【五十二】初雪





 王領であるこのセンベルトブルクに初雪が降ったのは、収穫祭が終わって二週間ほどが経過した時の事だった。秋の気配を一瞬で塗り替えた降雪は、すぐに溶けてしまったけれど、僕は窓から見える庭園を白に染めた雪を見て、感激していた。

 執務室の暖炉からは、バチンと時折火にくべられた炭や薪が音を立てている。
 気温はぐんと低くなり、寒さが増しているはずなのに、ここのところ穏やかに変わった僕の心の中は、とても暖かい。そう考えながら執務を終えた時、バーナードが僕を見た。

「ルイス様、クライヴ様より先ほど伝言を承りました。集中していらしたご様子なので、今お伝えしますが」
「クライヴから? なんて?」
「今日のお茶の時間帯を空けてほしいとのことです」
「……幸い仕事が終わっているからよかったけれど、もっと早く聞きたかったよ」
「ルイス様ならば、午前中には終わると信じておりました。実際に終わられたのでは? もうすぐ昼食ですが」

 無表情の執事は、僕を買い過ぎではないかとたまに思う。ただ幸い終わっているので、僕は頷いた。誰かに信用されるというのは、とても嬉しい事だと、最近これも一つ僕は覚えた。

「どんな話かな? 朝は何も言っていなかったけど」
「さぁ、そこまでは伺っておりませんので」
「そう」
「昼食の準備はすでに整っております。少し早いですが、一度休憩なさっては?」
「そうだね。そうしようかな。茶会の準備をしておいた方がいいかな?」

 僕は伴侶の義務として、そう尋ねた。するとバーナードは珍しく思案するような瞳に変わる。

「通常の来客であれば、私はそれをお勧めいたしますが、本日は不要と存じます」
「誰か来るの?」
「ええ。客室の準備も仰せつかっておりますので。ただ、これ以上は、私の口からはお伝えしないべきだと感じております。どうぞご容赦ください」

 普段から余計なことは言わないバーナードだが、以前よりは口数が増えたと思う。それは僕も同じなのだろうけれど。だから、そんな彼がそう言うのならばと、僕は頷いた。

 こうして昼食をとってから、僕は、茶会時(ティータイム)に備えた。
 一度私室へと戻り、来客用の服に着替える。クライヴに恥をかかせないように、という考えから、僕は執務時には自分の楽な服を好むけれど、来客があると耳にした際には、過去に母に勧められたような、王都やルベールの都で流行しているという装束の袖に腕を通すことが多い。商人は定期的にこのコーラル城へと訪れる。

 クライヴは、僕に服を贈る事が好きらしい。いつも『服を贈るのは、この手で脱がせたいからだ』と笑っていて、『着ている時には、常に俺を思い出すように』と《命令》される。仮に《命令(コマンド)》がなくても、僕の胸にはいつもクライヴがいるから、守っているのかいないのか、自分では判断が難しい。

「クライヴ様がお帰りです。お客様もお見えです」

 バーナードが僕を呼びに来たのは、僕が丁度着替え終わった時だった。
 姿見の前で踵を返し、僕は頷いた。微笑しながら。僕の表情筋は、もう働き方を忘れないらしい。