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さて、ロイヤルキーパーの一般人以外の全ては、もうほぼ全員が点滴段階から各地でモニターにより、この現状を目撃していた。
時東は再度タバコに火をつけ、通常通りの表情に戻り、なにか思案するように、寝入ったゼクスを見据えている。
それから点滴類を一瞥したあと、テーブルの上に右手をかざしゆっくりと左から右へと動かすと点滴が再度三パックほど出現した。
ゼスペリアの青に似ているがもっと不思議な濃い青色の点滴がまず一つ。
これはPSY感情色相を安定保護維持するものだと知識がある者にはわかった。
その横のわずかに黄色が入った薄い緑の点滴は、非常に強い精神安定剤でこれもPSY復古医薬品で、ホスピスで用いられるものである。
最後の透明で中でルビーと濃いアメジストのように時折、結晶が輝く品は、突発的自殺衝動を阻止するものだった。精神安定剤の点滴からは、非常に良い香りが漂っていて、それ自体にも気分を沈静化させてゆるやかなものにするアロマ効果がある。
本来、重度の寝たきり状態や廃人になったレベルの重篤な欝病患者に使用するものだが、躁転効果が一切ないのが特徴の特別薬だった。
タバコをくわえたまま立ち上がった時東は、さらに点滴台を出現させて、三台目のそれぞれ異なる位置の金具にそれらをセットし、ゼクスの首元に点滴針をさして、三つの繋がる器具をつけてそれを迷わず点滴し、再度座ってタバコを二度深く吸い込んでから消した。
そして灰皿脇に新しいタバコを出現させて封を切り、予備らしきオイルライターを横に置き、かつその隣に、これまた精神安定作用のあるアロマ器具を設置した。
すると二種類の香りが混ざり、非常に良い匂いが漂い始めた。
霧状に広がるようで、これはPSY融合医療装置の宝石じみたものが内部に存在する陶器製に見える器具だ。上部には白い淡い光が見える。
その脇には金色の台を置き、小さなそれに水晶球を載せた。
内部が不思議な虹色に輝いている。
これもまた精神面に作用する光を知覚できないESPで拡散しているものだ。
これらは完璧な精神科方面のPSY医療品である。
さらに観葉植物を出してテーブルに飾り、緑の葉と白いかすみ草に似た花を時東は水晶脇のテーブルの端とそこから対角の位置においた。
これ自体にも癒し作用があるPSY復古品だ。
それを確認し、もう一本銜えて火をつける。
よく見れば、そのパッケージは同一だがゼクス側のタバコには明らかにPSYによる精神安定効果と鎮痛作用が含まれているのがPSY能力が強い人々には理解できた。
オイルライターのオイルからもPSY復古医療の特別な油が混じっているのが伝わってくる。
時東はそのまま珈琲を飲みつつ、改めて自分の正面にロステクモニターを出現させて、一瞥しながら、あいている片手で先程と同じ扇を取り出し、今度は音を立てずに開いて、モニターの上で静かに仰いだ。
そしてまず、完全PSY血統医療でしか正確に把握できないが数値は出ない『痛み色相』をモニター内に記録し完全同化処置をして横に正式比較表の一番上が赤で下が白の横長の棒グラフとともに接着状態で固定した。
先程まで暗い色の褐色だった紅が、だいぶ赤に近づいているが、まだ横の人体が耐えうる激痛の赤と比較すると濃すぎて正式値にはないことをまず確認した。
その後横に扇を設置し、新規作成特別ロイヤルパックとゼクスの色相濃度が完全に一致の灰色であることを確認できる四角もまた同期固定する。
その下にはひび割れたガラス、ゼクスの現在の状態を固定した。
さらに下に黄色から腐葉土色になる断層のような四角を出現させて、そこに走っている黒い亀裂に、虹色が満ちているのもまた固定する。
その隣に、心臓と肺の部分の色相表を並べて固定同期し、さらに脇に、痛覚遮断コントロールと自己治癒回復の棒グラフを設置した。
これも完全PSY血統医学を――さらに時東が進化させて可能にした技術である。
他にはもともと出現していた人体のマークがあり内蔵状態を示していたりPSY円環や生まれついての三色と現在の状態が並んで表示されていたり、各色相表との一致状態の例などが表紙されている。
IQ表と装置コントロールによる現在の状態、PSY値の元々の状態と現在の状態等、その他輸血を含めての血液状態や体温、脈拍や心拍数、脳派や酸素量、カロリー消費や脱水程度なども全て表示されていて、そちら側逆の右側には現在の投薬物データが全て並んでいた。
さらにその横には当初の身体状態、下には現在の状態の数値によるデータが並んでいる。それを確認後、タバコを時東が吸い終わって消した。
この灰皿は分煙フィールドを作成するから他には漏れない。
それから扇をしまい、珈琲も飲み干して、カップと台も消失させて、時東は立ち上がった。
そして壇上から降りて、下へと歩く。
そして見守っていた一同の中で、まず英刻院閣下を見た。
英刻院閣下は冷静な表情で腕を組んでいる。
「少し相談があるから、王宮に設備を追加したいのもあるから、青殿下こみで簡易会議の準備をしてもらえるか?」
「承知した。そこで詳細を聞かせてもらう」
そう短く回答し、英刻院閣下は歩き出した。
それを見送っていた時東を、まじまじとレクス伯爵が見ている。
そんな中、最初に言葉を発したのは高砂だった。
「――時東」
「なんだ?」
「ゼクスは――……死ぬの?」
直球の質問だった。聞いていた周囲は背筋が冷えた。
すると時東は完全に医師の眼差しだが、わずかに表情をいつも通りの気だるげなものに戻し、小さく頷いた。
「死ぬ可能性が高い。それも今すぐにだ」
「っ」
「現在、率直に言ってこのまま目を覚まさず心停止していつ死亡してもおかしくない状態だ。本人は先程まで、俺達だったら既に自殺を選んでいただろう痛みを感じていたはずで、おそらく大人しく座っていたというよりも、動くことさえ本来は困難だったんだろう。ショック死しているところを、本人がOtherというよりある種の気合で耐えていたに等しい。現在の痛みで楽になったと言っているが、それがそもそもありえない話しだ。今、ゼクスはアルト猊下が一番重症の際の痛みで起き上がれず寝たきりだったレベル5の一時期よりも重症で、その際にアルト猊下は一年半ほど医療院の集中治療室から一歩も出ること――どころか起き上がることすら不可能だった。これは慢性的な激痛状態だ。現在、レベル6である本来既に死んでいるような状態を無理にレベル5と診断されるショック死をかろうじてしない状態にゼクスは自力でしていて、今、俺の投薬で、なんとかレベル5維持の状態にしただけだが、本人の危惧通り、いつレベル6に戻っても全くおかしくない。そうなる前に点滴の効果が完全に回ってレベル5維持状態にならなければ、今どころかずっと峠状態だったというのが正式なところで、現在進行形で峠状態だ。そしてレベル6に一度でも移行したことがあり、PSY受容体が傷ついたことがあれば、合法的に安楽死処置あるいは、対処治療法が見つかるまでの間のOther完全停止処置が選択可能で、後者の場合は脳機能や神経機能は維持された状態だが植物状態となる。ゼクスは本人の話によるとレベル6に移行したそうで、既に安楽死処置を合法的に受けられるそうであり、これは心停止三回以上のショック死によりば即座に、そうでなくとも希望により即刻受けられる合法的な医療処置で、宗教院も許可している終末医療の一形態だ。三週間後の午前中に執行予定だというのは聞いていただろう? このまま行けば、そこで死ぬだろうが、その前にこの王宮で死ぬ可能性も存分にある。またその際に本人も言っていたがPSY受容体変貌で頭部破裂の前に暴発が起きる危険性があるから、今から青殿下に許可を取りベッドを作って医療設備を並べるが、その周囲にそれを遮断する防衛システムの展開が必要だ。橘、普通のPSY遮断システムで良いから用意しておいてくれ。範囲はベッド周囲で良いから一番小規模のもので良い」
「――わかった。けどそれなら医療院のほうがいいんじゃないのか?」
「安楽死手続きが受理された場合、通院義務はなくなるし、終末医療のペインコントロールとQOL維持のための自由な生活が認められ、ホスピスあるいは自由に選んだ場所で死期を迎える権利が法的に認められているんだ。だから医療院に強制入院させることは、家族等の同意があっても、これだけは本人意志が優先される。それをいいくるめてここでの医療処置を俺は取り付けたことになる。本来はこれも法的にはあまり推奨されない」
「なるほどなぁ……けど、未成年の家族と配偶者相当の拒否があれば、阻止できるんだよな? だったら高砂とレクス伯爵が言えばいいってことだよな?」
橘の言葉に、高砂が暗い瞳をした。いつも同様ゼクスに対しての話題の時のみに見せる冷たい無表情だったが、ただ――嫌悪の類は今回はなかった。一方のレクスは困惑したような顔をしていた。
「少し、家で父上達に事情を聴いてから判断する。ただ現状――……その、そこまで想像を絶する痛みなのか?」
「ああ」
「……だとしたら、俺は今後兄上とも少し話をしてみようとは思うが、兄上の考えを基本的には尊重するかもしれないし、まだなんとも言えない。急な話すぎて正直混乱しているし――そもそも鴉羽卿が本当に兄上なのか? 俺はそれも、いささか信じられない」
「断言してそれは確実だ」
「……そうだとしても、鴉羽卿が必要な人物だという理解は俺も正確にしているが、家族の決定を優先するのは変わらない。そして話をする場合は、兄上の決定を尊重するという見解を兄上に伝えた上でどうやら多大なる配慮をしていただいていたようだからそれが不要であることを伝えるから、こちらのハーヴェスト側の行動はよほど医師としての判断を逸しない限りは時東先生は口出しをしないでもらいたい。だが、医療情報の提供は家族として当然の権利だから求める」
「ああ、それが最適だろうし、レクス伯爵はゼクスの想像以上に大人だと雑談しておこう」
「感謝する。では、悪いが俺は一度、ハーヴェスト家に戻ってくる。ユクス猊下、兄上が目を覚ましても兄上との雑談ではなく兄上の期待通りにギルドの指揮をしておいてくれ」
「――ああ。いわれるまでもない。ただし休憩時間には、雑談するのは俺の自由だ」
「それは好きにしろ。ただし俺に関する無駄知識提供したらぶち殺すから覚えておけ」
こうしてレクスは早急に帰っていった。
「あと、副。さっきゼクスが言った飯類の手配を王宮の食事はそのままで追加」
「うん、了解」
時東の指示に副が頷いた。
その後、残された高砂側へと視線が集中する。
高砂は、無言のまま、観葉植物型の分煙フィールドの前に移動し、本人もほぼ無意識にタバコを銜えていた。その瞳は非常に暗いままだ。