【四】媚薬(★)
指定された時間に王宮へと出かけた僕は、非常に自然とゼルス殿下の私室に案内された。中には僕しかいない。人払いがすでにされていた。ただ最後の侍従が出ていく時に、公務の都合で少し遅れていらっしゃると伝言をしていった。
僕は父に渡された小瓶を両手でぎゅっと握り、長椅子に座っていた。
すると十九時を回ったところで、ゼルス殿下が確かに少し遅れてやってきたが、僕としてはまだ全然心の準備が出来ていなかった。そのためゼルス殿下を見た瞬間緊張が最高潮に達し、もう死んだほうがましだと思った。瓶の蓋を引き抜き、僕はそれを呷った。
「カルナ?」
「あ……」
直後、僕の体の内側が沸騰したように変わった。
「え?」
何が起きたのか、自分でも分からない。
「あ、ああああああ」
全身から力が抜けて、僕は長椅子の上で頽れた。体が熱い。とにかく熱い。頭が真っ白になってしまい、唇が震える。びっしりと全身が汗ばんだ。僕は瞬きをした。すると涙が勝手に零れ落ちた。
「カルナ?」
気づくとゼルス殿下に抱き起されていた。
「この瓶は――……メリクスの媚薬ではないか」
「あ、ぁ……ッ……ああ、あ……熱い、体が、あ、ああ……んぅ」
その時ゼルス殿下が、僕の首の筋を撫でた。その瞬間、僕は完全に勃起した。
「誰の指示だ? 事と次第によっては、容赦しない。誰にこれを渡された?」
「あ……ぁァ……あっ」
「――カルナ。俺が分かるか?」
「ゼルス殿下、ぁ……あ、あ、体が熱くて……いやぁ」
服の上から陰茎を撫でられて、僕は果てた。瞬間、理性がブツンと途切れた。
次に気づくと、僕はゼルス殿下に抱きしめられて、下から貫かれていた。熱く硬いものが、僕を穿ち、全感覚を支配している。
「あ、ぁァ……っ、あ……僕……んン――!!」
「意識が戻ったか?」
「あ、あ、っ……あ」
僕の中に殿下が出した。もうそれは何度も行われていたようで、結合箇所からだらだらと白液が垂れていく感覚がする。
「安心しろ、避妊魔術はかけてやった」
「っぁ……あ、あ!」
僕の乳首を甘く噛んだ殿下は、再び硬度を取り戻したようで、僕を突き上げ始めた。痛みはない。ただただ気持ちがいい。そのまま僕はまた快楽に飲まれた。
再度目を覚ますと、僕は寝台の上に寝ていて、体が綺麗になっていた。
「それで?」
「ん……」
虚ろな瞳を向けた僕を、じっとゼルス殿下が見ている。
「誰にあの瓶を渡された?」
「あれはなんだったのですか? 僕、その……」
「俺の質問に答えろ」
「……お答えできません」
「言え。第一、あれが毒だったらどうしたんだ?」
僕は正直毒だと思っていた……。
「不用心に、他者に渡されたものを口にするべきではないと、エゼキリア公爵家では幼少時に教えないのか? 今まで俺は、お前がそのミスをした姿は今日まで一度も見たことがなかったが」
「……」
「お前が自発的にあれを飲んで俺を誘うつもりだったとは、さすがに俺も思わない。何せお前は、あれがなんだかわかっていないようだからな」
「……」
「――なるほど、他者ではあるが信用できると考えている相手から受け取ったのか」
「っ」
「やはり、そうか。その相手には、俺とのことをなんと話した?」
「……」
「公爵家の誰かだな?」
僕は顔色を変えそうになったが、俯いてごまかした。
「そういうことであれば、避妊は不要だったな。そちらが欲したのだから」
「そ、それだけはご容赦を……ぼ、僕は跡取りですし……」
「……」
ゼルス殿下の顔が非常に冷ややかになった。僕は何を言えばいいのかわからなかった。
「もうよい。俺はこの後少し出る。起き上がれるようになったら好きに帰れ」
「はい……」
僕は部屋を出ていくゼルス殿下の姿をぼんやりと見送った。
果たして僕で練習台になったのかは不明だが、そんなこんなで一度僕達は卒業パーティに臨む事となった。学院は今、パートナー探しでみんなが忙しい。僕は会場に結界を張るお役目なので、踊る予定はないのだが、形だけでも同伴者がいた方がいいか考えている。
エゼキリア公爵家に荷物が届いたのは、パーティの前日の事だった。王宮からで、なんだろうかと開けてみたら、そこには『明日着てこい』というメッセージと共に、ゼルス殿下から服と装飾具が届いていた。正直こちらも手配済みだったが、困惑するしかない。贈られた服を着ていったら、それは普通同伴するという事だが、僕にはそれは出来ない。ゼルス殿下の同伴者になったら、入室が遅れるから、結界が張れない。
「届かなかったことにする……?」
呟いては見たものの、そういうわけにもいかないだろうと僕は思い悩んだ。
すると見守っていた父が咳払いをした。
「明日は保護者も出席するから、私が結界を展開する。まぁ、人生に一度のことだから、同伴してはどうだ?」
「は、はぁ……?」
「今後は自由でなくなるのだしね」
「はい……」
そういうことになった。こうして僕は卒業パーティの当日は、贈られた衣装を纏った。王宮からの馬車が到着したので、ビクビクしながら中を見れば、そこには僕とおそろいの服を着たゼルス殿下がいる。
「乗れ」
「はい……」
こうして僕達は会場へと向かった。
来年からは、通学頻度も増え、留学生や先輩とも顔を合わせる機会が増えるから、そちらからも参加客がいる。僕はゼルス殿下にエスコートされる形で会場に入り、みんなの視線を集めてしまった。
「カルナ、俺から離れるな」
「は、い……」
僕もそれなりに社交の場数は踏んでいるから失敗はないと思うのだが、視線の量がいつもとは違うからどうしてもプレッシャーを感じた。そう感じてちらっと殿下を見た、その時だった。ゼルス殿下が、唇の両端を持ち上げて、笑顔を浮かべた。僕にはほとんど向くことのないこの笑顔は、ゼルス殿下の作り笑いだ。本当に王族力としかいいようがないロイヤルな感じのする笑顔である。すると目が合って、視線で指示を出された。僕にも笑えという指示だったので、僕も口元を持ち上げる。
この日僕は、ゼルス殿下の隣でずっとニコニコ笑っていた。
そんな状態であったから、十六歳になり王立学院の別の校舎へと進学した途端、それとなくゼルス殿下の正妃候補なのかと探りを入れられた。僕の爵位では、正妃以外はない。だが、そんな事実はない。だから誰に何を探られても問題はなかった。