【十一】新人









 その日の午後は、今年魔導騎士団に入った新人達が、本配属されるという行事があった。貴族よりは若干平民出身の騎士が多い。ただ多くは、バルミルナ帝国魔導学院の卒業生だった。今回僕と同じ所属になる面々は、皆今年二十三歳。僕よりは年上――エルトと同じ歳だ。

 一人ずつ挨拶している。第一部隊に配属される新人は、三名だった。多くの場合、第一部隊には、最初に他の部隊で働いてから移動して騎士がやってくるのだが、毎年数名は最初から第一部隊に配属される騎士もいるようだ。なお、宮廷魔術師の試験は難易度が高く、あまり二十二歳で受験資格を得ても、その年に合格するという事は無いらしい。

「よし、最後。ルシア=エリクス、自己紹介をしてくれ」

 三人目の新人騎士に、ヴァイル隊長が声を掛けた。僕も視線を向ける。今回、最初に挨拶した二名は平民出自で、貴族出身からの配属者はルシアさんだけだ。

「エリクス侯爵家の出身の、ルシアです。よろしくお願いします」

 どこか冷たい声音で簡潔に自己紹介をしたルシアは、建国当時から侯爵家なのだというエリクス侯爵家の次男だ。僕のベルス侯爵家は、ユーゼ父上が昇進する前は、男爵家だったらしい。それがユーゼ父上の功績で伯爵家になり、その後ルイス兄上が即位する前に、侯爵家になった。新興だ。

「よし。では残り時間は、親睦を深めるために雑談を許可する。俺とカースは執務室にいるから、何かあったら声を掛けてくれ」

 ヴァイル隊長はそう言うと、カースさんに目配せをしてから、執務室に入っていった。他の魔導騎士達は、新人三人を囲んでいく。僕は壁際まで下がった。特に雑談は思いつかない……。だから無表情で、その場を眺める事に決める。

 家族がいる場では別であるし、僕に気安く話してくれる幼馴染みや、良くしてくれるヴァイル隊長とカースさんといったごく一部、他にエルトを除いたら、やはり上手く僕の表情筋は動かない。口数も、そう多い方では無いだろう。

 だって、何を言えば良いのか分からないのだ……。

 その為、場を見守っていると、不意にルシアが僕を見た。ルシアはするりとその場から、僕の前へと歩み寄ってきた。

「貴方が、ゼリル=ベルスか?」
「は、はい……」
「魔力量により受験資格を得て、史上最年少で宮廷魔術師試験に合格し、実力から魔導騎士団では最前線で働いていると聞いている」
「……」

 確かに、そのように言われることはある。年齢制限があるのだが、それを受験可にする唯一の条件が、魔力量なのだ。ある一定値を超えた魔力の持ち主――世界樹の階梯のランキングに名前を連ねる場合は、バルミルナ帝国では宮廷魔術師試験を受験出来る。

「皇帝陛下の実弟で、宰相閣下のご子息で」
「……よろしくお願いします」
「正直、本当に実力があるのか疑っている」
「……」

 なお、僕には実力は無いような気がする……。両親や二人の兄上がすごいのは分かるのだが、僕には家族達のような実力は無い。世界樹の階梯でも裏階梯順位でもそれは明らかだ。

「俺は剣士であるから、階梯に名前が出る事は無いし、受験資格を得る事も規定年齢まで叶わなかったが――貴方よりも活躍出来るという自負がある」

 きっぱりと言われた。周囲が窺うようにチラチラとこちらを見ている。僕はいたたまれなくなって俯いた。

「いや、それは無いな!」

 その時――。
 ポンと僕の肩を叩き、明るい声を出した人物がいた。驚いて顔を上げると、第一部隊先遣隊のワーク=エベルトが笑っていて、隣からぐいと僕の首を抱き寄せた。

「ゼリル様はすごいんだぞ! 新米のお前に勝てるわけが無いだろう、常識的に考えて」
「……」

 僕はワークさんとは最果ての闇森でしか顔を合わせた事がほぼ無い。だが、たまに話すと、二十六歳のワークさんは、僕に対してこうして明るい笑顔を向けてくれる。

「ゼリル様がいなかったら、俺なんて六十回くらいは死んでるからな。次、そういう口の利き方をしたら、鍛錬場を百周させるぞ」
「……申し訳ありません。失礼しました、ゼリル様」

 素直にルシアが頭を下げた。

「いえ……」

 僕はそう答えるのが精一杯だった。

 さてその夜。
 帰宅してすぐに、僕は居室へと向かった。ルツ父様が、我が家の愛猫であるマニを膝に載せて、その頭を撫でている。日中、ルツ父様は現在、バルミルナ帝国立図書館の禁書庫の整理をたまに頼まれる以外は、家にいる。ユーゼ父上が、家にいて欲しいと頼み込んでいるからだ。そしてルツ父様も、ユーゼ父上の帰りを待つ生活が楽しいみたいだ。

「おかえり、ゼリル」
「ただいま。ねぇ、ルツ父様。今日は、ユーゼ父上は何時くらいに帰ってくる?」

 僕は傍らの食卓を見て、ピクルスの瓶が出ていたため、そう尋ねた。ユーゼ父上の帰りが遅い場合、基本的には僕が料理をしているのだが、その前に、料理をしようと試みたルツ父様がピクルスの瓶だけ出している事が多い。

 決してルツ父様は料理が下手というわけではないのだが、考えすぎて時間がかかるみたいなのだ。ルツ父様は、『料理を作ろう』と決意してから、大体三時間はメニューを悩む人だと知っている。

「今日は遅くなるんだって。ねぇ、ゼリル。カレーピラフと、肉団子入りのシチューのどちらが食べたい?」
「僕が作るよ。ルツ父様はどちらが良い?」
「ニンジンが入っていない方」
「じゃあシチューにしよう」

 カレーピラフには小さい四角に切ったニンジンをいれるが、シチューならば、肉団子にすりおろして忍ばせる事が可能だ。

「有難う、ゼリル」
「ううん。それで、遅くなるって具体的には何時になるって?」
「十一時は過ぎそうだって聞いてる。ユーゼ様に何か用事?」
「あのさ……昨日ご飯の時に、別大陸から来た人の後ろ盾になる話をしていたでしょう?」

 僕はそばの棚にある黒いギャルソンエプロンを身につけながら、静かに続けた。

「別大陸の人――エルトって言うんだけどね、エルトもさ、僕の家に来たいって言ってたんだ。それで、本当にここに迎えても良いのか、ルツ父様とユーゼ父上に聞きたくて」

 そう伝えてから、僕は魔導食料庫へと向かい、まずは挽肉とショウガとニンジンを取り出した。

「そのニンジンは何に使うの?」
「おもり」

 僕は適当に述べた。ルツ父様が不思議そうな顔に変わる。

「おもり? 入れない?」
「入ってても分からないから大丈夫」
「……」
「もしエルトを引き取るってなったら、日中はルツ父様とエルトが一緒にいる事になるけど、大丈夫?」

 僕は銀色のボールを取り出し、おろし金で、ショウガとニンジンをすりおろしていった。

「それは危険は無いかという意味? 危険は無いと思ってもらって良いよ。僕は、潜在・顕在化魔力量はともかく、経験であれば、ライゼにも勝てる」
「……そ、その……ルツ父様が強いのは知ってるよ? そうじゃなくて、会話とか……」
「……会話。上辺だけで良いのなら、僕は別段苦手では無いけど」
「上辺……僕、よく分からないんだ。エルトともまだそんなに話をしたわけじゃないし」

 その後、挽肉をボールに入れて、僕は塩こしょうを入れた。あとは、片手でそれを捏ねていく。ルツ父様は、小さい肉団子が好きだから、僕はなるべく小さめに作る。ユーゼ父上に教わった。ユーゼ父上と僕だけの場合は、肉団子のサイズは少し大きくなる。

「たださ、エルトが捕まっているみたいな状況が、可哀想で……」
「そうなんだ。僕は、ユーゼ様から良い香りがすると最初から思っていたけど、好きになったと自覚するまでは時間がかかったんだ。その点、ゼリルは、もう好きになった?」
「え……わ、分からないよ! 好きとかそういうのは、分からない!」
「そう」

 ルツ父様を見ると、微笑していた。なんだか擽ったい気持ちになりながら、僕は肉団子を成形した。その後一度手を洗ってから、今度はシチューの準備を始める。僕はタマネギを切る事にした。