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翌日から榎波は有言実行し、通称榎波スマイルで超優秀で優しく頼りがいがあり格好良さげな護衛隊長風に暇さえあれば緑羽に声をかけるようになって周囲は生暖かい眼差しを向けた。
そんな榎波の下心には確かに一切気づく様子もなく、緑羽は次第に打ち解けはじめた。
まぁこの部分だけ切り取れば馬鹿なのかもしれないし、危機回避能力はないかもしれないが、それは緑羽が悪いわけではないだろう。
だが、高砂は本当にどうでも良さそうにしている。
緑羽は、相変わらず高砂を時折見ては頬を赤らめている。
完全に高砂に恋している瞳のままだ。
そうして一週間と少しが経過した頃、榎波がすごく不愉快そうに高砂に言った。
「大嘘つき」
「なにが?」
「隙がどこにもないのはどういうことだ?」
「――え?」
「お前の前だったから前回は隙しかなかったんだろうが。私の前でも、私が観察した限りほかのいずれの誰かの前でも、完全に隙がありそうでゼロなんだが、どういうことだ?」
「……それ、本当? 信じられないんだけど。榎波から見て、隙がない人間なんているの?」
「だからどういうことかと聞いているんだ。まぁ万象院本尊本院の人間なのだから本尊冠位を持っているならばわかるがそんな話は一言も聞いていない。どうなんだ? ん? あ? 黙っていたのか? 結局取られる心配がないから私にああいったのか?」
「待って。俺も聞いたことがない――……信じられない。しばらく見てみる」
こうしてその日から時折、高砂が緑羽を見るようになった。
完全に観察眼だが、何度か目があったからなのか、すると緑羽が嬉しそうに頬を染めた。
その度にイラっとしたように高砂は不愉快そうな顔になり視線を逸らした。
そうして数日後榎波がまた言った。
「どうだった?」
「……確かに、榎波の言う通り、危機回避能力はあったみたいだね。長時間観察したことがなかったからこれまで気付かなかった。まぁ考えてみれば、万象院というよりゼストの血を引いているというから、Otherの防衛のための最低限くらいの自衛はできるのかもね」
その言葉に、横で腕を組み、こちらも最近、じーっと緑羽を見ていることが多い時東が呟いた。
「ゼスト……そうか、そういえばそうだったな」
時東も華麗なる面食いである。
だが、彼もまた頭の悪い人間は嫌いであると周囲は知っていて、それは高砂と違い日常的に極度であり、頭が悪い判定を一度で設けたら無視されるし口が開かれても罵詈雑言しか出てこなくなる。
さらに時東も優しい箱入りタイプは大嫌いな人間であるので、目の保養的に見ていたりセフレ候補としては興味があるのだろうと思いつつ、周囲は時東が緑羽を観察するのを見守っていたものである。
それから時東の視線を追いかけて一同は座っている緑羽を見た。
こちらに気づくでもなく微笑しながら、現在は英刻院閣下と何やら話している。
その後英刻院閣下を見送るように立ち上がった緑羽が少しふらついた。
貧血気味でと苦笑した姿までがセットで儚く美しい。
さて、その翌日の朝だった。
一同が仕事をしていて、いつもの通り、緑羽がやってきた。
そして何やら立ち上がり部屋へと戻ろうとした様子の時、軽くふらついた。
するとごくごくさりげなくそばにいた時東が腕で抱きとめるようにして支えた。
周囲はぽかんとした。
絶対偶然そばにいたなどありえない。
計算済みだ。
時東はすくうように軽く緑羽の手首を掴んでいる。
数珠や白い腕輪が二つ見えた。
そちらにはカラフルな宝石や三色の宝石がついている。
「大丈夫ですか?」
さらには、な、なんと、ごくごく非常に珍しく滅多に見られない超貴重な時東の、スペシャルロイヤルVIPな患者中の天才あるいはセフレ候補攻略対象にしか見せない壮絶に信頼できそうで頼りになりそうで理知的で格好良すぎる微笑が炸裂した。
見惚れた人間が大量に出た。
時東もまたモテすぎるので伊達眼鏡が多く、さらにPSY-Otherでオーラまで普段は消しているのだが、現在ロードクロサイトオーラはそのまま、眼鏡は白衣のポケットにかかっている。
ま、まさか、時東……本気になったのか?
呆気にとられた一同は、これまで時東のこの笑みに惚れなかったものがいないと知りながら、じっと見守る。
だが緑羽は惚れた様子も見惚れた様子もゼロで、吐息してから小さく微笑み頷いた。
こちらは標準装備でその時東オーラと笑顔に負けない容姿、そのままである。
「ありがとうございます。大丈夫です。お手数をおかけしました」
「いえ――実は初めてお会いした気がしなくて話しかけるタイミングを待っていたのもあって」
時東の言葉に一同は驚愕した。
なんだそれは。
運命の出会い的な演出にしか聞こえない。
すると緑羽が小さく首をかしげていた。
時東はスマイルのままだ。
そのまま緑羽をソファに誘導して、ごく自然に自分も座った。
周囲はロステクモニターを自然展開した。
大モニターで一同が見ているため、高砂とレクスにも勝手に聞こえてくる。
そのせいなのか二人共嫌そうな顔をした。
「どこかで会ったことはありませんか?」
時東が繰り返すと、小さく緑羽が微苦笑した。
普通に困るだろうと思った人々もいれば、こちらも運命を感じているならば、時東が優しく出ているのだからセフレでなく恋人候補かもしれないので、榎波よりも、というか高砂よりは完全にマシだと判断したものも多い。
「――ええ、以前に何度か。こちらこそご挨拶が遅れまして、申し訳ありません」
その結果、驚愕の回答が帰ってきたため、一同は目を瞠った。