T:やりきれない成果は雑談から生じた<3>




 ――第二性別の研究は、始めてしまえば殊の外面白かった。
 雲中子は暫定的に、産ませる事が出来る性別を『α』、産む事が出来る性別を『Ω』、どちらでも無い性別を『β』と名付けた。これは男性と女性というくくりとは別に、サンプル全員に存在する、それこそ『第二の性別』である。

 人間界の者からもひっそりとランダムに情報を採取した結果、同様の痕跡があった。ただし人間界の者はほぼ全てが『β』であり、その『β性』の痕跡も非常に弱い。退化し、消失しているに等しかった。

「第一性別の方が繁殖に有利だったから、寿命が身近い人間では退化・消失したのかもしれないねぇ」

 結果を渉猟しながら、ペラペラと紙を捲っていく。太乙に導入して貰った解析用のコンピューターから出力したものだ。

 一方の仙人や道士であるが、逆にこちらは、人間界の者よりも第二性別の退化が見えにくく、寧ろ残存していた。仙人骨を持つという事は、通常の人間より進化した証拠とは限らなかったわけだが、逆に――原初のヒトという種族の特徴を仙道が残している可能性にも思い当たる。

 まぁそんな訳で、仙人界には、第二性別を持つ者が非常に多かった。正確には、判断が易いほどに、結果がはっきりと出る者が多かったと言える。

 問題は、仙道の多くが、『α』であるという事だった。結果として、『α』と『Ω』しか存在しないに等しいような状況となったのだが、その中でも大半が『α』であり、『Ω性』を持つ者はほとんどいない。

 即ち、簡潔に述べるのならば、産ませる側ばかりで、産む側が少ない。

「そりゃあ中々子供は出来ないだろうねぇ……」

 納得の結果だった。そもそも、『α性』と『仙人骨』や『仙気』の間に相関関係があり、力ある仙道ほど『α』だという結果が出た。古来、恐らく『α』は『秀でた存在』とでも表された事だろうと、漠然と雲中子は考えた。

 問題は、『Ω』である。Ωもまた、αと同様に特殊な存在であるのは間違いが無い。そもそも現在の価値観を変える存在だ。男であっても子が孕める。無論、女性であっても子を産ませる事が可能なαだって特別だが、これまで男として性自認してきた雲中子としては、こちらの方が衝撃的だった。

 なお、α同士の場合やΩ同士の場合は、『男女』という『第一性別』の組み合わせが無ければ子供は成せないようだ。

「だけど仙人界で過ごすと、ΩはΩとしての生殖機能が停止するみたいだねぇ」

 人間界を模した研究室で、実験用の動物を人為的にαとΩとし、研究した結果を雲中子は確認する。人間界の空気の中であれば、Ωとして生まれた者はオスであっても子を成す事までは確認した。その際に発見した事として、当初は未分化の子を宿す器官が、ある時期を境に急速に発達する事まで理解した。しかし仙人界の空気の中では、この急速な発達が見られない。よって、仙人界で過ごす『Ω』は、Ωであっても子を成す事がほぼ無い。

 Ωは人間界の空気に触れて育つ場合、どちらかというとひ弱か悪くすれば病弱で、率直に言って発育が悪い。同じ餌を与えても、αとは成長の仕方が異なる。だが仙人骨を移植した動物で実験すると、それが無くなる。結果、仙人骨を持ち、仙人界の清浄な空気の中で育った『Ω』は、繁殖のための機能は未分化となるものの、『疑似的α』といえるような成長を見せる。α同士では子が成せない。αと疑似αの場合も、疑似側であるΩの肉体が生殖に適していないため、子が成せない。

「が、仙人界の仙道には、『α性』と『Ω性』が残存しているんだから、Ω側の身体機能さえ整えば、問題なく第二性別が合致すれば子供は生まれるようだねぇ……」

 実験動物達を見ながら、雲中子は考えた。

「生殖機能が整った事は、実験によると――『発情期』が訪れる事で分かる、のかなぁ」

 一気に体がつくり変わるとしか言い様がない。

「仙道の修行自体が、そもそもこの『発情』という機序を抑制する、それこそ雑談していた時分の因子みたいなものでもある」

 つまり、『発情期が訪れてΩになれば子を成せる』が、そもそも仙人界のΩにはそれが訪れない。代わりに、努力や修行次第で、Ωが元来特性として持つ様なある種劣等としかいえない発育状況などは、仙人骨や仙気・空気のおかげで発現しない。

 ここまでの結果を、万年筆で紙に走り書きしながら、雲中子は思考をまとめる。

「あとは、特徴的なのは、発情期が訪れると独特のフェロモンが発生する事かな。Ωが発情期に放つ香りに、明らかにαは反応を見せる。α側の発情は、Ωのフェロモンで誘発されるようで……その場合、なんでなんだろうなぁ、αはΩのうなじを噛むようだねぇ」

 この疑問も、暫く観察研究を続けていくと少しずつ解消された。
 どうやら『番い』関係となるらしい。αに噛まれない限り、Ωには定期的に発情期が訪れる。しかしαと番いになると、Ωには発情期が訪れなくなる。

「他に不思議な事としては、基本的にΩの発情には、αは必ず反応するけれど……発情しているΩを並べてみても、その全てに反応するわけじゃ無く、必ず特定の個を選んで番いとする場合が多いねぇ。そういう個体同士の場合、発情期でなくとも寄り添っている確率が高いな。まるで運命の相手だとでも言っているかのように見えるねぇ」

 そんな風にして、雲中子は動物実験を重ねていった。
 そしてある程度の成果がまとまったので、玉虚宮へと報告へ出かけた。
 雲中子を出迎えた元始天尊は、雲中子からの報告に、静かに耳を傾ける。

「――とすると、αとΩであれば、仙道間で男同士であっても子が成せるのか」

 元始天尊は、聞き終えるとポツリと呟いた。雲中子は事実なので頷く。

「ええ。特に、αと仙人骨には有意な相関があるので、Ωとしての兆候を見せた者からは、仙人骨を持つαの子が基本的に多く生まれるというデータも出ていますねぇ。ただし繰り返しますが、Ωとしての第二性別を発現させる者がほぼいないと言えるので、本当に仙人界で子孫の繁栄を考えるというのであれば、余程そちらが問題だと推察します」

 寧ろ仙人骨を持つ者を増やすというのであれば、仙人のαと、仙人界にいるΩの間での生殖活動を推奨するべきだろう。雲中子はそう伝えたが、この時点においてもなお、この研究は机上の空論に過ぎないと、どこかで考えていた。