T:やりきれない成果は雑談から生じた<5>




 ……十年という歳月など、あっという間だ。
 雲中子は、取り急ぎ――忘れる事に決めた。誰と関わる事もしなければ、『殺界』など瞬きをしていれば過ぎ去る現象にしかならない。昨日夏だったと思ったら、すぐに次の夏が訪れるのと同じで、きっと日常に成り下がる。

 そう割り切って、日常的な研究を再開した。大殺界への対応が忙しいらしく、十二仙である太乙や道徳が遊びに来ると言った事もない。時折雷震子が玉柱洞を訪れた時、茶菓子を出して、食べてもらえない事くらいが、雲中子にとっての外部との接点だった。

 一年、また一年と、刻は流れる。

 殺界を目前としたある年、崑崙山において、第二性別の一斉検査が行われると雲中子は聞いた。人手が足りないから判定の依頼に手を貸して欲しいと頼まれ、確かに発情期でいきなり自覚するよりは個々人にとっても衝撃が少ないだろうと考えて、久方ぶりに関わる決意をした。

 普段通りの白い道服姿で雲中子は会場へと向かい、解析を手伝う。
 二ヶ月ほどかけてその作業を終えたある日、雲中子は共に従事していた太乙に呼び止められた。

「お疲れ様」
「そうだねぇ。いくら仙道の数が減少していると言っても、崑崙全体で見れば、決して少数とは言い難いからねぇ」

 そのまま二人は並んで歩く。二人の影が、夕日で伸びていく。
 まさかあの夏の日の、何気ない雑談から、こうした新たなる日常が訪れるとは思わなかった。漠然とそう考えつつ、雲中子は視線を下げる。

「ねぇ、太乙。Ωに対して、ネックガードを配布する提案を、私は一応玉虚宮にした事があるんだけれど、続報を聞かない。そういった話は、聞いた事があるかい?」

 雲中子の声に、太乙がどこか遠くを見るようにしながら微苦笑した。

「ヒートとラットの抑制剤も、雲中子は開発済みなんだよね?」
「うん」
「――けれど公的にそれは、『存在しない』事になっているよ。私に言えるのは、ここまでかな」

 太乙の言葉を聞いて、雲中子は小さく頷いた。予測していた事だったからだ。
 それが事実だと教えてくれただけでも、友情だと雲中子は思う。太乙は気楽に話してはくれるが、元始天尊の直弟子であり、十二仙の一人という立場だ。長く崑崙にいるとはいえ、己とは立場が違う事を、雲中子はよく理解していた。

 これが、その後の喧噪にまみれた日々の幕が開ける前、最後の会話となる。