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「ちなみにそういえば、どうして鴉羽卿だと隠していたんだ?」
「ん? いいや、装備的に顔が隠れていたが、闇猫は俺がゼスペリア十九世だと知っていたし、黒色は俺がハーヴェスト血統だと知っていたけど何故なのかザフィス神父の他の孫だと思われていたみたいだ。子供だと信じていなかったようだ。俺もロードクロサイトを名乗っていたのもある。ハーヴェストを名乗ると俺まで守られるからだ――それで、俺の素顔と他が一致しないままここまで来たようだな。黒咲と院系譜と猟犬は、俺がラフ牧師の孫だという認識だったようだが、やはりそれが俺だとは思っていなかったみたいだ。俺は隠していたのではなく聞かれなかったから答えないできたというのが正しい。ただ多くの人びとは俺がラフ牧師本人だと思っている可能性には気づいていた。その上で否定しなかったのは、ゼストとしてもハーヴェストとしても匂宮としても万象院としても王家分家的意味合いのハーヴェストクロウ=ロードクロサイトとしても、一個でも露見するとその分個人的に後ろから刺される確率が上がるからだな」
「なるほどなぁ。で、本日周囲にバレた気分は?」
「――英刻院閣下は予想通りでとても気が楽だった。他の人々は、レクスが予想外に好意的でホッとした以外は、俺に特にそれについて何も言わないから、それはそれで気が楽だ」
「病気バレは?」
「英刻院閣下とレクスは、特にレクスは本人も言っていたが俺が子供扱いしすぎていたと思った。レクスはやっぱり優秀だ。俺はあんまりにもレクスの対応が素晴らしすぎて泣きそうになってしまった。ただユクス猊下は叩き直すべきとしても、ユクス猊下と、あとラクス猊下は専門家だからというのもあるのだろうが、この二名が来るというのは、正直非常にどう考えても俺の病気に気を使われてだからよろしくない。一番ダメなのはもちろん高砂だ。今までは嫌いな部分を治して欲しいとすら思わなかったのが、同情により治せという程度まで俺を心配してしまった。困る。まさか王宮全てが敵かつモニターを見ていたなんて予想外だ。時東先生はみんなが聞いていると知っていて俺に昨日喋っていたのか?」
「いいや、知らん。知らなかった。俺はどこでいつ誰が見ていたとしても興味はないし、聞かれて困るような話もしていない。なにせあそこは守秘義務が徹底された病室ではなかったし、最初の方は別に主治医ですらなかった。だが俺はきちんと医師規定範囲の医療情報公開以外はしないようにしているし、公開相手も医療上必要な相手にしかしていない。かつ情報漏洩対策は猟犬だのの仕事でそれの顧問はお前なんだから、盗み聞きされたとしたらそれはゼクス、お前の仕事の不備だ」
「……英刻院閣下が王宮内の設備の総責任者だから、今後注意するように言っておく……はぁ。けど時東先生、高砂、あれは、どうしたら良い?」
「なにが? 一緒にお食事すれば良いだろ」
「……緊張するしドキドキする」
「慣れる努力をするんだろ?」
「う、うん。それは、そうだけどな……俺の予想だと、病気を知ったら高砂は、笑顔になり優しい言葉をかけるようになり、同情して入籍してくれて、葬儀となるような気がしていたんだけど、違った……だから俺はその場合、入籍を拒否し、優しい高砂とあまり話をせず距離を置き、死ぬ予定だった。けど、そうじゃなかった……」
「ほう」
「笑顔じゃなく今までどおりの言葉で態度というのは気が楽なんだ。だけどだな、あんな、その、ギュッとされたりすると困る」
「何が困るんだ?」
「ショック死する……」
「蘇生の専門家の俺がいるし、お前も死んでもいいだのと昨日、高砂も言った通り自分で言っていただろ」
「だ、だからあれは、叶わないことであるからであってだな……ただ容姿に嫌悪感がないというのは意外で少し嬉しかった。てっきり高砂は俺の見た目も好きではないだろうと思っていた。もっとこう、可愛らしい人が好きなのだろうかと思っていたんだ」
「そうなのか? 俺が知る限り、高砂は可愛い系より美人系つまりゼクスみたいなのがどストライクだぞ?」
「知らなかった。高砂には沢山こう言葉は悪いがセフレとなるようなものを周囲に配置してきたが、効果が出なかったのはそれが悪かったのか」
「……おい、そんな配置を?」
「ああ。本院に来たときに、高砂にこう、それとなくそういう者を配置してきたんだけどな。最高学府とかの調査では案外、そういう相手が居るようだとは聞いていたのに全く。誘わせてもだめ。理由はそこだったんだろうな」
「なにすごい納得した顔をしてるんだ……じゃあ何お前、高砂が適度にセフレ作ってたの知ってたのか?」
「勿論だ。けど、そのまま恋人になれと願っていたのに、話を聞く限り多くても四回しか同一の相手とは行為を行わないようだった。なぜなんだろう」
「そりゃあただの合意の割り切りのセフレだからだろ」
「俺にはそれが理解できない。恋人以外との肉体関係を持つ人々がいるのはわかるが、高砂も相手もフリーなんだぞ? なぜ付き合わないんだ?」
「高砂は許嫁がいるわけで、相手は大体、片思い中の相手だのがいたからか、そういうのが好きな人間というだけで高砂が好きなわけではないということだ。ま、高砂とその相手は、別段ほかに迷惑をかけるような爛れた関係ではないから、スポーツだったとでも思え」
「……スポーツか。ふぅん。けど美人系ってどんなのだ? 俺、それに含まれるのか? とすると、背が高めで、俺の予想のような小柄で華奢で愛らしい感じではなく、こうもっと男らしいということでいいのか?」
「お前自分が男らしくて華奢じゃないとか思ってるのか? お前は別段女性的ではないが男らしくないし、細身というか華奢だ。十分細い。むしろ可愛い系は、細いというより小柄ではあるがもっとこう柔らかそうな感じで華奢とは限らん」
「う、うん? あんまり俺高砂の顔以外に興味がないからわからない……高砂には内緒でお見合い写真をまたいっぱいつくることになるから、時東、協力してくれ。代わりに今日も得たものの中から、特にその条件から外れそうな人物は全部時東に回す!」
「内緒でもそういうことをしないと先程約束したんだからやめておけ。やつをこれ以上怒らせるな。代わりに、お前が死んだら俺が適当に探して高砂に引き合わせてやると約束するし、俺自身は俺が自力で探せるのもあるが、大至急欲しいわけじゃないから今はいらない。そして客観的に言うならば、俺にとってですら外見だけならお前はありなレベルで非常に美人だ。言われないのか?」
「そりゃブサイクですねとか言われないだろ? 立場的にお綺麗ですねとかというお世辞はどこへいってもおはようございますと同じくらいには聞くが、そんなものはお世辞だ」
「残念ながら綺麗じゃない場合、おはようございますと同じ頻度で、お綺麗ですね、とは出てこないので、それはゼクス様が美人ということでいいのです。じゃあレクス伯爵の顔をどう思うよ?」
「絶世の美形だ」
「だろ? お前はその兄上であり、貴族の華と呼ばれるハーヴェスト直系、かつ、もう一つの華でこちらはさらにその筆頭、英刻院の血もひいている。どころか華族一の美貌とされる匂宮の血。俺もそうだがロードクロサイトも美形で有名。お前、遺伝子レベルで美人の生まれだからな」
「そ、そうなのかな……うーん。高砂の顔しかそういう目で見たことがないから、ちょっとよくわからない。自分の顔や家族の顔はそれが普通だからな……と、すると、じゃあやっぱり、時東先生は高砂の好みのはずだ。ロードクロサイトだ。俺も本日そういう観点から観察し、時東先生は非常に優れた容姿だと発見した!」
「ああ、俺はモテすぎて困るほどかっこいいけどな、高砂はもっとこう色白で華奢で――あと今思えばだが、大体セフレ、黒系の髪で青系の目だったな。もちろんゼスペリアの青だのはゼスト家のみで、そういうことじゃなく、一般国民に出る色合いだけどな」
「なるほど、だから俺でも高砂は相手ができたのか。Otherだけではなく、元々の好みに一致する部分が俺にもあったんだな」
「――お前に似ている相手を選んだという可能性をなぜ考えない?」
「ありえないだろ。悲しいことを言わせないでくれ」
「ありないかどうかは知らんが、そういった意味でとりあえずあいつは、お前をギュッとすることに関しての嫌悪感はゼロだ。性格部分の不一致などは俺にはわからんが、抱きしめることには別に関係ないから、お前はそこを心配することはない」
「けど……俺の心臓が……」
「二・三日くらいまずは様子を見てみろ。医療上やばそうだと思えば俺から制限を出す。これは必要な医療行為でもあるからな」
「う、うん……」
「次に夜の問診をしてしまうから、これを指にはめてくれ――で、耳体温。ほう、三十四度七分。うーん、人間まではまだもうちょっと。次、痛覚測定。腕――ふむ」
一瞬、強いピピピピピピという音がなった。昨日と同じ間隔の音だが、音量が大きい。
周囲の視線が集まった。