【二】明確化
朝倉が実父に進言し、それが成果を収めたのは、冬が訪れた頃だった。既に大分戦況は落ち着いている。新たな派兵の指揮官となる事も無かった。
執務室において、一人朝倉は考えていた。
――山縣を愛する事が、自分に与えられた唯一である気がしてならないでいる。
まだ自分達は、出会った頃は幼かったのだと、今でも朝倉は思う。
ああ、胸に甘い痛みが押し寄せてくる。
――二人で観覧車に乗った。
あの時、何故、自分は山縣の手を無理にでも取らなかったのだろう。
あの時、山縣に告白していれば、きっと今の現実は違ったものになっていたと思うのだ。溢れる気持ちが止まらない。
「何してるんだ、朝倉」
窓にピタリと手を当てて、珍しくこの土地を襲った豪雪を眺めていると、山縣がごく平然とした様子で執務室の中へと入ってきた。全く心臓に悪い。
硝子越しに山縣の顔を見る。
その瞳は、純粋に疑問を浮かべていた。
振り返り微笑を浮かべる。それは取り繕ったものだった。
「山縣来る気がして待っていたんだ」
「まぁ有馬が今日は出張という名目で、羽染に会いに出かけたからなァ」
「ねぇ山縣、付き合ってくれないかい?」
「どこに? 酒か? まだ昼だぞ。お前にとっては体感的にもう夕方くらいかもしれないけどな、俺は起きてまだ数時間しか経ってない」
「恋人になって欲しいんや。明確に」
「は?」
「山縣を押し倒したくて仕方が無い」
「熱でもあるのか?」
「無いよ」
「……どうしたんだよ、急に」
「別に急じゃない。ずっと思ってた。愛という言葉は思えば何度も交わしているけれど、僕は約束が欲しい」
はっきりと朝倉が述べると、山縣が硬直した。それから窺うような瞳に変わる。
「本気か?」
「こんな嘘、僕がつくはずがないだろう?」
「――考えさせてくれ」
「嫌だね」
「朝倉……」
「答えなんて、とっくに出てるだろう?」
「それ、は」
「山縣。君は迷わない。それにたとえ君の答えがどちらでも、僕は貰いに行く。全力で」
「お前に全力で追いかけられて、逃げ切った者を俺は知らないぞ」
山縣はそう言うと吹き出した。それから、懐中時計を取り出して弄ぶ。
「これはな、俺の大切な男から貰ったんだ」
「誰?」
問いながら、朝倉は晴親の顔が過り、唇を噛みそうになった。
「父親」
「父親……?」
「これを渡しても良いくらいには、多分俺はお前の事が好きだ。だけどな、押し倒されるのはちょっとなァ」
その言葉を聞くと、朝倉は山縣に歩み寄り、その手を取った。
「朝倉――?」
「ここで僕は、山縣を押し倒せる」
「ちょっと待て」
有言実行。朝倉は、床に山縣を引き倒した。山縣相手にそんな事を出来るのは、隙をつけるのは、朝倉くらいのものだ。
強引に山縣の軍服の首元を緩めた時、溜息をつかれた。
「おい、鍵」
「鍵をかければいいのかい?」
「ああ、覚悟を決める」
「鍵をかけている内に、逃げる気だろう?」
「……」
「何年来の付き合いだと思ってるんだい?」
朝倉の言葉に、山縣が引きつった笑みを浮かべた。
――山縣は、山縣なりに考えていた。なにも、こんな悲しい時代に、想いが報われる必要はないと思うのだ。最近は平穏だとは言え、まだまだ何があるか分からない。その上、想いが報われたとしても、上下が逆である事を願う。山縣には、ネコの経験は無い。
しかし朝倉は退かない。退く気配がない。それを山縣はよく分かっていた。朝倉の真剣な眼差しは、戦場にいる時の顔に似ていたからだ。何度か、見に行った事がある。勿論仕事で。ヒヤヒヤしたものだ。それだけ朝倉の取る方策はギリギリだ。それはゲームの時と同じである。
ただ――それでも山縣は、自分達の間にこれまでなかった答えが、一つ出た気がした。
「俺は、これまでの付き合いが壊れるのが怖いぞ」
「壊さない」
「そう言って俺の事を捨てそうだぞ、お前は」
「ありえない」
「どうして断言できるんだ?」
「こんなに長い片想いは初めてだからね」
その言葉に、山縣は柄でもなく照れた。そんな己に気づいて顔を背ける。
「こっちを見て欲しい」
「嫌だ」
「どうして?」
「お前の顔が無駄に綺麗だから」
「誤魔化すな」
「別に、俺は――」
「壊す気はないけどな、僕は、今のこの瞬間が二度と戻らない事を覚悟してるし、知ってるんだよ。それでも言いたかったし、山縣の事が欲しいんだ」
そこまで言われてしまうと、何も返す言葉が浮かんでは来なかった。
「朝倉」
「何?」
「さすがにここは嫌だぞ」
顔を背けたまま言う山縣に、朝倉は目を瞠った。
今度の言葉は、本気だと直感したからだ。朝倉は、直感を外した事がない。
その直感はいつだって、自分を振り回してきたけれど、それでも信じている。だから幸せな言葉を聞いたこの現実に、もう振り回される気は無かった。
それから二人で、執務室の中に設えられた仮眠室へと移動した。
そこで性急に山縣の服を開けながら、止まらない自分を朝倉は自覚していた。
――山縣は、声を出さない。
胸の突起に手を添えながら、その事実に朝倉は苦笑した。
我ながら自分は手馴れていると朝倉は思う。
だから感じさせている自信があった。
けれど山縣は涼しい顔で、余裕そうにこちらを見ている。それでも、立ち上がった陰茎を朝倉は見逃さない。ベルトを外しながら、手で布越しに山縣のそれを撫でた。
「ン」
その時僅かに嬌声が吐息に混ざった。それに気を良くして、何度か手を上下させる。
山縣は少しだけ目を細くして、また溜息をついた。
「幸せが逃げるぞ」
「……好きな相手に押し倒されてるのにか? 最高に幸福で、最高に不幸だぞ、今の俺は」
「不幸だなんて思わせない。すぐに気持ち良くしてやるから」
「そういうこと、言うな――ん……っ……」
「声を聞かせてくれないかい?」
「死んでもお断りだ」
そんな、二人だった。なお、朝倉に口で果てさせられた山縣は、荒く吐息してから述べた。
「ここまでだ、朝倉」
「――性急だったな」
「全くだ。はぁ。シャワー借りるぞ」
山縣は仮眠室についているシャワーへと消える。朝倉はそれを見送りながらも、恋人という関係にはなれたようだと考えていた。