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「それでゼクス様よ。食欲はどうだね?」
「時東先生よ、非常にお腹がすいている」
「気が利く俺はご所望の品を手配してあちらに用意してある」
「ほ、本当に!?」
「ああ。だが、ここのテーブルじゃ狭いので移動しよう」
「うん! 点滴はいつ終わるんだ? 早く食べたいから今すぐ終わると良い」
「残念ながら点滴が終わるのはずっと先だからそのまま食べろ。両手利きなんだろ?」
「え……それは、そうだけど……いつ終わるんだ?」
「明後日の昼。だがその頃には新しいパックになる」
「! ま、待ってくれ、そんなのは、俺……」
「実験に付き合ってくれる約束だろうが」
「っ、う、そ、それは……」
「さて、立てないだろうから俺に捕まれ。首に手を回すように」

 時東はそう口にすると、なにか反論を探そうとしていた様子のゼクスの声を封じるように姫だきした。

 驚いたようにゼクスが目を見開き、体勢を崩しかけたため、時東の首にしがみつくように腕を回す。

 時東は普段こういうことは政宗にやらせるので本当にロイヤル扱いだ。
 すごく珍しい。
 見守っていた榎波と橘はつい、高砂の反応を見てしまった。

 無表情のままだった。

 ただ内心高砂は、ゼクスを助けたのは時東だと理解していて、自分ではないと、ふと思い知った気になった。

 どこかでこれまで力なく弱いゼクスは自分が守ってやらないとダメな足でまといだと思っていたのだが、救うこと一つ実際にはできないしそれを求められすらしなかったのだ。

 その上鴉羽卿だというのだから、救われたのは完全にこちらだったと嫌でも理解させられた。

 そのまま時東はベッドにゼクスをおろして、食事にちょうど良い高さまで上半身の背中の部分を起こした。ゼクスが完全に困惑した顔をしていた。

「時東先生、これは……医療用のベッドだ。そっちにあるのは俺が先生に渡した装置だ」
「その通りだ。装置の可動実験にも付き合ってもらう。いやぁ実践でぶっつけ本番より、一度自分で試しておきたかったから良い機会でな」
「……け、けど、こんなのを見たら、みんな不審に思うし、王宮の許可だって――」
「それがな、王宮は思いのほか敵だらけで、大体のやつらは俺達の会話を盗み聞きしていたようだ」
「っ」
「が、特にガチ勢だの多くは日常的に病人死人怪我人に慣れているし、別段誰もお前をはれもの扱いもしない。気にせず、治験協力および実験協力、装置可動実験に付き合ってくれ。王宮の許可もそれで降りてる」
「……」
「なによりこちらのテーブルじゃないと食事は全部乗らない」
「……」
「――病気がバレたショックで食欲が失せたか?」
「……身動きできないのにこの防衛設備では、とても安心して食事をしている気分にはなれない。俺の首から一番長い念珠をはずして、その勾玉の間の一番濃いエメラルドの球体を外して、あそこのPSY防衛システム脇に、勾玉を土台に設置して、起動してくれ。それはPSY融合兵器で、今の俺には無理だけど、万象院列院僧侶でもある政宗先生なら触ったら起動できるから……怖くてごはんが食べれない」
「「……」」

 無言になったものの、二人は言われた通りにした。そしてさらに数珠はその周囲に輪っかとしておくようにと言われたのでそうしてから、政宗が触れると、突如として強力なPSYが高音域で吹き抜け、直後その王宮の一室全体に、超高度なPSY融合防衛システムが広がった。

 みんなこれには唖然とした。
 レベルが違いすぎた。

 視認できないほどの音域にあるが、全ての空間に満ちているのがわかるのに、人体に不快感は一切なく、こちら側から外へ放つものや感知するものには一切の影響もない。

 だがこれは、外敵はなにものでも一切侵入不可だろう……。

「う、うん……ちょっとはマシになったかな……ご飯は食べられるだろう」
「これでちょっとはマシレベルなのかよ……」
「まぁとりあえず食えるなら良い。テーブルをスライドさせるから動くなよ」

 驚いている政宗をよそに、時東はテーブルを動かしたあと、パンと軽くその白く巨大なテーブルを叩いた。

 すると出来立て状態で亜空間収納されていた全ての料理が揃った。

 途端、ゼクスが瞳を輝かせて、白磁の頬を桃色に添えた。
 傍らには改めてガラスのグラスに入ったライチジュースが置かれる。

「美味しそうだ! 食べたかったんだ。夢だった!」
「そりゃあ良かった。存分に召し上がれ」
「いただきます!」

 こうしていちいち泣きそうなほど嬉しそうに、かつ優雅で上品にゼクスが食べ始めた。確かに速度は良家の御子息らしくゆっくりでありマナーも完璧なのだが――量が異常すぎるほど多いし、飲み物は例のライチジュースだ。

 見ている側は少し唖然とした。
 しかしパクパクとゼクスは食べていくし、先程の話を聞いていた時東と政宗は、ライチジュースの瓶を置き、空気を読んでその場を離れた。

 それから約三時間かけてゼクスは完食した。

 本当に満足そうな顔をしていて、綺麗に食べ尽くした。

 それを見守りつつ、モニターにて現在の体調をチェックしていた時東は、それから再び政宗を伴い歩み寄った。

「ごちそうさまか?」
「うん。ごちそうさまでした!」

 その満面の笑顔の声に頷き、時東が亜空間収納で全てを消失した。
 これは副側の倉庫につながっているので、各地に副が返却後また朝のメニューとなる。
 時刻はもう夜の八時半を過ぎていた。

「さて、もう少し問診に付き合ってくれ」
「ああ」
「起きてから、心臓が痛くなったり動悸がしたりは?」
「――たまに強くドクンとするとギュッと胸が痛くなるのと、時々ドキドキするのはあったな……」
「食事中、何度か咳き込んでいたが、血は吐いたか?」
「……それは、その」
「正直に」
「……昔からだから……」
「どのくらいの頻度で?」
「一日二・三回だ。でも、もう慣れたし、ちょっとしか出ない」
「黒い色で、かつ胸のこの辺が痛むか?」
「うん、そうだ。鈍く痛むかツキツキ痛む」
「それが肺だな――さっきの点滴で、まず心臓の方の色相が少しずつ死人レベルから向上したから、そちらの痛みや動悸は健康の証で治っている証拠だ。が、肺機能。こちらは、肺炎の件を考えても、気になる部分が多い。ということで装置の可動実験もするから動くなよ」

 時東はそう言うと横へと移動し、三つの装置を起動した。X線とMRIとPSY波測定器だ。

 そのそれぞれで、まず生体的に肺に水と血が溜まっていて肥大しているのが確認できた。
 それに目を細めながら最後のPSY造影を見ると、肺に暗紫色のPSYが溜まっていた。
 原因はこれらだ。

 まず時東は銀の台を出現させて、肺の水を強制除去する完全ロステク医療薬の半透明の白を一つ、続いて血を強制消滅させるPSY複合科学医療点滴である茶色に近い黄土色を薄めたような点滴で時折油のように光るものを一つ、最後に扇を広げゼクスを見ながらバサリと開いて、浮かび上がった暗紫色に向かい、扇をバシンと閉じてその先端を向け、色彩を白味の強い赤と青にわけて、二つ出現させた生体液パックをバシンバシンと叩いてそこへ入れた。

 そして合計四つの点滴を再度作り、三台目となる点滴台を用意し、上に二つ、下に白い赤と青の二つを下げて、他の点滴台の上に並べて、ゼクスの右の鎖骨の上に注射針を指し、四足の金具を接続した。こうして点滴は二十五個となった。

「これでしばらくすると喀血が止まり、生体の側でも肺機能が落ち着いて、呼吸も楽になるし、咳も出なくなる」
「そうか、ありがとう……本当に感謝してるけどな、時東先生……あの」
「なんだ?」

 扇をしまい、台を片付けて、装置を停止させながら時東が言った。

「こんなに点滴していては楽になっても身動きがとれないし、そもそもペインコントロールは動けるように、最後に自由に行動するためのもので、これじゃ……治療してもらえるのはありがたいけど、俺には延命処置と同じに思える……俺の手は二個だし、点滴台を三つももって歩けない……体も動かない……俺は、それは、とても困る」
「座っている約束なんだから同じことだろうが。そこからの方が、衝立もなくてよく王宮内も見えるだろう? まさに余命最後に弟やら高砂やらの見物やギルド黒色の観察までできる位置への移動で、結果的に座っているのは同じことだ。その間に点滴をもって移動する必要もゼロだ。お前さっき特別行きたい場所もないっていっていただろ? なら大人しく実験に付き合え。別に延命処置ではないし、結果的にそうなったとしても安楽死権利はお前にあるんだから、問題ないだろう」
「それは……――そうだけど」
「だろ? さて、そろそろ寝ろ。朝は何時にいつも起きるんだ?」
「まだ眠くない。そうだなぁ六時には起き上がっていいということにしているけど、八時までは本当は横になっていろと言われていて、王宮のこの部屋にはいつも十時半にくることになっているんだ。お部屋にそろそろ帰る」
「いいや、だからだな、お前の防衛システムも発揮したここで寝るのである」
「時東先生……」
「じゃあ十時ごろに起こす。朝食のメニューも朝の王宮のと今回のか?」
「う、うん。もう一回ライチジュースを飲んでから寝る」
「よろしい」
「ありがとう。け、けど、まだ眠くないし、さっき人生でまれに見る熟睡もしたし、そんな十時間以上も眠れるかな? ここ、朝、人がいるのか?」
「政宗下僕氏が本日から夜勤、俺が日勤、ラクス猊下がそのうち準夜勤になる」
「っ、おい、そんなの医療院だ」
「いいや、それぞれの仕事の片手間だ」
「……」
「お前はとにかく気にせず眠り、三週間は周囲を気にせず人生を謳歌しろ」
「……う、うん」
「よしベッドを倒すぞ。じゃあな、おやすみ」
「おやすみなさい」

 こうして時東がPSYを送ると、再びゆっくりと平らになった寝台のまくらに頭をあずけてゼクスが眠り始めた。それを見て一息ついてから時東が、政宗を視線で促し、高砂らの近所の観葉植物型喫煙所へと向かった。