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「――という状態だから、先日鴉羽卿から受け取った戦場用の医療設備で医療院の集中治療室以上の装置類と検査器具は既にあるし薬品に関してはむしろ俺しか用意できない。かつ自殺可能性もあるから、ここで徹底監視下において治療すべきだから、まずベッドと装置類の設置の許可を青殿下から欲しい」
「もちろんOKだ。大至急用意してくれ」
「どうも。じゃあそこに橘、さっき話した装置」
「ああ、準備は終わってる」
「それと英刻院閣下。ESP通信は今後は控えて欲しいし、もう本人が鴉羽卿であることも明らかだから仕事の話は口頭で」
「承知した。無論、外部に直接出るような仕事は一切させない。どうしても必要な場合には時東にも言う」
「ああ。頼む――そして安楽死処置だ。問題はこれだ。レクス伯爵の先程の意見は家族としては冷静極まりないごく理性的な対応だ。だが、それは法的処置としての手続きを停止できないということでもある。つまり、後は高砂が反対表明すれば良いだけだ。ゼクス本人にはそれを伝える必要はないし、お前の個人的感情は知らないが、特に本当に嫌いであるのなら、鴉羽卿の存在意義を考えて即刻反対書類に署名しろ」
その言葉をうつむいたまま無表情で高砂は聞いていた。
沈黙したままだ。
「別段、生存していても許嫁関係はおそらく鴉羽卿の意思で解消されるだろうし、当人もお前が反対したと知れば、それは仕事上だと判断するだろう」
「……」
「もし――本当は少なからず好意があるだとか列院総代として鴉羽卿の意見を尊重したいと、ゼクスの考えを尊重したいというのならば話は変わってくるけどな」
時東の言葉に眉間にシワを刻み、高砂が大きくため息をついた。
「――俺の個人的感情というより思考の整理をしたいから、俺もゼクスと少し話して考える。ただ、もしも話をする前に心停止した場合はすぐに書類にサインをする」
「そうか。まぁそれでいいだろう。とにかく、本人の人柄も俺は珍しく気に入ったというのもあるが、それを抜きにして客観的な評価として、ゼクスは現在、必要な人間だ。そして助かる可能性がゼロではない。だから俺は安楽死をさせたくないし、なんとかもう少しで良いから我慢をしてもらいたい。ただ、第一として身体的に本当に予断を許さない状態だから俺が直接見るしカウンセリングもするが、無論俺だって寝る。よって政宗とラクス猊下に手伝ってもらって三交代制で見張りたい。ラクス猊下もゼスペリア十九世の保護なのだから、仕事として可能だろう?」
「もちろんです。出来ることはすべて協力をお約束します」
「実に助かる。政宗も良いだろ?」
「ああ。当たり前だ」
「これでザフィスは除くとして国内のPSY医療関係者は完全に揃っているし設備も薬も万端だ。完全PSY医療で言うなら橘宮様にも適宜相談したいところではあるが、一応俺は負けないレベルに今あると自負しているからそこも問題ない。むしろ医療院の集中治療室より完璧な体制ではあるが――……その状況であっても、体をまずどこまで回復できるか。これが第一だ」
時東はそう口にしたあと、珍しくため息をついた。
「それから、痛み。死ぬよりきつい痛み。それに対する恐怖。これは、体の改善より難しい問題だ。ここをどうにかしない限り、常に自殺可能性、そうでなくても三週間後の安楽死意志を変えられない。それが本人意志で変化し、高砂のサインも不要で、本人が破棄申請することが望ましい。レベル6経験者であるから書類はそのまま残すことになるだろうが、植物状態側に最低限変えて欲しいし、その執行は担当医師の判断となるようにどちらの場合であっても書き換えてもらわなければならない。まず精神科の専門権威で、それに関しては唯一俺に匹敵するだろうラクス猊下のご見解を聞きたい」
「――その方面だけは負けないと言いたいところですが、これに関しては、非常に難しい問題です。そもそも終末医療においてすら常に最先端の課題ですから。既に死の受容段階もとっくに突破しているでしょうし、宗教的祈り等はゼクス猊下自身がプロ中のプロです。無論聖遺物の効果など、僕が持っている代物では先程時東先生がゼクス猊下におっしゃったとおり効果はないでしょう。あの使徒ゼストの銀箔入り点滴が唯一効果的でしょうし、僕もあそこに配置されているアロマ類PSY医療用品と、睡眠薬・安定剤・自殺防止薬の使用が適切だというのと、時東先生のカウンセリングがまず第一と第二と第三の最高の初期対応で間違いないと思っています。また本人が自殺防止を自分でしている上、感情色相が非常にクリアであることから、そちらへの対処からの治療も不可能で、これに関しては認知行動療法等も不要であり、他の心理療法もあまり期待できず、唯一カウンセリングにおける来談者中心療法および交流分析、あるいは独立派の精神分析か対象関係論がしいていうなら効果が少しはあるかもしれないといった程度で、紙の心理テストやロールシャッハ等はお話をうかがった限り、正答をゼクス猊下はご存知でしょうからあてになりません――本来こういう場合、時東先生の先程のインテークで聞き出した内容通り、親しい友人それがいなければペットセラピーなどで親しさ等から心を開かせ、死への恐怖を表面化させ、痛みに関する補助と支援、精神的な支えを約束し、そこを医療従事者が全面バックアップするという形で徐々に担当を専門家に移行するのが手ですが……いないそうでペットも拒否。さらにやりたいことも生きがいも関心もない。生への執着ではなく、既に全て断ち切るように動いてそれが完成している状態でしいてあげるなら仕事というしかないでしょうが、時東先生の医学への情熱とは異なり、あれはただの義務感と責任感と完璧主義の産物なので、やらせて達成したら即自殺か安楽死を選びかねない上体調悪化も確実なので絶対却下です――はっきり言って、偽装でも良いから高砂先生が恋人として優しくして死の決意を鈍らせて、死への恐怖を自覚させて、その後ずっと支えるとでも言うのが一番なのでしょうが、こればかりは高砂先生の意思もありますし、高砂先生がそうするとしてもゼクス猊下側が現状だと拒否せず壁を置くように僕は思います。むしろ他者の時東先生のほうが適任ですらあるかもしれません。本人も言っていましたが、強い精神への刺激は悪化を招くこともありますから。精神科でいうなら、閉鎖病棟の個室に入院で刺激を遮断し落ち着くまでは最低限の人にしか合わせないようなレベルで、ホスピスならば公園に連れ出して緑を眺めさせる状態でしょうね。よって――ひとまずは、さすがは時東先生というしかない先生が復古品をさらに改良して現在医療業界を席巻しているこの睡眠薬が非常に効果を発揮しているようなので、まずは十分な睡眠をとって頂き、第一段階として気分を浮上させる。安眠にはそれ自体に効果があります。特にこれまで眠れていなかったのですから。第二段階として、まだ効果は不明ですが残りの二種の薬による精神作用に期待し少しで良いので前向きかつそこに突発的な自殺発作が伴わない状態にする事。第三段階は、本人の希望していた食事等や、身体的にはおすすめしませんが内容物に鎮痛剤と安定剤が入っているのであのタバコを吸わせながら様子を見る。そうして第四手段でアロマもそのままにカウンセリング。当面は時東先生のこの処置で行くのが僕もベストだと思います」
「――俺と同じ発想なら、負けてはいないかもしれないが優ってないだろうが。一応聞いておくが政宗の意見は?」
「……俺は精神科系等向いてない自覚があるからただの感想。緑羽様のチョイスした英刻院閣下と真朱様、あと時東も一応。さらに榎波師匠氏。これの共通点はズバズバズケズケ言うところで、冷たい高砂および距離を置いてるレクス伯爵もそういう対応だ。こいつら前者は特に気を使ってズバズバ言う場合も多いけどな、こう、おそらく敬われて優しく対応されるようなのが嫌なんだろ?」
「ほう。続けろ」
「つまり、思うにズバッと死なれると迷惑だとでも行ったほうがいいんじゃないか? 馬車馬のように耐えて働けど」
「いや、お前な、途中までは素晴らしかったがその最後の結論が最悪だボケ」
「だから専門外なんだっつぅの。ただこう、カウンセリングとは別に、そういうやつがいたほうがいいんじゃねぇのか? 英刻院閣下は仕事混じりに雑談でそうなるだろうし、榎波師匠氏も料理店を教えつつ標準装備でそうだろうし、真朱様も見舞いに来るならそうなるだろうし、レクス伯爵はわからないがアレは冷静に対処するだろうし弟だから別。高砂も高砂で悩むところもあるだろうし俺は高砂の方が親しいからそっちを尊重するからこれも別。時東もカウンセリング担当だから別。として、他に誰かそういうやついないのか?」
「一理あるから探してみよう。ちなみに英刻院閣下の目から見て、鴉羽卿としてのゼクスというのはどういう性格だった?」
「――率直に言って、全てをほぼ一人で、他に任せるとしたら人員配置の配置されているメンバーのみで他は完璧に自分で整え、計画通りに完全遂行する意志が一本通って揺らがない存在だ。頑固といってもいいかもな。一度決めたら完璧にその通りにするし、他者の反論など、させないというかする余地すら残さずとっくに考えて対策済みである場合が多く、非常に有能な人物だ。あのフードをとった外見からはIQ云々ではなく想像もつかない。表情はともかく、内面はそうだと思うぞ。少なくとものほほんとした楽天家のバカなんかじゃない。誰よりも計算をしている。味方だと心強い事きわまりないが今回はその相手が攻略対象のある種敵だというのがなんともな……」
「なるほどな。ちなみに緑羽を年に一度程度は見てきた高砂の印象は?」
「……わからない。今思えば、考えてみると気を遣われていたのだろうと思うよ。ようするに、英刻院閣下より俺の方が何も知らないんだろうな。ただ――表情だとか中身がちょっと抜けているお人好しであるのはそのままだと思うけどね。それこそ昔、俺から見ても頭がいいと思っていた頃から、そこだけは変わらなかった」
「なるほど。それも俺は間違っていないと思う。幼少時もそうだった。頭を使うところでは冷静極まりなかったが、性格はとても良かったし、あれは偽りじゃないだろう。医学的にも高IQ保持者は人格者とプライドの高いものに二極化傾向があり、両面を兼ね備えていて別の部分で発揮することが多い。一応聞くが橘はどう思う?」
「え? 俺? うーん、そうだなぁ。とりあえず高砂にベタ惚れでレクス伯爵しか目に入ってないブラコンかつ押しに弱くて優しそうで箱入りというのは正解で、仕事面だけ完璧主義者――というのはわかる。空気の読み方とか腰の低さは箱入り部分および聖職者の特に寺関係者はあれがデフォルトだからおかしな部分はゼロ――ただ俺には死後の準備とか全部、単純に死ぬのが怖いから全部押し殺して仕事的義務的作業で封じてるだけで、本当は孤独感とか絶望感とか強いんじゃないかと思う。それを自覚したくないからなるべく普通にしていたくて笑ってるんじゃないのか? あれ、真面目な話本音出させてやらないと安楽死一直線だと俺は思う。死にたい死にたいと泣いて訴えるレベルにさせたほうがいい。自殺リスクが高まるとかいうけどそれは阻止できる。俺が知る限り笑顔で死ぬって言ってる奴はガチで死ぬ。だから死にたいって訴えさせることに成功したら、そこでやっと安楽死を思いとどまらせることができるんじゃないかな」
「なるほど。それはあるかもな」
「あと勝手な経験談だけどな、あれだ。心を会話で開かせるのが無理なやつって、触られるのも苦手なやつ結構いるんだよな。が、手をつないだり抱きしめたりを繰り返して体温に慣れさせると自動的に少し心を開く。ただ、話聞いた限り、これは高砂以外には無理だろうな。けど高砂も『仕事でやれと言われた』としてやるだけで十分で高砂側もヤれるんだから抱きしめるくらいできるだろ? 抱きしめてたら顔なんか見えないから他の相手でも思い浮かべておきゃあいいし」
「……それ、本当に何か効果あるの? 話をしなくても」
「ある。断言してある」
「へぇ。じゃあ検討してみる」
「橘、お前、ちょっと良くやった。高砂が全面協力すれば、少し事態がよくなるだろうが、悪いが俺も高砂の側と仲が良いと自負しているので強くは言えない」
「時東、俺の評価はいつ上げても良い。さらに上げ続けていいんだからな」
「調子に乗んな。さて、最後に青殿下にお聞きするが、何かご意見は?」
「――……日記。交換日記。一言だけの短文でも良いし、内容は日記でなく考えでも思い出もなく、その日やった仕事内容一覧でもなんでも良い。まずユクス猊下に聞きたいというほどなんだろうから、レクスとだ。交換でなくともレクスの提出でも良いだろうな。後は高砂先生の仕事内容。本当はIQが高く知識もあるのだからそれについて話たいというのもあっただろうし、その姿が格好良くて好きになったというのだから、興味もあるだろうから……療法とかではなくて、直接でなくて良いから、俺は最後に内容を知らせてあげたい。一番辛くて泣きたいのは本人だろうし、次はご家族やその他の関係者だろうとはわかるけど、無関係に近い俺ですら、なんだか、なんというか胸が張り裂けそうなんだ」
「……――いいかもな。言葉にできなくても文字にできることもあるから、本人にも書かせて、高砂はどのみち兵器に関する作業内容の報告書を今後はきちんと出してもらいたいところだし、レクスもそれくらいはやるだろう。その他の連中も任意でやりたいやつにはやらせればいい。読むので暇もつぶれ気も紛れるだろう。ゼクスに言っておくからとりあえず高砂はかけ」
「……報告書なら、そうする。俺が渡すとは約束できないけど」
こうして会議はとりあえず終了した。
青殿下が即座にレクスに日記の話を通信しに行き、了承を取り付けたそうだった。