【九】そろそろ覚えている限りの未来(処刑へ至るまで)の整理をしてみよう!
まず――前世で俺は、ひたすら戦っていた。
今はその時の副団長をしてくれていたアッカスが団長で、師団を指揮していると聞いている。静かにそれをメモしてから、俺は、目立った記憶を必死で思い出した。
現在俺は、十五歳。今年からの出来事を、可能なかぎり思い出そうではないか。
インクを滲ませ、思案する。
そうだ、前世では、十五歳の暮れ、魔族の大規模襲来があった。無論俺の師団は、王都への襲撃を許しはしなかったけどな! だが、王都を狙ってくる魔族は多かった。……そもそも何で王都はあんなに狙われたのだろうか。こればかりは、前世では『それが自然』と思い、何も熟考しなかった事が悔やまれる。しかし冷静になれる今であれば、きっとそこに何らかの理由があったのだろうと考えることが出来る。ハロルドと離していてそう感じた。まぁいい、おいおい考えよう。
次は十六歳の夏か。
兄に結婚話が持ち上がったのだったな。兄はその時二十歳。
話を勝手に勧めたら、激怒された記憶が鮮明にある。
……これは、触らぬ神に祟りなしだな。俺は結婚して後宮を持つように言えと周囲に言わされたわけだが、今世では兄に頼んでくれと打診されても知らんぷりで通そう。
そしてこの年には、俺の二次性徴が終わったはずだった。
この頃には前世では兄と冷戦関係だった。
すれ違っても言葉一つ、嫌味一つ交わさなくなっていたものである。
そんな状態の俺が結婚を勧めたから、なおさら頭にきていたのかもしれない。嫌いな奴に勧められたら、イラッとするのではないだろうか。何度考えてみても、兄と俺との今世での関係がまるで嘘のようだ。
同時に前世では全く興味が無くノータッチだったが、医術塔取り壊し計画があった。
これは今世ではなんとしても阻止しなければならないな。
記憶が定かならば、ユーリスはこの頃から本格的に文官の道を邁進していた。治水工事の指揮をしたり、若くして着々と成果を上げていた記憶がある。当時はこの頃、俺はユーリスを信じきっていたし、その活躍が誇らしかったものだ。俺は愚かだった……。
そこそこ思い返せば十六歳の一年間は多忙だったようにも思う。
これが来年に控えているのか……。
さて、その後は、十七歳になる。
十七歳――ラクラスの魔法円に、最初に手を加えた記念すべき年である。
俺はこの頃には討伐と研究だけに打ち込んでいたのだったな。
――正妃様が息子を溺愛しはじめたのは、この頃だった。時折すれ違えば、俺を親の敵のような顔で睨んできたものである。現在の優しい王妃様を知っていると、全く信じられない。そしてこの時期、アルバース子爵家が、伯爵家になったのだ。それだけユーリスの活躍もめざましかったのだ。
隣国と共同で魔族を倒した事もあった。魔族の勢いが活性化したのは、この頃の事だったように思う。働き通しの一年だった。
そうして俺は、前世で十八歳になったはずだ。
この国では、十八歳から飲酒が解禁される。時折俺も飲みに出た。ラクラスと飲む事が多かったが、次点で多かったのは、賢者とだ。この年から暫く賢者はワールドエンドに滞在していたのだ。俺の客人として。
この頃は、夢を語り合っていた。より良い国へと。今思えば空しいが、俺の中には夢が溢れていた。魔族討伐をしては、帰還し、酒を飲む。懐かしい。前世で一番輝かしかった時代かもしれない。
そして十九歳になった。この年は、印象的だった。
新しい遺跡が見つかったのだ。中には柩があった。空っぽだったのだが。
聖人の墓だろうとちょっとした騒ぎになったものである。刻まれていた紋章から、始祖王の墓石ではないかと騒がれた。さすがにこの件は俺の耳にも届いたものである。
その後運命の、二十歳。父王陛下が倒れたのだ。流行病だ。
これに限っては、絶対に阻止するぞ!
俺は継承権争いも嫌だが、今では父のありがたみを再確認している。
絶対に喪いたくない。
決意を新たに羽ペンを走らせる。
続いて二十一歳。この頃から爆発的に魔族の襲来が増えた。一説には、魔族の王が没し、魔族の統制が乱れたからだと言われている。前世で賢者から聞いた情報だ。この頃から俺は、王都に帰る暇もなくなった。この時までは、それでもまだ良かった。
二十二歳――ここが転機だった。王位継承戦争に巻き込まれはじめた年だからだ。
今世では絶対にこの歴史だけはなぞらない。
それだけは何にも代え難い誓いだ。
それに比べれば、二十三歳の頃は、少し余裕が出来た。お見合い結婚の話が来たがスルーしたな。俺は当時、自分が王位に近いところにいると自信満々で思っていたが、そこまでまだ継承戦争は激化していなかったのだ。
激化したのは、二十四歳のあの年。父が没した時だ。激動の一年間だった。
父の最後に、俺は立ち会う事が出来なかった。
その日も魔族の大量討伐に出かけていたからだ。
そうして運命の二十五歳。俺が幽閉された年だ。
兵士に急襲された俺は、ライネルに時間を稼いでもらい、必死でラクラスを逃がしたものである。何があっても、友≠セと感じていたラクラスだけは、誰にも傷つけられたくなかったのだ。
――ここまでが目立って覚えている事柄で、これらの出来事がフラグらしき未来の歴史なんじゃないのかなと思う。だけどこの裏にあった出来事はほとんど知らない。俺は目の前にある事に精一杯で、賢者と時に理想を語り合う以外は、ひたすら魔族を討伐していたのだ。
振り返って思う。
絶対に絶対に父を救おう。
それはそれとして、その後医術塔にこもり、スローライフに移行しよう。
まだ、そのチャンスはあると信じよう。
ただ一つ、不思議なのは幽閉期間と処刑までには間があった事だ。
かなりの年月があった。
俺が知らない裏の出来事が色々あったんじゃないのか、だなんて冷静に考えてみる。
思えば、何故俺はすぐには処刑されなかったのだろう?
とりあえず――なんとしても俺は生き残る!
再決意したそんな夜だった。
その後俺は、十六歳になった。
極力、余計な事には関わらないことにしよう。
ただ失踪も視野に入れた方が良いかも知れない……。
さて……――まず、前世の通りに事が動いたのは晩秋の事だった。
その日俺は、父王陛下に呼び出されていた。
「ただいま参りました」
玉座の前で膝を突き頭を垂れると、父は微笑していた。
「実はフェルにお願いがあってね」
「なんです?」
「ウィズも今年で二十歳だ。そろそろこの国の跡継ぎのことを考えなければならない。けれどね、頑なに後宮を持つことを拒否しているんだよ。困ったものだね」
「結婚……ですか」
過去世の事を思い出し、俺は嫌な冷や汗をかいた。
「仲の良いフェルの口からであれば、ウィズも耳を貸してくれるかもしれないと思ってね。打診してみてもらえないかな?」
「……」
俺は言葉に詰まった。
兄はこの国の跡取りだ。俺は継承戦争をしないからな。
つまり兄には、後継者が必要だろう。
けれど余計な事を言って、兄を激怒させるのは避けたい。兄は優しいが。
「フェル、頼めないかな?」
「……わかりました。機会がありましたら」
無理矢理そう言い、俺は微笑した。ああ、これが険悪な仲になるフラグではありませんように!
退席した俺は、その時、ライネルに声をかけられた。
「先ほど、お待ちいたしていた時、奇跡の大賢者様がお見えになりました」
「え? 賢者が?」
「『いつも・・・の酒場で待っている』との事でした」
「いつもの……?」
残念ながら、今世で俺はまだ飲酒も解禁されてはいないし、一度も酒場になど顔を出した事はない。いつもの、と口にしたライネルもまた怪訝そうな表情をしていた。
前世では、一カ所だけ、いつもの場所があった。街の場末の大衆酒場だ。
心当たりなどそこしかないが――いつもの?
思案する。まさか、まさか、だ。
俺の動悸が激しくなった。あいつも……俺が転生した事を分かっているのか? ドクンと響いた鼓動。だが、それが道理である気がした。
「ライネル、街へ降りるからついてきてもらえないか?」
「――御意」
ライネルは決して俺には逆らわない。そして実際に賢者がそこにいるのかも分からなかったが、俺は、ライネルを伴い、前世でよく顔を出したその店ワーロックへと向かうことにした。
「やっぱり来たね」
目指したその店に、予想通り賢者はいた。
「早急に耳に入れておいた方がいいと思うことがあってね」
「なんだ?」
俺がどうしてここが、『いつもの』なのか問う前に、賢者はつらつらと語り始めた。
「フェル様は、魔族の王の事を知ってる?」
「……全魔族を統べる実力者だと聞く。何処からともなく現れて、いつの間にか就任する」
「ひきこもりの病弱な殿下にしてはすごい知識だね」
賢者はそう言うと喉で笑った。
「ねぇ、フェル様」
「フェルで良い」
「フェル。魔力の強い人間と、魔族の違いはなんだと思う?」
唐突な言葉に、俺はアルコールの入っていないメイプルビールを頼みながら腕を組んだ。
それは、命題の一つだ。魔族と人間は容姿には差異がある。そして寿命にも差がある。
しかし、強い魔力を持つ人間は、特異な容姿に変化することも多く、大概の場合長命だ。
分かっているただ一つのことは、互いに敵対していると言うことだけだ。
魔族は人間を襲う。理由なく襲うのだ。
「僕は『今』の君の生き方が好きだよ」
賢者の言葉で、俺は我に返った。
「どういう意味だ?」
「僕が釘を刺した事を覚えている?」
その言葉に息を飲む。俺は、ライネルに聞こえないように気を配りながら、声を小さくして尋ねた。
「それって前世の事を知ってるのか?」
「僕は今、フェルを良い友人だと思っているから」
「答えになっていない」
流されたなと思いつつ俺は目を伏せ、メイプルビールを飲んだ。
だが、それならば。俺だって聞きたい事がある。
「……だったら名前教えてくれよ」
俺は無理難題を突きつけたつもりだった。だから答えを期待してはいなかった。
「ワイズだよ」
しかし短く返ってきた答えに目を瞠った。
――やはり彼は、賢者と言うだけあって、何か知っているのかも知れない。
「……あるいは、始祖王が……」
「え?」
「なんでもない、こっちの話」
俺には、沢山沢山聞きたい事があった。俺が転生したと言うことを知っているのか、だとか。けれどそこから俺達は、雑談に移行した。
そして帰り際、賢者は、フードの奥で笑った。
「僕はね、フェルの幸せを誰よりも祈っているよ」
なんとなく、それだけでも、嬉しかった夜だった。