【二十四】俺の素性(SIDE:セギ)




 毎晩。
 どんなに癒そうと試みても、シノンは悪夢を見ている。泣き叫んで、震えている。俺を前に、明るい表情で感想を語る日中との乖離が著しい。それだけ、心の傷が深いのだろうが、本人にはその自覚がどうやら意識的には無いようで、愚痴の一つも零れてこない。

 ずっと、耐えてきたのだろうと思う。
 俺はただ、陽キャな読者だなんて思っていたが、全然違ったようだ。
 過去の自分を殴ってやりたい気分というのは、こういう事なのかもしれない。

「シノン。今日の分だ」

 昼下がり。俺は完成したばかりの物語想像物――もとい、官能小説をシノンに見せた。パァっと明るくなったその表情を見て、俺の胸が疼く。?乱舞の明るく能天気な、溺愛ものの中身を読ませる。悪いがモデルはシノンだ。しかしシノンはそれにもやっぱり気づいていない。

「ネコは可愛いし、タチは最強に格好良いし、今回のは王道っていうか――」

 シノンが感想をくれる。俺は微苦笑しながら、それを見ていた。
 格好良い、か。シノンにとって、俺も格好良くあれたら良いのだろうが――……どうだろうな。俺はある意味、シノンをこの家に、縛り付けて、自分も外には一歩も出ずに、それは執筆が理由だからと言い訳して、実を言えば見張っている。帝国に、絶対に戻らないように、だ。

 ――あの日、次にシノンが帝国に戻ったら、首だけにするとリアスは言った。

 どうやら本心だったようで、帝国では現在、こんな話が囁かれているらしい、と、家族から俺は手紙で聞いた。

『無名だった第三皇子であるシノンが、捨てられていた恨みから、王国と手を組み、帝国でクーデターを起こそうとし、逃れて現在物語想像区画にいるようだ。だがあそこは、物語想像者を害してはならないという法があるため、立ち入りできない』

 俺の家族は、実を言えば、バイルシア王国の国王と正妃、及び俺の兄弟姉妹――王族だ。俺の本名は、セギ=バイルシアという。第三王子であるが、物語想像が可能な魔術師であったため、身分を隠しての旅を許されていた。

 現在の情勢として、俺側の事情は王国に手紙で伝達済みだ。魔術ポストである。結果として、父である国王陛下が、内々に帝国の皇太子殿下に連絡を取り――『第三皇子シノンを、釣り合いの取れる王国第三王子のセギの伴侶とする』という内容の取り決めをしたという。帝国の皇帝陛下は現在病で臥せっている。

 これを公表し、シノンを王国の人間として迎えるまで、俺はこの場で、彼を守るつもりだ。が、同時に――リアスへの復讐を考えている。許さない。ただですますつもりはない。

 王国としても、力ある第二王子リアスの失脚は望ましいようで、家族は俺の応援をしている。含みはあれど。同様に、帝国において、皇太子殿下もまた、リアスには地位を脅かされようとしていたらしく、皇太子殿下こそが現在王国と手を組もうとしている。だがこれが露見すれば、リアスが皇太子殿下を失脚させる口実にもなる。ことは慎重に運ばなければならない。

「――セギ神? 聞いてました? あのー? おーい!」
「おう」
「うん。それなら良かった」
「あのな、神はやめろ。お前は俺のなんだ?」
「熱心な読者!」
「バカ野郎。恋人だと何度教えたら分かる?」

 俺が呆れて笑うと、硬直したシノンが真っ赤になった。アーモンド型の瞳を大きく開いている。次第にそれが潤んでいく。それからシノンは、嬉しそうにはにかんだ。

 ああ、愛おしい。