24



 つついて猟犬の書類の山を羽ペンが片付け始めた。

「時東先生、猟犬の最高顧問はどうしたら良いと思いますか?」
「なにがだ?」
「なにをどう指示すればいいのか……」
「どこの誰だ?」
「ザフィス神父とラフ牧師」
「ぶは」
「俺が指示出すの無理だろ……条件としてロードクロサイトと王家の分家の人と華族系から一名欲しいんだけど、誰かいないかな? 時東先生と橘大公爵と榎波男爵やってくれないかな?」
「具体的な業務は?」
「俺はあの二人に、首飾りさげて、戦闘時に当代宰相の横に立っているだけで良いと言われた。そしてあの二人はそうしてる。けどなんか俺だけ書類を今もやってる。なんでだろう? いつも気づくと俺のところに各集団の書類が集まるんだ。俺は自分から集めたことはないのに……」
「なんだろうな。立ってるだけならやってもいいけどな。代わりにお前が、俺達三人が覚えるまで指導してくれるか? 立ち方とか」
「ぶは。立ち方の指導ってなんだよ」

 こうして雑談しているうちに猟犬の仕事も終わった。
 そして続いて、面倒くさそうにゼクスが扇の資料を移動させた。

 それは新たに出現させた万年筆で、またインク瓶の蓋のようなものをぽんと押すと処理が始まった。

「扇とかさぁ、俺が五歳の頃から追いかけてるんだぞ? 微妙に歴史が二十二年もある。なんでそれを俺がまとめてるんだよ」
「あれだ、扇の生き証人なんだろ」
「ぶは。やだ、それ――まぁいいや。とりあえず、この首飾りを、時東先生と橘大公爵と榎波男爵でそれぞれ下げてくれ。後で立ち方を教える、ぶは」
「あ、ああ。まぁいいだろう」

 こうして時東がそれを渡しに行くと、吹き出しながら二名が受け取った。
 高砂のみ眉をひそめて時折ゼクスを見ている。
 そうして時東が戻り、タバコをくわえた。

 ゼクスもクッキーをかんだあとタバコを手に取る。
 そして二人が吸い終わった頃、扇の歴史がまとまり、さらにこれはゼクスが出現させたファイルによりきれいに収まって整頓されて元の位置に戻った。

「時東、悪いんだけど、青殿下達三名と、レクスにはギルドの書類あれば全部、ラクス猊下には宗教院の書類あれば全部持ってくるように行って、こっちへこさせてくれ。あと、ベッドの前に大きなテーブルも出してくれ」
「まぁ良いだろう。お前の作業面白いから今回だけ連絡係になってやる」

 こうして名前を呼ばれたメンバー実はずっと注視し、呼ばれるのかドキドキしていたため、呼ばれるとすぐにやってきた。それを見て、ゼクスはまずゼクスから見て左にラクス猊下を立たせて書類をおかせ、隣に琉依洲でそこには貴族院の書類を移動、中央の青殿下の前には宰相代行の書類、その横朝仁前には華族院の書類を移動、最後の右にはレクスを配置し持参のギルド書類を置かせた。そして、時東に銀の翼で中央に虹色に輝くダイヤ付きの首飾りを五つ渡して全員に装着させた。

「それを手で握ると脳内でのESP演算方法とその後のESP-PK自動筆記方法がまず頭に入る。かつそれは俺が作成した、宗教院、ギルド、貴族院、華族院、宰相代行の全てにそれぞれ通じる情報貯蔵庫を閲覧出来るから、闇猫のカフスとか所持している品の権限で必要資料が閲覧出来る。伴侶補殿下二名と青殿下は貴族院と華族院と宰相配下実務院の資料閲覧権限が、それぞれの所持品にある。とりあえず今回は練習として目の前のものをやり、ラクス猊下とレクスは以後は必要な時自分で、他三名は今後もその資料がずっと出てくると英刻院閣下が言っていたから練習しよう。間違った場合は怒られるのは俺だから別に気にしなくて良い。今、全部の書類の上においたインク壺を、それぞれの横に出した羽ペンとかを宙に放り投げてPK浮遊させて、ぽんと押すと補助PSY融合装置が起動して開始するから、準備できたらやってみてくれ」

 ゼクスの言葉にほぼ全員が同時に頷きペンを投げたあと、バシンとインク壺を叩いた。結果、全員バッチリとゼクス同様の書類処理を開始した。

 だが明らかに冷や汗をかいている。
 PSYをかなり使うからだ。
 それでも全員できている。

「最初は疲労感があるから、疲れたら休んだほうがいい。ここにクッキーがあるから食べたらいいし、珈琲もある。別に急ぐことはないんだ。ゆっくり適度に」

 優しいゼクスに思わず五名ともちょっと微笑してしまった。
 そしてレクスはなんか空気に飲まれたと我に返りハッとした。

 この結果、多少時間はかかったものの、ゼクスがおやつを食べ終わる五持半には全て終わった。それからそのまま貴族院等の三つは、ゼクスが琉依洲達のもといた場所へと移動させ、お礼を言って三名は帰っていった。

 ラクス猊下も満面の笑みでお礼をいい帰った。
 残ったレクスがじっとゼクスを見る。

「レクス。これで俺がお前に教えることはもうないだろう」
「もっと早く教えろよ」
「うっ……」
「まぁいい、感謝する。とてもこれは助かる」

 レクスは嘆息してから微苦笑すると書類をもって戻っていった。
 それからゼクスは肩の力が抜けたようにベッドに体をあずけた。
 本日は、上半身も起こせるようになっていたのだ。

 ずっとついていた時東は前方のテーブルをしまい、ライチジュースを飲むゼクスを見る。その時、ゼクスが先程時東達に渡したものと同じ首飾りをもう一つ渡した。

「今日一日見ていて考えたんだが、院系譜代表は、あそこの若狭さんが良いと考えられるので、渡してきてもらえないか?」
「別にいいが理由は? 高砂とか、他二名のガチ勢は?」
「高砂は列院総代だから猟犬ではなく院系譜代表が多いし、見る限り高砂の次の列院総代は若狭さんとなる。彼しか範囲を使えない。そして政宗先生は匂宮の医療担当者となるだろう。そして榛名さんは政治に詳しい様子で琉依洲殿下達をお手伝いされているし顧問に非常に向いている。特に避難手続き等の管理に最適だ。医療管理は時東先生がやるとして、猟犬配下の武力総指揮は榎波男爵、橘大公爵は関連機関や貴族・華族・富裕層対応もできるし、榛名さんと橘大公爵と時東先生で、最高学府と天才機関と医療院も避難所最適化ができる。最下層の管理もガチ勢に詳しいから可能だし、華族敷地も榎波男爵にお願いできるから、とても有益だ」
「――ロードクロサイトだからとかではなく真面目に考えてるんだな……」
「それが仕事だからな。まぁただ渡すだけだし、もう手配は済んでいるからマニュアルはその首飾りを握ると全部入っているし、大丈夫だ。立っていれば良い」
「渡してくる」
「あとこれは兵器関連情報だから橘大公爵へ、こちらは情報システム情報だから若狭さんへ渡してくれ」

 こうして驚きつつ若狭や二人が受け取り、時東がまたベッドへと戻ったところへ、英刻院閣下が瞬間転移で戻ってきてローブを外した。

「終わったか?」
「ああ。書類は全部終わって、貴族院と華族院と宰相代行は実務的に琉依洲様と朝仁様と青殿下に、それとレクスに頼まれていたので、ラクス猊下に宗教院書類処理、レクスにギルド書類処理、情報倉庫の鍵とESP演算と自動筆記のマニュアルを渡しつつ伝えて全員習得して、俺の手出しなしで本人たちが完成し全書類内容をESPチェックしたが完璧だったから、今も続いて出てきた書類を三名は継続中で朝からやっていたものはそれに取り掛かる前に同じ技法で終わらせたようだった。非常に彼らは優秀だ。それと猟犬顧問に時東先生と榛名さんと榎波男爵と橘大公爵にお願いし、マニュアルいりの首飾りを渡して災害時の三ヶ所避難や特別三機関の移行、総合式のマニュアルを渡した。情報システムに関してと兵器管理等情報は、口頭説明よりもESPモニターによる図解マニュアルがいいと判断して、それを作って、若狭さんと橘大公爵に渡しておいた。全て時東先生が運んでくれた。これでもう俺がやり残したことはないし、残りの扇の資料を入れる空白を用意して、歴史以外もまとめておいたし、猟犬に関しては見ればわかるので英刻院閣下のみ見てほしいいくつかの情報こみで整理しておいた。以上だ」
「なに? ESP自動演算を五名に? 本当に?」
「ああ。そういう意味じゃなかったのか?」
「もっとこう心構え程度で良かったが想像を斜め上に裏切る超グッジョブな有能さに感謝だ。俺の気が一気に楽になった。もうこれで俺も思い残すことなくいつでも引退できるし、全力で討伐にあたり爆死することにも悔いは消えた。せっかくなのでもうちょっと討伐してくる。お前はゆっくり休んでくれ。本当にありがとう。感謝する」

 英刻院閣下はそう言って、書類と台を消失収納させ、琉依洲達を一瞥しESPで書類をチェックした様子で満足げに頷いてからまた消えた。

 なるほど、と、時東は理解した。

 よく死にかける面で気が合うとは、こういうことなのかもしれない。
 これは完全に英刻院の血で良いだろうと時東は判断した。
 真朱匂宮に関してはまだわからないが。

「時東先生」
「ん?」
「そこのココア……」
「ああ、お湯はここを押すと出てくる」
「砂糖……そこのスティックじゃ足りない……もっとこう巨大な袋入りの1kgのを詰め替えて箱に入れてもらえないだろうか……」
「ぶは」

 想像以上の甘党だった。なるほど、高砂が言うのもこれはわかる。
 吹き出しつつ、面白いので時東は用意してあげた。

 こういう時東はとても珍しいので、周囲は、あれ案外、この二人いい感じなのではないかと漠然と思った。

 そして――誰よりもそう思っていたのは高砂でもある。

 本日、休むどころかこれまでよりもどう考えても、武力面ではないが働き過ぎで、有能なのはわかったが結局押しに弱く断れないのはそのままだと確認して苛立ちつつ、ついつい時東に対して笑顔を向けるゼクスを見て――なぜなのか心臓が痛かった。

 あれ? と思って、嫌な汗をかいた。

 別に、ゼクスが誰を好きになろうがいいのだが、なぜなのかきつい。
 なんなのだろうかこれは。

 同情で優しくしてあげようかだとか思っていたが、なんだかその必要性もないというか、自分は不要に思える感じがして、それが尚更惨めだった。

 実際、昔は度々なぜゼクスが自分を? と思って、ゼクスが良い男と話しているのを見ると当然あちらがお似合いだと思いつつ、こういう気分になることは多々あった。

 だが、最近はこんなことはなかった。
 また時東ならば、時東側も本気になるならば非常にゼクスも幸せなのは間違いない。
 なのにどうして胸が苦しくてざわざわして、イラッとするのだろう。
 高砂はその答えを知っている気がしたが、自覚したくなかった。

「うん、美味しい」
「砂糖入れすぎだろ」
「いいや、適量だ」

 笑顔でキラキラした表情で笑うゼクスはまるで天使のようだ。

 なお、漆黒の髪と目の時東は無論、気配を押し殺さなければならないほどの壮絶なイケメンであり、ゼクスよりも長身で男らしい。

 それもまた高砂は自分と比較してしまい嫌な気分になった。

 しかもひとつのことに真剣に取り組むところが好きならば、時東はゼクスの好みかも知れない。

 だなんていう高砂の考えはつゆしらず、二人は雑談に興じた。

「よし、甘いものを補給しながら、ギルド交換日記を書かないと」
「ギルド交換日記? ああ、レクス伯爵か?」
「うん。青殿下のご采配と聞いた。けど日記は書く内容がないからギルドのことについての疑問点などを書いて、毎日交互に二冊でやりとりするらしい」
「ほう――……あ、俺ちょっと向こう行ってくるわ」

 そう口にして、時東は高砂達の方へと向かった。
 その間にゼクスが日記になにか書き始めた。
 それを一瞥したあとタバコを銜えて、時東がその場にいた橘と高砂を見た。

「レクス伯爵は、きちんと交換日記を持ってきたらしいけど、高砂、報告書は?」
「――仕事内容は同じだし、兵器管理者に任命されたし橘が渡す方が自然じゃない?」
「渡すのは俺でもいいだろうけど、お前が書いて、緑羽様とやりとりするのが重要なんだろうが! 青殿下が言ってだろ? 緑羽様にお前の働いてる内容を教えてあげたいって。それも直接!」
「内容が同じなんだから橘が書けば同じだよ」
「なんだ高砂、もしかして橘に嫉妬か? なんだ、ゼクスへの愛に目覚めたのか?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ橘じゃなくて俺に嫉妬か?」
「は?」
「――ほら、その殺気と冷気のこもった目。最初は心配して見てるんだろうと思ったけど、途中からお前、俺を視線で射殺す勢いの時が増えた。なに、それ以外では俺何一つお前に殺意を抱かれる覚えはないんだが?」
「っ……別にそんなんじゃない」
「じゃあ普通に昨日に続いて同情して心配で見てたんだろ? なら、報告書じゃなく直接一言くらい声かけてやれよ。お前が茶を勧めたっていったら超喜び、例の小説見て目をキラキラさせ。あいつからはお前への愛が伝わって来るぞ」
「……例えばなんて?」
「体調どうだとか、治験はどうだとかなんでもいいだろ。よし、行くぞ」
「……」

 時東が歩き出すと、少し俯いてから、高砂がついていったので、橘はおッと思った。
 高砂の心境に、何やら変化が生まれているようだ。