T:やりきれない成果は雑談から生じた<4>
――今後、十年に一度、『殺界』が訪れると、崑崙山全体に玉虚宮から発表があったのは、それから三ヶ月後の事だった。
その知らせを聞いた雲中子は、届いた書簡を見て、眉を顰めた。
曰く、『溜まった性衝動を発露させる時期』とある。よく読めば、それは完全に『発情期』と類似した内容だった。αやΩといった第二性別についても記載がある。
「……」
雲中子は、己の研究を、必ずしも己が発表する事を信念としてはいない。寧ろ、依頼主であり成果を欲していた玉虚宮から、元首である元始天尊から発表がある方が、仙道達も受け入れやすいとすら思う。
既に詳細なデータは提出済みであったし、第二性別の検査用のキットも渡してある。
「そうは言ってもねぇ……これでは望まない妊娠や出産があるかもしれない……そもそも、子供を取り上げた経験がある医学に詳しい仙人が、一体この崑崙に何人いると……いや、第一それ以前に、発情してしまった者への対応や、フェロモンに当てられた者への対処……一体誰がするのかねぇ……?」
雲中子は嫌な汗を掻いた。その後、研究室へと引き返し、書簡を台に置く。
そして過去に試作した、ネックガードを一瞥した。Ωのうなじをαが噛むと、つがいになるという状況を、物理的に止めさせる手段として、開発した代物だ。他にも、玉虚宮には未提出であるが、『発情期抑制剤』を雲中子は生み出していた。それはΩの発情――ヒートを抑えるものと、αの発情――ラットを抑える品の、両方を用意済みだ。
この、ネックガードと二種類の薬は、早急に玉虚宮に提供するべきだ。
そう判断して、雲中子は慌てて荷物をまとめてから、洞府を出た。
しかし『殺界』についての対応に追われているという内容で、元始天尊は多忙ゆえに会う事が叶わないと、雲中子は門前払いをされた。
「……」
明確に、雲中子は理解した。求められていたのは研究の結果のみであり、その後の仙人界における『成果の使い方』への口出しは許されてはいない。
古くから崑崙山にいるとはいえ、幹部でも無く、仙界の運営に関する事柄に口を出す権利も無い。過去、そうしたいと願った事も無いが、この時ばかりは今後を想像して、己の無力さを感じた。