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その間、タバコを吸いながら書類を読み、ゼクスは名前を記入した。『安楽死処置前は、合法的に家族および配偶者相当の者の拒否がない限り解除する』という部分を五回ほど読んでからだった。

「さて、まずは書類がOKなので、封印からやります」
「よろしくお願いします、ゼクス猊下」
「よ、よろしくお願いします」

 今度はにこやかに微笑しているラクス猊下に、少しだけ困ったような顔でゼクスが言った。

 だが、ラクス猊下がその封印方面のプロであるというのはゼクスも知っていた。

 こうして、テーブルが横にされ、別のテーブルが置かれ、その上に金色の細い棒つきの台が置かれた。

 一番上には、内部が虹色に輝く透明な球体が乗っている。

「ゼクス、球体をじっと見てくれ」
「ああ」
「何が見える?」
「黒い猫だ」
「今度は?」
「十字架だ。白くて、金色に時々枠が光る」
「――お前の将来の夢は?」
「……――万象院本尊本院の天井にPSY融合兵器の念珠を下げてそれで首をつりたい」

 その言葉に聞いていたものは息を飲んだ。
 ラクス猊下が冷静な無表情に変わった。時東もである。

「催眠状態に入りましたね」
「ああ。完璧に感情色相がクリアなんだな。が、将来の夢が、確かにこれは抑圧するレベルで表出しないだろうし未来も思い描けないだろうとよくわかった――波紋固定封印からやる」
「時東先生が開発なさったのは知っていましたが、僕も初めて見ます」
「知識に加えておけ」

 そう言って微笑すると、時東が真っ白い金縁の巨大な十字架を取り出して手に持った。
 無論PSY融合医療装置である。
 そこから金色の粉のように見えるPSY波が出ていた。

「四方釘の水面うずまきで固定する」
「――闇汚染の根治不可の場合の処置ですね。平面化したものに行う――このクリアな水形態で可能なんですか?」
「俺には、な。ラクス猊下にも出来るようになると良いな――ロードクロサイトの名において、ゼクス=ゼスペリアに命じる。全てのOtherを解放しろ」

 その言葉が終わった時、ゼクスの頭上に、完全に透明なガラス状のPSY色相が出現した。

 かろうじて輪郭がわかるが、正確には枠がガラスであり内面は水のようだった。

 それが次第にゼスペリアの青を帯びていく。すると十字架の金の粉が白銀に変わり、そこに吸収されていき、灰色銀を薄めた緑のように水面の色が変化して時折波打つようになった。

「ゼスペリアの名の元に、円環時計を描け」

 時東がそう続けると、中央に一滴の雫が落ちたようになり、そこから丸い円ができた。それから時東が十字架をゼクスの額スレスレに近づけると、円の内部にうずまきが現れた。

 そこで時東が、空いていた右手を持ち上げ、指を2本持ち上げ、他を折り曲げて、その水面の前で、十字架を横、縦、と瞬時に描いた。瞬間、うずまきが持ち上がり、円ごと外枠のガラスと同じように固定化した。

 そして十字架をほぼ同時にゼクスの額に当てた瞬間、バシンと音がして、ガラスの四隅に白い丸釘のようなものがささり、時折金や銀の光を放ち始めた。

「よし、成功した」
「なんともさすがですが、これ、時東先生以外には無理です」
「まぁな。してこのまま先に、自殺防止封印をかける。斜めクロスで中央金十字でいく」
「……それ、本来は自殺実行を繰り返す上、完全に死亡意図がある重症鬱病患者用ですよね……安楽死待ち患者は、その二つ下のレベルで十分ですが……クリアなのにそこまで?」
「逆にクリアなのが異常な状態だ。相当押し殺してる」
「ああ、なるほど――抑圧が強すぎるんですね」
「確実にな。さて始める――ゼクス=ゼスペリアに命じる。汝、あらゆる神への死を伴う冒涜を禁ずる」

 時東がそう言うと、右上から左下へと真っ黒い線がまず引かれた。

「あらゆる地獄へと己を誘うものを己へと向けることを禁ずる」

 すると続いて左上から右下へと黒い線が引かれた。

「自死を不可とし、深層心理およびPSY精神地層にこれを刻む。ロードクロサイトの名において、俺以外の何びとにもこれは解除できない。ゼスペリアの代理として、ここにそれを決定する。封印、発動」

 淡々と時東が言った瞬間、バシンと音がしてバツ印の中央に真っ黒い十字架が出現した。
 中に金色の線が入って縁っている。
 それが広がり、十字架背後にも線が入り、結果として後ろにリボンがあるように見えた。

「ゼクス=ゼスペリアの己の神の光をもってして、完全にそれを受け入れて刻め」

 そう告げて時東が十字架を握り、それを今度は縦にうずまき中央の十字架につきつけた瞬間、全ての黒い部分が白に変わり、金の部分が鮮やかに輝きはじめた。

「よし、成功」
「……その短文と速度でできるの尊敬します。というか、黒までしか見たことないんですが、この白は?」
「クリア色相への適応時はこの正常化がいる。そしてその場合は、保持している自己Otherを使わせる。すると、PSY精神地層にもガツンと入る」
「――普通その地層にかけるのは、闇汚染ですよね?」
「だから出てなくて本人が統制してるだけで、精神状態は闇汚染レベルなんだよ、コレ」
「それはわかりますが、解除に三ヶ月はかかりますよね? いくら時東先生でも。僕なら半年はいります」
「書類には『安楽死処置前』としか書いてない。三ヶ月待ってもらうしかないな」
「なるほど。さすがですね。普通は一瞬で解除できますからね……」
「かつ俺なら三年はかけて解除するだろう」
「大天才ですね。僕は自分でかけていないものは基本的に解除しないので、他の人間は解除可能者ゼロだからオールOKですね」
「ああ。第一、解除できる日が来るのか俺は知らん――さて、最後だ」

 時東はそう口にすると、テーブルの上に、低い金の台を五つ出現させた。
 それぞれ、青・紫・赤・緑・黄色・黒・白の七色だ。