7




「そ、その……最初は許嫁というのがよくわからなくて……その内に、なんだかこう列院冠位を取得している姿とかが格好良かったんだ。顔もかっこいいし、その上昔は優しかった。かつ病気の告知を俺が受ける手前くらいかな、ロステクの勉強を始めたら、集中しているのが、とても格好良くてな。こう、見ていると幸せな気分になるから、きっとこれは恋なのだろうとその頃に思った」
「――最初の告知はいつだったんだ? その時は高砂は気付かなかったのか?」
「うん、十三歳の頃に、心停止で倒れて搬送先で判明したんだ。それから検査に通ったから、おそらく時東先生はそこで俺を見かけたんだろう。Other量がここは多いのが良いのか悪いのか、心停止まで体を維持したからアルト猊下よりも発見が遅れたんだ。その頃、高砂は最高学府の研究所に詰めていて真剣だったから、直前から体調不良で周囲にはもう俺の方はバレバレだったから呼ぶかと聞かれたけど、こう、邪魔をしたくなくて、言わないでくれと言ったんだ。倒れた時まで、言ったらぶち殺すと周囲に言って意識を落としたそうだ。我ながらとても恥ずかしい……それで搬送先でレベル6が5に戻って今生きていると教わり、告知を受けた。ザフィス神父が見てくれた」
「高砂もボケだが、お前も馬鹿だろ。存分に恥じろ」
「そういうことを言わないでくれ。顔から火が出そうだ。けど時東先生、絶対に高砂に言うなよ。変に同情等されたくないし、俺は今の高砂もこう、あれが素なら俺のことが嫌いだとしてもそれはそれで見ていて悪い気分にならないんだ。むしろ嫌われる程度には興味関心を持たれていると思うと、少し気持ちが楽になる」
「マイナスなのかプラスなのか理解できない思考だ。それにしても、倒れるまで、相当痛かったんじゃないのか? その前に、いくら自己治癒回復できるとしても、言わなかったのか?」
「うーん、俺は俺で、そこそこ忙しくてな。その頃は既に、ゼスト家直轄の隊長とギルドの闇司祭議会の議長と匂宮の月宮部隊の直轄リーダーをしていて、本尊本院の代表でもあるから適宜猟犬との打ち合わせ等があってな――今回の昏き扇修道会という連中を特定した頃だった。あの時俺が倒れなければ、もうちょっと追い詰めるのが早くできたんだろうが、目が覚めた頃には逃げられていた。潜伏だ。ひどい話だ。それ以後は、とりあえず嘔吐被災時の全てとそれ以外に俺がいなくても指揮系統が保たれるのを維持しようと思っていたんだが、まだそこが完璧ではなかったみたいだ。けど十三歳の子供にやらせるなよと俺はちょっと思ったな。今もそう思う」
「あはは」
「しかもこう、何やら俺の背が低いのは背骨が曲がったご老体だと思われたらしくて、咳をしてこっちは吐血しているのに、あちらは老化で肺機能が弱まってる扱いだからな」
「ぶは」
「背が伸びたら、背骨矯正手術をやっと受けられたんですねと言われて俺は吹いた」
「ひどい話だな――その頃は、痛みがコントロールできていたのか?」
「うーん、どうなんだろうな。いつも痛かったけど今よりは痛くなかったとしか言い様がない。ここまで気が狂いそうになったのは、ここ三年といったところだな。六年前の段階で安楽死を決意する痛みだったのに、それをはるかに凌駕した。俺はもうなんだか、な、うん、なんともいえない気分になって、ずっと今日から三週間後が来るのを待ちながら頼むから大至急心停止が起きてくれと願い続ける感じになったな……もう死にたいとか自殺したいとかそういうことではなく、どうにかして解放されたいという感じだ。むしろ自殺阻止を自分で試みて自分で何度布を噛んだか不明だ。部屋から刃物類も兵器類も自分で撤去した。精神的にはかなり健康で、PSY感情色相もクリアだが、いつ闇汚染されても良いレベルで痛いから、念のため常に汚染防止システムをつけてる」
「壮絶だな。二度目までは装置二つを付けてたり外したりしながら働いたのか?」
「うん。二度目以降も、働いていて、二度目以降は、例えばギルドをユクス猊下にお願いしたり、ゼスト家をアルト猊下に戻してルクス猊下を後々とお願いしたり、匂宮を真朱様に完全にお願いしたりと、そうした作業を主にしていた。それがほぼ全て終わって大体整ったのが一年半前で、後はレクスに譲渡で完了だ。特に三年前からの一年半が毎日布を噛む生活でな……引退しないでくれと泣かれてちょっと嬉しいが、頼むから人生自体から引退させてくれと思う日々だった」
「お前さっきから本当に不謹慎な冗談で俺を笑わせようとするよな。引退か、ほう。俺なら最初で早急に仕事を引退して治療生活に入るけどな」
「なんかこう一度始めたことがスッキリ終わらないと嫌なんだ。そんなのは無理だとわかっているけど、もやもやするから、こう、完璧になるといいなと思ってしまう。俺の悪い癖だ」
「こちらとしてはその完璧な防災対策や医療設備の整えをしてもらって感謝しかないが、確かに健康には最悪だ。ちなみに睡眠は?」
「長く眠れて三時間だ。本来は十二時間くらい爆睡するタイプだろうに……痛くて一時間半に一回は目が覚める。痛みが奇跡的に止まったら俺は熟睡したい」
「三時間眠れるのは運か? どの程度の間隔でそれが来る?」
「いや、その……あ、あの……た、高砂と、ほ、ほら、あの、寝ると、その後それくらい眠っていられるという……あの、やめろ。言わせないでくれ」
「へぇ。どのくらいのペースで?」
「……いや、だ、だから……高砂は俺が嫌いだから滅多に顔を出すことはないし、年に一回、列院総代が本尊本院に来る行事でだけ顔を出すから……その時に、高砂が研究明けで寝不足の場合、Other供給からそのまま、その、俺の側の体はそうされると……どうしようもないから……ええと、二年とか三年とかに一回くらいだな……」
「照れながら悲しそうな顔をするという奇妙な配合を初めて俺は見た。ふぅん。じゃあそれ以外は一時間半か?」
「ああ……それで起きてはまた寝て朝になるまで横になっているけど、痛くてそれも無理な場合は起きる」
「高砂以外とヤれば?」
「あのな、好きな相手以外と俺はそう言うのは嫌だ。というか本当は、Otherを抜かれるというのはゼスト血統にとっては恐怖以外の何者でもないから好きな相手でも嫌だ。高砂は特別なだけだ」
「ノロケかよ」
「いや、あの……その……」
「高砂はそうは思ってないと思うぞ」
「……だろうな。俺に散々な事を言うし、おそらく俺がそう言うの好きだと思ってるだろう……まぁ、それはそれで、こう、変に許嫁が死んでショックを受けられたら高砂は優しいから可哀想だし、ショックの軽減としては良いかもと思い、俺は別に特に何も言わない」
「……どれだけ高砂が好きなんだよ。かつ、どこが優しいんだ? 散々? それは鬼畜と言っていいんじゃないのか?」
「優しいぞ? 野良猫を保護していたりしていたり、見ているととても優しい。俺には優しくないだけで、それは嫌いだからだ。嫌いな相手には本来優しくしないだろう、多くの人間は。だからそれは高砂が優しくない証明にはならない」
「ほう。興味深いご見解だな。レクス伯爵とはどういう感じなんだ?」
「う、うん……その……思うに、レクスは良い子だから、家族が死んだら悲しむような気がするから、こうなるべく距離をとり、かつあんまりレクスが好きでなさそうな素振りを心がけ、最大限興味を失わせる方向性で来て大成功を収めたと俺は自負している」
「……」
「ただ、こう、その代わり、いつの間にか、どう話しかけたら普通に喋ってくれるのかも不明になってしまったのが少し悲しいが、まぁこれで良いかなと思っている。最後に元気な顔も見られたしな」
「極度のブラコンという認識で良いのか?」
「……そ、そうなるのかもな」
「他の家族との連絡は?」
「まぁ……アルト猊下と父上は、その、うるさいほど心配するから一切の連絡を俺から遮断して、周囲にも取り次ぐなと言ってある。先代の朱匂宮と鴉羽卿ことラフ牧師は、俺が安楽死処分をすると言ったら、手続きするならその時点で死んだものとみなし二度と口をきかないと宣言して、俺はそれでも構わないといったので、二名とは俺からも向こうからも連絡等はない。先代緑羽とは一緒に暮らしているし、ザフィス神父は定期的に診察に来てくれるから会う。こんな感じだな」
「なるほどなぁ。法王猊下側は?」
「――舞洲猊下に泣いてやめろと懇願されて以来、俺はランバルト家に一歩も近寄らずあちらかの一切の連絡も全て遮断している。そして俺はあの二人の違法な安楽死手続きへの妨害をかいくぐりめでたく書類の入手に成功して大歓喜した結果、法王猊下は俺に、仕方ないから年に一回だけ顔を見せろというのでそうしている。そしてあの二名とは、病気の話題を口に出した瞬間二度と合わないという取り決めのもと、年に一度王都で食事をしている。両親と会うのも、基本的にその時だけだな。ここへも顔を出して誰かに一言でも話したらその時点で安楽死するから絶対来るなと俺は手紙を送って同意を得てから来た。嫌なんだよ俺、同情とかされるの。慰めるのきついし、慰められるのはもっときつい」
「なるほどなぁ。まぁ気持ちが全くわからなくはない――よし、採血終了かつ検査もだいたい終わって、やはりメルクリウスだった。後は生体チェックと色相をモニターチェック、PSY方面チェックをする。先に体温と血圧――……三十一度ですが、これは平熱ですか?」
「近年は一番良くて三十四度だ。ここのところは二十九度から三十二度の間をいったりきたりで、何とも言えない。俺個人としては良い方の平熱だが、死人レベルだと理解してる」
「なるほど。血圧も脈拍も死人レベルだがこれは?」
「いつも通りだ。低血圧だということにしているが、ちょっとまずいな」
「ちょっとどころじゃないな。では、これを人差し指にはめて、こっちを左手に手袋のようにはめてくれ――ほー、本当に完璧なゼスペリアの青100パーだ。すごく綺麗だというのと同時に、俺は今時分の医学理論の正しさを証明できた。協力感謝だ」
「なにか貢献できたなら良かった。ちなみに何がだ?」
「いやな、メルクリウスが、Otherだけじゃなくそれぞれの100パーセントの因子だろうと常々思っていてな。ちなみにロードクロサイトと美晴宮以外はメルクリウス緑、ロードクロサイトの俺やお前はメルクリウスの紫となる」
「そうなのか。だから俺も100パーになったのか?」
「可能性が高いがそちらは今後実証する」
「三週間以内になるべく答えを出して俺にも教えてくれ。すごくワクワクした。こんな気分は久方ぶりだ。心が躍る」
「それは何よりだ。努力はする。それで、悪いが一度コントロール装置二つも外してくれ」
「ああ」
「よし、戻して良い――しかしすごいな。さすが国内最高。全て測定不能か……」
「あんまり役に立たないけどな。お腹が減って困るだけだ。装置をつけているとあんまり減らないけど」
「高カロリーがいるからな。栄養失調はそれか?」
「そこも原因不明で、ザフィス神父と何度も相談したんだが、理由がわからない。完全PSY血統医学ならばわかるかも知れないという話になったが、自分で自分を診察はできないし橘宮家に出かけるのも悪いかなぁとなってな。貧血も原因が不明なんだ。あと、それらで免疫が落ちているのもあるんだろうが、無菌状態を維持しているのに原因不明の肺炎になることもある。なぜなんだろうな」
「――これまでに使っていた薬は?」
「ロイヤルパックと勝手に呼んでいる青用のアレはアルト猊下と全く同じものだ。ESP-PKは原色で保護。違いは混雑型PSY血核球の希血Oマイナス型生体液という部分だけでこの四種類を点滴している」
「濃度は?」
「ロイヤルはアルト猊下と同一で、他二つは医療院の共用のものと同一だ。というか濃度について聞いたことは特にない。同じものを使っていることだけ分かる。血核球の濃度というのはあるのか? とりあえずあれは生体液パックは希血基本そのままで、そこにPSY血核球を普通に入れたもので、曽祖父ハーヴェストと同一だとは聞いている」
「なるほど。そこが理由だと俺は推測する」
「さすがだな。そういうのがあるのか?」
「理論ではな。ただアルト猊下の治療およびアルト猊下で実験させろとも言えないし、非常に俺にとっても今回は好都合」
「時東先生は優しいな。そう言われると、罪悪感が薄れる」
「だろ? さて最後に痛覚測定をする――っ」

 時東がゼクスの手首に腕輪をはめた超ご息を呑んで外した。
 これには周囲も視線を向けた。