【三】家族での食事








 勤務終了後、報告は各国へと決まった。ライゼ兄上は、僕と一緒に帝国行きの転移魔法陣の上に立った。僕が一瞥すると、ライゼ兄上が笑う。

「今日は、ルイスにも会いたいから、俺も帝国に行く。久しぶりにユーゼ父上やルツ父様にも会いたいしな。先週はルイスが忙しくて駄目だったけど、今日は謁見許可を塔から取り付けてやった」

 ライゼ兄上の言葉に僕は頷いた。その後目を伏せ、魔法陣の光に飲まれてから、僕達は帝国へと到着した。

「謁見の間に行くの?」
「いや。ルイスは今日は、玉座の間にいるらしいから、そっちだな」
「そう。僕は先に帰ってるね」
「なんで? ルイスはお前にも会いたがってたぞ?」
「で、でも……僕は一応一臣下で、ルイス兄上は、皇帝陛下だし……」

 はっきりいって、恐れ多い。それが変わるのは、ルイス兄上がベルス侯爵家に帰ってきた時だけで、公的な場では、基本的に僕は頭を下げている。

「気にするなって。俺達は兄弟なんだからな」

 ライゼ兄上は笑顔だ。そして僕の肩をバシバシと叩いた。

「ほら、行くぞ!」

 僕の腕をライゼ兄上が取る。そのまま強引に引っ張られる形で、僕は玉座の間までいく事になってしまった。入り口の前にいた近衛騎士団の人々が、豪奢な扉を開けてくれる。僕は恐縮しながら、実に楽しそうな顔をしているライゼ兄上の隣を歩いた。

「ライゼ兄上!」

 すると、僕達が中に入ってすぐに声がかかった。ルイス兄上だ。金の王冠を身につけているルイス兄上が、玉座から立ち上がる。傍らに立っていたユーゼ父上が、緩慢にこちらへと振り返った。片目を細めている。呆れた顔をしている……。

「ルイス! 会いたかったぞ! もう俺はルイスに会いたすぎて、昨日はあんまりよく眠れなかったほどだ!」
「僕もライゼ兄上にお会いしたくて、今日は爆速で執務を片付けちゃってずっと暇にしてましたよ」

 走り寄ってきたルイス兄上は、ライゼ兄上に飛びついた。僕は少し距離を取った。ルイス兄上は、控えめに言っても、ブラコンである。ブラコンというのは、稀人がもたらした語彙の一つで、兄弟の事が大好きだという意味のようだ。

 ルイス兄上は、兎に角ライゼ兄上が大好きらしい。ライゼ兄上を抱きしめたルイス兄上は、ライゼ兄上より若干背が高い。それを受け止めたライゼ兄上は、満面の笑みだ。ライゼ兄上は基本的にみんなに愛をぶつけるが、ルイス兄上はライゼ兄上単品に愛をぶつける事が多い。

「本当に本当に本当に会いたかったんです! ライゼ兄上!」
「俺もルイスとゼリルに会いたかったんだ」
「ゼリルの事は、執務室から庭を盗み見て、常に様子を窺っているので問題ありません」
「羨ましいぞ! 俺もゼリルの鍛錬風景を見たい!」
「そういうと思って、ゼリルの日常を日記につけておきました」
「よくやった!」

 ライゼ兄上がニコニコしている。それからルイス兄上は、ライゼ兄上を離すと僕を見た。そして両目を細めた。ユーゼ父上そっくりの切れ長の瞳をしている。しかし優しげに見える点が大分違う。ユーゼ父上は怖いが、ルイス兄上は柔和に思えるのは、ルイス兄上が常に微笑しているからなのかもしれない。

「元気でしたか? ゼリル。元気ですよね?」
「え、ええ。元気です……」
「ですよね。それはそうとライゼ兄上、晩餐の用意が整っています。先ほどベルス侯爵家に、ルツ父様を呼びに伝令を出したので、本日は五人で食事にしましょう。多分ライゼ兄上はそれを喜ぶだろうと思って、僕は頑張って手配しました」

 すぐにルイス兄上の視線は、僕からライゼ兄上へと戻った。笑顔で二人が会話を始める。三人揃うと、大体二人が話していて、僕は見守っている事が多い。ルイス兄上は、僕にはそんなに興味が無い――というよりは、僕とルイス兄上は多分ごく普通の兄弟関係だ。ただルイス兄上は、ちょっとライゼ兄上の事は好きすぎるようだ。ルイス兄上は僕にも優しいが、ライゼ兄上に対して非常に優しくなる。

「ルイス陛下。人目がありますが」

 そこへ歩み寄ってきたユーゼ父上が、宰相閣下の顔で冷たく述べた。するとルイス兄上が一瞬、忌々しそうな顔をした。いつも微笑している分、こういう顔は非常に怖い。

「ライゼ様も、天球儀の塔の主席魔術師なのですから、帝国皇帝陛下には、まず始めに礼をするべきでは?」
「ユーゼ父上――……バルミルナ帝国宰相閣下、天球儀の塔第十三代主席魔術師、ライゼ=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナ、ご挨拶に伺いました」

 ライゼ兄上が、魔術名を名乗った。僕も、戸籍上は、ゼリル=ベルスという名前だけど、魔術名は、ゼリル=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナだ。ルイス兄上も同じである。

「よくぞ参られました。で、最果ての闇森の調査はどうだったんだ?」
「父上、聞いてくれ。魔王の繭の魔力が一月前の最初の調査時に比べて、二倍になっていたんだ」
「――倒せそうか?」
「孵った時、どうなっているかによるな」

 ライゼ兄上が一瞬だけ真剣な顔になった。ユーゼ父上はいつもと変わらない。淡々としている。するとルイス兄上が腕を組んだ。

「ゼリル。危険な調査は、ライゼ兄上に任せましょう」
「……」

 ルイス兄上は、僕を無能だと思っているのかもしれない。それは父上も同じで、二人はいつも僕に『危ない事はするな』という。実際、僕とライゼ兄上では実力が違う……。ルイス兄上とユーゼ父上は、二人なりに、僕を心配してくれているのだろうとは分かっている。

「ゼリルは、危ない事はせずに、いつも僕達の癒やしでいて下さい」
「皇帝陛下……」
「ルイスとは呼んでくれないのですか?」
「人目が……」
「では、人払いをさせます」

 ルイス兄上がクスクスと笑っている。僕は心臓が痛い。僕達はそんなやりとりをし、ライゼ兄上とユーゼ父上はその間、魔王の繭について話し合っていた。

「ベルス侯爵夫人、ルツ様がお見えです」

 そこへ近衛騎士の一人が、ルツ父様を連れてやってきた。僕達四人の視線がそちらに向く。ルツ父様は無表情だ。途端、ユーゼ父上の声が柔らかくなった。

「ルツ……遅くなる予定が、本日はルイスがいつになく早く仕事を仕上げてくれたおかげで、会議も日中に終わって、食事が出来る事になったんだ。いつも今日のように執務をしてくれたならば、俺の残業は大部分が減る。ルツからもなんとか言ってやってくれ」
「ルイス。あんまり無理はしないようにね」
「有難うございます、ルツ父様」

 ルツ父様は優しい。ルイス兄上は相変わらず柔和な微笑だ。ユーゼ父上だけが呆れた顔になった。それからルツ父様は、ライゼ兄上を見た。

「久しぶりだね、ライゼ」
「ああ。ルツ父様も元気そうだな」
「うん。ライゼは、どう?」
「俺は普通。ラインハルト様も、ルツ父様とユーゼ父上に会いたがってたぞ」

 そんなやりとりをしてから、僕達は、夕食が用意されている晩餐の間へと通される事になった。

 用意されていたのは、帝国料理だった。僕はテーブルの上に並ぶ肉料理を一瞥し、考える。これならば、頑張ったら、家でも作れそうだ。そんな事を思っているとばれたら、皇宮のシェフには怒られるかもしないが。

 しかし――家族五人でいると、ユーゼ父上はルツ父様への愛が深すぎてルツ父様最優先であるし、ルイス兄上はライゼ兄上熱がすごい。そしてルツ父様はそんなに多く喋る方ではない。結果、ライゼ兄上が時折僕に話しかけてくれる以外、僕も沈黙している形になる。基本的には、ユーゼ父上とルツ父様、ライゼ兄上とルイス兄上が話している。僕は一人あまる。ここにラインハルト様がいると、ラインハルト様は僕にも話をやはり振ってくれるので若干雰囲気が変わるのだが、最近はお会いしていない。なんとなく、僕はいつも疎外感を覚えてしまう。だが、その他の人々には幼馴染みを除けば余計に疎外感を抱くので、やっぱり家族の前の方が気楽だ。

 そんな事を考えながら、僕は黙々と料理を食べていた。