17
時東がPSY刺激を流すと、小さく息を吐いてから、ゼクスが目を開けて緩慢に瞬きをした。
「おはようございます、ゼクス殿」
「……なんだか、寝すぎて気分が良すぎて、うん」
「それは何よりだ」
「こんなのは……十年よりもっと前だ……いいな、眠れるって。本当にありがとうございます、時東先生」
「なんのこれしき。プロですので。目は冴えてますか? お顔をOtherで洗浄してみましたが、よりスッキリしましたかね?」
「っ、う、うん。ビシッとした。けどちょっとお水のように冷たかった」
「はは。じゃ、問診。指にこれをはめてくれ――よしまず体温は34度7分。だいぶよくなったな。あと3分で人間ギリギリに戻れるな」
「体が温かい。今日は毛布も他も暖かい」
「貧血系のめまいやクラクラは?」
「ない。けど、お腹が減った。ライチジュース」
時東がベッドを起こしてからテーブルをスライドさせて、ライチジュースいりのボトルを渡した。
それを受け取りストローを銜えてから、ふと顔を上げ、そしてゼクスが硬直した。
レクスを見たからだ。
「おはようございます、兄上」
「っ、げほ、おは、っげほ」
「おいおい弟見てそこまで咽るなよ」
「時東先生……お前……」
「俺を睨まれてもな。レクス伯爵は自発的にここに立っている」
「っ、え、あ、の……おはようございます」
「――本当に時東先生側から聞いたわけではなく、昨日時東先生とゼクス兄上の話を盗聴していた王宮内の敵とやらのモニターが俺の真横で展開していたために耳に入ったので、時東先生に俺から伺っただけだ」
「……王宮って、本当に魔窟なのか……」
「とりあえず時東先生の問診を先に」
「う、うん」
「気が利く優秀な弟がいて羨ましい。頭痛吐き気動悸息切れは? レクス伯爵を見て心臓が止まるかと思ったというのはなしで頼む」
「……あのな。ええと、うーん、息切れというか、ちょっとこれまでより息が苦しいけど、痛みがなくなったからそれが気になるだけかもしれないし、胸の痛み自体は減った。前は息を吸うと痛かった――っ、いや、あの、レクス。これはだな、あくまでも、その、別に俺は平気だから……」
「兄上、俺は兄上を壮絶なバカでボケで間抜けだと思っていたが、兄上もまた俺をそう思っていると今は正確に理解している」
「え……い、いや、俺はレクスをそんな風に思ってない」
「だったらその『平気だから』というのはどういう意味合いなんだ?」
「……あ、あの、その」
「まぁいい。後でじっくりと話し合おう。時東先生、どうぞ続きをお願いします」
「うん。レクス伯爵、俺はお前の評価を上げた。まさにその通りだ。そういえば昨日、お前みたいなの探してたんだった。ま、いいや。ええと、肺に関しては昨日話した心臓のドキドキと同じで、良くなったからこそ、自発的な再生機能と補助が点滴等で出たから自然な状態となったからそうなってる。うん、心臓も肺も昨日よりだいぶいいな。ただ息を吸うと痛いだのという情報は今後もっと速やかに言ってくれ」
「はい……」
「なにか気になることは?」
「やっぱり未成年の前でタバコを吸うと副流煙で危険だろうか?」
「たった今、俺はここに来る直前にぷかぷかレクス伯爵の前でタバコを吸ってきたが、そこと同じ分煙システムがそこの灰皿には内蔵されているが、どうだろうなぁ」
「吸いたいなら好きに吸ってくれ。俺は別段気にしない」
「あ、う、うん。ありがとう」
ゼクスはそう言うと、タバコに火をつけた。
朝の一服はうまい。
それもあるが、いきなりのレクスの来訪にど緊張していたというのもある。
時東はその姿も何とも言えない気分で観察していた。
レクスから見ると、それはいつもどおりの兄だった。
「他には?」
「朝ごはんは何時だろう?」
「もうすぐだ。というか用意は出来てるが、レクス伯爵と話してから出そうかと思ったが、お前、話しながらでも味分かるのか?」
「話終わってからが良いです」
「ほう。うんまぁ顔色も良くなったし、血圧もまぁそれなりに人間レベルに戻った。これは人間と評価しても良いだろう。ただまだ貧血と栄養失調だから点滴は続行。全部継続というかこれはまだ1パックも終わっていない」
「……ああ」
「じゃ、とりあえずレクス伯爵と話せ。終わったのを眺めて確認したら飯を持ってくる」
そう言って時東が消えたとき、レクスが一歩前へと出た。
「あ、あの、座る?」
「そうだな」
レクスはそういうと淡々とした表情で座り、ゼクスをじっと見た。
ゼクスは完全に挙動不審で、オロオロした瞳で引きつった笑みを浮かべている。
「まず結論から言うが、安楽死処置に関して、それが兄上の決定ならば尊重はするが、レは別に賛成でも否定でもないことを断った上で、ひとつ頼みがある」
「な、なんだ?」
「自分の誕生部付近が実の兄の命日というのは非常に気分が悪いから日取りを変えてくれ」
「う、あ、う、え……」
「俺のことを非常に非常に非常に大切に思っているというのは虚偽であり万象院を相続させたら死ねるというのが本音であり俺はそのためのコマというのが実情で、本当は大切ではないというのならば、続行してもいいがな」
「……何日くらいあとなら……いいや、前倒し? 俺なりには本当に、その、大切で……」
「引き継ぐとなれば直接聞いておきたいこともあるから、その習得期間として二週間、さらにぴったり一ヶ月後というのも覚えやすくてイラッとくるから一ヶ月半後で頼む。これから三週間は時東先生の治験実験に付き合うと約束しているんだからそちらをやれ。その後、二週間俺に万象院に関して教え、その二週間半後に安楽死処置を受けられるように俺がこうひっそりと法王猊下達が気づかないようにリクス猊下あたりを買収して日時を変更しておく」
「えっ、本当に変更しておいてくれるのか?」
「ああ。それに時東先生の治験で痛みがマシになったんならその程度誤差としろ。苦痛の三年を耐えたと自分で言っていたんだから、それより軽い痛みで一ヶ月半くらい行けるだろう。無理なのか?」
「い、いや、わ、わかった。頑張る」
「よし。それで良い。まずはそれがひとつめだ」
「ま、まだあるのか?」
「そんなに飯が食いたいならそのあとでも良いが?」
「そうじゃないけど……二つ目は?」
「俺を大好きすぎる兄上を想った青殿下のご指示で交換日記をせよとの命令が下った」
「ぶは」
「が、俺には日記を書く趣味はないので、兄上が闇司祭議会議長だった頃の記録で聞きたい点を書いて持ってくるから、回答を書いてよこせ。二冊用意するから交互に毎日交換でとりあえずこれが一冊目。今日からやってくれ」
「あ、え、あ、ああ……」
「もうIQが正常値に戻ったと聞いているしできるだろう? それとひとつ言いたいんだが、兄上は闇司祭議会議長を十七歳当時には勤めていたよな?」
「うん、まぁ」
「俺は今十七歳で副議長だ。その俺を子供扱いするというのは、それは役職以前に俺が無能だとやはりそう思っていると思っていいのか?」
「ち、違う! だから、そうじゃなくて……」
「兄上はその当時、自分は小さな子供だと思いながら仕事をしていたのか?」
「それも違う!」
「だったら以後、俺を子供扱いするな。確かに俺は大人ではないが、そこまで幼稚ではない。常識的に感がて、馬鹿で無能な兄が病死したと遠くで耳にし、後ほど実情を知ってもっと話せば良かっただとか思う方がよほどショックだろうが。せめて死ぬ前に俺を本気で思うならば、有益な技術提供をして死ね。万象院および特にギルドの! なぜユクス猊下を俺を守る方向で育てるんだ? 俺に知識と技術を提供する方向でそこは頑張れよ!」
「だ、だって、心配で……」
「ほらやはり俺を子供で馬鹿で無力だと思っているだろうが」
「そうじゃないんだって! だって俺が十七歳の頃、お前七歳だぞ!? どう考えても小さい子供だ!」
「だが兄上は七歳の時には既に闇猫訓練も終わっていたし、それは俺も同じだが?」
「っ」
「確かに俺は兄上ほどIQもPSYもないだろう。しかし兄上と異なり血液型も平均で血核球程度しか特別変わったものもなく超健康体。俺のほうがどう考えても将来有望だろうが。なぜ俺を英才教育する方向でいかなかった? 俺にはどう考えてもやはり兄上が馬鹿でボケで抜けているとしか思えない」
「……ご、ごめん」
「その謝ればなんとかなると思っている癖、それが俺に嫌われる素振りとやらなら即刻やめ、違うならば治せ。イライラする!」
「ご、ごめ――い、いや、その、わかった。わかった! 治すから!」
「ひとまずそれで良いが、俺を今後子供で無能という扱いをしたら安楽死処置廃棄手続きを容赦なく執行し、兄上が痛みで泣き続けて殺してくれと叫んでも鎮痛剤フル投下で永劫ギルドについての知識を吐かせ続けるから覚悟しろ」
「えっ、うっ」
「俺は兄上が思っているほど優しい人間ではないこともまたよく覚えておけ」
「……そ、そうなのか? 俺はレクスは優しいと思うんだ」
「そうか。そう思うのならば、優しい弟を慈しみ、きちんと教えてくれるように」
「うん、うん! そうする!」
「あと三つ目。治験実験の夜勤要員兼ギルドの知識保有に不安があるのは俺も同意見なのでユクス猊下を医療担当者に混ぜてもらったから、闇司祭議長教育をやり直しておいてくれ。あれはダメだ」
「ぶは」
「有事の際に俺に従わず、かつ兄上に従い、兄上不在の病気の時には闇猫との連携を完璧にして兄上の病気の改善を守ろうとするって、どう考えてもダメだろ? これは闇猫側とも協議の結果、どう考えてもあいつら俺らではなく兄上に従ってるから、兄上の教育能力不足としか思えない。やはりその点、俺から見ると兄上のは無能極まりない」
「っ、うあ」
「優しいのはどちらかといえば兄上だ。もっとこうビシバシしつけ、叩き直してもうちょっと使えるましな人材にしておいてくれ。尚且つ、闇猫からはラクス猊下がくる。この人物は一見医療担当者だが、闇猫のルクス猊下とアルト猊下から、やはり根性を叩き直すように指示が出ているから、ついでに頼む。ルクス猊下にも完全服従するように叩き込め。ゼスト家権限で可能だろう? その程度できるだろうな? ん?」
「……け、けど、俺の治療してくれるんだろ? 三週間も……」
「兄上。良いか? 兄上は自分の死後きっとうまくいくなどという寝言をほざいているようだが、今のままでは黙示録だ。徹底的に頼む。やらなければ安楽死処置がなくなると思え。良いな?」
「レクス……お前、俺をいじめないでくれ……」
「まさか泣くほど喜んでくれるだなんて。昨日もモニターを見ていて思ったが仕事をしたくて仕方がなかったんだものな? 良い機会だろう?」
「うっ」
「では教育ならびに交換日記というかギルドの各種資料古文書類の解説、兵器等の解説を今後頼む。後その日記のチェンジ分をもって一応毎日受け渡し、暇があれば教育状態等を訪ねていくから決してサボらないように」
「……はい」
「では安静にな。なるべく大人しく。そして時東先生のお話をよく聞いて体を休めるんだ。弟としてゼクス兄上が非常に心配でならないからな」
「いやあのさ、さっきまでと言ってる内容に超矛盾が……」
「では、美味しいお食事を。またな」
こうして微笑してレクス伯爵は去っていった。
ゼクスは泣きそうな顔でそれを見送りながら、タバコを吸っている。
遠くから眺めていた時東は、心の中で、レクスに拍手を送った。
レクス伯爵、すごく強い。
それから時東はゼクスの元へと歩み寄った。
「話終わったみたいだな」
「時東先生……レクスが俺に無理難題を押し付けた。胃潰瘍で死ぬ」
「即刻治療してやる。安心しろ」
「いやそういうことじゃなくて!」
「さて、飯だ」
パンと時東がテーブルを叩くとロイヤルで朝は軽めのお食事の隣にドカーンとまたステーキ類やらカツ丼、スイーツが並んだ。ゼクスの瞳が一気に輝いた。ライチジュースをもう一口飲んで置き、ゼクスが手を合わせる。
「いただきます」