【十二】聖夜。(★)
「昨日は大変だったみたいだね」
次の日、いつもより少し早くやってきたスピネルに言われた。
立ち上がって迎えた俺を、スピネルが心配そうに抱き寄せた。
そして頬に手を添えて、顔を覗き込んできた。
「本当に無事で良かった」
「ありがとう」
それからスピネルは、俺の肩に止まっているクラウゼンを見た。
「クラウゼンが助けてくれたって聞いた。さすがだな」
クラウゼンが言葉を話せると、スピネルは知っているようだった。
しかしクラウゼンはいつもと同じで何も言わない。
俺は、本当にあの青年がクラウゼンなのか、不思議な気分になってしまった。
その日の午後は、他にも来客者がいた。
ソフィア様だ。コンコンと控えめなノックの音がしたので声をかけると、ゆっくりとソフィア様が入ってきたのだ。
「大丈夫ですか? 昨日は大変だったと聞きました」
「大丈夫です」
「何よりです。おぞましい話です。狂鼠族のような害意ある存在が城に入り込んでいたなどと――これは、お見舞いと聖夜のプレゼントの代わりに」
「?」
ソフィア様は、そう言うと、小さな緑色の小瓶をテーブルの上に置いた。
エメラルドで出来ているようで、フェンネル様やスピネルの瞳の色によく似ていた。
「聖夜の夜につけると、ご加護があるという香水です」
「ご加護?」
「愛する人の腕に抱かれているかのように、心が和らぐという話です。儀式の夜は、ぜひこちらを。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ソフィア様が微笑した。
「僕への疑いが晴れたのは、不幸中の幸いです。改めて、仲良くしてくださいね」
「はい!」
大きく頷くと、優しい表情をしてから、ソフィア様が吐息した。
それから二人でしばらくお茶を楽しんだ。
わだかまりがあったのかは分からないが、俺は彼とももっと仲良くなれる気がした。
みんな、俺を心配してくれているようだった。
なんだか、過ぎた幸せのような気がして、失うのが怖くなる。
俺は、幸せだなと思った。そうしたら――ずっとここにいられたら良いのにと思ってしまった。みんなと一緒にいたかった。
そう考えて、『みんな』とは、誰だろうかとふと思った。
ここに来て、大勢の人と出会ったのだが――目を閉じたら、まっさきに頭に浮かんできたのは、フェンネル様だった。理由はわからない。冷たくて怖い人だと思っていたのだが、実は優しいのかもしれないと、最近感じている。
フェンネル様のためにも、当日は頑張ろうと再決意したのだった。
こうして、聖夜の日がやってきた。
儀式は、城の奥にある大聖堂で行われる。
秘密の祭典らしく、俺が祭壇の前に立って読み上げ、それを聴くのはフェンネル様だけだと聞いた。
祭壇の前に、真っ赤なヴェルベットの布がはられた横長のソファがあり、その中央にフェンネル様が座っていた。まるでベッドのように大きい。左右には、手すりの隣に、大きな燭台が立っている。こちらは虹色に光る金で出来ていて、五本ずつ蝋燭が立っていた。しかし、火はついていない。
天井のシャンデリアが明かりだ。同じ燭台が祭壇の左右にもあるのだが、そちらには火がついている。俺はここで祝詞を読んだ後、座っているフェンネル様に歩み寄って、額に、その、キスをする事になっていた。そういう儀式なのだという。黒猫族の最初の国王陛下が、森猫族の最初の皇帝陛下に、召還獣の知識を与えた時の再現らしい。どういう状況だったのかは、よく分からない。
こうして、聖夜になった。夜中の十二時だ。
俺は、緊張しながら、祭壇の上の紙を見た。
ソフィア様にもらった香水はきちんと五分前につけてみた。
そのせいなのか、良い香りに包まれていて、気分が少し穏やかになっていた。
「よ、読みます!」
「頼んだ」
答えたフェンネル様に頷いて、俺は紙を読み始めた。
だんだん体が熱くなってきたのだが、これは魔法の効果なのだろうか?
読んでいると、一気にフェンネル様の左右の燭台に火が付いた。
さらに食堂の時とは桁違いの、キラキラした粉が宙を舞っている。
幻想的な空間で、俺は祝詞を続けた。周囲のステンドグラスが煌めきだし、どこからともなく、華麗な音楽が聞こえてくる気がした。
そして読み終わる頃には、体がカッと熱くなっていた。
なんだろう、真夏みたいだ。
足もフラフラするが、最後の大仕事が残っている。
俺は座っているフェンネル様に歩み寄り、少し屈んで、おでこにキスをした。
目を閉じているフェンネル様の顔は、本当に端正だ。
「皇帝陛下に、神のご加護を」
こうして、無事に儀式は終了した。
緊張が一気に解けて、俺は大きく息を吐いた。
すると、フェンネル様も目を開いた。
「上出来だ」
「ありがとう」
微笑を返してから――俺は、倒れ込んだ。おかしい。体が、尋常ではなく熱い。
部屋が暑いわけじゃないというのは分かる。だが、風邪の熱は、この前実感したから、それとは違うというのもよくわかる。俺を抱きとめたフェンネル様が焦るような顔をした。
「大丈夫か!?」
「う、うん。ううん、あの、あ、体が熱くて」
俺は潤んだ瞳で訴えた。息が上がる。全身が溶けてしまいそうだった。
フェンネル様にしがみついた手が震える。
体に力が入らない。
「――……っ、この香りは……!!」
「……っ、ぁあ、熱いよっ」
泣きそうになって俺が言うと、フェンネル様が唾を飲み込む気配がした。
そして、片手の指先で、俺の鎖骨をなでた。
「ああっ!」
すると、不思議なほど大きな声が俺から出た。
――気持ち良かった。
ジンと腰が痺れて、感覚がなくなった。太ももが震える。
「あ、あ、あ……ああっ」
今度は耳に息を吹きかけられて、ついに俺は泣いた。
「何これぇっ」
「――瞬火の香水だ」
「?」
「……発情期を誘発する魔法薬だ」
何を言われているのかよく分からなかった。ぼんやりとしていたその時――フェンネル様が目を閉じて、俺に顔を近づけた。
「っ」
唇と唇が重なり、舌が入ってくる。吸われた瞬間、俺の全身が震えた。
口腔を嬲られ、指先で耳をいじられる。
気づくと、ソファの上に押し倒されていた。
「悪い――俺も嗅いでしまった……チッ」
舌打ちしたフェンネル様が、首元を緩めるのを、俺は見ていた。
そこから、俺の理性は消えた。
するりと服を脱がされて、寝台のようなソファの上に、俺は体を投げ出した。
「ぁ、ぁ……うっ」
胸の突起を噛まれて、俺は嬌声を飲み込んだ。
優しく唇で挟まれ、舌先で舐められる。もう一方の手では、直接的に陰茎を握られた。
だらだらになっていた俺のそれの先端を、フェンネル様が親指の腹で刺激する。
「あーっ!! やぁっ、うっ、あ、ハ」
熱が全身を支配していた。解放を求めているのがわかる。
思考にもやがかかったようになり、俺は、ただただ出したいと願っていた。
だが、もどかしい動きでゆっくりとフェンネル様は手を動かす。
先走りの液が溢れ、俺は身悶えた。フェンネル様はそれを塗りつけるように陰茎を撫でる。だめだ、だめだだめだ、もどかしい。俺はむせび泣いた。誰かにこんな風に触られたことなんてない。そもそも自分でも触ったことがなかったのだ。
体の芯が熱い。奥底で、何かが渦巻いていた。
「香水を持っているか?」
その問に、俺は必死で頷いた。そして服を一瞥したら、片手でフェンネル様がそれを探り、小瓶を取り出した。蓋が開く音がした。
「っ」
フェンネル様は、それをだらだらと俺の太ももに垂らした。肌を伝って、それがたれていく。すると、その箇所が燃えるように熱くなった。ガクガクと太ももが震える。勝手に腰が動きそうになる。フェンネル様が、その時俺の太ももの内側をなでた。
「ああああっ」
思わず首を振った。髪が揺れた。汗ばんでいるのが分かる。
直後フェンネル様は、液体を|掬《すく》った指で、俺の出口を撫でるようにつついた。
そしてほぐすようにゆっくりと、指を二本進めた。中へと入ってきた。
異常に巨大に思える指が、ゆっくりと進み、第一関節まで進んだ。
そこから輪を描くように奥へと進められ、根元まで入りきった。
俺が肩で息をした時、急にその指が振動を始めた。
「ああっ、あ、あ、ン――!!」
ゾクゾクとした感覚がその部分から広がり始める。水音がした。
香水がぬるぬるして、指の動きをスムーズにしている。
次第に指の動きが抽挿するものに変わり、ギリギリまで引き抜いては、奥深くへと進んでくるようになった。時折かき混ぜるようにされながら、俺はその刺激を味わっていた。
その時だった。
「!!!!!!!」
頭が真っ白になる一点を、指が掠めた。思わず体を反り返らせて、息を詰めた。
目を見開くと、快楽の涙がこぼれた。
「ここか?」
「あ、あ、ああああ」
俺は意味のある言葉を吐けなくなっていた。
その場所を見つけ出したフェンネル様は、重点的に刺激し始めた。
グチャグチャと音がする。しかし、ひどくゆっくりとだ。
「いやぁっ、だめだ、俺、俺」
前と快楽が重なり、突かれるたびに、果てそうになる。
なのにゆっくりすぎて出せない。そもそも俺は男なのに、中を突かれて出してしまったら変だとはわかる。だけど、思いっきりそこを突き上げられたかった。足りない。
「あ、あ、気持ちいいよぉっ!!」
「あまり煽るな。これでも自制しているんだ、俺も辛い」
「いや、いや、だめ、もう――ああっ」
「まだ解さなければダメだ」
「うあ――!!」
そのまま、気が遠くなるくらいの時間、俺はフェンネル様に中をいじられた。
指がじれったく動き、もうとっくにとろけきっている俺の体の中を蠢く。
全身から力が抜けているのに、快楽で震えが止まらない。
何度もキスをされ、胸も指でいじられ、俺は泣いた。
もう何も考えられない。
そう思っていたら、先端を俺の出口に当てたフェンネル様に、耳元で囁かれた。
「欲しいか?」
「……」
「言え」
「……――っ、ああああああ、欲しい! フェンネル様が欲しい!」
無我夢中で俺は叫んだ。すると、フェンネル様が俺の中に、腰を進めた。
入ってくる。その熱と質量に、俺は思わずフェンネル様の首に手を回した。
「あ、あ、あ、あああああああっ」
根元まで入りきった時、俺は、熱が交わり合っている箇所全部から、異常な程の快楽を感じた。だめだ、狂ってしまう。本能が、もっと激しく動かれなければ、おかしくなってしまうと俺に訴えた。
「動いてぇ!!」
「ダメだ」
しかし無情にもそう言うと、フェンネル様が俺を抱きしめるようにして、体重をかけてきた。身動きが封じられ、俺は自分で腰を動かすこともできなくなり、涙をこぼした。気持ちいい。やだ、嫌だ。こんなものは知らない。
「あ――!!」
何かがせり上がってくる。頭が真っ白になる。出る、もう限界だった。
だがフェンネル様は、俺の首筋を吸い、キスマークをつけるだけで動いてくれない。
「あ、あ……っ、う、ァ……――!!!!」
グッと感じる場所を突き上げられたのはその時だった。
俺の中を埋め尽くしていたさざ波のような何かが、俺の意識を真っ白に染め上げた。
出たと思った。確かに果てた。だが、前からは何も出ていない。
声にならない悲鳴を上げた。射精感が、ずっと続いている。
「あああああああああああああ」
イったはずなのに、その感覚がひかない。ずっとイきっぱなしの感覚だ。
直後、逆に激しくフェンネル様が動き始めた。
「いや、ダメ、今は、待って、待って、無理だ、あああああああああああ」
そのまま、俺は何度も何度も中だけで果てさせられた。
そして体勢を変えられて、腰を掴まれ、続いて後ろから突かれた。
フェンネル様も息を詰め、どんどんその硬度を増していく。
「出すぞ」
「あああああああ」
そう言ってフェンネル様が俺の中に、熱い飛沫を放ち、直後俺の前を撫でた。
ようやく果てることができた俺は、そのまま意識を手放した。
ただただ快楽だけが体を支配していた。
目が覚めると、俺はソファの上で、フェンネル様の腕の中にいた。
エメラルドの瞳と目が合う。瞬時に俺は真っ赤になってしまった。
見ているだけでドキドキした。恥ずかしさがこみ上げてくる。
「――体は大丈夫か?」
いつもより優しい声に思えた。思わずコクコクと頷くと、苦笑された。
「意識しすぎだ」
「……」
「そうだ。これを、渡そうと思っていたんだ」
そう口にすると、フェンネル様が、手を伸ばして小箱を手繰り寄せた。
どうしてそんなに普通にしていられるのか、俺にはわからなかった。
見守っていると、その小箱を渡された。
「開けてみろ」
「? ……――あ! すごい、雪がガラスの中に入ってる……」
「振ってみろ」
「!! 雪が降ってるみたいだ」
「スノードームというんだ。前に飾っておきたいと言っていただろう」
「あ……」
俺は嬉しくなって、思わず頬を持ち上げた。
すると少し照れるような顔をした後、フェンネル様も微笑んで、俺の髪を撫でてくれた。
「聖夜のプレゼントだ」
「俺、何も用意できてない」
「――俺は予想外のものをもらった」
「え?」
「なんでもない」
そう言うとフェンネル様は、腕に力を込めて俺を抱き寄せると、額にキスをしたのだった。