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「さて、痛みは?」
「……あ、臓器とか筋肉とかそういうのは痛い。頭痛もまだある。けど頭痛がまず、すごい、すごい! 今までになく軽い。軽くなった……! それと、全身全部が痛かったのが、ちょっとこれも弱まって、臓器とかのこう部分部分の方が痛い。全部じゃなく、一個一個が痛いのが分かる……! すごい!」
「泣かなくて良いのだ。俺が天才なだけなのと、今回に限ってはお前がすっごく精神力があって、コントロールもばっちりなおかげだ。頭痛は確実にさっきの薬だけどな」
「時東先生、あ、ありがとう! ありがとうございます!」
泣きながらゼクスがライチジュースを飲み、タバコを銜えた。
「いえいえ、どういたしまして。痛みの色相は上から三番目になったからだいぶ楽で人間になってるな。ちと腕輪――うーん、レベル3で昨日よりちょい下がった程度だから実際には痛いわけだ。部分的痛みというのはどういう感じだ?」
「まぁ正直全身がこれも痛いんだ。ただほらこう、痛くない空白部分が出現したというのが正解だ。痛くない部分で言うと、右手の指とか」
「なるほど。お腹痛いとか、食欲消えたとかは?」
「お腹は臓器的な意味では痛いけど、トイレ的な痛みは昔からない。食欲はいつも通りとってもある」
「今、暇か?」
「ああ。すごく暇だ」
「何かやりたいことは?」
「え? このライチジュースと高砂のお昼ご飯のお菓子と同じ効果の品を作りたい」
「具体的には?」
「まず、必要カロリーを計算して、それからスーパーというらしいお店に行って、美味しそうなお菓子を買って、それにPSY融合装置で入れるんだ。明日行きたいけど、それは病気だから、もうちょっと治って許可が出たら行く。それに装置も亜空間倉庫だからここではできないからな。PSYも使うから今すぐはできない。だから代わりに、パッケージをデザインしようと思うんだ。ええとな、イメージはできてる」
「つまり未来の行動が思い浮かんでいるわけだな?」
「あ」
「さらに治療して許可も貰うんだろ? 良くなって治したいってことだな?」
「う、うん」
「安楽死したいか?」
「……わからない」
「じゃあもうちょっとの間、治療してみて考え直してみないか?」
「……」
「考え直そう」
「……けど、死ぬのは怖いけど、痛いのはやっぱりもっと怖いような気がするし、俺は迷った場合はやるべきだと思うから、やる」
「うーん、すごい立派な行動力と、納得の精神力だよ、本当。だったら、痛みがもっと減って、怖いのももっと減ったら考え直すか?」
「ああ、そうだな……まだ一ヶ月半あるしな」
「よしよし大進歩であるとしよう。ところで、好きな花とかはあるか? 三つあげてくれ」
「花? 青い薔薇と青い百合と虹色のかすみ草」
「この三つ?」
「うん、それだ」
「じゃ、これを飾ろう」
時東はそれを菓子類側の花瓶に生けて、中の水を痛み緩和・死への恐怖増加・痛み恐怖緩和のPSY融合医薬品にした。そして保存処置をかけた。だからただの水にしか見えないが、常にPSYが弱い波動で流れ始めた。本来死への恐怖増加はよろしくないのだが、痛み恐怖のほうの除去が先だから良いとした。
「では高砂を呼んできてあげるので、食事な」
「……うん。ありがとう」
こうして時東が呼びに行った。すると高砂が腕を組んでいた。
「ねぇ、痛みレベル3って、どの程度の痛みなの?」
「――比較で本人は軽く感じるんだろうが、全身複雑骨折して臓器に骨がぶっ刺さってるのを鎮痛剤なしレベル。遮断と薬込みでも、そういう感じだろうな」
「……頭痛は?」
「脳挫傷レベル。脳腫瘍のでかいのでも同じ」
「本当にエロ行為で和らぐの?」
「――突っ込むのは指でもやめとけ。臓器がそのレベルで不安だ。が、ゼクス側のみで無理させず普通になら、その最中とその後しばらくはその印象で、臓器には刺さってない程度かつ脳腫瘍が少し小さくなるだろう。最中の中の一番いい時に限って言うなら、今の処置状態なら完全に吹っ飛ぶ場合もゼロではない」
「……」
「とりあえず飯。俺はその間に、鎮痛剤と精神安定剤をさらに作る」
そのようにして食事となった。
豪華で巨大なテーブルが設置され、二人分が並ぶ。
やはりゼクスはどこかギクシャクしたような、緊張している顔をしていたが、高砂を嬉しそうな優しそうな顔で時折見つめながら食べていて、味にも集中しているようだった。
どこからどう見ても、痛みがあるようには見えない。
高砂は食べる時、そちらと思考を切り離せるというか、普段から理性的思考と感情と身体感覚を別に感じられるから、味に頷いたり否定したりしつつ食事は食事で楽しみながらゼクスを観察した。
表情はほぼ無表情のままだった。
だが時折呆れたようなため息をついたりと、これまでよりは少し怒りや嫌悪、冷たさではない感情が出ていた。
その度に一々ゼクスはちょっと驚いたような不思議そうな顔をしてから、非常に嬉しそうに儚く笑っていた。
最初は何故そういった笑みが浮かぶのかわからなかった高砂だが、気づいた時には胸が苦しくなった。
気づく前はその反応にイラっとしていたしこれまでもそうだったのだが、よく考えてみて違うことにやっと気づいたのだ。
ゼクスにとってはむしろ優しくされたとか親しみを感じてもらったとか素を見たとかそういう認識になるのだろう、呆れられていると理解していても。
そうしてデザートまで食べ終わった時、ゼクスがお腹いっぱいだと微笑んだ。
だがそうしながらライチジュースは飲んでいるし、チーズ盛り合わせも三つほど食べた。
まだ食べられるのだろうが、ゼクスは腹八分目派なのだ。
それを知っている高砂が頷いた時、時東がやってきて、チーズとビーフジャーキー系の皿だけお菓子側のテーブルに移動させて巨大な方を消した。
「それで時東の作業は終わったの?」
「まだだ」
「じゃあ皮膚接触による治療、ゼクスは羞恥で心停止すると先程言っていたから、防止遮断クラックかけて盗聴盗視防止して行っても良い?」
「ああ。了解した」
「え?」
こうしてゼクスが困惑しているうちに、周囲に黒いガラスのような壁が出現した。