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「副、朝ごはんプラスお菓子類と、おそらく紅茶とか珈琲とかそういうのと緑茶か、あと例のクッキーとやら、こう好きそうなの適当に用意して昼夜と午後のおやつも頼む――高砂、なんか好物知ってるか?」
「――冷たい緑茶をいつも飲んでる。和清園の玉露の冷たいの。後、紅茶は基本は飲まないけどダージリンがそこそこ。珈琲はなんでも好きみたいだけど、俺には信じられないレベルの激甘ココアの安いあの一番よく売ってるやつに砂糖盛りだくさんで飲んでたよ。安っぽいミルクチョコレートみたいな、普通は万象院だのでは絶対出てこないチープな菓子類とポテチのコンソメも好きみたいだけど、名前がわからないから頼めないんだろうな」
「随分と詳しいじゃねぇかよ。俺は見直したよ。時東、案外高砂はいいやつだった」
「橘。そういうんじゃない。行くたびに食べてたら、視界に入ったら記憶する程度には俺の頭はいいよ。スナック菓子は参拝者の差し入れだ」
「うっ……」
「他にこう本とかなにか読んでた記憶は? ご自慢の記憶で思い出して主治医の俺にご教授願う」
「……きっと識字障害や理解力低下があったんだろうけど、小説を必死に読んでいて意味がわからないらしく、何度も読み返していたのは覚えてる。ただあれは……」
「あれは?」
「……俺が読んでいて面白いとか言ったせいだろうな。別に興味ないと思う」
「いやお前それノロケ?」
「橘、頭ぶち抜かれたいの?」
「――一応聞くけどなんて小説だ? お前が小説読むのも珍しいだろ」
「『旧宮殿にて』っていう表面と骨組みは超くだらない王宮ロマンスなんだけど、地下の完ロス兵器描写だけ秀逸で研究室で話題になったから読んだ。確かに秀逸だった。万象院本尊に行った日に暇だから読んでたら、次に行ったら読んでた。一年かけ理解できてなかった。俺は馬鹿だとしか思わなかった。ロステクどころか恋愛部分だの登場人物だのも把握できてない。その話題を振られてひたすら鬱陶しかった記憶しかない」
「ほう……ちなみに自発的に読んでいたものは?」
「経文は別として、これも識字障害なんだろうけど、写真集や画集を見ていたね。修道院だの大聖堂だのの写真集や寺、他には絵画は油絵系で年代は問わずジャンルもバラバラ。あと義務教育未満が読むような絵本だの図鑑だの。人魚姫を読んで号泣してる二十代の僧侶とかキモイの一言しか浮かばず完全にドン引きして立ち去った記憶しかない」
「……感受性が豊かとか言ってやれよ。けどそれは俺も引く」
「悪い、主治医の俺も引く」
「政宗夜勤医者氏こと俺も同感」
「けど――考えてみると、あの人魚姫だけだ。今日を除いて泣いてるのを普通に見たの」
「「「……」」」
「……人魚姫が羨ましいって、そう言って泣いてたんだったかな。王子様を助けたけど記憶にも残らず、かつ王子様のために死ねるなんて最高の人生だとか言っていて、俺は当時頭がおかしいと思った」
「……けどそれ、夜勤医者氏的に、そごく深い意味に思える」
「主治医的にも同感だ」
「高砂は王子様だったのか……」
「なんかさ、正直、嫌いなままなんだ。けど考えれば考えるほど、体調不良だの、そういう装置だの、心当たりがありすぎる。なんで気付かなかったんだろうなぁ……俺も人並みの同情心とか持ち合わせてるから、罪悪感みたいなのあるんだよね」
「「「……」」」
「ねぇ時東。真面目な話、ゼクス、どの程度の確率で助かるの? あるいは余命は?」
「――そういう、例えば胃がんとかで削除すれば治るというイメージの病気じゃないんだ。ガンで言うなら全身転移を想像してくれ。余命はさっきも言った通り、今もまだ峠をギリ越えかけてるだろうかって所で、今死んでも不思議はない。ただ最初に根本対策をして、たった今、まず肺機能を保護した。心臓は根本の時の処置で保護済み。全身の神経もOK。ただしイメージとしてこれは、ガン細胞を抗がん剤でぶち壊すことにギリ成功しつつあり、このままそれを続けつつ臓器自体を回復に持っていく形だ。それが終わったら他のほぼ全身の全て。胃は大丈夫みたいだが、そこも含めて総チェックがいる。今は死に直結する部分を対処した段階だ。そしてガンで言うなら転移やステージの進行もあるわけだから、治している間の増悪もあり得る。よって助かる確率というより、どのラインで抑えられるかがまず一つ目だ。そして安定したとしても一生点滴は必須だし、常に体調はチェックしなければならない。ただ人間は全て明日あたり事故死する可能性もスキルス性の胃癌に気づかず死ぬこともあるわけで、確率でいうなら、治療している限り逆に健康チェックも事故や怪我防止も万全だからむしろ臓器さえどうにかなれば生存率という意味での助かる率は比較的高くて、不慮の怪我で、あいつ希血だからそれの輸血不適合等の方が危険だろう。ただし――痛みとの闘病。こちらが病気を治すかどうかよりも大問題。助かる可能性も余命もあるとしても、それに耐えるというのが壮絶に辛い」
「時東なら安楽死、どうする?」
「俺自身の場合なら既にしてる。俺がお前ならば署名して阻止する。俺は利己的な人間だから自分はそうしても、相手は同情する程度に気にする程度ならば阻止する。本人意志など知らん。自分の気分が悪くなるのが問題だ。阻止後どうしてもと言われて何度も説得されて、それで納得行ったら再検討する」
「なるほど」
「そもそもアレ、どう考えても逆の立場なら高砂の安楽死処置を妨害するタイプだろ。あいつは基本は俺よりだ。自分本位だろ」
「……かもね。少し参考になった」
高砂はそう言うと帰っていった。
三人は見送ってから顔を見合わせたのだった。
翌日、政宗は徹夜で見守っていたので時東とチェンジして仮眠室へと向かい、九時を過ぎたところでレクスがやってきた。
そして完全に医療設備のど真ん中の白いベッドの上に居る上、まるで意識を喪失しているかのごとく目を伏せ横たわっている兄と、さらに増えている点滴を一瞥し、腕を組みながら険しい顔をした。
それから時東に声をかけた。
「急変したのか?」
「いいや。睡眠コントロール処置をしているだけだ。十時に起こす」
「そうか――昨日、ザフィス神父やラフ牧師も来て、話し合いになった。兄上には悪いが俺の権限で安楽死処置を廃棄手続きする。しかしこの件は兄には内密に頼む。こちらは兄上の意向を尊重する形で話をしつつ、日取りの延期、その後落ち着いた頃様子を見て破棄を伝える。それまでの間の心停止時と、当該執行日に兄が出かけた時のために、既にアルト猊下経由で法王猊下や舞洲猊下に俺署名の書類は送付、かつ手続きは完了していて、控えと主治医あて、これを時東先生に」
「冷静な対応に感謝する。先方の安楽死処置医には?」
「既に朝一番で通達済みで廃棄書類も入手してある。またこの件は高砂先生にも内密に。あちらの出方もまた、兄上が自分の見解を変える要素になりえるからな」
「完璧すぎて俺は感動したよ。この書類は預かっておく」
受け取り時東は亜空間に収納し、ゼクス単独心停止時には、そのコピーが勝手に出現する設定を仕掛けた。
「ザフィス神父がよろしく頼むと言っていた。それと珍しくラフ牧師が泣いて俺に頼んできて、緑羽と朱の曽祖父も泣きじゃくっていて法王猊下達もそうらしく、逆にこれまで一番泣きじゃくっていたアルト猊下が慰めに回っている状況だ。感動的なことに父上が一番冷静で、俺は父上を見直してしまった」
「はは、そうか」
「ザフィス神父から、それとこのカルテ類の入った腕輪を預かっている。暇があれば見てくれと。投薬治療類は時東先生の方があてになるだろうが、直接の問診記録や体調推移、それと緑羽の御院による記録が残されているそうだ」
「非常に助かる」
「ゼクス兄上を助けることに成功して治験も完了したら次はアルト猊下を頼むとのことだった――それで、兄上は、具体的に昨日、本日はどのレベルで、今後の悪化時を除いての回復見込みとしてどのレベルまで下がる予定か聞かせてもらえないか? 無論悪化しか可能性がないならば、それを言ってくれ」
冷静なレクスの声に頷いて、時東は観葉植物そばのソファに招いた。
断ってからタバコに火をつける。
レクスは珈琲を出現させて、時東と自分の前に置いた。
こういう些細な気遣いができる点が、時東はそこそこレクスを気に入っている部分でもある。
「まず一般平均のアルト猊下基準で言うならば、昨日はレベル6、即ちショック死状態であり、それを本人のOtherによる痛覚遮断および自己回復でレベル5に、痛みはそのまま痛覚情報のみ遮断して抑えていた状態だった。その後、点滴治療が幸い功を奏し、昨日の夜から本日にかけては完全にレベル5になった。レベル5の範囲を上中下でいうならば上だ。そしてアルト猊下が最も悪化したレベル5というのは下だ。さらにゼクスはレベル7への以降経験があるため、PSY受容体に傷が付いたことがあり、これは頭部破裂を招く危険性があるため、レベル6に一度でも到達した段階で、安楽死あるいは植物状態になる処置を合法的に受けられるんだが、痛覚が理由で、それを利用し安楽死手続きをしていたようだ。たった今破棄されたわけだが、今後非常に悪化した場合、レベル7へと以降、頭部破裂の前に様々なひどい苦痛があるそうだが、俺の見込みとして、無論見込みだが、無理なPSY使用をレベル6状態で使用するようなことがなければ、それは今後起こる可能性は低い。ゼクスの場合はレベル6段階の痛覚をレベル5状態に無理に維持していたからレベル7に移行しただけで、適切な処置をすればそうはならない。これは投薬治療で可能だ。現に、昨日から――一見悪くなっているように思えるかもしれないが、一時的に腕などの最低必要箇所以外が通常のレベル5同様動かなくなり、起き上がる補助等をしている」
「なるほど。その場合の痛覚は、レベル6を5にできるのだから、レベル5で安定ならばレベル4程度にもできるのか? レベル5の下であったアルト猊下ですら激痛で泣き叫びながら吐血を繰り返し一年半の間集中治療室から出られず殺してくれと喚いたそうだが」
「ああ。現在既に痛み自体はレベル5の下からレベル4の上まで落ち着いている。薬もあるが、それもあって、あのように寝ていられる。回復力もすごいが遮断コントロールが秀逸だった。かつ、今回青Other側の保護点滴および使徒ゼストの銀箔入点滴という、Otherを50パーセント持っていないと逆に死ぬ、非常に効果が強い万能薬と、復古医療薬の内蔵再生薬および本来ホスピスの人間に使用する――まぁゼクスはその使用条件にも該当しているがそういった類の非常に強力な鎮痛剤も使っているから、ゼクス自身のOtherは触れて方向性を放つだけで、点滴類が自己回復と痛覚遮断をほぼ完璧にゼクスの無意識動作通りに変わってくれる。この青Other保護は早急にアルト猊下にも行っても良いかもな」
「本当にザフィス神父も真っ青だろう。内蔵再生ということは、やはりレベル5で体内はボロボロだという理解かつそれがアルト猊下より非常に悪いということでいいのか?」
「その通りだ。最低限の生命維持としての心臓と肺機能への保護は終了していて脳に関してはレベル7以外で支障をきたすことはない。神経の保護もしてあるから、他の内蔵と筋肉に関してはレベル4でもやられるから、後回しで、かつ膨大な量だから適宜検査となる。レベル5で内蔵ダメージを伴う激痛、レベル4で慢性的な鈍痛と時折の激痛、だがこちらは心臓等は守られる。だがレベル4から吐血する場合があるから確かアルト猊下はそれで発見だったな」
「ああ、そう聞いている。その際も長期入院したそうだが――あそこの設備の方が医療院の集中治療室より整っていそうで検査器具と専門医までいるのだから、こちらでできれば頼む」
「そのつもりだし、装置類もそもそもゼクスが前線用にと提供してくれたものの可動テストを兼ねていると伝えてあるし事実その側面もある。そして俺の見込みとしてレベル4までは回復が見込めるし、その場合、現状の痛覚判定からするとレベル3程度の痛み――慢性的な鈍痛もしくは軽度の痛みと変化する。それでも普通はかなり痛むが日常生活動作には鎮痛剤無しで対応可能になる。アルト猊下も通常はこの状態が多いと聞く。よって身体的にはレベル4であっても本人の自覚痛覚は弱いはずだ」
「それを聞いて少し安心した。ちなみに、どの程度の期間、増悪が一切なければそこまでにいく?」
「――はっきり言って現在のレベル5の維持、6への移行の完全可能性諸滅を一ヶ月を見て完璧にし、その後三ヶ月で完全にレベル5維持、余裕を一ヶ月置き、半年後からレベル5の状態を中・下と下げるのにさらに一年ずつは見たい。これで二年半。そのご4の完全以降維持に半年、そこから二年かけて4の中までを見込み、五年でレベル4標準固定、痛覚でいうならレベル3状態を固定としたい。うまくいかない場合でも7年。増悪を込でも10年といったところだな」
「つまり俺が今の兄上と同じ年になる頃には、死ななければ落ち着くのか」
「うまくいけばな」
「兄上はこれまで十四年間耐えて、六年前から死を決めたとして八年間は耐え、直近三年間はショック死を抑えてきたというが、児童と成人では児童の方が耐えられるだろうし、やるべき仕事への責任感などで押し殺して耐えていたのだろうと思うが、成人していてかつ仕事等をせず安静に治療することになるだろうが、耐えられるだろうか? 俺は耐えられないなどというのは許さないが」
「――そこが非常に問題でな。アルト猊下でさえ殺してくれと言ったんだろう? ゼクスの場合、アルト猊下よりひどい痛みだが自殺可能レベルで身体動作が可能なんだ。本人も自衛しているし、こちらもチェックだけでなく阻止点滴も開始しているが、そこが一番怖い。痛覚は死の恐怖を超える、というのは、ホスピスでも常識だ。自殺者の一番多い理由も統計的に病を苦にした自殺で中でも痛みが多い」
「痛みが取れても?」
「取れたからこそ、再び襲ってくる恐怖があるようだ。そして実際、その可能性が非常に高い病気だ」
「なるほど。ところで、とりあえずまず三週間プラス俺が延期を求めて了承された場合その期間程度はここで面倒を見てもらってもいいだろうが、その後、どこで看病すれば良いと思う?」
「そうだなぁ。俺も、まぁ、PSY遺伝病系等には興味もあるし復古薬やら医療装置やらを色々弄りたいからその辺に研究所でも作るから、被験者兼患者で収容でいいだろ。その頃には敵集団に関してもいなくなっているだろうから、暇な奴らも増えるだろうしな。あとザフィスだののご老体もどうせ暇だろ? そこら辺をまぁ王都内の各所近所に作ればいいんじゃないか?」
「感謝で言葉も出ない」
「基本的に一度診ると決めた患者はよほどのことがない限り俺は最後まで見るからそこは信用してもらって良い。それと信用しないわけじゃないが先程の書類、こちらからも宗教院に一度問い合わせさせてもらっても良いか?」
「ああ、そのくらい念を入れて対策してもらえるほうが気が楽だ。ところで、黒色から医師免許保持者が一名護衛を兼ねて手伝いたいと言っている。ユクス猊下だ。兄上の後任の闇司祭議会議長。ただ別段専門はPSY医療ではないらしい。ただ夜勤の手伝いくらいはできるという。闇猫からはラクス猊下が専任で出るそうだ。一応形式的に万象院および匂宮は高砂先生としているそうだが、本人のプレッシャーにもなるだろうから言わないでおくことになっている。猟犬は滞在の一切の手配を含めて英刻院閣下が、美晴宮含め、必要な薬品準備も含めて全面協力してくれることになった――戦時はまとまらず兄上がしきったのに、兄上のことになると兄上不在でも即座にまとまるのだから情けない」
「まぁいないよりマシで夜勤は特にありがたいし、顔見知りも一名くらいいても良いだろうから、こちらは歓迎する。俺も高砂は放置が良いというか、レクス伯爵の方がずっと大人であり、あいつは精神的に欝が入ってるから今は放っておきたい」
「まぁ俺も自己嫌悪がゼロでもないからわからなくもないが、それは兄上だって悪いのだから気にすべきではないし、気にするならば所詮はその程度ということだ――そろそろ十時だ。俺もいっても良いか? ユクス猊下は存分に寝て、午後から来るそうだ」
「ユクス猊下は非常にナイスだ。いいだろう、じゃ、行くか――副、朝飯系用意を頼む」
時東が微笑して、タバコを消した。
これは時折見せる普通の笑みだ。
それから副が手を挙げて答えたのを見てから、二人でゼクスの元へと向かった。