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「ちなみにそれを知らない前提で、高砂だのと喋っていると、その衝動は紛れるか?」
「うーん……抱きしめられたりしたら、それで一瞬頭がいっぱいになるから、そういう意味では紛れるんだろうな……けど、それは一瞬の話だからな。紛れるというより他の事で頭がいっぱいになるということで、感覚的に言うと、真正面にいる敵集団を殲滅している時と同じ集中状態のようなものだな」
「なんかわかるけど、その例え、悪い、吹いた」
「ああ、いや、こっちこそ悪いな」
二人はそれぞれ小さく吹き出し、二本目のタバコに火をつけた。
合間にゼクスはライチジュースを飲んでいる。
周囲も唐突な言葉に吹き出しかけたものがいた。
「ちなみにホスピス同等施設はすぐに構築可能。ここを移動するだけだし、どうせしばらくはここだ。あと、重要度を冷静に比較して、お前の生存および助言は、他の項目よりもどの組織においても重要度が高く、PSY復古医療的にも研究が進展するだけでなく、お前が暇な時、薬や装置の復古等を指示すればやってくれると考えるとかなり良作だ。かつ俺不在時に政宗とかにやらせることで医師の経験も積ませられる。実際に死ぬ前になんとしてもやってもらわないと困るといって英刻院閣下は仕事を持ってきたし、レクス伯爵はユクス猊下の再教育を希望してる上、自分への万象院教育も希望しているし、他の組織の書類も停滞していた現実がある。これは客観的判断として組織の歯車的意味合いでもお前は必要であるという判断で良い」
「――気が楽になる話だ」
「それは何よりだ。つまり、残る問題は、お前自身の身体を治癒して安定させ全てが整うまでに死なせないようにすることがひとつ、その間およびその後の自殺対策がひとつ、そして恐怖対策と闘病生活乗り切り対策がひとつ、最後に未来を思い描ける対策がひとつ、あと最初の最初として痛み対策、これで合計で5つ。これをクリアしたら、安楽死処置は必要なく、植物状態と同等じゃない上での生活が可能だと思うが、どうだろう?」
「そのとおりだけど、最低限の心停止防止等の身体治療・痛み緩和・自殺防止・恐怖対策の四つ葉、闘病生活への不安解消や未来だのと違い、即刻必要だ。最初の一つが安楽死の根拠、三つはそれを選択した理由だ。一つ目は、俺の自分意志でどうにかなる事柄ではないし、時東先生にお願いするしかない。だが三つはお願いしても身体治療よりも即座にどうにかなるとは思えない。痛みはかろうじて身体治療に半分は含まれるだろうが、痛いものは痛いままだし、それが減ればその分恐怖は増加する。再発恐怖だ。この三つの解消見込みがない限り、俺は三週間後ではなく一ヶ月半後になったが安楽死する。この決定は変わらない。そして痛みに関してを完全に身体治療にふくめるとしても、後者二つ。これをどうしたらいいと思う? 俺にできることは全部やっている」
「最終案は高砂に常に抱きしめさせておく」
「物理的に不可能だろうが。最終案ではなく、もっと常識的な通常案を頼む。さっきのホスピス案と同じくらい俺にとってありだと思えるような内容の!」
「まぁ、まず、効果があると判明したから、自殺防止に関しての投薬内容の追加が一つ。それと色相はクリアだが、絶対自殺できないように本来闇汚染時に行う『絶対制約封印』と『精神波紋固定処置封印』の二種類と、重度の自殺願望ありかつ本人は安楽死希望だが家族判断で出来ない場合の『深層心理自死不可封印』のこの三つの封印暗示を試しにかけさせてもらえないか? これが二つ目だ。三つ目は、今のところ効果微妙だがカウンセリング続行」
「クリアなのに波紋固定封印は可能なのか? それと制約封印暗示は、汚染レベルが星以上じゃないと法的に出来ないんじゃなかったか? あと、最後のは拒否する。それでは三週間後の――一ヶ月半後の安楽死処置ができない」
「可能な手法がある。制約封印は、突発的自殺衝動レベルが17以上で合法で、お前は俺の診断でMAXの20だから可能だ。そして三番目は、安楽死処置時には絶対に解除すると、制約の際に誓いの内容に含ませる。それにこの封印が効果が必ずあるとも言い切れないから試しに、だ」
「本当に制約に含めて、かつ処置前には解いてくれるか? 書類化してそれを残してくれるか?」
「勿論だ。約束する。あくまでも自殺衝動を減らせるかが知りたいだけで、安楽死希望を俺が否定するためじゃないからな」
「――そういう事なら、書類を先に俺に渡してくれたら、そうしてくれて良い。俺も、止まるかどうか興味もある。恐怖に関しては?」
「本来は、『悪魔憑き』と呼ばれるものへ行っている宗教院の手法をまず一つ」
「それも闇汚染の中の終末汚染に特に使うものだろう? 許可は?」
「色相がクリアであっても、精神不安定度判定が基準値を超えた場合、事前に処置可能で、突発的自殺衝動は基準値を超えたという法的判断が下るから可能だ。これによりお前はお絵かきとピアノだのの楽器演奏という才能技能が一部できなくなる。身体表現系の天才技能は変わらないし味覚等の生体保有物や感動といった感情は変化しないが、創造的創作活動には支障が出る」
「それは問題ない。やりたいとも現状思っていないからな。むしろやりたいけどできないだのと言って悲しみたい」
「OKだ。第二案。夢療法。こちらで夢コントロールにより、特定の夢を見させるようにする。深層心理に直撃するPSY復古医療で俺が復古した超ロイヤルな装置だ」
「そんなことができるのか?」
「ああ。これを使うと、ずっと寝ていたいと言い出す奴が出るほどだ。だから悪いが制約内容にきちんと起床し活動するというのも入れさせてもらうし、逆にこれはこちらも書類で貰う」
「わかった。それは初めて使うから、とても楽しみだ」
「何よりだ。最後は、恐怖と痛みが今条件づいていてセットになっているから、それの分離処置を図る」
「……どうやって?」
「恐怖対象をまず別のものに変える。それと痛みを感じた時も恐怖以外を浮かべるようにする。手法は、PSY融合医療装置による刺激受容体の強制変更と知覚刺激の強制変換による。お前何か嫌いなものか怖いものはあるか?」
「え……うーん、恐怖統制訓練と嫌悪排除訓練をしているからな……なんだろう……」
「じゃあお前にとってどうでもいいもの一番は?」
「物品でか?」
「ああ、それが望しい」
「……消しゴムと目覚まし時計だろうか。書き損じとか無いし、鉛筆を使わないからな。後は、眠れなかったから目覚まし時計はいらない。けど腕時計と壁時計はないと困る」
「目覚まし時計、ベルか? 電子音か?」
「どちらでも同じだけど、電子音がより鬱陶しいかもな。周波数を合わせれば聞こえないしな。あれは存在する意味があまりわからない。無意識に合わせられるから、あれがあっても俺は眠れていた頃も起きられなかった」
「了解した。ちなみに悲しくて涙が出るのと、うるさい音がしてイライラするのとか怒り、どちらがキツイ?」
「悲しみも怒りも統制訓練をしているし、イライラも特に俺はしない。それで悲しいというのは、内的対処が結構得意だから、おそらくはイライラは慣れていないしそちらがキツイような気がする」
「俺にとってはありがたい話だ。終始泣かれるうつ状態よりは、キレッキレの方が対応しやすい。目覚まし時計も超ありがたい。音でコントロール可能だ。周波数も逆にこちらでセット可能だからな――お前は今後、痛いとブチギレ一歩手前、かつ目覚まし時計の電子音が死ぬほど怖くなる。それらでイライラがなくなり怖くも無くなれば、恐怖もかなり緩和された状態になる。そうしたら元に戻せるし、勝手に戻るようにもできる。これをやらせてほしい」
「う、うん……ブチギレ一歩手前か……」
「ちなみにお前、そういう場合、どうなるの?」
「超笑顔で無言になると言われる。しかし常にハーヴェストクロウレクイエムと呼ばれるESP知覚だと聖遺物の旧世界滅亡時にあった品が発する音、もしくは過度の殺気が放つ音を鳴り響かせているそうで、これがOtherの特定指定の『聖歌』を持たない人にまで聞こえるそうだ……」
「暴力とかそういうのは?」
「ない。統制してあるから、攻撃系はゼロだ。けど……その音を聞くと、こう、みんな、絶望して何もやる気がしなくなるそうだ……だから黒色は全員刺繍にその音を無効化消音するバッチを持ってる。闇猫もゼスト家直轄と行動することが多いメンバーは持ってる……配布したほうがいいような気がする……さっきの宝石箱の灰色の下の列の一番右端の指輪で大量に出てくるから、それを……」
「対応策まであるなんて完璧だ。痛み対策も、これと夢、投薬がまず効果期待。とりあえずこれをしよう」
「わかった」
「そしてまず適宜追加しつつ三週間様子見、一ヶ月半後まで安楽死についてもう一度検討してくれ」
「うん」
「よし、やるか」
「え? い、今からか? 高砂だってご飯を待ってるだろうし、明日でも……」
「何を言ってる。自殺衝動が現在進行形の人間が飯食ってるところを呑気に見てる医者なぞただのヤブだボケ。とりあえず俺は倉庫からバッチを出して配布するから、お前は書類にサインしておけ。十字架をよこしなさい」
「は、はい……」
そう言って時東は書類を二枚用意し、ペンを置き、十字架を受け取った。
そして大量のバッチを巨大な箱ごと出現させて政宗に渡して、ラクス猊下に封印暗示の手伝いを要請した。ラクス猊下は非常に真剣な顔で頷いた。