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 というか、とすると、重病人の鴉羽卿とは、ご老体だとかそういうことではなくて、目の前の緑羽であり、若くして不知の病というか、安楽死が許可されるほど重症の人間であるということになる。

 それを理解して、英刻院閣下は背筋が冷え切った。

 さらに鴉羽卿がゼスペリア十九世猊下であることを知っていた闇猫達は年齢的に合致すると気づいたし、なによりアルト猊下とハーヴェスト侯爵の実子がレクスの兄であるはずなのだから当然で、さらにそれはハーヴェストの長男でもあるし、正しく鴉羽ことハーヴェストクロウ大公爵とロードクロサイト大公爵の孫であるのだから鴉羽卿と名乗れる。

 つまり匂宮においても、朱匂宮である本家直系だろうし、緑羽としては、こうして存在しているのだ。

 厳しいことをいうが、実際に冷酷な処置は敵にしかしたことがなく頼りになって優しい鴉羽卿のことを各集団は思い出した。

 その上、馬鹿だとか万象院なのにESPが自在に使えないというのも、要するにそれは先程名前が出た装置による制御だ。

 医療処置だ。

 実際、鴉羽卿はここにいる誰よりも素晴らしい頭脳の持ち主で間違いがない。

「いいや。ただ俺は気にしないから、そういうことなら身内との相談通り、三週間後に安楽死処置を受けると良い。それまでここにいればいいだろう」
「――ありがとう、時東先生」
「ただその間、俺に国内医療を任せるというのだから、俺に点滴をさせろ。延命をするわけではないし、病気への処置を通じて痛みを三週間の間、減らせるかもしれないという意味合いで捉えてくれて良い。貴方の出した結論を俺に否定する権利はない」
「点滴をしていたら部屋にいることになるのだから、この王宮にいる意味がない」
「貧血だからだとでも言っておけば良い」
「アルト猊下の点滴を見慣れている連中ばかりだが、ではそれらは使用しないということで良いんですか?」
「レベル2から俺の診察で3だと判明したから念のためおよびアルト猊下の治験とでも説明しておけ。俺は個人情報は言わないし、俺以外がこの件に関して何か言ってきたら、それは盗聴されたと考えろ。俺に責任はない。王宮とは敵だらけのようなものだ」
「はは、そうか。敵だらけ。怖いな――うん、ではその通りに誰かに聞かれたらいうことにする。ただ本当に延命はやめてくれ。ショック死で心停止した場合、できればそのまま逝かせてくれ。医師としてそれは難しいかもしれないが、その場合は早急に安楽死手続きの場へ連絡を頼む。そうなると激痛でしばらくESP以外で会話できなくなるから、自分では連絡できないんだ。一応それは僧侶二名にも伝えてはあるけれど、そこの二人はしてくれるか不安があってな」
「――適切な法的書類と家族の同意がきちんとそろっているならば、俺自身が安楽死処置をしてやるから安心しろ。貴方の年齢の場合、未成年のご家族および配偶者相当のパートナーの拒否が追加されない限り、現在の状態で、滞りなく安楽死許可がそのまま降りる」
「そうか。レクスや高砂が反対することはないし、何より時東先生ほどの名医がやってくれるならば、すぐに楽になれる。ここで心停止したいほどだ。気が非常に楽になった。ありがとうございます」

 緑羽は満面の笑みだ。
 レクスは硬直しているし、高砂は呆然としている。
 二人共冷や汗をかいていた。

 周囲は、心から嬉しそうに死を待っている様子の緑羽と、愕然としている二人をモニターと交互に見ながら、自分達もまた何も言えないでいた。

「じゃあ採血しつつ問診させてくれ」
「ああ……悪いな、なんだか」
「気にするな。まず名前は? 考えてみるとそこから俺は知らん。三歳の頃はゼクスだったと記憶している」
「うん。ゼクスと呼んでくれ。正式には鴉羽ゼクス卿恩緑羽万象院朱匂宮真名ゼスト・ランバルト=ゼスペリア=ハーヴェストクロウ・ロードクロサイト大公爵府院古稀宮猊下というらしい。敬称まで名前だとか意味がよくわからない」
「俺のことも時東で良い。なるほど、とすると、ゼスペリア十九世で――ゼスペリア十九世はOther青の単体と聞いているし、後でそちらもチェック測定するが、どの程度なんだ?」
「うん、Otherが100パーセントで、含有量が十割の、全部ゼスペリアの青だ」
「っ」
「測定器が壊れていると疑われることが多いが生まれた時からこうだから多分正確だろうとは思う。ただ、非分類が完全にゼロであるせいなのか、アルト猊下は点滴をすると比較的すぐに自己治癒回復Otherが復活するというんだけど、俺はしないんだ。アルト猊下は非分類部分が補助して再開しているんじゃないかなと思うけど判断がつかない」
「なるほど、そういう有益な情報は早めに出してくれ――で、緑羽で朱ということは、絶対原色の緑と赤なのか?」
「ああ」
「そこに絶対補色の青か。全て絶対で三色か?」
「うん」
「ハーヴェストというのもあるが、それを維持できているんだから、血核球は混雑型PSY血核球だろう?」
「ああ、まぁな」
「――ロードクロサイトの統一亜ゼクサ型血小板および特殊メルクリウス型PSY血球は?」
「後者は聞いたことがない。いや聞いたことはあるが、それは美晴宮や英刻院、花王院、そしてロードクロサイトの虹の発現因子じゃないのか? あったとしても、特定鑑定を俺はしたことがないし、あまり関係ないと聞いているというか考えているというか、そこはわからない。だから特定鑑定をすればそうである場合もあるかもしれない。ロードクロサイトの血は引いているから。血小板の方は、確かにそれを保有しているが、俺のOtherはロードクロサイトの虹色かつ表層黒曜でもないから、あまり関係ないと思う」
「どうだろうな。そう言われているのは事実だが、関係あるかないかを判断するのは、少なくとも三週間は俺に任せてもらう」
「あはは。それもそうだな。時東先生は心強いな」
「――生体血液型がO型マイナス? 希血だな」
「うん。ハーヴェストの曽祖父もそうだったようで、これもハーヴェストに多いらしい。例の希血用PSY血核球パックの金色の粉が舞う代物は、その診察に出かけたロードクロサイトの曽祖父が、つまり俺と貴方の共通の曽祖父が作成したそうだ。ザフィス神父は俺の祖父でもあるから、俺と貴方は実は従兄弟だな」
「なるほど。通りで頭が良いわけだ」
「あはは」
「従兄弟というなら、法王猊下の孫なんだから榎波やラクス猊下もそうだろう?」
「ああ。榎波男爵は全く俺を知らないが、俺は知っていたから話していて、親戚というのも良いものだなと思っていた。ラクス猊下とは闇猫の活動でお話した。ルクス猊下とユクス猊下もそうで、ユクス猊下とは主にギルドでレクスと共に話したけど、全員俺の顔は知らない。英刻院閣下もだ。だからこう――いつもと違い俺に優しい彼らを見ていると少し楽しかった。俺の方はあんまりIQやPSY以外変わっていないのに、なぜなのか対応が優しかった。緑羽万象院の若御院だからだろうとは思うが、新鮮だな」
「はは、なるほど、布一枚でだいぶ違って感じただろうな。レクス伯爵と高砂も態度が違うのか?」
「いや、二人の前にはあの姿で出たことがないからな。レクスに関しては、こう、遠くからあの姿で見守りつつ、ユクス猊下に今後を頼むとお願いをたくさんしまくったので、一度だけ遭遇したときかなり不審がられて遠巻きにされた記憶がある。高砂にはこの前はじめてだ。フードの奥で緊張して死ぬかと思った」
「非常に聞きたかったんだが、高砂のボケのどこがいいんだ? かつ、お前にだけ超冷たいし性格も態度も極悪になる。お前があの世に逝った知らせを聞いて後悔して号泣して土下座しろと思う。俺はせせら笑ってやる準備が出来ている」
「時東先生は高砂と仲が良いんだな――なんというか、高砂は、あれだ。頭が悪い人間が嫌いだろう? それで俺は昔は天機で時東先生と一緒にIQ検査の被験児童になる程度には良かったのに、こう装置で急落して、手抜きに見えたんだろう、それまでは普通だった。けど別段高砂が悪いわけじゃなく、万象院の本尊本院の僧侶も大体、ああいう感じになったし、レクスもそれを見てるから、ああいう感じで、まぁ誰も悪くなくしいていうなら俺が悪いな」
「装置について言わなかったのか?」
「うん。言えば病気についても広まるから止めた。一部の者には伝えて、時東先生がさっき言っていたとおり、生活の補助をしてもらった。そこの二名もそうだ」
「で、華麗に話をそらしたが、高砂は?」

 時東の声に、ゼクスが赤面した。