【三】堕ちる先
朝倉が負傷し入院したのは、その三日後の事だった。軍内部に、反戦を訴えるテロリストが侵入していたのである。反戦を唱えるくせに武力を持って、第二天空鎮守府に害をなそうとするのだから、矛盾している存在だ。そのテロリストが起こした爆破事件に、居合わせた朝倉が巻き込まれたのである。大規模な爆発であったから、負傷者は多く、朝倉もまたその一人だった。有馬も軽傷を負った。
知らせを聞き、心臓が止まる思いとはこの事かと山縣は実感しながら、軍病院へと向かった。そこでは豪奢な個室で、水色の入院服を着た朝倉が、実に何でもない風に微笑していた。
「山縣、どうかしたのかい? そんなに慌てて。僕は今怪我が酷いから何も手伝えないよ。残念ながら」
「……」
安堵と同時に、強がる朝倉に殺意が沸いた。
本来であれば、半身だけでも起こしている場合ではない。きちんと横になっているべきだ。けれど――そんな心配を、朝倉が望まない事を山縣は知っていた。
「ざまぁねぇな」
「全くだね。こんな失敗をするとは思わなかった」
テロリストの侵入に気づいた朝倉は、単身乗り込み、取り押さえた。そのそばで爆弾が爆発した為、実際負傷が酷いという情報を山縣は得ていた。
「相手が悪すぎたな。どうして一人で行った?」
「話したら君がついてくる気がしてね」
「あたりまえだろう」
「山縣、君に危ない目にあってほしくなかったんや」
「あのな――」
――それは、俺の思いであり、俺の言葉だ。
山縣はそう考えながらも、ニヤリと笑ったまま表情を崩さない努力をした。
しかし続ける言葉が思いつかない。
朝倉は相変わらずいつも通りの微笑だ。きっと本心なんかじゃない。
単純に自身の生命を賭けたゲームをして、また遊んできただけなのだろう。それでどれだけこちらの寿命が縮まるかも知れないで。
「信じていないね」
「どこに信じる要素があるんだ。実力を過信するな、そこまで愚かだとは思っていないぞ」
「本心なんだけどな」
その時朝倉の表情に、僅かな苦笑が滲んだ。
いつもとは異なる表情、小さな焦り、哀しみ。
そんな色に見えたと直感的に悟った時、何故なのか山縣は体の統制権を失った。
気づけば病床の朝倉の体を抱き寄せて、無理に強く、腕の中にかき抱いていた。
「山縣?」
「ばーか」
「……離してくれないかい? 傷口が開く」
「いくらでも舐め取ってやる」
「そんなに僕の事が心配だった?」
「別に」
「僕は心配して欲しかった」
思ったよりも温かい朝倉の体温に、彼の頭に顎を預けて山縣は目を伏せながら、生を実感した。もしも朝倉がいなくなってしまっていたら。己は今頃どうしていたのだろうか、どうなってしまっていたのだろうか。きっと声が潰れるまで泣いただろう。
「一人で逝くなよ」
「どこに?」
「地獄」
「堕ちる時は一緒やろ?」
「だといいなァ」
山縣が朝倉を抱きしめたままで、二人はそんなやりとりをした。
そして――暫しの時間が経ってから、互いに互いを見据え合う。見つめ合ったわけではない。ただただじっと互いに見据えたのだ。
「山縣、僕は勘違いしそうになる」
「何をだ?」
「最近の君は優しすぎる。ハニートラップはゴメンなんだけれど」
「俺の優しさ? 気でも狂ったのか? 元々優しいだろうが」
「山縣が本格的に恋人らしくなってくれて嬉しい。特別感っていうのかな」
その言葉に、山縣は目を伏せ苦笑した。まっすぐな朝倉の視線を振り切りたかった。もう無理だった。限界というのはこういう事を言うのだろう。
「特別視されてと今まで気づいていなかったんなら、相当なアホだな」
「振られるのは怖いからな」
「――は?」
「山縣は自分の事になると鈍いからな」
今度は朝倉がクスクスと笑った。吐息に笑みがのるその姿を、不思議な思いで山縣は見守る。すると朝倉が、入院着の首元を開けてニヤリと笑った。包帯が覗いている。
「どうしていつも僕が命がけなのかいい加減に気づいて欲しいんだけどね」
「どういう意味だ?」
「山縣の心配する顔が見たかったんや」
「……なんだって?」
「こうでもしないと山縣は僕だけを見てはくれない気がしていたんだよ」
そう口にし微笑した朝倉を見たのが、山縣の中で何かが倒壊した瞬間だった。
まじまじと朝倉を見る。
「見てるっつの。もう、逃がさねぇぞ?」
「逃げる気なんて無いからね。そもそも捕まえたのは僕の方だ」
「そう言う事にしてやっても良い」
もう――考えるのは止めよう、と、山縣は決意する。朝倉の事を、山縣は愛していると理解させられた気がしていた。