【三】図書館での遭遇(★)







 それから暫く、僕は平穏だった。僕が後宮に来てから、半年が経とうとしていた。

 何せ殿下は、僕の部屋以外を順々に回っているらしいし、夜会のパートナーには、薔薇さんか紫陽花さんを伴っているらしい。他国との晩餐会には、大概菫さんがご出席しているのだとか。僕は最初の夜会以来、一度も参加していない。招待状は届くのだが、ティセラード殿下と同伴しない場合は、出席しなくても許されるからだ。

 このまま三年間、百合の間で我慢していればいいのだ、僕は。
 暇だから、己のために造られたらしい庭園に、たまに出かける。

 東第一庭園で一番目を惹くのは、やはり百合の花だ。庭園全体に魔術がかかっているそうで、冬以外は年中百合を見る事が出来る。この国の冬は雪が険しいので、その時ばかりは閉鎖されるらしい。

 奥の四阿まで歩きながら、僕は途中でブラックベリーを詰んだ。イチジクやアケビも手に入れた。草花だけでなく甘い果実も実っている。マークとルクスと共に四阿に座り、そこで本日はお昼を食べる事にした。後宮の厨房で用意してもらったサンドイッチをバスケットから取り出す。

「二人も一緒に食べよう」
「恐縮です」
「ユーリ様は、俺とルクスに本当に甘いですよね」

 二人はそう言いつつも、瞳を輝かせていた。他に人気も無いし、僕一人ではとても食べきれる量では無い。多分厨房の人も三人で食べると分かっていて用意してくれたのだと思う。こうして僕達は、ピクニック気分でお昼を楽しんだ。最近では、こういう日は多い。

 後は、王立図書館に行ったりもする。
 やはり王家の宮廷だけあって、蔵書量には感動した。
 本って良いよね。

 図書館は、第二王子殿下の後宮と王宮の丁度間に建っている。自由に出かけて良いという規則なので、僕は週に四日は図書館に出かけている。

 古書の紙の香りも好きだし、最新の流行の小説なんかも読む。専門書や難解な魔道書から、娯楽本まで、王宮図書館には揃っている。僕は、本を選ぶ時は一人が好きなので、この時は、マークやルクスとは別行動をしている。女性の側妃よりも、男の側妃の方が、自由な行動を許されているらしい。

 そんなある日――この日も、いつも同様、図書館へと足を運んだ。
 そして書籍を手に取ろうとしたら、誰かと手が重なった。

「すみませ――」

 謝ろうとして僕は、そこにいるのがティセラード・ワイズ・コーネリアス第二王子殿下だと気がついた。えー……、と思いながら、慌てて膝を突く。

「殿下におかれましては、ご健勝のご様子」
「……ああ。渡る気すら起きない、白百合か」

 吐き捨てるように殿下に言われ、頷いてしまった。百合の色が白いから、恐らく白百合なのだろう。百合の間で暮らすようになってから、百合様の他に僕は、白百合や白百合様と呼ばれる事も増えた。僕をユーリと呼ぶのは、それこそマークとルクスだけと言える。

「お久しぶりです」
「……そうだな」
「その本を、お借りになるんですか?」

 少しだけ驚きながら、僕は聞いてみた。

 何せこの本は、剣士と魔術師が魔王を倒す冒険譚なのだ。現在僕は三冊目を読んでいて、少し忘れた箇所があるから、二冊目をもう一度読み直そうと、手を伸ばした所である。どちらかといえば子供向け――児童書だ。気楽に読めるし、内容も明るいので僕は好きだ。しかし殿下が読むイメージは正直無かった。

「……」

 殿下が黙ってしまった。人の好みをとやかく言うべきでは無いだろう。実際面白い本であるのは間違いないのだし。

「僕は以前にも一度読んだことがございますので、どうぞ」

 膝をついたままそう告げると、殿下が顔を背けた。

「別に、俺は良い。お前が借りろ」

 本当に僕が借りて良いのだろうか? ここは遠慮するべきだろうか。どうしよう。
 それにしても初めて殿下が、遠慮する所を見た。

 珍しいなぁ。僕の中でティセラード殿下は、類稀なる利己的な人物として、印象づけられていたのだ。

「俺はこんな下らない本に興味はわかない」

 続いた言葉に、では何故手に取ろうとしていたのかと、首を捻る。ただ、殿下はいかにもくだらないと思っていそうだなと、こちらの言葉の方に納得してしまった。面白いのは間違いないが、どうしても殿下とこの本が合うようには思えないのだ。

「――アーネストが、好きなだけだ」

 ああ、なるほど、と、納得した。アーネスト・ワイズ・コーネリアス殿下は、ティセラード・ワイズ・コーネリアス第二王子殿下の御子息だ。アーネスト様の年齢なら、最適な本だと思う。

 ……僕も、子供のユースに会いたいと頻繁に考える。

 それにしても意外な事に、というのも失礼かもしれないが、殿下も子供思いなんだなぁと考えながら、僕は頷いた。

「でしたら、是非お借りになって下さい」
「何故だ?」
「僕にも子供がいるので、お気持ちが分かります――いえ、その、差し出がましい事かもしれませんが」

 余計な事を言ってしまったかもしれない。

 そう思い、僕は顔を背けた。ただ単純に、僕もユースが好きだと言ったら、その本に興味を持つと感じたから、するりと言葉が出てきてしまったのだ。しかしティセラード殿下は僕の事が嫌いであるようなのだから、そんな相手に慮られても嬉しくはないだろう。

「……子供か」

 すると、少々驚いた様子で、殿下が言った。

「息子か? 娘か?」
「一人息子です」
「息子を残してまで、後宮に入りたかったのか?」
「まさか。父に押しきられただけです」
「……そうか。いくつだ?」
「二歳です」
「会いたいか?」
「勿論です」

 ユースが五歳になるまでの三年間、僕は後宮とその周辺からは、出られないのだ。
 幼い息子の事を思うと、溜息と共に苦笑が漏れた。

「お前でも、そんな表情をするのだな」
「――はい?」
「いつもの作り笑いが剥がれているぞ。ユーリ」

 初めて名前を呼ばれた。
 その上、貴族にあるまじき表情をしてしまったと悟り、僕は唾液を嚥下した。
 ティセラード殿下の前で、顔を崩してしまうなど、失態である。

 一応これでも僕は、この殿下の側妃だ。

 側妃たる者常に笑顔を浮かべ、殿下を癒さなければならない――と、父がくれた資料の表紙を捲ってすぐの頁に書いてあった。心得の頁だった。

「いつも普段は、鉄壁の作り笑いだろう、お前は。表情筋が動くのかも怪しい、お前の父親とは真逆だ。顔の作りはそっくりなのにな」
「はぁ……そうですか」

 心得の通り、基本的に殿下の前での僕は、笑っている。表情に変化が見えないのが、僕の一族なのである。父はその中では例外で、怖い顔と甘い顔を使い分けるのだ。老獪なのである。僕の場合は――幼い頃から、頑張って笑顔を浮かべろと教育されてきた。それが本来のファブラン侯爵家の教えだ。それを踏まえた上で、表情を変化させる事となるが、僕はそういうのは面倒なので、いつもとりあえず笑っている。

「お前は普段、どのように過ごしている?」
「え……寝てます」
「誰とだ。侍従か?」

 殿下の顔が怖くなった。だが理由が分からない。どうして急に怖い顔になったのだろう?

 そもそもいくら巨大な寝台とはいえ、侍従と三人で睡眠をとるほど大きいかと言われると微妙であるし、これでも主人である僕が配下の者と一緒に眠るというのは変じゃないか。質問の意図もよく分からない。

「いや、一人ですけど。睡眠って、重要じゃありませんか? あ、もしかして殿下は、寝る間も惜しんでご公務を?」

 なるほど。そりゃあ、寝てるなんて言われたら、イライラするだろう。

「……眠っているのか。では、それ以外の時は?」
「庭園を散歩したり、ここで好みの本を見つけて読書をしたりでしょうか」
「――毎日茶会を開いて、他の側妃の機嫌を取り、俺の寵愛を得るために画策しているのではないのか? 己に従わない側妃には、嫌がらせをし。正妃の座を諦めずに。何度も商人を呼びつけて着飾りながら」

 ――え、なにそれ?

 それが正直な感想だった。なんでそう言う事になったのだろう。確かに一度だけ商人は呼んだが、それが噂の元かな? だが、他の部分は心当たりが皆無だ。

 なお現在では、僕が輿入れした時とは異なり、沢山の側妃がいるとは聞いている。人質も含めて、ティセラード殿下は、どんどん後宮に人を迎えているらしいのだ。同伴させたりするのは、主に最初に輿入れした僕以外の五人らしいが、殿下が足を運ぶ部屋自体を現在では格段に増えているとマークから話だけは聞いている。

 新しく来た側妃達は皆、艶歌の塔という場所で、暮らしているらしい。最初の六人よりも、家柄などが低いそうだ。そのため、花の名前の間ではなく、塔に部屋を用意されているらしい。後宮の隣に建設されていた塔だ。僕が側妃になった時は工事中らしかったが、いつの間にか完成していたのである。

「特に葡萄の側妃に酷い事をしていると聞いたぞ」
「誰ですかソレ」

 思わず本音で聞いてしまった。なお、側妃は、お花シリーズから、現在は果物シリーズに移行したらしい。本当に、沢山の側妃がいるようだ。

「……そうか」

 一人で納得した様子の殿下を見て、困惑した。誰か、僕に状況を説明して欲しい。僕は知らない相手を害する事は出来無いわけであり、何というか……正直、何の話なのか真面目に分からない。

「お前、俺の事が好きか?」

 いやそんなまさかと思ったら、思わずまた、苦笑が漏れてしまった。

「……嫌いか」
「あ、いや、その……べ、別に……」
「今夜も俺は、艶歌の塔へと渡る。葡萄の部屋に」
「そうなんですか」

 今夜『も』、と言う事は、良く出かけているのだろう。もしかしたら、お気に入りの側妃なのかもしれない。正妃候補なのだろうか?

「悔しいか?」

 別にそんな事は無い。なにせ、僕の後ろの孔の安全が保証されるのだから。
 首を振ると、殿下が腕を組んだ。

「いや、気が変わった。今日は、お前の部屋に行く」
「え」

 嫌だなぁと思った。だって殿下が来ると言う事は、十二時くらいまで起きていなければならないという事だ。本当に嫌だ。

「何か……その、欲しい物はあるか?」

 続いた言葉に思案する。欲しい物……。

「ああ、羽ペンのインクが欲しいです。昨日、切れちゃったんですよね」
「……そうか」

 何故なのか溜息をついてから、殿下は帰って行った。
 ――と、言う事は、この本、僕が借りて良いんだよね?
そう考えながら、僕は目的の本を書架から抜き取った。



 殿下は、十二時半頃やってきた。もう僕は、眠い。普段ならば、眠っている時間だ。

「――久しぶりだな」

 そう言われ、さっき図書館で会ったのに、と、僕は思った。

「この部屋に来るのは」

 なるほど、そう言う意味かと納得する。確かに久しぶりだ。

「何故お前は――俺を誘わない?」
「え?」

 その言葉に首を傾げていると、殿下が俯いた。

「他の側妃は皆、俺を誘う。願い事もする」
「そうなんですか」

 何を誘えば良いのだろう。それに願い事は、インクが欲しいと図書館でした。

「やる」

 殿下は黙っている僕に、包装も何も無いインクをくれた。ただ、それが高級な品だと分かる。この王都で一番高価な文具店の印が蓋に刻まれていたからだ。

「有難うございます」
「……お前は側妃らしくないな」
「側妃らしさってどんなのでしょうか?」

 一応父に貰った資料には、とりあえず笑って身綺麗しておけと書いてあった。
 僕はそれは守っているつもりだ。

「俺を愛せ」
「ははっ、殿下も面白い事を言うんですね」

 この強面で冗談を言うなんて。思わず笑ってしまう。嫌いな相手に愛されたいってどう考えても変じゃないかと思う。

「――俺が、側妃を設けるなら、お前を、と、言ったんだ」
「え?」

 溜息混じりに続いた声に、僕は首を傾げるしかない。確かにそのような話を、父が語っていたとして、マークから聞いた事はある。だが事実だとは思ってもいなかった。

「断られることを想定して、だ」
「いや断りましたよ、父に」
「――一目惚れだ。一度だけ俺は、夜会でお前を見た事がある。欲しいと思った。一目惚れだったんだ」
「殿下って、あんまり綺麗じゃない顔が好きなんですか?」
「っ」

 僕の言葉に、殿下が咽せた。吹き出して、咳き込んでいる。

「そんなはずがないだろう」
「はぁ」
「好きだ」
「何がですか?」
「お前がだ、ユーリ」
「何でまた?」
「よく分からない。ただ、他の側妃の元へ通っても、何の行動も起こさないお前に、自分がイライラしているのは分かっている」
「そうは言われましても……はぁ?」

 何で僕の元へ通わないと、イライラしなければならないのだろう。大体そんなのは、第二王子殿下の意思だろうに。来る来ないを決定するのは、僕では無い。

「イジメをしていると聞いた時は、まさかと思ったが――やはりデマか」
「まぁイジメはしてないですよ、だって、庭か図書館と自分の部屋を往復しているだけですから」

 事実を述べた僕を見ると、殿下が溜息をついた。

「俺の正妃になってくれないか?」
「無理です。踊れないし、面倒ですし、ほら、男同士ですし」
「――お前が異性愛者だという事は前に聞いた」
「殿下もそうでしょう?」
「お前を諦めるために結婚した」
「それ、亡くなったマリアーゼ様に凄く失礼ですよ」
「分かっている。だから、お前を愛さないと誓ったんだ」
「?」

 何を言っているんだこの人は、と思いながら、僕は溜息をついた。
 ――その瞬間だった。
 気づくと僕は、突き飛ばされていて、寝台の上にいた。

「え?」
「抱かせろ」
「いやいやいや」
「お前は俺の側妃だろう。拒否する権利は無い」
「ま、待って下さい……! 本当に、待って!」

 慌てて殿下の体を押し返すが、剣士特有の筋力で寝台に縫い付けられると、ひ弱な僕はどうしようもなかった。

「っ」

 その時首筋に口づけられて、ビクリと体が震えてしまった。

「で、殿下……ぁ」

 そして、いきなり乳首を弾かれ、僕は思わず声を上げた。
 それに気をよくしたように、殿下が僕の左胸の突起を唇で挟んだ。

「っ、あ」

 チロチロと舐められて思わず声を上げた時、するりと衣の下に、殿下の手が入ってきた。
 優しく陰茎を撫でられ、僕はきつく目を伏せる。
 そのままゆるゆると撫でられる内に、僕は先走りの液が溢れてきた事を理解した。

「ァ、あ、止め……ひゃ」

 片手で乳首を弄られ、もう一方は吸われ、下は手で撫でられる内に――ゾクゾクと、経験した事の無い感覚が這い上がってくる。

「や、ァ、ん――ッ……ぁ、ァ」
「出せ」
「うあァ」

 そのまま呆気なく、僕は精を放った。
 全身から力が抜けた。僕は肩で息をしながら、殿下を見上げる。

 僕が見ている前で、殿下は、服のポケットから瓶を取り出した。そのコルクを抜いてから、ダラダラと液体を指に垂らす。そして今度はその指で、両方の乳首を触られた。

「あ、ハっ、ぅうう」

 ジンジンと体が疼く。思わず瞼を伏せると、口づけられた。

「好きな相手と政略結婚して、この想いを策略に使うのが嫌だったんだ」
「え、何? っ、う……ぁああッ」
「だがお前は、俺に何も言わない。所か、好きになってすらくれない。ならば、体だけでも俺に寄越せ」
「ン、あ――っ!」

 そのまま、後ろの孔に指を突っ込まれ、僕は目を見開いた。

「あ、ッ」
「安心しろ、酷くはしない」

 押し入ってきた殿下の指が、優しく中の浅い場所を撫でる。
 その感触がもどかしくて、思わず頭を振った。

「や、止めて」
「無理だ」

 それから指で、中のより深い場所を暴かれた。

「ひっ……うあ……ヤだ、ぁ……」
「本当に?」

 中を弄られる度に、僕の陰茎から液が垂れるのが分かる。
 ぬちゃぬちゃと粘着質な音が漏れ、次第に中を解されていく。
 そして――。

「ッ」

 ある一点を刺激された瞬間、僕は思わずシーツを握りしめた。

「や、やだ、そこ、嫌だ……ぁ、ぁ、ぁ……あ!」
「嫌そうには見えない」

 念入りにそこばかり刺激され、僕の体は震えた。

「ン、あ、う……殿下、も、もう」

 気づけば僕は哀願していた。

「イって良いぞ」

 殿下はそう言うと同時に、もう一方の手で僕の前を扱いた。僕は再び精を放った。
 ぐったりと体が弛緩し、汗が浮かんでくる。
 元々眠かった事もあり、今にも瞼が落ちてきそうになった。

「明日もまた来る」

 殿下はそう言うと、僕を抱きしめて、額に口づけした。
 ――なんだコレ?
 上手く状況は分から無かったが、そのまま僕は、眠りに落ちた。



 翌日、気怠い体を起こすと、控えていたマークが僕に言った。

「おするおするとお済みのようで」
「いや、何が?」
「誰とも後宮が出来てから、こういう行為を、殿下はなさらなかったのだとか」
「……? 色々な部屋に通っていたんじゃなかったっけ?」
「ええ。なのにお手が付かないというお話でした」
「へぇ……」

 どうでもいいやと思いながら、僕は寝台から降りた。
 するとルクスが着替えを持ってきてくれた。
 それを確認した後、僕は湯浴みをする事にした。体がベタベタする。

 その後、居室へと戻り、僕は嘆息した。

「なんでまた陛下は、こんな事をしたんだろう」
「きっとユーリ様の事がお好きなんですよ」

 マークの声に、それは無いだろうと思った。好きだ惚れたは、体をかわす前のピロートークだろう。そもそも抱かせろとか言って始まったが、挿入はしていないわけだし。

 その日の午後、僕は久方ぶりに薔薇の間の側妃に呼び出された。

「昨日は久方ぶりに、殿下のお渡りがあったとか」
「まぁ……」

 個人的には、男に触られて射精するだとか、本当に嫌な記憶だ。
 いくら殿下が男前でも、ちょっとなぁ。僕は異性愛者なのだ……。

「明け方までいらっしゃったとか」
「うん、まぁ……」
「体を重ねたのか?」
「うーん」

 そうと言えばそうなのだろうか?
 何とも表現しがたい。
 寝転がっていた僕を、陛下が触ったのだが、あれって、どうなんだろう。

「いい気になるな」

 その時、薔薇さんが怖い顔をした。

「絶対に殿下は渡さない」

 それだけ言うと、招いたくせに薔薇様は帰っていった。



 ――夜になり、ティセラード殿下はまた僕の部屋に来た。

「今日はゆっくりと慣らしてやる」

 もう、嫌な予感しかしない。
 初めからドロドロしている香油を指に絡め、僕を殿下が押し倒した。

「っ」

 そして後ろの襞を解すように、ゆっくりと丁寧に撫でる。
 僕は一応側妃だから、断る権利は無い。

「ふ……ッ、ン……」

 思わず声が漏れたのは、殿下の指先が中へと入ってきた時だった。
 入り口の側を、ゆるゆると殿下が撫でている。
 くるりと指を回されると、不思議な感覚がした。

「ん……ァ……」

 その指が、急に奥深くまで入ってきた。
 僕の奥で、その指が、縦横無尽に暴れ始める。

「あ、止めっ……んゥ」
「嫌か?」
「当たり前……ヒ、っ」

 瞬間、昨日見つけられた変な感じがする箇所を、指を揃えて刺激された。

「あ、あッううっ、で、殿下……そ、そこはっ」
「ここが好きなんだろう?」
「嫌だっ、ア……」

 しかし僕の口からは、まるで女性のような、甘ったるい声が漏れた。
 そんな自分が怖くなって、唇を噛みしめる。

「今日は最後までするからな」

 そう告げ意地悪く笑った直後、殿下の男根が、僕を貫いた。

「う、ア……ひ、あ、やァ――!!」

 奥深くまで一気に穿たれ、僕は涙目になった。
 すると殿下が動きを止めた。

「俺の形を良く覚えておけ。お前にはこれから、じっくりと悦楽を教えてやる」
「っ」

 そのままゆっくりと殿下が腰を引いた。一度ギリギリまで引き抜かれる。

「う、ぁ」

 そしてまた中へと深く挿入する。
 きつい。熱と大きな質量が、僕の中を抉った。

「ああっ、ん――ッ」
「体を楽にする香油を仕込んであるのだから、痛みは無いだろう?」
「ん、ゃ、あ……ア」

 それから、ガンガンと腰を打ち付けられ、僕は訳が分からなくなった。
 その後、角度を変え、片足を手で持ち上げられた。
 そして緩急をつけて動かれた。

「ハ……は、ァ……ッ、あ」
「どうだ?」
「ん、ぁううっ」

 涙がボロボロ零れてくる。気持ち良いからだ。
 いつの間にか気持ち良くなってしまい、僕の前からは、透明な液体が垂れていく。

「出すぞ」

 宣言した殿下は、僕の中に精を放った。その感触で、僕も果てた。
 そのまま――ぼんやりとしていた僕は、殿下が掛けてくれたシーツを眺めた。

 三年間我慢すればいいはずが……後ろの孔を死守するはずが、何故なのか今度こそ本当に体を重ねてしまった。

 隣には、僕を腕枕をしている殿下がいる。

「どうして……」
「嫌だったか?」

 僕の呟きに、苦しそうに微笑んで殿下が言った。
 初めて見る笑顔だった。なのに、何故なのか辛そうに見える。

「嫌というか……どうして僕を?」
「――一目惚れだと言わなかったか?」
「言ってましたけど……え、いつですか?」
「たった一度だけ、お前を財務大臣が連れてきただろう?」

 そう言えば、僕は数度だけ夜会に出た事がある。その時には、殿下がいた事も当然あるはずだ。だが、僕の方には記憶が無い。

「まぁ、これだけ綺麗ならば、大臣が秘匿するのも分かる」
「綺麗って……」
「改めて言う。俺の正妃になってくれ」
「いや、それはちょっと……」

 無理無理、と僕は思った。

「俺では不服か? 例の騎士が良いのか?」
「そう言う事じゃなくて……」
「三年……経たなくても、子供を呼び寄せても良い。お前の子なら可愛いだろう。俺も愛する自信がある」

 何て返答して良いのか、僕には見当もつかなかった。