21
瞬間ゼクスが硬直して目を見開いた。
これには驚き時東も息を飲んだ。
高砂は無表情のままだ。
「時東いわく契約上の許嫁は恋人相当で、ゼクスの見解としてもあの山のいずれかのどれかと俺が許嫁になればそれを恋人とみなしたということになるのだろうから、なら現行の法的許嫁のゼクスに俺がこうしていれば、ゼクスは満足だろ?」
「っ、え、違――」
「嫌だという意味? だとしても昨日の会議で、橘の提案で、医療行為として古くから既知の人物が抱きしめる等の皮膚接触をすると良いだろうという結論が出ているから、そこの点滴類同様ゼクスは拒否する権利はあまり無い」
「……そ、そうじゃなく……嫌じゃないけど……なんというか……」
ゼクスが完全に茹でタコ状態で真っ赤になってしまった。
両手でギュッとシーツを握っている。
プルプルその手が震えている。
「時東、報告書とコレ、どちらが良いと思う?」
「こっち」
「医師もこういってる。ゼクス、俺は医療行為に反対する気はない」
「……」
完全に真っ赤でゼクスは俯き、何も言えないでいる。
昨日も検討すると言っていたし、内心はどうあれ、高砂の言葉は正しい。
時東はタバコを銜えて火をつけながらそれを眺めていた。
同時に、高砂は相変わらず冷たい顔だが、こちらはこちらでどう考えても、ゼクスに好意があるだろうと判断もした。
「た、高砂……は、離してくれ……」
「どうして?」
「緊張して心臓が破裂しそうだ……それに、それに、人がいっぱいいるから……恥ずかしくて……だめだ、だめだ……」
「昨日、俺に優しく抱きしめられてキスされたら死んでも悔いがないと言っていたけど」
「っ」
高砂の冷静な声に、よりゼクスが真っ赤になり泣きそうな顔をしたあと、羞恥にかられる瞳になってから、両手で顔を覆った。
確かにこれは恥ずかしいだろうと時東は喉で笑い、かつゼクスの性格的に考えて王宮のこの人気の前では本当に恥ずかしいのだろうと判断した。
そして高砂のその辺の堂々としている部分は、いつもから兵器関連で相手が英刻院閣下であろうとも発揮されてきた空気を読めないというのか読まないというのかそういう標準運転なので、恋愛方面でも発揮されるのは少し意外だったが別に驚きはしなかった。
どちらかというとドSっぷりが面白かった。これは――イライラもしていたのだろうが、これまでも高砂のドSがゼクスに対して炸裂していたと考えるべきかもしれず、それはツンデレというよりは、高砂なりの愛情の表れだったのかもしれない。
確かにそれを知らなければ、ただの嫌いな素振りにしか見えないだろう……。
さらに実際、ゼクスの立場的に高砂はやりたいドS扱いなどこれまでできなくて尚更イライラしただろうし、見ていていじめたいからイライラしただろうし、かつ高砂には優しさもあるので、いじめたら可哀想だと理解してもいたからそれを抑えてなおさらイライラしていただろうと時東は納得した。
考えてみれば、高砂側にだって許嫁関係の解消を口にする権利はあるわけで、周囲がOKしなくとも、高砂が直接それをゼクスに言っていたならば、とっくにそうなっていただろうに、そしてゼクスがYESしか言わないと高砂だって理解して自分でそう口にしていたのに、高砂はそうしてこなかったわけであり、許嫁関係が維持されていたのは高砂本人意志でもあるわけだ。
さらには嫌いで顔も見たくないだのとなんだの言っているが、大事に大事に安全な万象院本尊本院から外に出さずにそこに置きっ放しにしてきたのは高砂であるし、年に一回は様子まできちんと見ていて、お菓子等を何を食べているか把握する程度にチェックしていたのだ。
本人に自覚がないのだとしても、これは高砂だってゼクスを意識していないわけがないという事実ではないか。
あんまりにも普段と違って冷たい表情と罵詈雑言だから気付かなかったが、逆にそれ自体も考えてみれば、執着心とゼクスに対してのみの甘えであると時東は発見した。
本当に嫌いならば、高砂の性格ならば利用して鴉羽卿招致に即座に自分から利用していただろう。
「け、けど……俺が見たいのは幸せな高砂の顔で……俺を抱きしめていても高砂は幸せそうな顔にならない……顔どころか心の中まで不幸だ……」
「ゼクス以下の他の場合もこういう顔で心の中も最悪に機嫌悪いから同じだろうけど」
「……分かった……お前の幸せそうな顔を見るという希望は諦める……だから離してくれ……」
「うん、諦めて二度と俺の前に見合い写真の山を積まないで。ただ医療行為なので俺の心の中もゼクスが嫌でも離せない」
「お、俺は体は平気だからこの医療行為は不要だしなんの効果かもわからない……嫌じゃなくて、嬉しいけど、けどでも、恥ずかしくて死んでしまう……なんで王宮の敵のモニターを見たんだ……というかそれはどこの誰なんだ……王宮はいたるところにモニターになりえるものがある……なんで、昨日、どれを聞いていたんだ……」
「効果は医者に聞いたら? どれをというなら君を時東が抱きとめてから点滴を終えるまでのソファでの全てを俺の脇にいた連中やら、その他大勢が全部見ていたから勝手に耳にも目にも入ってきたけど、全部見られていたし聞かれていたと思えばそれでいいんじゃない?」
「え」
「嫌じゃない。嬉しい。へぇ。俺のこと、そこまで好きなんだ?」
「っ、う、うん……け、けど恥ずかしい。言わせないでくれ……高砂、やめてくれ、本当に俺、緊張してダメだ、頼むから……!」
「――緊張? さっきも言っていたけどそれ、どういう意味? 他は理解できなくはないけど、それがわからない」
「だ、だって、こ、こんな……俺……お前、俺を抱きしめてこんなに長時間いたことないだろ……やめろ、頼む、本当に! 俺はお前を遠くからたまに眺めるのが一番良い。正直真正面にいて近距離で話すだけで緊張するし、これまでですらうっかり手でも触ってしまった場合、しばらくドキドキして動けなかったのに、それを、こ、こんな……やめろ、頼むから、手でさえ繋いだことがないのに、俺は死んでしまう……お前は医療行為を果たしているとしても、俺の方はこんな、こんな、優しくきゅっとされたら、緊張して死ぬ」
その言葉に、高砂が小さく息を飲んだ。
虚を突かれたような目をして、二度瞬きをした。
そして、本人も記憶を掘り返したが――考えてみれば、SEX以外では、確かに抱きしめたこともなければキスをしたこともないし、手などもちろん繋いだことはなかった。
さらに性行為の際であっても、優しく、なんていうのは無い。
快楽で力の抜けているゼクスを前から抱きとめるか後ろから支えて焦らして嬲る時にしか、抱きしめた記憶などない。
それを自覚し、少し冷や汗をかいた。
確かに――優しくしたことなんて、一度もないのだ。
本当はそうされたかった。
だから、誰かに高砂がそうしているのを見てみたかった。
そういうことなのだろうと、やっと高砂は理解したし、ほぼ同一内容を考えて、思わず時東は半眼で引きつった笑みを浮かべて高砂を見てしまった。
さすがにこれは、医師というより友人として「高砂最低」と思ってしまった。
アメとムチではない。
そう、ムチしかこれまで存在しなかったのだろう。
それは高砂側にゼクスへの好意の自覚がなかったからだとしても、ゼクスがこういう思考回路になってしまうには十分な原因だ。
「――ゼクス、それはそうと君が重病だと知り思い悩んだせいで、さっきも君が言ったとおり俺は俺の範囲で言うなら非常に寝不足で疲れてるからOtherを頂戴」
「う、うん。ああ、わかった」
高砂の声に、ゼクスが両手をおろした。本当に取る気ではないだろうと思いつつその場合の阻止用意をひっそりと時東がする前で、ゼクスの頬に手を添えて、高砂が唇を落とした。
ゼクスが瞼を伏せる。
まつげが長い。
こちらは慣れているからなのか安心して目を閉じたように見えた。
そして触れるだけのキスをしながら、高砂が先にうっすらと目を開き、しばらくゼクスを見ていた。
ゼクスは柔らかな感触に浸りつつ、それからあんまりにもそれが長いと思い、少し首をかしげるようにしながら目を開け、何か言おうとするように一度唇を離して小さく開けたのだが、その瞬間、今度は高砂がゼクスの後頭部に手を回し、顎をつかんで深々と唇を重ねた。
驚いたようにしながらゼクスが再び目を伏せる。
まつげが震えている。
そのまま舌を絡め取られ、濃厚なキスをされる内、ゼクスが時折、角度を変える時に必死な様子で呼吸しているのがわかった。
なんともキスに慣れていなのが伝わってくる。
Otherが抜けている気配はない。
よっておそらく普通のキスだから、混乱しているのだろう。
高砂を少し押し返し始めたが、病気で体力が落ちているのもあるし、高砂の方がどう考えても体力がある。
高砂は見た目は華奢だが、着痩せするタイプで筋肉もかなりある方なのだ。
次第にゼクスの頬が、紅潮し、目を開けたゼクスの瞳には羞恥と困惑と抗議が綯交ぜになっていた。
しかしギュッとすぐにまた目を閉じ、超うまいと評判の高砂のキスに完全に翻弄されているのが見ていてよくわかる。
その口づけが終わり解放された頃には、ゼクスはぐったりしながら大きく呼吸をしていて、今度は弛緩した様子で高砂の腕の中に収まった。
高砂はそんなゼクスの髪を撫でている。
「な、撫でないでくれ、恥ずかしい……というか、な、なんで、こんな……人もいっぱいいるし……むしろだからなのか……? や、やめろ、俺に優しくする必要はないから、い、いつもどおりで良いし――」
「いつもどおりで良いわけないし、時東にOtherを以後渡すと悪化危険性があると言われているはずなのに、どうして『うん』とか言ってごく普通に俺に渡そうとしたの? 俺はそれが理解できない」
「っ」
「馬鹿だとしか言えないけど、緊張感は取れたみたいだね」
「あ、う、うん……緊張というより、衝撃で……けど、もうこういうことは……」
「許嫁にキスして何か悪いことがあるの?」
「え」
「頭を撫でる撫でないだのも俺の意思であり、壮絶に嫌悪感があるというならやめるけど恥ずかしいわけで、俺にそういう風にされるのは嬉しいらしいのに、何か問題あるの?」
「っ、え……た、高砂……あ、あの……眠れないほど俺を心配してくれてとてもありがたいけど、別に俺は高砂に優しくしてもらいながら幸せな最後を迎えたいとかそういうのじゃないから、同情して俺を嬉しがらせなくていいんだ。逆に、そういうのは俺が辛い……」
「同情はしてるけど、別にゼクスを嬉しがらせようとも幸せにしようとも思っていないけど、それはゼクスが辛いかどうかへの配慮を俺がするのをしろと俺に言ってるの? 自分の気持ちを配慮し、俺に気を使ってほしいと、俺の行動を制限しようということ?」
「や、ち、違うけど……高砂は、いつも通りのままで良いということで……」
「だったら俺が撫でたければ撫でて問題なしだろ」
「……」
「しかも俺はきちんと本人であるゼクスにわかる形で自分の行動をしているけど、ここに至るまでゼクスは俺の了承なく無断で勝手に見合い写真の山を作ってきたりしていたのに、自分には行動権利がある上、拒否権まであると勘違いしてるの? ないから、本来どちらも。あるとしたら、俺にもある」
「……ご、ごめん。だ、だけど……俺がしたのは事務的な事柄で、高砂がしてるのは……そ、その、医療行為だとしても、本来恋人にするようなことだから、だからだな……俺には、ちょっとその……」
「俺に恋人扱いされるのは嫌なの?」
「うん、嫌だ」
大きくゼクスが頷いた。時東も少し驚いた。
高砂の目は非常に冷たいものに戻った。
「理由は?」
「だって……自分で言うのも悲しいが、高砂は俺が嫌いでこれまで触るのも嫌だったのに、同情と医療行為で、嫌々ながらそうしてるわけで、それを考えながら、恋人のように感じる扱いをされたら、心臓が痛くて気がおかしくなる。確かに俺には高砂の行動制限をする権利はないだろうし、俺のためにそうしてくれると頭では理解できても、これは双方ともにただの不幸だ。俺側も嬉しい以上に辛い。痛みは楽になったけど、そんな状況には三週間も絶対に耐えられない」
その言葉眉をひそめて眉間に皺を刻み、高砂が目を閉じた。
ゼクスの頭からは手を離し、両腕で優しく抱きしめ直した状態だ。
それからしばし沈黙した後、ギュッとその腕に力を込め直して高砂が目を開けた。
「俺が嫌いなのは、そういう嫌われているだとかを口にし、すぐに謝り、自己主張ゼロで俺に頷き、さらに今日一日もそうだけど具合が悪いのに頼まれれば仕事を全部引き受けてしまうような押しの弱さや、頼んでないのに気を遣い続けて行動する部分だ。だからゼクスは嫌われていると口にするのではなく、俺に嫌われない行動をすればいい。これまでそれは俺に近寄らず邪魔をしないことだったんだろうけど、それはそこのロイヤル点滴と同じで対処療法だから根本治療であるその横の橙色だのの点滴同様、基本行動と性格をどうにかしてよ。まず正しいと思ってやったことのはずなんだから、謝るな。かつ現在、恋人扱いするなといった時のようにちゃんと自己主張し、明日から一切、書類仕事もしない。やっていいのはレクス伯爵との交換日記のみ。特に仕事関連は遠くから見ていてイライラしっぱなしで主治医なのに止めない時東のことすら後でぼころうかと思っていたほどだ。他のその本日には既に手配済みになっているような俺と時東の見合い手続きのような余計な気遣い、これも全部やめてくれ。今こうやって抱きしめるのが嫌だとか許嫁関係以前の問題で、この同じ空間内でそうした行為を見るだけでイライライライライライライラする上、そのせいで列院総代として本尊本院総代の仕事関連の話をすることにすらイライライライライライライラしてこれまでも話す気にならなかった。それは最早IQが低すぎてなんにもゼクスができずに記憶力が低いだとかそういうのを遥かに超えたレベルが全く違って凌駕している君のバカすぎる部分で、俺の憎悪すら抱く大嫌いな部分だから、まずそれを直してもらえる?」
言う途中から冷静さに本気で苛立ちが混じり始め、最終的に完全本音で冷徹な眼差しでどきっぱり断言した高砂に対し、時東すらから笑いしそうになったが時東はこらえた。ゼクスは目を見開き、唇を震わせ、謝ろうとしたのを必死で自制した様子で狼狽えるような顔のまま、何度も頷き始めた。
「触るのは別に嫌じゃない。嫌だったらたとえ医療行為でも腕をこうやって回しておいたりしないし、餓死しかけてもOtherをもらうより触る方が嫌だ。俺の中でまさにゼクスは黙って座り一言も話さず余計なことさえしなければ良いのにと言われるような、喋らなきゃ美人なのに、と言われる人々同様、外見的嫌悪等は特別ないけど、もうその優しげと称されるのだろうけど俺には馬鹿にしか見えない顔を見ているだけで頭にくるから触りたくないというより近寄りたくなかっただけだ。つまり君が喋ってもOKな頭の中身になるなら、別に俺側の感情に問題はなくなる。そしてこれはさっきも言ったけど病気だの許嫁だのを関係なしに仕事面に差し障るからどうにかして欲しいんだけど。なんでも三週間治験して一週間おいて、そのあと二週間でレクス伯爵に本尊本院教育するみたいだけど、まさかその頭おかしい部分を教えたりしないだろうなと俺は気が気ではなかった。俺の心中を慮る余裕が有るなら、そこをまず徹底的に病気同様治してもらえる?」
「……き、気をつける……」
「俺を遠巻きにし、俺の前で言葉を発し内というのではなんの解決にもならないのも理解できているとして話すけど、具体的にいうなら、以後、他組織の仕事をせず治療に専念するのがゼクスの仕事であり、それ以外をするなということがまず一つだ。次、人の気持ちを思いやる優しさをもつのは個人の自由だがそれは内面に止め、せいぜい口に出して心配表明するにとどめて、くれぐれも余計な手出しをするな。俺が嫌だろうだのなんだの勝手に推測してそれを口にするのはいいけど、そのために何かをゼクスがやる必要はゼロ。はっきり言ってやるなということだ。何もするな。それはただのお節介であり余計なお世話としか俺には言えない」
「はい……」
「これで俺側の嫌な事柄は大体消失するわけで、俺が嫌でないのだから、ゼクスは辛くなく耐えられると考えられるけど、それで辛いとすればそれはゼクスには治す努力をする気がないということで、俺への愛など偽りであり事務作業で解消できる事柄だったと再認識させてもらうけど、どう?」
「う、嘘じゃない! 俺は本当に高砂が好――っ、ぁ、いやその……恥ずかしい……」
「いちいち照れない。かつその緊張もどうにかしてもらえる?」
「っ、あ……そ、その……全部、橙色の点滴のように努力はする……」
「へぇ。じゃあその努力、今日から見せてもらおうかな。まずは食事で」
「え?」
「――ゼクスの食事のゆっくりさ。あれは匂宮の教育で、俺も同じでほぼ同速度。かつ食事中の無言。あれは万象院の教育で俺もそう。が、ゼクスは俺と違い万象院メンバー中一番、周囲に比べたら少ないのかもしれないけど、万象院で言うならペラペラ喋る。この理由。第一がゼストというかランバルト。美食家揃いで食事の美味しさを語りながら食べるあの癖。榎波も三ツ星の孫だの本人が料理人というより完全にその血筋だ。ちなみに極度の甘党。これは見る限り、本人達は隠しているが完全に英刻院。そして匂宮配下家で双頭の甘党、それがあそこと高砂だ。ココアの砂糖量はその俺ですら理解不可能だけど、スイーツ類は納得できる。そして肉。あれはハーヴェスト。これは貴族ならばハーヴェスト、華族ならば高砂と言われるレベルだ。よって昨日の君のお食事があんまりにも美味しそうだったので、俺は一緒に食べようとは思っていなかったけど、同じ内容の用意を副に頼んであって後で食べようと思っていたから、せっかくだからご一緒させてもらうよ。ゼクスが食事中に嫌いな会話は食事の内容以外の事柄や接待であり、むしろ逆に食事についてどこがいかにどんな風に美味しいか語るのはむしろ俺から見るとうざったいほどだ。ただ俺は比較的ゼクスと榎波で慣れてる。よって緊張しない努力をするというのであれば、常時同様味に集中した上で、それを勝手に喋りつつ食事ができるはずで、速度と量は悪いけど俺はむしろゼクスと同速度かつさらに多く食べるからその点で君を見守るような心配はゼロだから味への集中と緊張がない証明の本来のペラペラが見られることを俺は期待する」
「っ、え……え!?」
「時東、今日から俺も一緒に食べる」
「ああ、そういうことなら、こちらとしては歓迎する。あの量だと多いのか少ないのか俺にはわからんから、どのみち元々の食事量はペースを知る人間に聞きたかったし観察も頼みたかったからありがたい。かつ食事を一緒に食べるのは抱きしめ効果だのの医療と同等でもあるから、以後ずっとそうしてくれ」
「うん――というわけだけど、ゼクス。ご意見ならびに自己主張は?」
「お前今まではどうやって食事してたんだ!? 俺、お前はお昼にクッキーの縦長なのを三本かじってるのと、このライチジュースを飲んでるところしか見てない……」
「よく見てたね。あれ、一本で、大体君の昨日の夜の食事と同等カロリーだ。つまり三本で昨日の夜プラスその半分。かつこの君ががぶ飲みしているライチジュースも超高カロリーだ。時間がないから俺はそれで補給してきた。IQ-PSY由来のカロリー消費は、体質的に基本ほぼ俺とゼクスは同じで、ゼクスの方が少し多い。だけど、実際の完全PSY戦力に俺が回しているのとゼクスがPSY側を制限しているから、俺のほうが現在必要カロリーは多い。そしてお互いが完全健康時だった幼少時比較でも、ゼクスは完全PSY戦闘ではなく他も使い自己Otherからの供給があるから、俺のほうが消費量は少ないが摂取量は多く必要だという判断が降りていた」
「このライチジュースにそんな効果が……あとあのクッキーも、俺も欲しい」
「ゼクスは三週間で食事を謳歌するんだから不要だろ」
「それは、そうだけどな……万が一、三週間以内に敵集団の兵器が出てきて行く場合――」
「だから仕事すんなって言ってるだろ。しかも英刻院閣下に渡された分は全て終わり継続作業は青殿下たちに任せたようだけど、外部的処理を英刻院閣下がやるからというのでゼクス、君は代理でやったんだ。行く必要ゼロ、なし、出たからと言って点滴を引き抜いて倒しに行ったら容赦しない」
「……」
「あと、時東に言うけど」
「あ? 仕事は全部承知した。俺も今日は様子みてただけだ。本人がそれで生きる希望だのがわくなら検討しつつ量は減らさせるつもりでいたし、明らかに英刻院閣下も抑えて持ってきてたぞ。これはただのフォローだけど」
「英刻院閣下が抑えていたのは俺もわかってる。あれは真面目に死ぬ前にやっておいてもらわないと厳しい事柄ばかりだったのもわかってる。英刻院閣下も苦渋の決断だったと思うし、その他は本当に片手までタバコを吸いながらできるという判断だとは思うよ――そして時東の見解に一つ医師として安心したのはあるけど、そこは最初から不安はない。なにせつきっきりで急変しないように見ていたしね。そうじゃない」
「高砂、お前の評価する目を俺は見直した。俺をほめたたえろ。で、なんだ?」
「食事量だよ、自分で言ったんだろ」
「ああ、なるほど。それで?」
「幼少時との俺との比較と、現在の比較を見る限り、完全に適正。ゼクスは量的にも必要量的にもあれで完璧。まぁ少し少ないけどそれは、一般で言うところのちょっと少食相当で、外見と同じくちょっと痩せ型の理由だから平均内だ。ただ、栄養失調でも激やせしないのもそうだけど、万象院の才能技能で、基本的な体型維持がなされるし、足りない分はゼスペリアの青が勝手に補給する――けど、卵料理。昨日も自分で依頼したカツ丼とオムライスとロイヤルサラダのゆで卵。これは親子丼やもっとチープな普通の卵焼き風オムライスとゆで卵単独あるいは厚焼き卵でも良いけど、以前から普通の食事にプラスして自分で卵料理を追加していた場合、大体『貧血気味みたいだ』と口にしていて俺から見てもふらついていた。病気知識ゼロだったけど、俺含めて万象院本院も列院も在籍してそちらにいる僧侶は全員、ゼクスが卵料理を食べ始めた場合、本人が貧血だと言わなくてもそうだと理解しているレベルで知っていた」
「え、そ、そうなのか!?」
「へぇ、そりゃあ有効な情報だ。つまりフラフラしてしまう貧血時に卵をお求めになるってことだな。現在のデータ的にも適切だ。他には?」
「昨日も食べていたシュークリーム。あれは、大体がゼクスが頭痛時に食べてる」
「な、なんで知ってるんだ!?」
「本人の申告で頭痛ゼロとか言っていたが嘘か。なんという患者だ。じゃあ日替わりにするらしいショートケーキというのは? 結局両方食べていたが」
「あれは胃痛。この二種類を食べているとき、大体ゼクスは頭痛薬と胃薬も飲んでいたから、これも全員知っている――ゼクス、今後これを聞いたからこの三種類を食べないというようなことをしても無駄だからね。それもまた他者への気遣いとみなすし、既に毎食時に両方かつゆで卵は単体で他のメニューが変わった場合も必ずつけろと言っておいたし準備済みだ」
「……う、うん」
「さらにゼクスダメ患者よ。頭痛と胃痛は俺に必ず言え。高砂でも良いし、周辺の医師でも良い」
「はい……」
「高砂ゼクス博士よ。他には?」
「今はライチジュースがあるからマシなんだろうけど、そもそもその激甘ココア自体が貧血時だ。つまりさっきココアを飲んだとき、見た目に変化はなかったけど、一時的に悪化してるはず」
「――うわ、ほんとだ。データでわかる。けどそばにいて一切気付かなかった。これは俺の医師生命に関わるというレベルというよりかは、激痛が顔に出ない以外に全部出てないと考えるべきという証拠でありがたい。他は?」
「栄養失調だとは思わなかったけど、かれいの煮付けを食べる場合は、『妙にお腹が減った』といいながらであることが多く、これを要求した場合、周囲もその日、少なくとも数日間は食事量を増やしてたよ」
「すげぇ参考になる。あとは?」
「肉類とデザートは体質。カツ丼と寿司もただの好物。ただしお刺身五段がさねの盛り合わせになった場合、好物でもあるけど大体『お腹がすごく減った』といっていて、明らかに合わないゆで卵も五つくらいなぜか一緒に食べていたからこれは貧血と栄養失調の複合だったのかもね。現在、栄養失調はそこまででもないんじゃない? 一番悪化時と比較すればだけど。さらにうな重。これも大好物だけど、大体これを食べると翌日から『食欲がないんだ』と言い出していた。多分だけど、食欲さえ失せるだろう時、最後に食べていたんだろうね。食欲不振以外の場合でうな重を食べるのは、大体が個人的に良いことがあったらしい日や、周辺がゼクスにこう喜ばせたい感じの時に与えていた感じ」
「なるほどなるほど。確かに貧血が極度に悪化すると食欲が逆に落ちるんだ。全部理解できる。確かに食えなくなる前には大好物は食べたいな」
「うん。だから昨日のメニュー的に一番最悪ではないけど、俺は刺身盛り合わせとうな重も連想したから自分用には頼んでおいた。非常に美味しいゼクスが食べたことのないお店の榎波オススメだからゼクスも好きそうだけど、ゼクスはちなみに食べたい?」
「食べたいです。とても食べたいです」
「じゃあ今後、貧血・栄養失調、そういった体調不良と、胃痛や腹痛、頭痛、肺の痛み、そういうの全部、時東か政宗、あるいはラクス猊下やユクス猊下といった他の医師が、俺あたりにきちんと自己申告できる?」
「あ、ああ……た、ただな? あ、の、その、無意識にそれらが食べたくなって食べる手前や最中に頭が痛いと気づくこともたくさんあったから……痛くて食べようと思うこともあったけど、俺自身も食べたくなったとき、ああきっと痛くなるだろうと思っていて……偶然だと思っていたから、自覚があんまりなかったから、その……食べたくなったらそれを申告は可能だが、それは痛くない場合かもしれない……」
「じゃあ食べたくなったら言って。どうせ食べるために副が手配するから、痛みが起きないにしても三週間の食事を楽しむ日々において、食べたいものは全て行ったほうが良いでしょ? その場合は、せっかくだから俺も食べるから俺のも一緒に用意を頼んで」
「あ、ああ。わかった」
「うん。じゃあ俺はあちらの仕事、片付けてくるから、戻ってきたら食事にしよう」
「あ、ああ……本当に一緒に食べるのか?」
「そうだけど、なんで?」
「……一緒にご飯を食べるなんて、十二歳以来だ」
「……かもね。じゃ、用意しておいて」
照れながら俯いたゼクスに、なんだか胸をえぐられた気持ちになりながら、高砂は腕を離してから時東を見た。
「ま、そういう感じ。テーブルと料理の用意は俺のもお願い」
「良いだろう。情報提供の礼に、それは今後やってやる。ちなみに夜だけか?」
「朝は俺のほうが早いし、昼は時間がない。他に一緒に食べるとしたらおやつかな。けどそれも日による」
「了解。よし片付けてこい」
「うん、よろしく」
高砂が作業に行くのを見送りながら、なんだかんだでやはりこれまでもチェックしていたんだろうし、周囲もバカとはいいつつ気にしていたんだろうなと、時東は漠然と思った。
「で、ゼクスだめ患者様よ。他にもそういう前兆的お食事はあるのか?」
「う、うーん。逆に今、高砂に言われて自分でも初めて気づいたことばかりでな……貧血の時に甘いもの、というので、ココアは自分で思いついたけど、砂糖はあれはただの好みだ……」
「糖尿治療は俺あんまり好きじゃないから気をつけろよ。思い出してみるんだ」
「うーん……」
「兄上はおそらく、肺が苦しい時に、そこのクッキーの山の中のマカロンと、そこにはないが同じ店の飴のセットを食べていたな」
そこへレクス伯爵がやってきた。帰り際らしく、赤い貴族装束の上に、黒い外套を羽織っている。
「レ、レクス! 聞いていたというか見ていたのか!?」
「――目に入ったというのが正しいな。食事の話は声をかけるタイミングを待っていたので自発的に聞いていたが。喀血していたかまでは不明だが、その二つ、ハーヴェストではアルト猊下と兄上以外に甘いものを好む者がいなくてラフ牧師も和菓子派、だが兄上がいる場合や昔暮らしていた頃は常にあり、タバコを吸っていた頃から存在していた。大体それを食べた直後やその前から酷い咳をしていたし、場合によっては肺炎かはわからないが俺から見てそれ相当の、悪化した風邪状態の咳になっていたのを幼い頃によく見たぞ――飴のセットはこれだ。見舞いにと持ってきた。お菓子類の他に今後はこれの補給も勧める」
レクスがそういって、花束の飾りのようになっている銀の豪華な台をテーブルの上に出現させた。すごく高級な飴のお菓子の束だ。
「レクス、ありがとう……そして見た記憶は消去してくれ……」
「生まれてこの方、記憶力が良すぎて困っているが、率直に言って別段気にならない。子供の前で平然といちゃつく両親を見て育ったせいだ。それとギルドのノート」
「あ、これだ。書いておいた」
「読んでおく。助かる。日中習ったやり方も非常に素晴らしかった。そこは評価するが俺も高砂先生と同じ意見だ。明日からは働くな。いくらなんでもやりすぎだ」
「あ、ああ……」
「それと時東先生には本日の夜勤として待機済みのユクス猊下が後で詳しく話すだろうが、ギルドの伝説と化している前闇司祭議会議長が兄上とすると、三つ。激痛が走るような負傷時、タバコの量が激増したそうでこれはまぁわかるとして同時にこの人物はなぜなのか串カツを出現させて食べていたという伝説がある。ハーヴェストは肉好きだが、基本的にステーキのような形態だ。そしてハーヴェストで揚げ物の肉を唯一定期的に食べる父はPK過剰時で体内暴発時。その場合はトンカツ定食だ。そしてギルド伝説によると怪我をしていない場合に、その人物はやはりトンカツ定食、それの和風、味噌、およびソースカツ丼を食べている場合が有り、大体が『筋肉痛気味でな』と言っていたそうだ。と、先程からずっと俺に各所から情報提供がきていてユクス猊下とも共有済みだ。卵とじの煮込みカツ丼と総合して考えると、カツ自体にも意味があるんだろう。二つ目、こちらは目眩時。鴉羽卿の目眩時も全く同じであちらは風邪が多いが、この場合なぜなのかシーザーサラダを求める。意味がわからないが、鴉羽卿はクルトンと粉チーズを食べると落ち着くけどそれ単体だったり、固形チーズやスープのクルトンではダメだと言っていた。ザフィス神父もそれを見て勝手に風邪薬を用意していることが多い。そしてギルド伝承によると『ちょっとめまいがした』といった日は必ずその人物、つまり兄上もまたシーザーサラダを食べていたわけであり、それは昨日のゆで卵いりのサラダのゆで卵以外の部分だ。三つ目。麻婆豆腐。あまり辛いものは好きではないと評判のその人物こと兄上は時折それを食べていたそうだ。こういう時は大体、『体を温めるには辛いものが良いのかな?』と言っていたそうだ。おそらくは低体温。これに関しては出現していないし、昨日の話により改善したとわかるが、僧侶二名に聞いたところ一昨日まで毎日、部屋での食事に、麻婆豆腐とゆで玉子が入ったシーザーサラダと串カツを自分で呼び出し付け加えていたと聞いた。その他、個人的兄上の好物としてのミネストローネは、ハーヴェストが把握していて兄上がきた場合に出していた。冷製ポタージュだのも好きだから、そちらは王宮に言っておいた」
「ありがとうレクス! 俺、ちょうどスープをいっぱい飲みたかった! けど麻婆豆腐と串カツと卵以外部分にもそんな意味があったんだな……辛いの嫌いなのにどうして食べたくなるのか不思議だったんだ。豆腐は好きだから、そのせいかと思っていたんだ。揚げ物も、どちらかというと野菜の天ぷらとかなら好きだが本来カツが好きというわけではないのに、無性にトンカツが食べたくて食べたくて仕方がなっていたんだけど、そういうことだったのか」
「ああ、伝説になるレベルで食べていたそうだぞ」
「その伝説あんまり嬉しくないな……」
「あと、匂宮の朱の曽祖父様もそうだが、鳥のタタキが好きだろ? それは副に言って俺から付けてもらったから高砂先生と食べろ」
「ありがとう! あれ、とても食べたかったけどどこのお店のなんという品かわからなくてな。それとハーヴェストで出てくるローストポークとローストビーフも」
「その二つも副に言って付けてもらった。その三種類は全て、匂宮とハーヴェストの家のシェフのオリジナルだから、亜空間倉庫に大量にしまってあった分を渡したし、今後も作られ続けるから遠慮なく食べ遠慮なく残せ」
「そうだったのか! ありがとう!」
「いや、いい。その三つは俺も好きだ。あれらのような刺身や炙り、茹でた形態、もしくはステーキのように焼いたもの、そういうのが匂宮関係やハーヴェストの好物だからな、本来。時東先生、俺はこれくらいしか知らん。では、帰るので兄上を頼みます」
「大感謝だ、レクス伯爵。お気をつけて」
「こちらこそ感謝する。では兄上、また明日」
「うん! ありがとうな!」
こうしてレクス伯爵が帰っていった。
ゼクスが嬉しそうに見送っている。
「いい弟だな」
「だろ? レクス、すごく良い子なんだ!」
「ブラコンになる気持ちがわからなくもなくなった。ゼロから1mm程度の増加量だが。それでブラコンゼクス兄上よ、他の心当たりは?」
「うーん、ナスの一本漬にも意味があるだろうか? あれをトンカツ同様、無性に食べたくなることが過去に度々あったんだ。ただ、別にトンカツ以上にその前後に何かあった記憶はない。ちなみにそのナスはとなりに白菜と大根の葉っぱの漬物もセットで、万象院にあるものだ。普段からよく出てくるんだけど、その時はさして好きじゃないのに、あるとき無性にそれを食べたくなり、食べていた。あれを食べると、胸がすっとした気分になって、この冷たい緑茶もそうなんだけどな、息が楽になる気がするんだ」
「肺関係だろうな。それも今日から用意する。それは高砂なら亜空間から出せるだろ?」
「俺も出せる」
「いや、お前は亜空間倉庫はあまり使うな。というかPSYをあまり使うな」
「はい……」
「他は?」
「ええとな、今日はいっぱいポテトチップスとかがあるだろう? このように参拝者の方が俺に持ってきてくれるものに、ペットボトルのジュースがあって、金色というか黄土色というかの炭酸で、甘くて、ビタミンゴールドみたいな名前のジュース。あれはただの俺の好物だけど、名前もどこに売ってるかもわからないからあれも欲しい」
「ふむ。これか?」
「あ、それだ!」
「これ、俺も好きだ。うまいよな」
出現させたペットボトルのジュースを時東がテーブルの上に置くと、ゼクスがキラキラした瞳をした。これは完全にただのチープな飲み物だが、確かにゼクスの立場ならば販売店舗など足を踏み入れたことがなくても不思議はない。
「あと、そういう意味なら、ビーフジャーキーとチーズ盛り合わせも俺は好きだ。ただクッキーとかと違って、こう貧血かなぁというときじゃなく、食後にちょっと食べるのが好きな感じだ」
「それはじゃあ食後に適当にテーブルに載せておく。今のお前は、最後を謳歌するという意味でも、かつ医療面としていうなら食べて食べて食べ過ぎて問題ゼロだからいくらでも食べて良い」
「ありがとうございます!」
ゼクスは満面の笑みでそういう言うとタバコをくわえて火をつけた。時東もそうする。二人はタバコを吸いながら、ゼクスはライチジュース、時東は珈琲を飲んだ。