞳を潤ませた。
緑羽側は嬉しいようであるし、二人は許嫁なのだから、別段誰も止めに入る理由はない。ドキドキしながらモニターを見ていた。
しかし気になるのは高砂の冷たい顔だ。
静かに緑羽が目を閉じる。
まつげが震えていた。
そして――直後、ビクンとして目を見開き、高砂を押し返そうとした。
その時にはキスが深くなっていた。濃厚な口づけである。
緑羽がそれまでと異なり、高砂を必死に押し返そうとしているのを見て、やっと周囲は気付いた。ただのキスではない。
高砂が経口接触テレパスで、緑羽からPSY-Otherの青を吸収しているのだ。強制奪取である。これをすると、した側は体が治癒回復する。
しかし――された側、ゼスペリアの青保有側は大変なことになる。
見れば震える手で、緑羽は高砂の服を握っていた。
今度は抵抗ではない。
震えて怖がるように握っている。
その瞳は先程までとは異なり、完全に艶が宿り、欲情でチカチカと染まっていた。
そう、快楽に襲われているのだ。
これは接触テレパスSEXのキスバージョンにしかならないのだ、ゼスペリアの青側からすれば。聖書に悪魔として出てくるほど、これをされると、ゼスペリアの青の保有者は全PSYが使えなくなるだけではなく快楽で染め尽くされるという。
よってそれの防衛のためにゼスト家の人間は闇猫技術を学ぶし、法的にもゼスペリアの青保有者から勝手にOtherを奪取するのは犯罪だ。
これは強姦に等しい行為なのだ。
だが――高砂は許嫁である以上、完全に合法である。
この時にはもう、力が抜けてしまった様子で倒れこんだ緑羽を高砂が腕で抱きとめていた。完全に潤みきった瞳の緑羽からは壮絶な色気が滲み、これまでの純真無垢な様子との差異にうっかり反応してしまった者だらけだった。
あんまりにも色っぽい。
震えるまつげ、紅潮した頬、汗ではりつく黒髪、快楽が宿る瞳、そして全身をガクガクと震わせながら高砂の腕の中にいる緑羽。
どこからどう見ても果てるギリギリ直前で止められたようにしか見えず、懇願するような瞳で高砂を見ては目をひゅっと閉じるのを繰り返している。
だが高砂側は相変わらず冷たい顔のままであり、Otherでこれまでの肉体的な疲労や睡眠不足を解消したのか顔色がよくなってはいるが、一切精神的に緑羽に対して優しくなっているようには見えない。
完全にOtherを奪取したようにしか見えなかった。
しかし合法なのだ。
その上、緑羽も咎めない。
この時、一同は、悪魔に天使を差し出してしまった気分を味わっていた。
震えている緑羽が声をこらえるように唇を震わせていて悩ましげな顔をしている。
「ぁ……っ、高砂、俺……っ……」
泣きそうな声で、小さく緑羽が声を出した。
なんとか嬌声を抑えようとしたのはわかるのだが、無理だったらしくそのままギュッと目を閉じ唇も閉じて高砂の肩の服に口を当てた。
震えている。しかし高砂はしばしの間、無言でそれを冷酷に見ているだけで、緑羽はひどい快楽に焦がされるように震えて耐えていた。
そうして再度時間を置き、緑羽がまた懇願した。
「高砂っ、ッ、ぁ……や、やめ……だ、だめだ、俺もう、おかし……っ……うあああ」
もう限界なのだろう、ボロボロと緑羽が泣き出した。
「で?」
「だ、抱いて、っ」
「俺に睡眠時間をくれるんじゃなかったの?」
「……っ」
「まぁいいけど」
そのまま高砂は緑羽を連れて瞬間転移した。
行き先は緑羽の部屋だろう。周囲は、高砂が鬼畜であると理解した。
――だから、二・三時間だったのだ。
周囲は理解し、緑羽とヤってくるのだろう高砂を羨ましく思った。
その上、完全に緑羽が下だ。
高砂は非常に綺麗な顔立ちでモテるために伊達眼鏡でどうにかしているレベルだが、どちらかといえば、タチに人気がある。
だが実はタチ食いのバリタチで、榎波相当でタチだ。
そして緑羽は、女性的ではなくタチにもネコにも見えるしどちらでも良いだろうが、今の顔を見てしまうと、多くは頭の中で下にして汚してしまった。
やばい、あれはやばい。
壮絶な色気すぎた。
そうして約三時間が経った頃、転移で高砂と緑羽が戻ってきた。
完全に足取りがおぼつかない緑羽を高砂がソファに座らせる。
少し気だるげな瞳の緑羽の白い首には、あからさまな赤いキスマークがある。
もう情欲は消えていたが、現在の空気もまた色気が壮絶だった。
さらに、その宗教院系統とは異なる和とはいえ犯しがたい僧侶のきっちりとした服で先程の色気かつ現在のこの状態である。
シチュエーション的にも何もかも、みんな高砂が羨ましかった。
ソファに座った緑羽は、そのまま目を閉じ、意識を落とすように眠ってしまった。
高砂は相変わらずの冷徹な瞳でそ俺を見下ろすと、そのままそこを後にして、一同のもとへと戻ってきた。
「高砂……お前な、お前が男である部分は見直したが、おい、あれは私はちょっとどうなのかと思うぞ」
「挨拶は終わったし、もう二度とない。けど、どうせ見ていて、こういうのを期待してたんだろ? 満足したよね? もう二度と俺にあっちへ行くように言わないでもらえる? その場合、それはそれで良いけど、俺ではなくあちらの皆様のお気に入りが今回以上に悲惨な目に合う」
「悲惨な目って、おい……何をしてきたんだ?」
「聞きたいならあちら本人に聞けば? そういうネタに非常に弱いからろくに答えが帰ってこないだろうから簡潔に言うなら接触テレパスでグチャグチャだ。体力すら持ってないからしばらく起きないんじゃない」
「……高砂が殺意わくレベルで羨ましい」
「榎波が好みならとって食べれば。別に俺は構わないよ」
「本当か? ほう。真剣に検討する」
「ちょっと優しくしてOtherを強引に取ればどうせ即だ。危機回避能力も無いだろう」
「私は高砂がそこまで冷たい人間だとは思わなかった。抱ける範囲の容姿で自分にベタ惚れの美人の何が不満なんだ? 優しそうだし扱いやすそうで最適だろうが。結婚したくないだとか強制的な許嫁が嫌だとしても、自分にベタ惚れの人間を普通他人に差し出すか? さすがに不憫だろう」
「――嫌いなものは嫌いでそれに理由って必要? しいていうなら自分の考えが全くなく、俺の言葉になんでもYESで自己主張ゼロの無能である部分が最高に苛立つ上、このようにして周囲を自分側につける天性の才能を持ち、まるで俺が悪いように、本人意思でなくとも作ってしまう存在感が死ぬほど嫌いだとしか言えない」
「……」
「榎波に限らずこの場の全員が、あれを犯してどうにかしても俺はなんとも思わないし、恋人にしたいというような奇特な人間がいるのであれば早急にそうして俺を解放して欲しい限りだね。あれが俺を好きだというのがまず一番頭にくる。鬱陶しい」
高砂は冷徹に吐き捨てると仕事を再開した。一同は何も言わなかった。
その日、結局緑羽は目を覚まさなかった。