【十四】俺はカマをかける事にした。




「ん……」

 翌朝俺は、何かが頬に触れる感覚で目を覚ました。見ると――俺にそっと腕を伸ばし、指先で触れているルカス陛下の姿があった。寝ぼけ眼で、俺はぼんやりと陛下を見る。昨日は別々に眠ったはずだ。そして陛下は、寝台の下から俺を覗き込んでいる。

「悪い、起こしたな」

 すると慌てたように、陛下が手を引いた。俺は体を起こしながら大きく頷いた。

「おはようございます。まだ眠い」
「――昨日、フォールが押しかけたと聞いてな。本当は昨日すぐにでもここへ来たかったんだが……」

 寝台から降りながら、俺は首を傾げた。

「ああ。可愛い殿下でしたよ」
「うん。可愛い甥だ。ただな、お前は俺の妃になるんだぞ?」
「はぁ」
「いくら子供の言葉であれど、きちんと今後は断るように」
「? 何のお話ですか?」
「……もう良い。朝食の用意は出来ているそうだぞ」

 こうしてこの日は、二人で食事をした。食後の珈琲を飲みながら、俺は改めてルカス陛下を見る。昨日レストはああ言ったが、ルカス陛下は、やはり初めて会った頃からあまり変化が無いように思う。暫く眺めていると、ルカス陛下もまた俺を見た。

「オルガ」
「はい?」
「その……何か欲しいものはあるか?」
「ああ、妃業務用の品ですか?」
「っ、それは、先日聞いた分は既に手配した。そうではなくて、いや、だ、だからだな……もっとこう……あれだ! 恋人同士が贈り合うような品だ!」
「ああ、表向きの親しさアピール用ですか?」
「違――っ、その通りだ!」

 ルカス陛下は何故なのかギュッと目を閉じ、眉間に皺を刻みながら頷いた。今、絶対違うと言いかけたように思うが、最終的にはそうだと言われて、俺は腕を組んだ。そして、閃いた。

「もしや、ルカス陛下……」
「違う、ちょっとだけ、まだ、ちょっとだけ気になっているだけだ! 誤解するな!」
「やっと恋に目覚めたんですね!」
「っ……そうかもしれないが……なにせ初めてでな」
「お相手は誰ですか!?」
「――は?」
「いやぁ、やっぱり臆病だっただけじゃないですか! 恋愛しないなんて言っていたくせに」

 うんうんと俺は大きく頷いた。おそらく好きな相手ができたルカス陛下は、何を贈れば良いのか悩んでいるのだろう。モテた記憶は無いが、最近友人と呼べる程度には親しくなりつつあるのは間違いない。きっと気軽に相談できる男友達がルカス陛下にはいなかったのだろう。いたとしても忙しくて会えないに違いない。

「……」

 ルカス陛下はといえば、呆気にとられたように俺を見ていた。続いて不可思議なものを見る眼差しに変わり、最終的に驚愕したように、信じられないといった顔になった。

「オルガ、お前は俺のなんだ?」
「妃候補です。だけど、元来後宮には、何人も迎えられますし」
「……お前以外を迎える予定は無い」
「つまりまだ、片思い段階なんですね!」
「……それは正しいようだ。俺自身も、自分の気持ちにまだ半信半疑だが」

 何故なのか陛下が項垂れた。俺はスープを飲みながらそれを見ていた。肩を落としていたルカス陛下は、それから顔を上げると、静かにカップを手に取る。

「諜報部の調査書には無かったから問うが、オルガ。お前の好みのタイプは?」
「優しい人かなぁ」
「優しい……俺はそれなりには優しいが、あくまでもそれなりに、だな」
「陛下の好みのタイプは?」
「先日話した理想像はあったが……今では自分がよく分からなくてな」
「惚れたきっかけは何だったんですか?」

 俺はカマをかける事にした。すると紅茶を飲みながら、ルカス陛下が答えた。

「徐々に気になって言って――決定的だったのは、純真な瞳で風景を見ていた時の、あの表情だった。緊張しすぎて、一緒にベッドに入った時は、一睡も出来なかった」
「え!? 一緒にベッドにまで入ったのに、何もしなかったんですか!? なんというヘタレ!」
「……一応、誘ったんだ」
「ほう」
「し、しかしな、何というか……」
「そこは押し切らないと!」
「――次からは、そうすることに決めた。お前が、そうしろと言ったんだからな」

 そんなやりとりをしながら、俺達は朝食を終えた。
 こうして本日からは、再び妃業務のために第四塔へと行く事になった。
 ルカス陛下とは途中で別れた。

「おお!」

 室内に入ると、俺が先日ルカス陛下に頼んだ仕事用の品の数々が設置されていた。やる気もみなぎる。それは補佐官達も同様だったようで、この日も頑張って、俺達は仕事に励んだ。この日の昼食は、全員で食べた。レストの提案で、決まった時間に昼食をとる事に決まったのである。

「レストは気がきくなぁ」

 サンドイッチを食べながら俺が言うと、レストが苦笑した。

「これはルカス陛下のご提案ですよ」
「陛下の?」
「オルガ様が心配みたいですね。抱き心地が細すぎるとかって」
「な」

 思わず俺はサンドイッチを取り落とした。

「だ、抱き心地!? それ、変な意味は無いからな!? 俺、抱き枕役になってるだけだからな!」

 反論しながら、俺は頬が熱くなっていくのを感じた。するとレストが口角を持ち上げた。

「そんなに動揺なさらなくとも、伺っていますよ。抱き枕コースについて」
「!」
「動揺するって、何を想像しちゃったんですか? 僕、気になるなぁ。何を反論したかったんです?」
「べ、別に……っ」

 俺はサンドイッチを拾いながら、唇を噛んだ。脳裏を、先日見た、香油の瓶がよぎる。あの日、ルカス陛下が、「試してみるか」なんていう冗談を言ったのが悪いのだ。好きな相手がいるらしいくせに――そう考えたら、胸がズキンと痛んだ。ん?

 嫌な胸騒ぎが襲いかかってくる。
 ……ルカス陛下に好きな相手がいたら、俺は胸が痛くなるのか?
 ドクンドクンと煩くなり始めた心臓に、俺は焦った。