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 時東と橘は王宮のその一室の右上のスペースの不要な机等を片付けてそこに集中治療室なみの設備を用意し、ベッドを設置した。

 周囲に橘が兵器で防衛システムを発動させたのはすぐのことである。
 それらを見守ってから、高砂はソファで眠るゼクスを一瞥した。

 こうして改めてみると、確かに顔色が青い。

 元からそういう血色の悪い色白なのかと思っていたが、明らかにそうではないと理解した。理由は、最初より、少しだけ顔色が良くなっているからだ。

 それでもまだ青ざめて見えるのだ。こうして見ると作りもののようなその存在は、息をしているのか不安になってくる。

 長いまつげはピクリとも動かない。
 英刻院閣下も高砂の隣でしばしの間レクスを見据え、思案するように腕を組んでいた。
 それからポツリと言った。

「高砂、お前が気にすることは何一つない。呼び出して悪化させたのは俺だ。そして同意して来たのは本人だ。お前が気にすることが一番、鴉羽卿にとっては辛いだろう。だから、何も気にするな、といっても無理だろうが、お前は何も悪くない」

 そう言うと英刻院閣下は歩いて行った。それを見送りながら高砂は嘆息する。
 周囲の気遣いが辛いという気持ちを、初めて理解した気がした。
 ――ゼクスも、こういう気持ちだったのだろうか?
 ふとそんなことを考えてから自嘲するように苦笑して、高砂は仕事へと戻った。

 それから一時間半と少しが経過した頃、食事類が全て揃えられた。

 その頃にはベッドの周囲には、テーブル側の緑の植物の観葉植物の大きいバージョンが司法に並び、水晶球は照明型でこれはベッドサイドに一つとベッドの足側の観葉植物側に並び、アロマ装置は同一PSY融合医療装置を内部に含んだ加湿器としてベッドのそばの装置類の横にあるチェストの上におかれ、その横では服は常に洗濯したて、体は入浴したて、さらに無菌室効果にもなる、いつかこれもまたゼクスが用意した装置も展開していた。トイレに行く必要もなくなる効果がある。室温自動調整PSY波も出ていた。

「さて、ゼクスを起こす。念のため、今後に備えてとりあえず政宗は一緒に来い。ラクス猊下は今はいい。慣れてからの方がいいだろう」
「わかりました。政宗先生よろしくお願いします」
「ああ。任せとけ――……高砂も行くか?」
「……行かない。必要もないし」

 無表情でそういったものの、高砂がそれとなくロステクモニターを展開したことについては、誰も何も言わなかった。

 こうして時東と政宗がソファへと向かい、時東がPSYを流し、ゼクスの睡眠薬へと刺激を流した。

 するとピクリと瞼が動き、少ししてからゆっくりとまぶたが開き、静かに二度瞬きした。

「横になったまま聞いてくれ、緑羽様。おはよう」
「……おはようございます」
「眠気はあるか?」
「いえ……すごくこう……思い出せないくらい久しぶりに熟睡して、清々しい朝を迎えた気分で眠気はないんだけど……ちょっと頭がぼんやりする。ふわふわした感じだ……けど良く眠れたせいなのか、このふわふわは体が軽くなるというか……肩こりが取れた感じだ」
「そうか。ぼんやりふわふわは別の薬のせいだ。だからぐっすり眠れて爽快な気分で起きたっていう認識で良い。さすがは俺の薬だな。四時間半少し、爆睡だったぞ、ゼクス」
「っ、あ」
「これからはちゃんと眠れる。安心しろ。夜も眠れる」

 その言葉にゼクスが目を見開いた。ポカンとしたような顔をしたあと、何度か瞬きをした。それから震えるように力が弱々しいのだが、右腕を持ち上げて、ゼクスが左手の甲を見た。その間に、時東が耳で体温を測定する。

「時東先生、点滴が三つ、また増えている」
「俺オリジナルの治験を早速開始した」
「――使徒ゼストの銀箔の気配がする」
「ほう。さすがだな。気分は?」
「なんだか全身の血が聖遺物になった気分だ」
「それは俺にはよくわからん。体温は三十四度代まであがったぞ。血や細胞の温度も徐々にあげたから、問題はゼロだ」
「そうか。体がとても温かい。けどそうしたら、なんだか周囲の気温が寒くなった」
「それが体の普通の状態なんだ。毛布から出てる部分が寒いんだ。向こうのベッドにいくと、全体がぴったりの温度になる。痛みは?」
「――……っ、あ」
「ん?」
「また痛いのが減った……」

 ゼクスの瞳が潤み、再び泣きそうな微笑を浮かべた。

「それは何よりだ。少し測定させてくれ――よし、レベル3のギリ中。弱一歩手前の音だ」

 腕輪を付けすぐに外しながら時東は微笑した。
 本日二度目の時東スマイルだ。

 同時にロステクモニターを自分正面に展開していた時東は、完全PSY血統医学的にも痛みの赤が通常人の閾値の赤に達したことに安堵した。一番上の色ではあるが、一応生きている人間にあり得る普通の痛み色相として良い。

 周囲も非常に弱くなったピピピピという音に安堵していた。
 だがこれでも重傷患者レベルではある。

「時東先生、本当にありがとう……それとライチジュース」
「――ゆっくり起き上がろうとしてみてくれ」
「うん――……っ、!? 時東先生、体というか腰に力が入らない……」
「だろうな。こちらとしては予定通りでほっとしてる。それはお前の本来の体の正しい状態だ。今までOtherで無理矢理遮断して痛みを抑えてPKで動かしていた筋肉を、今はPKを抑えて最低限の身体機能補佐に回して、痛覚遮断コントロールはゼストの銀箔入り点滴とそこの灰紫色の点滴、それと保護部分Otherであるあの青色で保護してる部分のみで行っているから、もう攻撃に近いことを受けている対処療法中の過剰Other部分を使用していないし、非分類代替物が入っているから、まず痛みが消えるというか別のもので転換補佐になると同時に力へのOther補助も弱まるんだ。それからOtherの自己回復治癒も全く同じ状態で、胃腸とか肺とか心臓とかはそのまま保護だけど、灰青色で内部から再生してるから、そちらもその部分の補助が一部切れてるんだ。これが本来のレベル5の状態で、お前はちょっと回復したからやっと体側に点滴の補助もあってそれを受け入れる体制が整ったんだ。動けなくなったように感じるかもしれないが、こっちが本来健康なんだ」
「健康……」
「その上、痛みレベルだけなら、ギリ5か、レベル4の上までもう下がってる。だからだいぶ楽なんだ。それに必要最低限の腕だの首だのは動くだろう?」
「う、うん」
「ほれ、手を貸して背中を起こしてやるから、そこの政宗医者氏という俺の下僕から給水ボトルを受け取れ。ストローつきだ。持てるか?」
「誰が下僕だ。俺は下僕じゃないからな」
「あはは。二人ともありがとう」

 こうして時東に支えられて上半身を起こしたゼクスはどこかうっとりしているような儚げな微笑を浮かべてボトルを受け取った。

 花が舞い散るようだった。きちんと腕と手は動くようで、弱々しくはあるが、ボトルを握り、ストローからコクコクとライチジュースをゼクスが飲む。

 とても愛らしい。
 それを見つつ政宗は思った。

 レベル5の身体状態であるし内容的にも内蔵類までダメージを受けているのは明らかだ。痛みにしても、レベル5ギリというのは慢性的激痛の領域であるし、ギリ4が平均の4だとしても慢性的な痛みである。

 そうだというのに泣いて喜ぶほど楽になったというゼクスが不憫だった。
 しかし政宗とてプロの医者であるから表情は変えない。