【十六】帝国騎士の来訪(SIDE:セギ)
この日、帝国の騎士とその部下が来るという話がもたらされ、エリアーデの街は騒然としていた。楠門から訪れるはずだからと、皆が噴水前に集まっている。俺はいつも通りシノンを待っていたわけだが、そちらに興味が無いわけでもない。
そうしていたら――目を疑う結果となった。
騎士の黒い正装姿で入ってきたのはカフェで声をかけてきた青年と、同じ服を纏ったシノンだったからである。唖然とするなという方が無理だった。
確かに物語想像者でも、帝国の許可がある者は、あちらの領土で働く事は可能だ。
「ダイナシア帝国第二皇子、リアス=ダイナシアである。以後、よろしく頼む」
そう挨拶した騎士は、片手に鞭を持っている。
その傍らにいるシノンは、いつもとはまるで違う、あの日カフェの前で見せたものと同様の、水のように冷たい無表情をしていた。俺の方を見る事も無い。
それから彼らは、他の騎士を連れ、魔術図書館へと向かっていった。
噴水前で見守っていた俺は、さすがに仕事が終わってここを通るだろうシノンに、話を聴こうと決意したが、この日シノンは楠門を出た後、戻ってこなかった。
――そこで俺は気がついた。
シノンは、朝出かけて夕方戻ってきていたのではない様子だ。
夕方魔術図書館へと向かい、朝楠門を出て……緩衝地域にある、帝国騎士団の寮に戻っているようだと、すぐに理解した。結果として、それ以後、シノンは朝、必ずリアスと同伴するため、俺が声をかける時間は無かった。
噴水前で通りかかるシノンを見る朝夕のひと時だけが、顔を見られる時間なのだが――その内に、俺は爪を掌にたて、唇を噛むようになった。
「ムメイ。貴様は、ムメイではなく無能と名乗った方が良いのではないか?」
シノンはリアスに、ムメイと呼ばれている。俺に名乗ったのは偽名だったのか、それともどちらかが筆名なのか、俺には分からない。魔術図書館では、少なくともシノンという名もムメイという名も、魔導書を納入した者の中にはいなかった。
さて帝国第二皇子だというリアスであるが、シノンに対する扱いが酷い。
鞭を何度も古い、何度も殴る蹴るの暴行を加え、口では罵っている。
シノンは反論一つせず、ただ殴られつつ、付き従っている。
確かに流されやすい一面はあると思ったが、それとも違うように思える。
何故シノンは、あのような目に遭って、何も言わない上、帝国にいるのだろう?
この日、眼前の光景を目にし――ついに俺はいてもたってもいられなくなり、声を挟む事にした。