30
高砂はスタスタと歩いていき、英刻院閣下の席へと向かった。
そして遠くから見ていたゼクスは、英刻院閣下がお茶を吹いたのを目撃した。
爆笑していた。みんな見ていた。珍しい。
即座にポンポンポンポンと四つ全てにハンコを押し、控えを6種類作成し、一つは法的に保管、一つは家族あてらしくハーヴェストとゼストとランバルトと匂宮と万象院と、おそらく鴉羽卿に英刻院閣下が送ったのを高砂は見て、返却された書類を手に戻った。
すると時東が腕を組んで近場に立っていた。
高砂はそれを渡してから、ゼクスを見た。
「完了したよ」
「う、うん……」
「じゃ、俺、明日も早いし帰るね。また明日」
「あ、ああ。また明日」
「昨日寝てないのもあるけど、今日は爆睡できそうだ。じゃあね」
そうしてサクッと帰ろうとした高砂に時東が言った。
「お前を俺は尊敬した。結婚届以外全部想定外だった。お前、男だわ」
「――まぁ言わなくてもわかってるみたいだったけど一応言っておくとゼクスに手を出したらぶち殺すから」
「無論だ。安心しろ、俺は友情には比較的厚い男だ。結婚おめでとう。帰ってよく休め」
「ああ。じゃ、他の面全てにおいてゼクスをよろしくね」
「承知した」
こうして今度こそ高砂は帰宅した。
「いやぁ、さすがにゼクス様。見る目お前あったんだな。良い男捕まえたな」
「あ、ああ……高砂はとても良い男だと俺はずっと思っている……けど、あんな……これは、時東先生の夢コントロールなのか?」
「残念ながらまだ寝てないから作動してない。この後、想定内容と変更しないとならないから、俺は大忙しで残業確定だ。しっかし、どうやって高砂はお前を口説き落としたんだ? 入籍届け出してもお前、普通じゃ絶対サインしないだろ?」
「な、なんというか……か、簡単に言うと……なんだろう……俺は高砂のことを考えていなかったようだったとわかったというか……なんだろう……なんなのかな?」
「知らねぇよ――ま、愛は医学より精神方面には偉大だと一つ俺は学ばせてもらったね」
時東の声に、ゼクスが頬を赤くした。
照れて動揺しているのがよくわかる。
「安楽死関連書類は、緊急性が高いからすぐに取り寄せ可能だけどな、結婚届、あれだけは、昨日の帰宅時間と今朝の勤務開始時間的に取得は無理だ。かなり前から持ってたな」
「え……」
「あれは朝十一時から夕方四時までしかもらえない。それもお役所でもらうしかないからな。少なくとも王宮に来てからは、その時間帯に高砂が抜けたことは一度もないから、一年半以上前から持っていたはずだな」
「ほ、本当に……?」
「俺がこんなところで無駄な嘘をつく意味があると思うのか? そんな暇はない。あいつの性格として、まぁ漠然と、二十四か二十九、その辺の適齢期にでもと考えていて、現状として三十前位に落ち着いたらと思っていたら、今回の騒動が発覚したとかそういう感じなんだろうなぁ。どう考えても、最初からお前としか結婚考えてなかっただろうな。それが当然というか……許嫁でいればお前に余計な虫だのもあんまりつかなかろうと、そういう判断だな、あれ。かつ許嫁なら、何も言わずとも結婚できるという判断だったんだろ」
「高砂……漠然と俺とそのうち結婚してだらだら暮らす予定だったと言っていた……本当だったのだろうか……?」
「確実に本気だろうよ」
「地下に兵器研究室を作り、一階に仏壇と礼拝室を設置し、三階あたりに時東先生の研究室を作るというのも本気なのかな?」
「俺の施設は元々予定していて、高砂も独自一個と橘と共同一個を作る予定でいたな。で、俺施設にてお前被験者計画は朝レクス伯爵にも話した。一・二階は生活スペースとしてキッチンや風呂だのと仮眠室は予定されていて、地下三階、上がさらに一階分俺資料室で五階予定の研究所、これは実は、外装と研究室・資料室の地下三階と地上の五階部分は完成していて、一・二階は、キッチンは榎波チョイスのロイヤル使用で、風呂だのはなんかまぁ橘の大公爵使用で出来てる――そして、これは高砂が金だして土地も出して建てたんだったな、そういや。一階と二階も基本はやつが使うといっていて、研究室全部にもシャワーとトイレと仮眠室ついてるから、よく考えると、一階と二階は不要だったわ。俺は普通に高砂住居なんだろうとぼけっと思ってたけど、礼拝室というか真横になぜか教会たってたな、そういや。俺、あれは何故同じ敷地に存在してるのか不明だったが、真面目にお前の職場だったんだろうな。かつ逆の隣には、寺も建ってる。俺、これは高砂が列院総代だからだと思ってた。だからこそ教会が謎だったんだけど、完全に解けた。なおかつ、一階の和室客間の神棚ある場所、あれも高砂が華族だからかと思ったが匂宮儀式用だわ。ちなみに二階の南の角部屋の一番広いところのみなんか明らかに高砂の趣味と異なるデザインだから連れ込み用かと思ったけど、連れ込みというかきっとお前を住まわせる用だろ、あれ……これ、俺専用施設もう一階分くらい増やしてくれるかもな。いやぁ、これを考えると非常に計画通りだったんだろうなぁ、結婚の方が。けど建てる理由がないから、俺と橘はだしにされたんだな。なんてこった」
「それはさすがに嘘だろ? 本当に?」
「事実だ。橘、あそこにいるから呼んでくるか?」
「や、いや、いい。え、え……どうしよう、嬉しくて死んでしまいそうだ」
「俺もこれはお前が惚れるの納得できる。やつは男前だ。俺は高砂の評価を上げた。やべぇな格好いい。俺もああいう感じで全部整えてからプロポーズしたいものだ。さてゼクス様よ、点滴を追加させていただくので、腕をお出しくださいませ」
「は、はい」
「まずこの白くてキラキラ光る点滴で淡いピンク色の大きな花が一輪咲いているみたいな代物、およびその青バージョン、さらに緑の葉っぱと白い小さい花束のようなものの三種類、この三つだ」
時東はそう言いながら五台目となる銀色の点滴台を出現させて、一番上の三つを示した。全て、痛みと死、それらというか、恐怖緩和薬だ。
これはザフィスの復古した薬に時東が手を加えた代物である。
ファナトフォビアや大怪我をした人間に本来用いる。
「次に二段目も四つ。淡い水色のほぼ白。水色。青。海色」
「お、多いな……」
「ああ。そしてもう自殺用に左手を確保しておく必要はないので、そちらの腕にやらせてもらう。良いだろ?」
「うん……」
「三段目の五つ。淡いピンクのほぼ白・桜色・濃いピンク・真紅・ワインレッド。これも追加です」
「綺麗だな……周囲が白くて金色だけど、こう、赤色相の表みたいだ」
「だろ? さて四段目は六つ。淡いほぼ白の緑。薄い青緑。緑。黄緑。深緑。暗い緑」
これは、二段目の青四種類は、完全に自殺直後の患者に投与する代物であり、強い希志念慮が消えるまでの間の治療薬である。
三段目の赤五つは、タイミングはただの偶然だが、幸せだという感情や嬉しさ、喜び、そういったものを増幅させる点滴類だ。
本来は感情鈍麻といえるような、無感情になってしまった人間に使用するものだ。最後の四段目の緑六種類は超強力な精神安定剤である。
高位の聖職者の祝詞やその辺の聖遺物よりもその効果は絶大で、封印暗示と並行して使用することが元々多いのだが、配合等が時東の完全オリジナルだから通常より数が多いのだ。
この合計十八種類がまず、ゼクスの左腕の関節上に三・四・五、関節下に六をそれぞれ四本の針で流し込む形になった。
四台目までで合計三十八個だったから、この五台目を含めて五十六本も点滴している状態だ。
本来時東は可能な限り薬を減らすタイプだ。
時には必要なものもやらない。
なのだから、全て必須なのだ。
かつ時東の作成薬は組み合わせで体調不良などは絶対出ない。
PSY医療薬剤師としても完璧であるし、完全PSY血統医学でのチェックまでしているから万全なのだ。
副作用もほとんどないし、ごくたまに免疫抵抗がある場合でもそれは予測済みで仕方なくの場合ばかりである。
続いて時東は六台目を出現させて、一番上の金具二つに、透明なパックで黄色いシールと茶色のシールがそれぞれはってある色違いのものをぶら下げた。これは黄色の方は、筋肉再生特化薬、茶色の方は関節保護特化薬である。
その下の位置が中央部分で上と交差し十字架上になる二箇所には、青いシールと青緑色のシールの点滴をぶら下げた。
これはお腹がトイレという意味で痛くならないということで改めてスキャンした結果、そもそも機能停止しているというのを発見した結果の腸関係特化回復薬と超ロイヤル整腸剤である。
その下の橙色と黄色と橙色の斜め交差シールの二つはまたほかと重ならないように斜めになっているのだが、こちらは腎臓関係特化回復薬と体内毒素浄化剤である。
そもそもフィールドなど無くとも、常に戦闘時のようにPSYでゼクスはトイレに行かなくて良いようにしていたのである。
おそらく無意識にであり、意識的にはたまになんとなく行ってはいたのだろうが、ただの行為で実際の排泄は怪しい。
一番最後の斜め、これで四本のラインが斜めに交差し八本になる。
最後は、赤と黄色と緑の丸いシールが一つ。
こちらは神経特化回復再生保護剤である。
その隣が、ピンクと灰色に近い紫の勾玉を二つくっつけたようなシールの点滴で、これは再生臓器保護維持剤である。
この八種類は全てそれぞれの癌疾患等の患者に使用する完全ロステク復古医薬品で、生体治療用だ。
効果も威力も早い。
ただし全て非常に精製が難しいので、時東でも用意に少し時間がかかったが、本来一つ作成するのに一週間はかかるので、周囲から見れば神速であった。
この八種類を六代目に追加、左肘下に四・四でさらに金具がついた針二つがささったので、合計で六十四だ。
さらに七台目。
三・四、で点滴がぶら下がっている。
三段目は薄い黄緑の液体に、茶色い花びらが五つついている花がいくつかならんだ点滴、その花のみ色違いで青、ピンクの三つで、これは全てPSY融合医薬品で、時東が初日から今日までに独自開発した品である。
肺機能治癒再生回復、肺機能維持補助、肺機能強化および咳き込み時の鎮痛剤である。
その下四つは、まずは青い水玉が規則正しく九つ並んだシールの点滴、下部に淡いピンクと黄色と青の直線が横に入ったシールの点滴、縦に淡い青緑がストライプのように並んだシールの点滴、ギンガムチェックの白と銀の点滴である。
これらは全て総合鎮痛剤で、それぞれが、痛覚受容体遮断、痛覚神経麻痺、必要痛覚選択薬、特定痛み刺激特化鎮痛薬で、最初二つは完全ロステク医薬品、後者二つはPSY融合医薬品だ。
組み合わせて使用すると、これまでの鎮痛剤の不要部分の痛み除去も取れる。
最初二つは神経切断に等しいのでかなりの指定医薬品だが、この後者二つを時東が復古してからは使われる頻度が爆増した。
これらも初日から作っていた代物でできたばかりだ。
この七台目の七つを左手首に二箇所に針を刺して、三・四で時東は繋いだ。
これで合計で七十一個となった。
点滴まみれの中央で、本日は空いている右手でチューブを見つつ、ゼクスがタバコを吸い、ライチジュースを飲んでいる。
「ご気分は? 本日の追加は以上です」