【四】過去B




「普段? 確か、総務部だったと思うけど。だから予算管理とか人事とかじゃないかな? それで情報が早いんだと思うよ」
「……そうか。木戸大佐殿は、いつ大佐になった?」
「大佐になりたいのかい?」
「まぁそんな所だ。目標だからな、木戸大佐殿は」

 山縣が作り笑いを浮かべたまま出鱈目を言うと、朝倉が苦笑した。

「同郷の者として言うのもなんだが、木戸さんだけは目標にするなと言われているよ。なにせもう、八年間大佐だ。平時なら兎も角、大尉開始の私達だって、たった一年で、中佐と少佐なのに、第三次世界大戦が始まっても動きはないみたいだから」
「……」

 階級にこだわりを見せない朝倉が言うのだから、相当な噂になっているのだろう。

「だけど目標だなんて――そんなに親しかったかい? どちらかというと君は、それこそ薩摩の西郷少将殿とかと仲が良い気がしていたんだけどな」
「――尊敬してる」

 淡々と山縣が答えると、静かに朝倉が頷いた。

「まぁ木戸さんは、僕から見ると――……同じくらい尊敬するべき人だと思うけどね。サクッと軍を辞めて、大手の貿易会社に移った土佐の坂本さんとか、議会に集中してる西園寺様と同じくらいには」
「今、朝倉が名前を挙げた二人は、どこから出てきたんだ?」
「んー、空気感が似てるんだよね、あの辺。似てると言えば、山縣も似てるけど。外見も性格も違うから、自分でもよく分からないんだけれどね。直感かな」
「……」

 眉を顰めた山縣を、頬杖をついて朝倉が見上げた。

「西園寺様は公家だし議員だから兎も角、坂本さんの事は山縣の方が詳しいんじゃないのかい?」
「……」

 腕を組んだ山縣は、眼を細くした。

 確かに、坂本靖眞元少佐は、軍部でこそ一緒ではないが、何度も地元や上京してからも顔を合わせてはいる。だが坂本龍馬の子孫を自称している奇を衒った高等士官学校の先輩は、大概いつもノリよく笑っていて、軽い。反面、記憶に微かにある木戸大佐の方は、本当に気配が無い。いるのかいないのかよく分からない、空気的なタイプだ。一体何処に通じるものがあるのか、山縣には判断がつかなかった。

 その上、晴親に名前を聞いた時は馬鹿げていると思って流していた、西園寺穂積にいたっては、公家出身の元老院議員である。つい先日まで外務大臣をしていた張本人だ。国外が危険なため、持病を理由に降りたので、空席となっているのが現状である。その為現在は、羽染晴親が外務大臣臨時代理をしているのである。

「山縣中佐と呼ばなくて気を悪くした?」

 長々と黙り込んでいた山縣を見て、朝倉が悪戯っぽく笑った。

「何が?」

 思わず山縣が首を傾げると、朝倉がクスクスと笑った。

「違うみたいやな。山縣、君が何しようとしてるんかは知らないが――……気をつけろよ。無駄にするな、戦地で落とさなかった命なんだからな。真後ろに、『諜報部』の子飼いの空曹がいる」
「っ」

 その言葉に、山縣が目を見開いた。
 朝倉と視線を合わせると、瞳だけ真剣で――小さく頷かれた。

 誰かが見張っていること自体には、山縣も気がついてはいたが、特に聞かれて困る話ではなかったから放置していた。だが――朝倉の口から出た『諜報部』という名に息を呑まずにはいられない。

「スウェーリエにいた時に、噂を聞いた。大日本帝国がついに、スパイ組織を正式に発足させたという話だった。今、僕の所の長州は真偽を確かめている。九割九分……真実だ」
「……すぐに漏れるようじゃ、たかが知れた組織だな」
「漏れたんならそうだね。わざわざ僕の耳に入れたのは、僕が誰かに話す事を期待してじゃないのかと考えたんだけど」
「誰か?」
「考えられるのは、長州の人間、薩長土肥の誰か、まぁ、君とかね、山縣。いきなり君が木戸さんの話を出したりするから、勘ぐった」
「木戸大佐殿は……『そう』なのか?」
「木戸さんは小柳元帥の下にいるから、直接は誰も聞けない。本人から、藩への報告もない。そこまでは聞いてる。ただ名前が挙がった時点で、確定だと思うよ。それも……名前を公にして良いという意味での確定候補だ」
「さっきお前が挙げた他の二人も、そう言うことか?」
「いやあれはただの個人的感想。軍に残ってたらきっとそうだっただろうな、っては思うけどね――山縣、私は山縣が実戦から外れるのは寂しいよ。考え直して欲しい」
「何の話だよ……別に俺は――」
「本当に違うと思って良いのかい?」

 朝倉は笑っていたが、その双眸が僅かに動いた。
 澄んだ瞳だった。

「……朝倉」

 山縣は、唇を手で撫でながら、気がつくと混乱する胸中を実感していた。

 全てを暴露し、相談してしまいたかった。そうすれば朝倉もまた自分と同じ闇――天皇陛下暗殺の件に関わってしまう事になる。だが、仮に自分が降りれば、どのみち同じ命が朝倉にまわる可能性は高い。

 なのだから、同じ軍閥である以上相談しても構わない気がした。仮に、上層部が全て死に絶えたとするならば、今度は朝倉から暗殺命令が下りてくる可能性すらある現在だ。階級の上がり方は今でこそ拮抗しているが、それはあくまでも戦時中であるからで、平時であれば、確実に、すぐに朝倉の方が上に行く。

 ――いや、既に全て知っている可能性だってある。

 例えば、薩長土肥軍閥から、暗殺について聞いていて、自分の事を見張っているから、このようにして話しかけてくれている場合。羽染晴親の事まで知っている場合は、おかしな動きをしないように釘を刺しているのだろう。知らないとしても、監視している事には代わりはないだろう。

 あるいは、『羽染晴親』側の人間である場合。今上天皇暗殺阻止を考えている可能性。

「……」

 発する言葉を考えたまま、山縣はじっと朝倉を見た。
 朝倉はボロネーゼをフォークで巻き取りながら、微笑している。
 柔らかそうな朝倉の髪と穏やかな瞳は、いつもと変わらない。

「山縣?」
「いや……」

 山縣は視線を逸らすと、バジルソースで緑色のパスタを見おろした。

 ――朝倉が裏切り者かも知れない現実と、朝倉を巻き込むかも知れない現実のどちらが嫌なんだろう、己は。

 前者は、何度も考えて、何度も忘れてきた事柄だった。
 後者は、今回初めて意識的に考えた事柄だった。

 ――どうでも良い『上辺だけの友達』。

 朝倉に対する山縣の評価は、それだけだったはずだ。はずだった。それ以外の何かなど、そう遠くない未来に命を落とす可能性が限りなく高い自分には無意味であると、山縣は思っていた。この状況下になってからこそ、責任逃れをして生き残る事を夢想してもいるが、それはあくまでも夢であり現実にはあり得ないと山縣は考えている。

 なのに、だとしたら、何故朝倉の安否を考えてしまうのかが分からない。
 距離の取り方が分からない。

 楽しく話せる相手も、ゆっくり話し合える『他人』も、山縣にはいる。しかし、『友達』なんて、父親が逝ってから、ただの一人もいなかった。一言でも言葉を交わせば友達である素振りで生きてはいるが、本当に心を許せる相手なんて、誰もいない。あるいはそれが、多くの人々の現実なのではないのかとすら山縣は考えている。

「……俺は大丈夫だ」
「君の大丈夫が、僕には違った意味に聞こえるんだけど。まるで逆の意味であるように」
「あ?」
「山縣。軍閥関係無しに、僕は、君の事を真剣に話が出来る大切な相手だって思ってる」

 朝倉が真剣な表情を浮かべた。
 その怜悧な表情に、山縣は胸が苦しくなって思わず唇を噛んだ。

 気がつけば、山縣も、同様に思っていたからだ。所詮関係ないなどと思おうといくらしたとしても――いつの間にか、一緒にいる期間が長すぎて、いつしか初めて、大切な友となっていたのだろうと分かった。ああ、息苦しい。

 まず、気づいたその現実をどう言葉に表せば良いのかが分からなかった。次に、仮に本当に友人であるとして、巻き込んでしまっていいのかが分からなかった。最後に、友人である相手を疑ってしまった自分が情けなかった。己はそこまで人を見る目が無かったのかと。反面、自分に友達なんてものが本当に出来るのかという恐怖がある。裏切られる可能性が過ぎり、怖い。

 自分は結局、その恐怖を……相手を慮るという理由で隠し去ろうとしているのではないのか。
 山縣はそう考えて朝倉を改めて見た。

 暗殺の事実と諜報部への勧誘――後者は真実かは不明だが、これらを話したとしても、朝倉が薩長土肥軍閥側ならば、上層部に報告し後に山縣に処分が下るだけで何も問題は起きないはずだ。仮に、諜報部側であるのならば、口の軽い諜報員など不要なはずだから、やはり無問題であるだろう。

「……なぁ、朝倉」

 どうせ人間は、いつか皆死ぬ。

 本当に他人がどうでも良いのであれば、朝倉を巻き込む事自体にだって、何も感じないはずなのだ。山縣は唾液を嚥下しながら、テーブルの下で拳を握る。

「ん? どうしたんだい?」

 朝倉が微笑しながら首を傾げた。
 その表情を見て、山縣は決意した。相談しようと。

「……次、空いてる日はいつだ?」
「え?」
「話したい事が、その……あるんだ」
「話? って言うと……ここでは出来ない内容って事かな?」
「……ああ」
「山縣からそんな事言われるの初めてだな。そうだな、まぁ……手帳は、再来月まで埋まってるけど、山縣のためなら、今夜空ける。それが急なら、先に山縣の都合の良い日を教えてくれないかい?」
「じゃあ今夜」

 嫌に鼓動の音が耳に障るなと思いながらも、山縣はそう告げた。

「悪いな。無理なら無理で良い。三ヶ月後は、さすがに話す気が無くなってるかも知れないけどな」
「無理ならそう言ってる。僕は友達の頼みは、基本的に断らない」

 朝倉はそう言って微笑するとフォークを置いた。

「場所はどうする? 僕は明日休みだし、休み前は基本的に必ず適当に外泊届けを出してるから、何処でも大丈夫だけど」
「適当に外泊届けってどうなんだよ。女の所か?」
「外泊先の住所は、まぁな」
「カノジョか」

 そう言えば、こんな話はした事が無いなと思いながら、山縣は口走った言葉に対して、後から考えた。

「――母親だ。妾なんだよ、私の母親は。だから帝都内に住んでる。京都ではなくてね」

 続いた言葉に、山縣は唇をひき結んだ。

「僕以外に男子が産まれなかったから、認知されて、朝倉の籍に入った。異母妹が一人いる。良くしてもらっているから、暗い気分にはなるなよ。聞かれてまずい話じゃない。寧ろ知らなかった事の方が意外だ。それより余程、山縣の今日明日の予定の方が考えるべき事だと思うよ」
「……まだギリギリ外泊届けが間に合うから出しに行くつもりだ。外で話したい。時間はまかせる。場所は……」

 場所を任せる事には、やはり毒殺などの恐怖がある。
 しかし普段何処かへ出向くことのない山縣は、思案した。

 自分が選ぶと言っても、知っている適当な場所は、大抵が暗殺話をする薩長土肥の息がかかった店だ。そこは避けたい。

 ――本当に朝倉が何も知らなかったら、それこそ大惨事となる。

「場所か。じゃあお互い暇なら少し遠出してみるか?」
「遠出?」

 朝倉の言葉に、山縣が顔を上げた。

「今朝、ニュースで新しく、横浜に大観覧車が出来たって言ってたからね。新臨海公園だっけ? 米軍の出先機関側だから、うちの軍は完全未介入らしくて、やっと人目を気にせず遊べる所が出来たって、みんな喜んでるし」

 そう言えばそんなニュースがあったかも知れないなと山縣は思った。
 大戦中に何とも平和な事である。
 これも日本軍が激戦地への派兵を終了した影響なのだろうか。

「それに今日は華族への開放日だから、軍人はほとんどいないだろうしね。間諜も入るのは厳しいと思うというか、あんまりそんな所にはいないと思うけど」

 そういえば朝倉家は華族だったなと山縣は改めて考える。

「じゃあそこにしよう。現地集合で良いか?」
「えええ、一緒に行こうよ、折角だし。何時上がり?」
「六時だ……いや、そんなに遅くまでやっていないか」
「そうだね。よし、山縣が外泊届けを出して、その後は僕らは、サボろう。揃って病欠だ」
「な」
「僕ら頑張って働いてるし、たまには良いんじゃないかな」

 そう言うものなのだろうかと、山縣は思案した。
 確かに有休も半休も使った事は無い。
 暗殺関連で休むことは比較的多いが、根は真面目なのが山縣だった。

「――そうだな」

 こうして、二人は横浜の新臨海公園へと出かける事になった。


 青い海が見えた。

 日が暮れる手前に辿り着いたその場所で、山縣は観覧車への順番を待ちながら、遠くに見える水面を見ていた。幼い頃、土佐にいた頃の事を思い出す。実の父親がよく、海に連れて行ってくれたのだ。

 思い返せば、父が亡くなってから、意識的に海を見ないようにしていたのかもしれない。海は母性の象徴だと言われるのにおかしな話だが、山縣の中で海は、紛れもなく父の象徴だったのかもしれない。

「順番だよ」

 朝倉にそう言って肩を叩かれ、山縣は我に返った。

「ああ」

 二人で、ゆっくりと足を運ぶ。
 観覧車に乗ると、更によく海が見えた。
 気がつけば注視せずにはいられない水面に、山縣は苦しくなってくる。

 ――パンを食べたから、そう公表され処刑された父親は、本当は天皇陛下暗殺の藩命を拒絶した結果、処刑されたのだ。それを教えてくれたのは、薩摩の西郷少将だった。そしてその行いは正しかったのだと、肯定してくれた、唯一の人物である。

「――……山縣」
「ん?」

 朝倉の声で我に返り、山縣は顔を上げた。

「それで、話ってなんだい?」
「ああ……その……」
「言いにくい事?」
「そうだな……」
「じゃあ僕から先に言って良いかな」
「? ん、ああ。なにかあるのか?」
「……その、悪いけど僕は、山縣とは付き合えない」

 困ったように朝倉がそう言った。
 山縣が首を傾げる。

「付き合う?」

 一体どういう事だろうかと思案して、山縣は、思い当たった。きっと、暗殺には付き合えないと言う事だろう――と。

「いや、別に付き合って欲しい訳じゃない」
「……それは、関係だけを持つって事?」
「……まぁ」

 確かに暗殺に付き合ってもらわないとしても、軍閥が同じである以上関係が絶たれては困る。

「本気なの?」

 朝倉が険しい顔をした。

「……迷ってる」

 そもそも、暗殺や諜報部の件、双方を迷っている事について相談したくて、朝倉を呼び出したのだ。

「迷ってるんなら、止めとくんやな」

 朝倉が焦るようにそう告げた。

「それは、両方か?」
「ああ、両方や」

 朝倉はと言えば、てっきり、恋人関係と肉体関係の二択で迷っているのだろうと考えていた。色恋話だと疑っていなかったのである。

 暗殺の件も諜報部の件も知らなかったからだ。
 しかし全く違う事を考えていた山縣は腕を組む。

「どちらもないなら、俺はどうやって生きていけばいい?」

 山縣が問うと、朝倉が息を呑んだ。

「僕は友達として、山縣の事が大好きだ。そばにいる事だけなら出来る」
「朝倉……」

 そばにいてくれる上、やはり友達なのかと山縣は感動していた。

「だけどな、後者なら、お前の役に立てる日もあるかも知れない」

 諜報部を念頭に山縣が言うと、朝倉が咳き込んだ。セフレだと勘違いしたからだ。山縣をセフレにするなんて、朝倉には出来っこなかった。

「いや、そ、のだな、山縣ならきっと素晴らしいとは思う」
「そんな事はねぇよ」
「ある。断言してある。もし僕が、違う生まれだったら、きっとOKしてた。だけどな、今の僕じゃ何もできない。だからもっと自分を大事にしろ」

 朝倉のその言葉に、山縣が瞬きをした。

 違う生まれだったならば、つまり薩長土肥軍閥以外に生まれていたら、諜報部を許容できて、もっと出世していたら自由に諜報部を動かせるが、現状はそうではないと言う意味だろうと判断したのだ。

「出世しろ」

 山縣がきっぱりと言い切ると、今度は朝倉が赤面した。

 山縣と性交渉を持っている自分を考えると、率直に言って照れた。出世まで考えて、山縣はそれを望んでいるのだろうか。階級なんて関係無しに好きだという話なのか。身分も関係なくなるほどの出世という事か? というか、もしこれが大佐である山縣から中佐である己への命令だったら、セクハラで訴えても良いレベルだが……そういう気は不思議と起きない。そもそもどちらがタチで、どちらがネコなのか。朝倉は、自分がネコ役になる事だけは無理だと考える。山縣ならば――抱けなくは無いだろう。しかし。

「山縣……僕は、朝倉の家のために、子をなさなきゃならないんだ」

 今でこそ、卵子提供も代理母も認められているが、それでもやはり喜ばれるのは肉体的な結婚妊娠出産だ。

「? そりゃそうだろ」
「……お前は、僕の奥さんを見ても笑っていられるのか?」
「は?」

 話の意図が見えなくて、山縣が首を傾げた。

「その……『友達』の朝倉の奥さんなら、笑って祝福してやれる気がする」

 山縣が『友達』という言葉に若干照れながらそう言った時、急に朝倉は冷静になった。

 ――話の流れと場所と展開的に告白だと思っていたが。
 ――そもそも山縣が僕に告白なんてするか? したとして、それって『仕事』以外で?

「悪いその山縣……改めて、話を聞かせてもらえるかな。話したい事って何?」
「いやだから、さっきから言ってるだろ。薩長土肥から頼まれた天皇陛下の暗殺と、それを止めて諜報部に来ないかって言う誘い、迷ってるんだよ俺」
「っ」

 思いの外重かった話題に朝倉の笑みが引きつった。
 全く想定していなかった話だった点も大きい。

「山縣……」
「なんだ?」
「ちなみに、お前はどうしたいんだ?」
「……分からない。そりゃ朝倉が言うとおり両方止められるのが一番なんだろうけどな……どちらか選ばないと、俺の命が無い気がする」
「後者って……諜報部なら、役に立てるかも知れないって意味か……」

 そう口にしながら、何となく朝倉は残念な気分になっている自分に気がついた。きっぱりと振る予定が、どこかで若干、山縣と付き合う未来を考えていたのかもしれない。

「改めて言う。その二択なら、諜報部に行った方が良いよ。僕は、山縣に死んで欲しくない」
「――本当に諜報部なんてものが存在するのか?」

 山縣が尋ねると、冷静になった朝倉が腕を組んだ。

「おそらくね。あくまでも僕が聞いている範囲でだけど」

 呟いてから、朝倉は嘆息した。やはり何処か残念でもあるが、なんとなく、これが自分達の自然な形であるような気がしたのだ。重い話題であっても共有できる――信頼関係にあるという事は、心地良い。

「僕は、山縣が充実した日々を過ごせるように祈っているよ」

 結局の所朝倉は、本当は『自分こそ』が、告白して叶わない結果を望んでいたのではないのかと思った。山縣と己の関係は、恋というような甘い名前をしてはいないのだろうと思う。しかし、それで良かった。

「詳しい話は、次のバーでしよう。静かな場所だから」

 朝倉の声に、山縣は頷いた。そこを指定するという事は、羽染晴親の配下ではないのだなと判断しながら。もしこれで、裏切られる事があっても、最早構わないと思う。だって、祈ってくれると言ってくれたのだから。