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 普通は、紫の法務院と黄色の貴族院と白の宗教院だけだから、ラクス猊下が短く息を飲んだ。

 赤は華族院、緑は万象院、黒はロードクロサイト直通、青は本人の精神直通だ。

 黒は時東が気合を入れた時、青は重度の自殺願望があるような精神状態、紫は身体動作操作、緑は宗教院のみでは不安時、赤は貴族院以外にも許可を取らなければならない防波堤措置である。

 この制約封印は全箇所の許可が必要でそれがなければ破れない暗示をかける代物なのだ。破ると意識を失い、全箇所に連絡がいく。

 本来は犯罪者等に用いる構成だ。
 絶対に人殺しをできなくするように使うのだ。

「ロードクロサイトとゼクス=ゼスペリアの間に、ゼスペリアの立ち会いにて制約をここに結ぶ。その全ては水晶球を通じ、その対応水晶球へと記録され、神の認める人の法により保証される。何びとも破ることは不可となる。良いな?」
「……ああ……」
「夢コントロールはロードクロサイトに手により行い、必ず起床する」
「ああ……」
「自殺防止封印は、家族および配偶者同意がある安楽死処置決定の場合のみ、ロードクロサイトの判断期間を優先して解除する。ロードクロサイト死亡時はラクス=ミナス・ゼスペリアが解除するものとし、八十歳以降は家族許可で解除とする」
「ああ……」
「あらゆる自殺行動をしない」
「ああ……」
「全ての医療器具を自分意志で外さない」
「ああ……」
「必ず身体的異常をロードクロサイトに訴える」
「ああ……」
「身体治療を自殺防止の次に行う」
「ああ……」
「突発的自殺を試みる程の痛みを感じた場合、自殺ではなく『痛い』と口にし涙を流す」
「ああ……」
「自殺衝動が発生した場合、首から下げている倉庫用の銀色の十字架を握り、創世記冒頭の『初めに光があった。光は神であった。神は言葉であった』と述べる」
「ああ……」
「単独によるPSYコントロール装置の解除を行ってはならない」
「ああ……」
「身体影響度が強いPSY能力を単独で発動してはならない」
「ああ……」
「以上の制約を破りし場合、三十分間、完全に意識を喪失する」
「ああ……」
「制約を復唱しろ」

 時東の声に、平坦な声でゼクスが虚ろな瞳で繰り返した。

「お互いの同意の元、ここにゼスペリアの御名と青き弥勒の眼差しの元、絶対制約封印を成立とする。発動」

 そう言い終わった瞬間、今度は十字架の真後ろの縦と横に虹色に輝く太めの十字架ラインが出現した。

 金色の線が両サイドに入っていて、そちらは時折黒曜石のように輝いている。これは――と、ラクス猊下が目を瞠った。

「先生、これ……」
「ロードクロサイト血統封印が混ざってる。綺麗だろ?」
「まぁ、そうですが……これで自殺できたら、最早打つ手ないですよ……」
「どうだろうな。ゼクスの数値と精神力は高すぎる。自殺未遂程度で終わってくれれば俺としては満足だ。さて、続けて悪魔憑きへの悪魔祓い行為をする」
「えっ、この深い暗示状態のままで? それではPSY精神地層へ完全に刻まれますよ? 永遠に絵画等がかけなくなりますよ?」
「それがだね、ならないのだよ」
「へ? クリアだからですか?」
「違います。俺オリジナルだからです。なっても数日――三種封印でいく」
「さ、三種って重度精神疾患用ですよね? 統合失調症系統の。闇汚染というより、妄想の終末系にかけるものですよね? かつ、精神汚染兵器レベルの精神感染症を引き起こすような可能性の患者にかけるわけで……」
「闇汚染されてないからな。妄想ではないが強迫観念に近しい自殺妄想と終末観念は同等だろ?」
「それはそうですね……ああ、それとゼクス猊下の脳力的には、自己統制しているだけですから、適切な対処なのか」
「そういうことだ。始める――タイムクロックイーストヘブン=ロードクロサイトの血脈を根拠に、ここに取り付きし悪魔を祓う。恩、虹黒曜」

 バシンと音がして、ゼクスのガラス水面の表面が時折黒曜石のように輝くようになり、それが放つ光が虹色となった。

 ラクス猊下は呆気にとられた。

 これは完全PSY血統の時東側とロードクロサイト側と悪魔祓いと称されるPSY融合医療の複合技だ。

 こんなことが可能だということにまず絶句した。
 これは悪魔祓い部分の、宝石をくだいたようなもののみで、本来妄想効果を全て除去する。

 それで創造性が一部遮断されるのだ。
 だが、確かに虹色相のPSY-Otherが入っているならば、それはすぐに解除されると頭で理解できた。

 その上なによりメインがタイムクロックイーストヘブンの黒曜石色相だ。
 ロードクロサイトのものは完全漆黒なのだが、こちらは僅かに赤紫や腐葉土色である。
 これには時間観念正常化作用があるから、未来等に関して特に、虹と合わせると創造性が発揮される効果があるはずだ。つまり未来への希望を想像しやすくなるはずだ。

「悪魔の身動きを封じた今、聖なるゼスペリアの光をもってして、完全なる悪魔の排除を行う。恩、青照」

 続いて第二段階の悪魔祓いこと封印だった。
 すると水面部分が固定化した箇所も含めて、その他の封印以外の部分全てが、定期的にゼスペリアの青に光り始めた。

 五回に一回ほどこれが優しい青緑の光りに変わっている。ラクス猊下は感動した。

 青照封印など本来は十三時間係で集団で行うのに、ほぼ一言で一瞬で時東はかけてしまったのだ。

 これは常に精神的健康を保ち明るく前向きな状態にして、心の平穏も保たせる最上級の悪魔祓い第二段階というか、本来は第三段階として良い代物である。

「これにて悪魔は消え去った。最後にゼスペリアが癒しをもたらしゼクス=ゼスペリアを赦祝する。恩、ゼガリア=ジ・ゼスペリア、発動」

 瞬間、ガラス全体が銀色の光を放ち、一度周囲に広がってから収束して、全て飲み込まれた。

 結果、あらゆる枠も含めた固定化部分の周囲とリボン等の他封印の周囲も定期的に銀色に光るようになった。

 もうラクス猊下は何も言えなかった。
 ゼガリア封印とは、死刑囚に本来行う処置であり、死への恐怖がゼロとなる代物なのだ。

「完了だ。最後のが一番効果があるといいんだけどな。恐怖に特に」
「僕はこれらをこの短時間で単独で行った時東先生に恐怖を感じましたし、深い暗示状態のままこれにかかったゼクス猊下の精神力の強さにも呆然としています。普通、深層心理階層のみで相当キツイですしPSY精神地層なのに……」
「うむ。俺がすごいのは当然だが、こいつはかなりやばい人物だ――さて、夢コントロール装置はもう付けてあるからこれもOK」
「え? 勝手に?」
「結果は同じでもう許可書は俺にある。なんで俺が十字架を都合よく二個持ってるんだよ。二個しか存在しないようなの。この倉庫鍵にした代物の鎖部分がそうだ。よく見ると虹色に光ってんだろ。さらにこれは俺の許可がないと実は勝手には取れません。さらに制約により医療装置だから勝手に取ると失神するようになったぞ」
「な、なるほど……ちなみにどんな夢を?」
「構成として、まずレクス伯爵との家族風景後、高砂との家庭風景結婚時、その後エロ突入。エロは聖職者には一番効果ある上、この人物は耐性がゼロなので超効果絶大だろうな。これにより、家族と配偶者相当者へまず心を開くほか、痛覚刺激が快楽イメージで相殺されるはずだ。さらに高砂が抱きしめた場合およびキスだと痛覚は吹っ飛ぶし、顔見ただけでも和らぐだろう。合間に俺とザフィスとお前と政宗とユクス猊下の超良い人風イメージが入るから、医療関係者への信頼度も増すし、これは同時に対人関係構築の意欲増大に期待できる。ので、英刻院閣下が信頼されてる風だからそれも入る――が、起きるとほぼ覚えていないという形なので普通の夢となるが、気分は良いし、深層心理に刻まれる」
「完璧ですね。しかもその夢内容、自由に弄れるんですよね? 記憶も取れるんでしょ?」
「うん。すごいだろ? けど俺は優秀で善良な医師だからエロイメージを抽出したりしないから、安心して良い」
「そんなことは聞いてません」
「さて、最後。分離処置をする。バッチを全員装着。興味あるやつは途中でつけてもいいけど、俺は最初からつけるのをおすすめする。俺は治療者なので最初はつけないだけだ」
「僕も聞いてから付けます。というか、聞いたことあるので、音量が知りたいです」
「まじか。そりゃ助かる。あと念のため消しゴムにもかけて、これは医療従事者で持つのと、予備で家族用で二個作っといて必要ならそっちにも渡す」

 そう言って時東は、ありきたりなデジタル目覚まし時計を三つと、消しゴムを医療従事者となる時東・ラクス猊下・政宗・ユクス猊下分とプラス二個出した。

 そしてデジタル時計を鳴らしはじめた。
 ピピピ、ピピピ、ピピピ、という間隔で鳴っている。

 そこに時東は出現させたPSY融合医療にも兵器にも用いる薄い肌色に近い茶色の石を全てに取り付けた。

 するとそれが内部に消えていった。
 これで生体への知覚受容体が変更されるのだ。

「ゼクス、聴いてるか?」
「ああ……」
「この音が恐怖そのものだ。死以外で怖いのはこの音だけだ。痛みは恐怖じゃない」
「うん……」
「ただし消しゴムも同じくらい怖い」
「うん……怖い……」
「恐怖で気絶しても三分で目が覚めるから大丈夫だ」
「うん……」
「視界に入っていなくても恐怖は常にこちらが受け取ってるからお前はそのせいで感じない。これもわかってるよな?」
「ああ……」
「痛い時に感じるのは苛立ちだ。死にたいほど痛い時に感じるのは怒りだ」
「ああ……そうだな……」

 瞬間、大轟音の鐘の音、そして言い知れない絶望感をもたらす荘厳な音楽が響き始めた。
 ほぼ同時に時東とラクス猊下はバッチを身につけた。

 両名とも滝のように冷や汗をかいていて、背後を一瞥したら、三分の一くらいが気絶し、残りの半分は膝をついて胸を押さえていた。

 無事な装着済みの人々が倒れている人々にバッチをつけてあげ始めた。

「え……ラクス猊下、こ、これは、どのレベルだ?」
「き、聞いたことがないです……これの三十分の一程度を三分間聞くと、生体兵器まで停止するレベルの殺気です……」
「つまり超痛くてガチ切れってことというか、怒りの針がもう普通の時計で言うなら振り切れてるレベルだな……これ、起こしたらどうなるんだろうな……というか、バッチつけてても、聞こえる俺はおかしいか? 俺の力が強いのか?」
「いいえ、僕にもバッチリ聞こえます。分散しないとアウトです。ここにいる人間の誰もが働けなくなります」
「他に音出す系の感情は何がある?」
「――治療に問題をきたさないものでいくと、『暇』がゼスト・ワルツで、『退屈』が匂宮朱の日の出、『面倒くさい』がゼスペリア行進曲でしょうか……」
「とりあえずそれでやってみるわ」

 時東が一度唾液を嚥下してから続けた。

「ゼクス、良いか?」
「うん……」
「痛みが一番ひどい時、お前は『暇』だと感じる。だから殺気や怒りは感じず、『暇』だと思うようになる。というか、思ってるはずだ。そうだな?」
「……ああ」

 すると、なんとも明るいようなやる気がないような不可思議だがテンポの良い音楽が流れ始めた。

 これも音量は最大だが、少なくとも聞いていても平気だ。

「同時に痛み全ての時、お前は『退屈』でもある。死ぬほど痛い時からあまり痛くない時まで『退屈』なんだ。それは人生が退屈ということではないし、だから何かしてみようかなという退屈だから間違えるなよ」
「うん……」

 すると音量が弱まり、代わりに同じ音量の独特で華族風の雅な笛や太鼓の音が響き始めた。

 不協和音にはならず、綺麗に分離して両方耳に入ってくるのは、それがゼクスが放っているESP音波だからである。

 普通の音ではないのだ。

 さらに暗示には、暇なときや退屈な時になにかしようという気分にさせる効果まで時東が混ぜ込んだ。

「そしてその時、お前は大体『面倒くさい』とも感じている。痛みの全ての時に。これもまた人生等ではない。そして自殺等は特に面倒くさい。身体に影響が出るPSY使用も非常に面倒くさい。ただし、病気の治療や未来について考えること、与えられた作業、自分からやろうと思ったことの中で体にも周囲にもひどい影響が出ないものは面倒ではない」
「ああ……そうだった……」

 ゼクスがそう口にした瞬間、完全に音が消えた。
 心底安堵しながら、時東はバッチを外して、四曲全てが聞こえることを確認した。
 その状態だとやはり大音量ではあるが、最初よりはずっとマシだし、バッチがあれば聞こえない。

 痛覚判断にもなるから幸いだ。

「よし、今後再分離するとしても、とりあえずこれで本日はOKとする。ラクス猊下、消しゴム配っといてくれ」
「わかりました」
「さて――ゼクス、真ん中の水晶球を最初のように見るんだ」

 それ以外の他全てを消失させてから時東が言った。
 ゼクスは頷いて、とろんとした瞳でしたがっている。

「何が見える?」
「白い十字架だ……」
「今度は?」
「白いウサギ――っ、あ」
「おはようございます」
「お、おはよう」

 ゼクスが我に返ったように目を見開いて息を飲んだ。
 それから周囲をキョロキョロ見てから腕時計を見た。

「早いな。もう封印暗示が三つ終わったのか?」
「他も全部終わった」
「へ? そんなに軽く済む感じだったのか……もっと重いかと思っていた」
「いやロイヤル効果絶大の、重いというか最高のものを全部したから安心しろ――今の気分は?」
「ん? 別にさっきまでと変化ない」
「すげぇ精神コントロール力だな……ちと待ってて」

 時東はバッチを外してみた。音が消失していた。
 半ば感動を覚えながら、念のため再装着する。

「ふむ。さて、この消しゴム見てくれ」
「!」

 それを何気なく見た瞬間、ゼクスが気絶した。
 やはり、相当痛いのが怖いのだ。
 納得しながら、時東は腕を組み、三分間計測した。

「っ」
「ゼクス様、次この目覚まし時計」
「!」

 音が響いた瞬間、再びゼクスが気絶した。
 頷いてから、時東は両方消失させた。そして再び三分間待った。
 それからゼクスがまた目を覚ました。

「――あ、あれ、俺……?」
「ちょっとしたテストで眠ってもらっただけだ。さて、質問をいくつか。今、痛いのは怖いか?」
「……――そうだなぁ、怖いけど、死ぬのと同じくらいの怖さに減ってる気はする。ただ、気がする程度で、よくわからない」
「なるほど。じゃあ自殺関連は?」
「あ。すごい、これは。完全に効果出てる。今すぐやりたいと思ってない。どころか、可能ならば死にたくない。すごいな」

 ゼクスが感動したように大きく目を見開いた。

「痛いくらいならば死にたい、という程度になっている……!」
「そりゃあ良かった。さすが俺。さて、ならば、最終自殺用具を出してみてください」
「ええと、これ。即死するウイルスが入ってる。あとこれ。PSY受容体を破壊する融合兵器。それとこれ。普通の紐。あとこれ、PKで心臓と頭を腕輪クラック込みで、その二箇所というより身体爆発」
「おい、すげぇの持ってたな……」

 ゼクスがピアスの一つと、カフスの一つ、足首から紐とミサンガを取り出した。
 黒曜石の埋め込み型ピアスが毒、銀のカフスがPSY融合兵器、紐、ミサンガがPSY複合繊維でできた兵器だ。

 全てオリジナルだとわかる。

「これだけかね?」
「……」
「もっとあるよな? 俺確認で最低あと二つある」
「……この小指の指輪と、金と銀の十字架と、カッターがある……」
「どういう効果だ?」
「指輪は血にO型普通血液と毒を混ぜる。十字架は、PSY知覚情報に死んだイメージを流して脳死を誘発する。カッターは首を切る……」
「提出願います。ちゃんと三つ申告したので許す。本当は知ってた」
「はい……」

 こうして時東は受け取り、全て消失させた。