29




 二人きりだ。高砂がそのままベッドに歩み寄り、ゼクスを抱きしめた。
 ゼクスがまた真っ赤になった。今回はギュッと強くだ。
 緊張しているらしくきつく目を閉じて、ゼクスが震えている。

 その姿に――高砂は普通に欲情している自分に気がついた。
 多分今までも、感じているゼクスが見たかったのだ。
 しばらくゼクスを眺めてから首筋を無意識に舐めていた。

「っ」

 するとゼクスがびくりとした。
 高砂は構わずそのまま強く吸う。
 点滴の針の位置とは勿論別だ。

「あ、あの……――!」

 そのまま着物の合わせ目から手を入れて乳首を弾くとゼクスが息を飲んだ。
 優しくつまむと、明らかに体がこわばった。
 そして刺激するとゼクスが半泣きになった。

 高砂の体を弱々しい力で押し返しはじめる。

 そこで高砂が手をとったとき、あからさまに安堵した様子で吐息しながらゼクスが体の力を抜いた。

 その一瞬で、高砂はゼクスを寝台に押し倒し、先程まで乳首をいじっていた手を一気に陰茎へとあてがった。

「や、や、高砂……っ、あ、待ってくれ」

 左手で肩を押さえられているゼクスがうろたえたように泣きそうな顔のまま高砂を見上げた。

 昨日の言葉を高砂は思い出していた。
 確かにOtherの快楽なしではこういうことは一切なかった。
 それは事実だ。

 直接陰茎を握りゆるゆるなでると、ゼクスが首を振った。

「や、やめ、待って、俺、それ嫌だ……っ、あ、高砂、待って、う」
「……」
「あ、あ……ぁ」

 ゼクスの声に嬌声が混じった。
 慌てたようにゼクスが両手で口を覆った。
 反応を始めた陰茎を、ゆるゆると高砂が刺激する。

 するとゼクスの太ももが震え始め、その頃には震えながらゼクスが涙をこぼした。

「ま、待って、やめ、やめろ、俺、これ、怖い……ぁ、ぁ、ああっ……!」

 そのまま無視した高砂が着物をはだけさせ、ゼクスの足を持ち上げて口に含んだ。

「ひっ、うあ、あッ」

 ゼクスが両手で高砂の頭を押した。
 しかし――テクニシャンで評判の高砂である。
 未経験に近いゼクスはすぐにわけがわからなくなった。

「やぁっ、うあ、あ!」

 先端を強く吸われて舌で鈴口を嬲られた瞬間、ゼクスが一際大きく喘いだ。
 それからカリ首を重点的に唇で刺激され、ねっとりと口で陰茎を上下される。
 ボロボロとゼクスが泣き出した。

 頭が混乱と快楽への恐怖で染まる。
 だが――初めて知る肉体的のみの快楽に、全身がゾクリとした。
 ESP接触の精神にズドンと入る快楽とは全く別だった。

「や、やっ、やぁッ、うッ、あ、ああっ、だめ、だめだ、待って、あ、出る、出るから、口離し――っ、ひあ!」

 そのままあっけなく放ち、がくりとゼクスが寝台に体をあずけた。
 息が完全に上がっていて、頬が紅潮している。
 ほうけたような瞳をしていた。

 清掃フィールドが働いているから匂いもなにもないのだが、汗ばんでいるゼクスの姿が、どうしようもなく扇情的だった。

 高砂は襲いたくなったが自制した。
 かなり必死にそうしている自分に気づいた。
 それから指を鳴らしてゼクスの着衣を戻す。

 そしてぐったりしているゼクスの頬に手を添えて目元の涙を拭ってから、優しく頭を撫でた。

「嫌だった?」
「……」
「自由に自己主張」
「……怖かった。けど……――その」
「気持ち良かった?」

 高砂が微苦笑すると真っ赤な顔でゼクスが俯き、小さく頷いた。
 それを見てから額に優しくキスをして、ゼクスをまた高砂は抱きしめた。
 こうすると今度は自分の体が辛いことにも高砂は気がついた。

「あ、あの、高砂」
「何?」
「今のも治療なのか……?」
「――どう思う?」
「……違うんなら、高砂、俺、今はOtherも無いし、俺が口でするのはど下手くそなんだろう……? 高砂はどうするんだ? 誰か手配するか?」
「手配は余計なお世話の一種。二度と言わないでもらえる?」
「ご、ごめ――……わ、わかった」
「謝るのをやめたのは正解。下手というのは、まぁ回数を重ねれば上手になるだろうしOtherが無くとも気持ちよく俺は出来るけど、病人に手を出すほどの鬼畜ではない。だから早く治して、俺指導で上手くなり、無論俺以外で練習することなしに、普通にSEXしてみてから死んだら?」
「――え?」
「治してというのはヤれるレベルまでの回復。俺がどうするのか心配してくれるなら、自分で治してゼクスが俺をどうにかしてよ」
「……」
「嫌なの?」
「……Other無しで、高砂、普通にって……お前、俺で勃つのか……?」
「は?」
「……無理じゃないか?」

 ゼクスが本気で困惑した顔で見てくるものだから、高砂は硬直して嫌な汗をかいた。

 そして――先程ゼクスが高砂は自分を好みでないと言っていたことや自分の容姿が綺麗だと気づいていな様子であったことを思い出した。

 後者は前から知っていた。
 それもまた高砂から見ると隙だらけに見えた理由だ。

「無理で勃たなかったとしたら、これまでの俺はどうだったってことなの?」
「Otherでこう元気になっていたから、俺の身体の処理を仕方なく……気合で……」
「そんなことあるわけないだろ。馬鹿だな真面目に。毎日突っ込んでヤって気絶させるの余裕レベルでゼクスの容姿、顔もスタイルも俺は、そこは一度も嫌だと思ったことはない。馬鹿まるだしの表情も最中は消えるしね。下手なのはまぁしょうがないし、別に俺は相手がマグロならそれはそれで楽しいから良い」
「っ、あ、の、それは、あの……う、嬉しいといえば嬉しいけど、恥ずかしい……そういう話、俺、苦手だ……」

 ゼクスが片手で口元を覆い真っ赤になってしまった。

「だから、俺を心配するんなら、治してゼクスが責任を持って俺の相手をしてくれる?」
「……う、う……ん……ど、努力は……」

 そういったゼクスの顎を強引に持ち上げて、高砂が深々と貪った。
 ゼクスはされるがままだった。
 舌を絡め取られ、口からも快楽を煽られる。

 何度か瞬きするたび、瞳が潤んでいるのが高砂にもわかった。
 まつげが少し濡れている。

 角度を変えて何度も口づけ、舌を追い詰め、高砂が満足するまでキスをしたとき、ゼクスはぐったりしたように高砂の胸に体をあずけて荒く吐息した。

「ねぇゼクス。俺は思うんだけどね」
「うん……」
「人間って、嫌いな部分と好きな部分、ない?」
「俺はある」
「俺もある。俺はゼクスの大嫌いな部分が大量にあったし、その根本部分はさっき話したけど――好きな所だってゼロじゃない。例えば外見だってそうだし」
「っ」
「例えば俺が餌付けした猫をその後、本院の境内できちんと病院に連れて行ったりしながら世話してくれる所とか、気に入ってる」
「!」
「なんだか治療開始以後涙もろいなぁ」
「……気づいてたのか……それは、その、高砂がというのもなくはないけど、猫が可愛かったから……」
「緑羽の御院はあれ反対だったけど、これからどうするの? ゼクスがお願いして死んだとしても、御院にはゼクス以外は反論できないはずだけど。俺も無理だし、レクス伯爵だってすぐには無理だろうね」
「……」
「――ちなみに、ご飯を美味しそうに食べる顔も嫌いじゃないというか比較的好きだよ」
「っ、ぁ」
「一々照れなくていいから。なんでそこまで真っ赤になるの? まぁ、俺が今まで言わなかったのはあるだろうけどね。そういう言わないとわからないのもあんまり好きじゃない」
「……あ、あの、それ、本当に?」
「うん。別に同情だとかじゃなく、SEXと一緒で知らないまんま死ぬのかなと思ったから教えてあげようと思っただけだ」
「ありがとう。高砂……ありがとう。俺、嬉しくて……涙、どうしよう、あれ、止まらない……」
「嬉しい時も悲しいときも辛い時も普通に泣けば? なにか止めないと困ることあるの?」
「みんなが困惑するだろ?」
「別にいいじゃないか。それも余計な気遣いだよ、俺から見ると。というか、そこを気遣うなら、安楽死だのの方が、よほど取りやめるべき事柄じゃないの?」
「――それに関しては、俺は自分に甘く優しくしてあげようと思ったんだ。だから、それだけはわがままでも通す」
「昨日俺を許嫁にしたままにしているのはわがままだと言っていたけど、俺はそれは許せるけど、安楽死は許す気になれないんだけど」
「高砂、頼むからそれだけは許してくれ」
「ゼクスは死ぬのが怖いんでしょ?」
「それは、そうだけど……特にこんな風に優しくされるとなおさら怖くなる。だからあんまり優しくもしないでほしい」
「じゃあデロデロに優しくしてあげようかな」
「やめろ」
「まぁそれは気が向いたらとして、あのさ――ゼクスも怖いんだろうけど、俺もゼクスが死ぬのが怖いんだけど、それはどうすればいいの?」
「え……?」
「人間誰しも死ぬことはよく理解してるし、それが病死や事故ならともかく、安楽死とか、俺はどう対応すればいいの? しかも時東が気づかなかったら、俺は死んだあとでポカンとしてたということになるんだけど、それ、本当に俺のことが好きで俺に愛がある対応なの? どう考えても俺にはそう思えないんだけどな」
「俺が死ぬのが怖い……? どうして……?」
「さぁ? 俺にもわからない。けど非常に怖くて恐ろしい。しかもこれは回避可能なんだ。ぶっちゃけ君が自殺した方が安楽死よりショックは少ない」
「……」
「死にたいと泣き叫んで毎日わめかれる方が、想像した限り、安楽死よりだいぶマシ」
「……」
「一ヶ月半後に安楽死すると言うんなら、それまでにゼクスは俺の恐怖を解消してくれる? そうじゃないなら、俺は許さない。ゼクスのためというより、俺自身のためにだ。ゼクスが自分に優しくしてあげて安楽死するというのと同じように、俺は俺に超優しくするから安楽死は認めない。ゼクスが俺を楽にする術を提示してくれない限り。何かある?」
「……恐怖の原因がわからない。時東先生に封印処置を頼むとか……?」
「俺はとても健康で、兵器管理者だから常々メンタルチェックも受けているし自殺衝動もないから法的に無理」

 高砂はそう言いながら抱きしめ直してゼクスの頭の上に顎を乗せた。
 そしてゼクスをギュッと抱き寄せる。

「後さ、ゼクスは俺の未来を勝手に思い描いてたわけだろ?」
「それは、まぁ……」
「俺は俺自身についても思い描けるけど。ゼクスの未来もまた勝手に思い描いていたような気もした」
「俺の未来……?」
「なんだかんだで俺は嫌々ながらも好きな部分は多少はあるし、体と顔は好みのゼクスとその内普通に結婚して一緒に暮らすんだろうと漠然と思ってたんだけど」
「っ、え?」
「許嫁とはそういうものだと思ってたし、それが別段死ぬほど無理ではないから解消もしなかったし、特に別の相手とそういう未来を考えたことも一度もない。だから、ゼクスが安楽死した場合、俺の俺自身の未来予想は完全に崩れる上、その横にいる人物はあの見合い写真の山どころかゼクス以外がこれまで特にいなかったんだから、出てこないと思うんだけど、そこはどうしてくれるの? 猫の世話と一緒で人任せにするの? 責任を自分で取るべきだと思うけど」
「……」
「ゼクスの方こそ俺と結婚するのが嫌なんじゃないの?」
「ち、違、そんなこと――」
「本当に? 俺とヤるのが嫌で勃つか不安だったのもゼクスじゃないの?」
「本当だけど、その後者は俺、俺、苦手で……けど高砂なら嫌じゃない!」
「じゃあ安楽死せず責任を持って回復して俺とヤって、かつ結婚もそのままできるよね? そちらに関しては一定の回復で可能だけど、別に俺は入籍形態には別にこだわりはない。ただ、一緒には暮らしたいし、その予定なんだけど。かつ場所は万象院ではないし、ホスピスだのでもない。結婚した場合、将来的にどの道介護というのはあるし、俺はゼクスの仕事内容は今回まで知らず俺側が怪我して看病してもらうことが多いだろうと思っていたけど、お互い常に付きまとうとわかった。なんだかんだ言って、アルト猊下同様比較的回復したら、どうせゼクスは前線に出る日もあるだろうから、怪我確率はかなりある。病気の治療だのというのはそれが少し早まった程度で俺には想定内で気になる事柄ではないから、君がホスピスだのへと行くほうが無理。無理だ。許可できない」
「高砂――」
「ただ、敵殲滅が終わって暇になったら時東がPSY医療の研究所を作るというのは元々言っていた話で、その場所を家の三階あたりに貸し与えてやろうかなとは思うし、被験者兼患者をゼクスは続行すればいいんじゃないの? 俺は地下に兵器の研究室作るからどのみち在宅予定だったし。一階は仏壇と礼拝室で、ゼクスはそこでお祈りでもしてるんだろうという俺予想だったから、体調いい時はだらだらそうしてればいいだけだ」
「……」
「自殺の方がショックではないけど、俺の前で自殺できるとは思えないけど、別にそれは主要目的じゃない。単純に俺の思い描いていただらだらとした漠然としてる未来」
「……」
「ゼクスは一ヶ月半以内に、俺の恐怖の他にこれの代替案も見つけてくれないとだめだ。当然俺が納得できるやつ。何かある?」
「……いきなりすぎて、その……」
「俺と一緒に暮らすのは嫌?」
「そんなことないけど、高砂こそ――」
「それも余計な気遣い。第一、俺が自分で考えていた未来なのに、俺が嫌な訳無いだろ」
「……」
「あとさ、未来が思い描けないとか言うけど、思い描かなくてもだらだら暮らすのはだめなの? 計画して実行しないと問題あるの? 俺、そこもわからなくてイラっとするんだよね。昔からゼクスは全部予定立ててるだろ」
「……」
「普通なんだよ、そんな計画なんかたってなくて。多くの人間はそんなに先まで考えてないから。IQとかじゃない。お絵かきだって別に完全に頭になくたって適当にごちゃごちゃ線を引いたら顔に見える場合もあり、そこから適当に人物画をかけるだろ? むしろそういうのはゼクスが得意なのに、何故人生にそれを応用できないのか理解不能だ」
「……」
「さらに思い描けないなら俺決定に従ってよ。何も問題ないと思うんだけど?」
「……それは、そうだけど……」
「ゼクスが病気について俺に一言も言わなかったのは俺を気遣ったのもあるだろうけど、根本的に俺を信用してないからと感じる」
「っ……」
「まぁ俺もゼクスを信用してないけど。その信用ならない人物の安楽死判断なんて無論俺には信用できない。ゼクスは一ヶ月半以内に俺を信用させ安楽死に納得させることもしないとダメだからね」
「……」
「俺だったらこの三つ、俺側の恐怖取り除き、俺の未来設計の代替案、俺を信用させ納得させること、これらよりも、安楽死処置希望を撤回して治療して回復する方がすごく楽だからそっちを選ぶけど。他は面倒じゃない? 第一、合法的に安楽死はいつでもできるんだろ? だったら一ヶ月半後じゃなく、俺と生活し、三つとも案を出すまでの時間を捻出するのが、最低限の利口な行為じゃないの?」
「――全部その通りだけど……俺、闘病生活と痛いのが怖いんだ。特に痛いのは無理だ……もう、俺、もう、無理なんだ……本気で、無理なんだ……」
「けどたった二日でだいぶ楽になったんでしょ? しかも今後もっと楽になると聞いたけど? 十年後には落ち着くとまで聞いたよ?」
「十年も待てない。それに二日……俺には、一時間だって辛いんだ……」

 ボロボロ泣き始めたゼクスを高砂は抱きしめ直した。

 時東以外の前で、こういう風に、それも自分の前で泣いてくれたことが、悪いとは思いつつも高砂は嬉しかった。弱みを見せてもらったのは、思えば初めてだった。

 おそらく食事中に高砂のため息で微笑するゼクスの気分とはこういうものなのだろうと高砂はぼんやりと考えた。

「それは、俺はゼクスじゃないからわからない。けどこうやって辛いといって泣いてもらえると、ゼクスが辛くて痛くて泣いていることは理解できる。痛みに限らず言ってもらわないと、ESPがいくらあろうが、別の人間である以上は理解なんてできない。けどきちんと痛いと伝えたら、楽になった現実があるだろ? もっともっと痛いときちんといえば、時東だって十年かからずに楽にしてくれるかもしれない。俺が痛み止めのロステク装置を復古するかもしれない。ゼクス自身が今後より良い装置を開発だってできるかもしれない。これまでできなくても今後はできるかもしれない。現に薬はあの場で時東が理論から考えて作り出したものばかりで、ほぼ全て市販品じゃない。二日というのも効果が最大になる期間で、ほぼ五分以内に薬が新規されていたんだ。そしてその五分眺めていられる程度には辛さを我慢できていただろ」
「……っ……」
「いくら泣いても良いんだから、泣きわめけばいいんだよ。周囲は我慢されるよりそのほうが気楽だと俺は思うね」
「……」
「安楽死処置、撤回する?」
「しない」
「どうして?」
「だめだ、こんな風に優しくされて楽になるかもだなんて思ったら、決意が揺らぐんだ。死ぬのが怖くなる。怖いんだ。俺だってそれも怖いんだ。それでも我慢できないから決めた。悩んで悩んで悩んで決めたんだ。もう、それを変えたくない。一度伸ばしたら、きっとできなくなる。決意するの、それだったとても苦しいんだ。しかも結婚? 一緒に暮らす? そんなことしたら余計に死にたくなくなるだろ。安楽死どころじゃなく、過剰症自体が怖くて怖くて毎日その恐怖に耐え続けるんだぞ? 俺はそんな無理だ」
「永久にそれこそ老後以外安楽死なんか決意しなきゃいい。そしてその恐怖には俺は現在進行形で耐えてる。君と違って決意もゼロだ」
「……」
「一緒に、どころか、みんな同じくそれに耐えるんだよ、結局。そしてそれは過剰症じゃなくとも、危険な仕事をしている人間の家族は常に耐えてる。しかしそれと平和な家庭は両立不可能じゃない。怖くても味を楽しみながら食事ができただろ? 美味しそうだったけど、あれは全部嘘なの? 現在も激痛中だろうけど」
「美味しかった……でも安楽死は直前しか怖くない。それ以外はずっと怖いままだ」
「俺は君が安楽死の場合、永遠に君がいなくて恐怖状態で過ごす可能性があるんだけど」
「っ」
「すぐ忘れるとか無理だね。許嫁に何も知らされる安楽死されていたら、おそらく俺が自殺してたレベル。そして知った後、そうされた場合、俺は非常に繊細かつ優しく出来上がっているので、きっと永久に忘れず気にし続ける。ゼクスは一瞬で楽になるだろうけど、俺は? 肉体的痛みではないだろうけど、ずーっと頭と心がズキズキした状態で苦しみながら生きろって意味でいいの?」
「……」
「研究してる俺が好きとか言っていたけど、手につかなくなるだろうなぁ。やりたくてもできなくなるだろうね。さらに、俺はそういう漠然とした平和な未来を予定していたため、それが可能な国であるよう敵と戦っていたわけだけど、それが崩れたらそういう気もゼロになるだろうな。むしろ俺が闇汚染されて終末汚染で世界よ滅べと思ってロステク兵器ぶっぱなす勢いになるかもね」
「それはやめろ、ダメだ」
「じゃあ安楽死をやめてよ」
「……」
「俺のこと、本当に好き?」
「うん。好きだ。俺は高砂が好きだ」
「――俺もゼクスが好きだよ」
「!」
「言ったことないけど、多分。ただ、好きか嫌いかでいうなら嫌いな部分が多い。だから正確には好きじゃなくて――」
「っ」
「――愛してる」
「!」
「嫌いなところも含めてそれがゼクスだと思ってる」

 ギュッと力を込めた高砂の腕の中で、ゼクスが震えた。
 弱々しく高砂の服を握り締めている。涙で高砂の服が少し濡れた。

「だから俺が好きなら、好きだというなら、それを信じさせてよ。俺にはゼクスの行動からは俺への愛が一切伝わってこない」
「……っ」
「愛してる相手に見合い写真の山を渡されるってこれ、どんな気持ちだと思うの?」
「……」
「本当に俺が好きなら、死なないで、ゼクス」
「!」
「一緒にいてくれ。ゼクスがいないと困るんだ。恐怖の理由、俺にはわかってるよ。愛してる人間がいなくなるのが怖いだけだ」
「高砂……っ……」
「いなくならないで。そばにいてよ。俺もそばにいるから」
「……」
「約束だよ?」

 ゼクスが小さく頷いたので、高砂は腕に力を込め直してから、一度手を離し右頬に触れ、もう一方の手で涙をぬぐいじっと目を見た。

「安楽死は無しだ」

 真剣に高砂が見据えて言うと、ゼクスが決意したような瞳で、ただし震えながら頷いた。けれどしっかりと頷いた。それを見たら、高砂は思わず自然と笑みが浮かんでくるのを感じた。すると少し驚いた顔をしたあと、ゼクスもまた笑顔を浮かべて涙をこぼした。

「じゃあ、思いついたら即行動ということで、サインして」
「っ、あ、ああ……今?」
「勿論、今すぐ。決意が揺らぐ人なんでしょ? じゃあ早いに越したことはない」

 高砂がテーブルを引き寄せて、書類を三枚置いた。
 それを見て、ゼクスが目を見開いた。

「た、高砂、これ――」
「はやく」
「けど、これは――」
「どれも今の話で何一つ問題ないと思うんだけど」
「……」
「早くして」

 高砂の声に、まず安楽死撤回書類にゼクスはサインをした。
 次の――結婚届けは、高砂を何度か見ながら、本当に良いのだろうかという顔でサインした。だが、最後の書類を見て硬直している。それは、安楽死した者の伴侶――配偶者や配偶者相当の人間に許されている同伴安楽死書類の控えだったのだ。控えがあるというのは、既に手続き済みだということで、これはあくまでも、安楽死を決定した人間に後日任意で渡されるものなのである。つまりゼクスのサインがあろうがなかろうが、ゼクスが安楽死した場合、高砂も安楽死できるようになるし、大体一緒に安楽死を受けるから、ゼクスが安楽死を選ぶ場合必ず通達がいくのだ。半ば呆然とした様子で、ゼクスがサインした。それを確認して素早く受け取った高砂は、それから一枚の紙を取り出してゼクスに見せた。

「俺の配偶者相当としての安楽死撤回書類と全部セットで出すから。結婚届のみ希望があるなら別の日にするけど、どうする?」
「と、特に……」
「じゃあ今、英刻院閣下がいて、あの人のハンコで効力発動だから出してくる」
「え」
「何?」
「いや、その……なんでもないです」

 こうして周囲の暗闇クラックシステムが解除された。